異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第7話 香草と魚の協奏曲(コンチェルト)~疲れた心を癒す、一皿の処方箋~ (7-1)

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宿屋「木漏れ日の食卓亭」は、その日、少しだけいつもと違う空気に包まれていた。
原因は、三日ほど前から宿の特別室に滞在している、一人の裕福な商人だ。
名はバルトロメオ。上等な仕立ての服に身を包み、指にはいくつもの指輪が輝いている。いかにも「やり手」といった風体で、昼も夜も部屋にこもり、分厚い書類の山と睨めっこをしていた。

彼が注文するのは、いつも一番高価な葡萄酒(ワイン)だけ。
俺が腕によりをかけて作った料理には、一切目もくれようとしない。
「結構。食欲はないので」
それが彼の口癖だった。

「日向さん……あの商人のバルトさん、今日も何も召し上がらないみたい……。あんなに葡萄酒ばかり飲んで、体を壊しちゃわないかな」

昼食の片付けを終えたリリィアが、彼の部屋の閉ざされた扉を見つめながら、心配そうに言った。

「そうだな……。ただの偏食というわけでもなさそうだ」

俺も、厨房から彼の様子をずっと気にしていた。
彼の顔には、食事を拒否する頑固さよりも、もっと深い「疲労」の色が浮かんでいた。目の下には濃い隈が張り付き、時折、大きなため息をついては、こめかみを揉んでいる。

(間違いないな。あれは、ストレスによる食欲不振だ)

俺の世界では、珍しくもなんともない症状だった。仕事のプレッシャー、人間関係の悩み、将来への不安……。そういうものが胃を締め付け、食事の楽しみを奪ってしまう。
きっと、彼も何か大きな問題を抱えているのだろう。山のような書類は、その証拠だ。

(彼に必要なのは、腹を満たすための料理じゃない。凝り固まった心と体を、内側から優しく解きほぐす、一皿の『処方箋』だ)

「リリィアちゃん、少し、お節介を焼いてみようか」
「え?」
「彼のために、特別な魚料理を作ってみようと思う。食欲がない人でも、思わず手を伸ばしてしまうような、そんな一皿を」

「お魚料理? でも、バルトさん、お肉もお魚もいらないって……」
「ああ。だから、ただの魚料理じゃない。香りの魔法を使うんだ」

俺は、目を丸くするリリィアに、ゆっくりと語り始めた。
「俺の世界では、古くから**『医食同源』**っていう考え方があるんだ。『病気を治す薬も、普段の食事も、元は同じ生命の源からできている』っていう意味でね。つまり、食事は薬にもなるってことさ」

「食事が……お薬?」
「そう。特に、今のバルトさんのように、心と体が疲れきって食欲がない人には、特別な処方箋が必要なんだ。俺の知る地中海の料理では、昔から新鮮な魚とたっぷりのハーブ、そして柑橘の酸味を組み合わせた料理が、そういう人たちのために作られてきた」

「ちちゅうかい?」
「ああ。青い海と、太陽が降り注ぐ土地だ。そこの人々は、香草(ハーブ)が持つ『香り』が人の心を落ち着かせ、柑橘の『酸味』が疲れた胃を優しく刺激して、食欲を呼び覚ますことを、経験で知っていたんだ。今回は、その知恵を借りるのさ。彼が扉を開けた瞬間、思わず深呼吸してしまうような、そんな一皿を処方してやろう」

俺の説明に、リリィアの顔がぱっと明るくなった。
「うん! 私、日向さんの料理を信じる!」

「よし、そうと決まれば最高の食材が必要だ。モグモグ、出番だぞ!」
俺が声をかけると、厨房の隅で丸くなっていたモグモグが「きゅぴ!」と飛び起きた。

「なあ、モグモグ。あの人の心をスッキリさせてくれるような、とっておきの『薬』を探してきてくれないか。この世のどんな悩みも吹き飛ばすくらい、爽やかで、目が覚めるような香りのする果実をさ」

俺がバルトロメオの部屋を指差すと、モグモグは彼の様子をじっと観察した後、何かを理解したようにこくりと頷いた。そして、「任せろ!」と言わんばかりに、風のように店の外へと飛び出していった。

「さて、と。俺たちも最高のハーブを摘みに行くとしようか」

俺はリリィアと一緒に、宿屋の裏にある小さなハーブ園へと向かった。
一人の商人の閉ざされた心をノックするための、俺たちの静かな挑戦が、今、始まった。

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