異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第12話 頑固な学者と、記憶を呼び覚ますリゾット (12-1)

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灯火祭の温かい光が人々の心にまだ残っている、秋晴れの日のことだった。
「木漏れ日の食卓亭」に、リリィアが少し思い詰めたような顔で、一冊の古い本を抱えてやってきた。

「日向さん、お願いがあるの」

彼女がカウンターに置いたのは、美しい挿絵の入った、植物図鑑だった。

「これ、街の図書館で借りた本なんだけど、もう何か月も、新しい本が借りられなくて……。みんな、困ってるんだ」
「図書館が? 何かあったのかい?」
「うん……。図書館の管理人をしているエルドリン教授が、最近ずっと屋敷に閉じこもって、誰とも会ってくれないの。このままじゃ、図書館が閉鎖されちゃうかもしれないって、街の人が噂してて……」

エルドリン教授。
街の外れにある、埃をかぶった屋敷に一人で住む、街一番の知識人として知られる老学者だ。俺も名前だけは聞いたことがあった。気難しいことで有名だが、その知識は本物で、かつては多くの人々が彼の知恵を頼っていたという。

「教授はね、昔はもっと優しくて、色々なことを教えてくれるのが大好きな人だったんだよ」
リリィアは、寂しそうに本を撫でながら言った。
「私が小さい頃、この本に載ってるお花の名前を教えてくれたのも、教授だった。私の知らないことを、キラキラした目で話してくれる教授の顔、大好きだったのにな……」

その横顔に、俺は胸が締め付けられるのを感じた。
リリィアにとって、彼はただの管理人じゃない。知の世界への扉を開いてくれた、大切な恩師なんだ。

(……燃え尽き症候群、か)

彼の話を聞いて、俺は直感的にそう思った。
長年、自分の知識や情熱を人々に分け与え続けてきた。だが、その想いが誰にも届かない、理解されないと感じた時、ぷつりと、心の糸が切れてしまう。全てがどうでもよくなって、人と関わることさえ億劫になる。俺の世界でも、多くの研究者や教師が、その病に苦しんでいた。

「よし。リリィアちゃん、その教授に、俺たちの料理を届けてみよう」
「えっ? でも、教授、誰にも会ってくれないって……」
「だからこそ、だよ。彼に必要なのは、無理やり扉をこじ開けることじゃない。扉の外から、優しくノックし続けて、『あなたは一人じゃないですよ』って伝え続けることだ」

俺は、一皿の料理を思い浮かべていた。
シンプルで、滋味深く、そして何よりも、作るのに根気と愛情が必要な一皿。

「今回は、リゾットを作る。食欲がない人でも食べやすい、優しいお米の料理だ」
「りぞっと?」
「ああ。リリィアちゃん、この料理はね、ただの米料理じゃないんだ。米と、それを支えるスープと、そして作り手の『忍耐』が試される、すごく奥が深い料理なんだよ」

俺は、目を丸くするリリィアに、ゆっくりと語り始めた。
「リゾット作りの一番大事なことは、**『米の声を聴くこと』**。鍋のそばに付きっきりで、スープを少しずつ加えながら、お米が心を開いて、スープを吸い込んでくれるのを、ひたすら優しく待ち続ける。焦りは禁物。根気よく、愛情を込めてかき混ぜ続けることで、ただの硬いお米が、極上のクリームに変わっていくんだ。これって、まるで、頑固な生徒に、先生が根気よく物事を教える姿に、似ていないかい?」

俺の説明に、リリィアの顔がぱっと明るくなった。
「うん! なんだか、今の教授にぴったりの料理だね!」

「そうだろ? よし、そうと決まれば最高の食材が必要だ。モグモグ、出番だぞ!」
俺が声をかけると、厨房の隅で丸くなっていたモグモグが「きゅぴ!」と飛び起きた。

「なあ、モグモグ。あの教授の、消えかかった情熱の炎をもう一度燃え上がらせるような、とっておきの食材を探してきてくれないか。食べたら、頭がスッキリして、昔の楽しかったことを全部思い出すような、そんな魔法のキノコをさ」

俺がリリィアの持つ本を指差すと、モグモグはその本の匂いをくんくんと嗅いだ後、何かを理解したようにこくりと頷いた。そして、「任せろ!」と言わんばかりに、風のように店の外へと飛び出していった。

「さて、と。俺たちは、リゾットの命、最高のスープの準備を始めようか」

俺はリリィアと一緒に、厨房に立った。
一人の老学者の閉ざされた心を再び開くための、俺たちの静かな挑戦が、今、始まった。

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