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第1話 古いアプリに憑くバグ霊
しおりを挟む「ねぇ、雅人。私のスマホ、なんか最近おかしくない?」
週末の昼下がり、鈴木花はカフェのテーブルに並んだクリームソーダ越しに、彼氏である橘雅人に問いかけた。
雅人は、白いシャツの上に薄い群青色の羽織を羽織っている。周りの客の誰もそんな格好をしていないのに、彼の圧倒的な顔の良さと立ち居振る舞いのせいで、なぜか「そういうおしゃれな人」として通用してしまっているのが、花の悩みの一つだ。
「ふむ」
雅人は花のスマホを一瞥した。端末は最新型で光沢を放っているが、ホーム画面のアイコンが小刻みに震えているように見える。
「それはな、花。アプリのせいだ」
「アプリが落ちるって話はしてたけど、雅人の目にはどう見えてるの?」
花はつい、いつもの癖で尋ねてしまう。雅人の視界は、常人のそれとは全く違うことを知っているからだ。
雅人は真剣な面持ちで、クリームソーダのグラスを避けてスマホに手を伸ばした。
「この古い写真加工アプリ。最後に使ったのは半年以上前だな?」
「え、どうして知ってるの?確かにそうだけど……」
「このアプリのアイコンの周りに、未練の霊がへばりついている」
雅人は人差し指で画面を指した。
「アプリのアップデートを拒み、削除もされずに放置されたが故に、『自分はまだ使えるはずだ』という念が淀みとなり、霊として結実したのだ。この『バグ霊』が、君のスマホの気の流れを乱している」
花は深いため息をついた。「バグ霊ね。それ、ただのアップデート不足と容量オーバーでしょ?雅人、全部霊のせいにしないでよ」
「違う!昨日、君が会議で資料を出し間違えたのも、恐らくこの霊の仕業だ。君の集中力を削いで、判断を鈍らせたのだ」
「それは私が寝坊したせいで徹夜で準備したからだよ!」
しかし、雅人は聞く耳を持たない。彼はポケットから、木製の古めかしい護符(ただし、交通安全のお守りのように見える)を取り出し、スマホの背面に当てた。
「よし、今すぐ祓わねば。この場で呪文を唱える」
「待って!人前だよ!雅人!今日は、普通のデート!」
花は雅人の手を必死に押さえた。周りの客は気付いていないが、さすがにカフェで呪文を唱えられたら、花は羞恥心で穴を掘って埋まりたくなる。
「では、どうすればいい?」雅人は困ったように首を傾げた。イケメンが真剣な顔で戸惑うと、場の空気が一時停止したように思える。
「家に帰ってからにして!それより、私のスマホが調子悪いと仕事に差し障るから、早くどうにかしてよ」
「うむ。君の仕事の気を守るのは、私の役目だ」
雅人はそう言うと、護符を静かにカバンに戻し、花の手を握った。
「では、これを使おう」
雅人はカバンから、さらに古めかしい見た目のスマホケースを取り出した。
「それは何?」
「これは、私が特別に作った式神スマホケースだ。和紙を何重にも漉き、符を封じ込めてある。装着すれば、少なくとも一時的にバグ霊の活動は抑えられる」
花は「何それ、ダサい」と口の中で呟きながらも、すぐにそのケースを自分のスマホに装着した。だって、雅人が一生懸命作ったのは知っているから。
その瞬間、花は驚いた。
「あれ?スマホ、なんか軽い?」
「気の流れが整ったからだ」と雅人は誇らしげに言う。
花は試しに、バグが頻発していたはずの仕事のスケジュールアプリを開いてみた。すると、今まで画面の端で震えていたアイコンがピタリと動きを止め、アプリもスムーズに起動した。
「嘘……本当に直ってる…」
「見たまえ、花。君の周囲を包んでいた淀んだ気が薄れ、清浄になった。これで君は、仕事に集中できるはずだ」
雅人は満足そうに頷き、花の頭を優しく撫でた。
「霊とかバグとかよく分からないけど、ありがとう、雅人」
花は少し照れながら、ダサいが効能抜群の式神ケースがついたスマホを握りしめた。雅人が、自分を守るためだけに特殊な力を全力で使ってくれているのを知っている。それが、何よりも花にとっての安心だった。
「君の仕事の邪魔をするもの、全て祓ってみせる」
雅人は真顔で誓った。その言葉は、まるで「君を守る」という、この上なくロマンチックな愛の告白のように聞こえた。
「はいはい。じゃあ、まずはその式神ケース、もう少し可愛いデザインに改良してね」
花は、クスッと笑いながら、雅人の肩を軽く叩いた。彼の不器用ながら一途な愛の表現に、彼女の心は今日も温かくなった。
(続く)
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