1 / 6
古いアプリに憑くバグ霊
しおりを挟む「ねぇ、雅人。私のスマホ、なんか最近おかしくない?」
週末の昼下がり、鈴木花はカフェのテーブルに並んだクリームソーダ越しに、彼氏である橘雅人に問いかけた。
雅人は、白いシャツの上に薄い群青色の羽織を羽織っている。周りの客の誰もそんな格好をしていないのに、彼の圧倒的な顔の良さと立ち居振る舞いのせいで、なぜか「そういうおしゃれな人」として通用してしまっているのが、花の悩みの一つだ。
「ふむ」
雅人は花のスマホを一瞥した。端末は最新型で光沢を放っているが、ホーム画面のアイコンが小刻みに震えているように見える。
「それはな、花。アプリのせいだ」
「アプリが落ちるって話はしてたけど、雅人の目にはどう見えてるの?」
花はつい、いつもの癖で尋ねてしまう。雅人の視界は、常人のそれとは全く違うことを知っているからだ。
雅人は真剣な面持ちで、クリームソーダのグラスを避けてスマホに手を伸ばした。
「この古い写真加工アプリ。最後に使ったのは半年以上前だな?」
「え、どうして知ってるの?確かにそうだけど……」
「このアプリのアイコンの周りに、未練の霊がへばりついている」
雅人は人差し指で画面を指した。
「アプリのアップデートを拒み、削除もされずに放置されたが故に、『自分はまだ使えるはずだ』という念が淀みとなり、霊として結実したのだ。この『バグ霊』が、君のスマホの気の流れを乱している」
花は深いため息をついた。「バグ霊ね。それ、ただのアップデート不足と容量オーバーでしょ?雅人、全部霊のせいにしないでよ」
「違う!昨日、君が会議で資料を出し間違えたのも、恐らくこの霊の仕業だ。君の集中力を削いで、判断を鈍らせたのだ」
「それは私が寝坊したせいで徹夜で準備したからだよ!」
しかし、雅人は聞く耳を持たない。彼はポケットから、木製の古めかしい護符(ただし、交通安全のお守りのように見える)を取り出し、スマホの背面に当てた。
「よし、今すぐ祓わねば。この場で呪文を唱える」
「待って!人前だよ!雅人!今日は、普通のデート!」
花は雅人の手を必死に押さえた。周りの客は気付いていないが、さすがにカフェで呪文を唱えられたら、花は羞恥心で穴を掘って埋まりたくなる。
「では、どうすればいい?」雅人は困ったように首を傾げた。イケメンが真剣な顔で戸惑うと、場の空気が一時停止したように思える。
「家に帰ってからにして!それより、私のスマホが調子悪いと仕事に差し障るから、早くどうにかしてよ」
「うむ。君の仕事の気を守るのは、私の役目だ」
雅人はそう言うと、護符を静かにカバンに戻し、花の手を握った。
「では、これを使おう」
雅人はカバンから、さらに古めかしい見た目のスマホケースを取り出した。
「それは何?」
「これは、私が特別に作った式神スマホケースだ。和紙を何重にも漉き、符を封じ込めてある。装着すれば、少なくとも一時的にバグ霊の活動は抑えられる」
花は「何それ、ダサい」と口の中で呟きながらも、すぐにそのケースを自分のスマホに装着した。だって、雅人が一生懸命作ったのは知っているから。
その瞬間、花は驚いた。
「あれ?スマホ、なんか軽い?」
「気の流れが整ったからだ」と雅人は誇らしげに言う。
花は試しに、バグが頻発していたはずの仕事のスケジュールアプリを開いてみた。すると、今まで画面の端で震えていたアイコンがピタリと動きを止め、アプリもスムーズに起動した。
「嘘……本当に直ってる…」
「見たまえ、花。君の周囲を包んでいた淀んだ気が薄れ、清浄になった。これで君は、仕事に集中できるはずだ」
雅人は満足そうに頷き、花の頭を優しく撫でた。
「霊とかバグとかよく分からないけど、ありがとう、雅人」
花は少し照れながら、ダサいが効能抜群の式神ケースがついたスマホを握りしめた。雅人が、自分を守るためだけに特殊な力を全力で使ってくれているのを知っている。それが、何よりも花にとっての安心だった。
「君の仕事の邪魔をするもの、全て祓ってみせる」
雅人は真顔で誓った。その言葉は、まるで「君を守る」という、この上なくロマンチックな愛の告白のように聞こえた。
「はいはい。じゃあ、まずはその式神ケース、もう少し可愛いデザインに改良してね」
花は、クスッと笑いながら、雅人の肩を軽く叩いた。彼の不器用ながら一途な愛の表現に、彼女の心は今日も温かくなった。
(続く)
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました
鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。
素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。
とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。
「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
