陰陽師彼氏は今日もお祓い

Y.

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嫉妬の霊と合コンの乱

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「えー、花ちゃんさぁ、たまにはいいじゃん!雅人くんが出張ならさ!」

 会社帰りの居酒屋で、親友のミサキに強く腕を掴まれた花は、観念したようにため息をついた。 

「だって、雅人、ああ見えてああいうの嫌がるから…」

「雅人くん、ああ見えてじゃなくて、どう見ても古風な人じゃん。でも、だからこそこういう現代的な付き合いに疎いのよ!たまには息抜き!」

 そう、彼氏の雅人は今、地方の古刹に出張中。彼の仕事は、現代人がまず関わることのない本格的なお祓いだ。連絡も数日途絶える予定で、花は久々のフリー。ミサキが企画した、カジュアルな合コンに誘われていた。

 花は結局、ミサキの熱意に負けた。「今日だけ、秘密」と心に誓い、指定された洒落たバルへ向かった。

 合コンは悪くなかった。相手は皆、花と同じような普通のサラリーマン。会話も「最近のドラマ」とか「週末の趣味」といった、実に平和なものだ。花は、雅人との会話ではまず出てこない、普通の話題にむしろ新鮮さを感じていた。

 特に、隣に座った田中という男性が話しやすい。彼が花に熱心に趣味の映画の話をしていると、花は少し気分が高揚した。

 ――と、その時。

「は、な……」

 背後から、凍てつくような低い声が響いた。

 花は、背中を電流が走ったように固まった。この声は。

 恐る恐る振り返ると、そこにいたのは、群青色の羽織を纏った橘 雅人だった。

「や、雅人!?」

「…出張は、急遽終わった。しかし、まさか君が、このような邪気の渦巻く場所にいるとはな」

 雅人の顔は、普段の穏やかさとはかけ離れ、能面のように冷たい。目は鋭く細められ、場の空気を一瞬で凍らせていた。

 合コン相手の男性たちは、突然現れたイケメンと、その異様な迫力にたじろいでいる。

「邪気って…雅人、これはただの飲み会だよ!」花は慌てて立ち上がり、雅人の腕を掴んだ。

 雅人は花の手に構わず、テーブル全体を見回した。

「違う。この場所は、『恋敵の念』が強く渦巻いている。特に、君の隣にいる男の気配が、最も淀んでいる」

 雅人は田中さんを指差した。田中さんは「え、俺っすか?」と困惑している。

「雅人、それはただの田中さん。職場の同僚の知り合いで…」

「問答無用!花、離れろ。このままでは、君の純粋な良縁の気が乱され、未来の運気が大幅に狂わされる!」

 雅人は突如、カバンから白い封筒を取り出した。それは、普段彼がお祓いで使う、儀式用の和紙を束ねたものだ。

「この場を清めねば、君の安寧は保てぬ」

 雅人は和紙の束を広げ、そのうちの一枚を田中さんの前にそっと置いた。

「雅人!何してるの!」花は悲鳴に近い小声で叫ぶ。

「これは結界符。この邪気から君を護るための、一時的な壁だ」

 そして、雅人は次に、醤油皿と箸を手に取った。花が止めようとする間もなく、彼はテーブルの真ん中で、醤油皿を五芒星の頂点に見立て、箸でそれを結ぶように配置し始めた。

「五芒星(せい)、急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)…」

 低く響く呪文。合コン相手たちは、雅人の異様な行動に唖然としている。ミサキですら、これはさすがにヤバいと顔面蒼白だ。

「雅人、お願い!やめて!これはただのヤキモチでしょ!?」

 花は彼の腕を強く掴み、耳元で囁いた。

 雅人の動きが、ピタリと止まった。

 彼はゆっくりと花を振り返った。その冷たかった表情が、一瞬で狼狽と羞恥に変わる。

「…ち、違う。私は…君を狙う邪な気を祓おうと…」

「その邪な気、雅人の心から出た『嫉妬の霊』だよ!もう、バレバレ!」

 花は恥ずかしさで顔が真っ赤になりながらも、周りの客に聞こえないように雅人を引っ張った。

「私が内緒で来たから、雅人が変な気を発して、それが邪気に見えただけでしょう!大迷惑!」

 花は店員に会計を頼み、雅人を半ば引きずるように店外へ連れ出した。

 人気のない路地裏で、花は雅人の胸をドン、と叩いた。

「もう!心配してくれるのは嬉しいけど、こんなのひどすぎる!」 

 雅人は静かに、しかし力強く、花を抱きしめた。

「すまない、花。私は…君が、他の男の気に触れることが、恐ろしかったのだ」

 彼の腕の力が強まる。

「君を惑わす気が、私には『恋敵の念』という邪気として映った。この世の何よりも大切な君の運命を乱されたくなかった。…君を失うくらいなら、私は陰陽師としての矜持さえ捨ててしまうかもしれない」

 雅人の不器用ながら、純粋で強い独占欲が込められた言葉に、花は全身の力が抜けた。

「もう…雅人のバカ」

 そう言って、花は彼の羽織の背中に顔を埋めた。

「分かった。もうしないから。でも、次やったら、本気でお祓いしてやるからね」

「…君のお祓いなら、喜んで受けよう」

 雅人は、花を抱きしめたまま、心底安心したように微笑んだ。

 夜の路地裏。二人はしばらくそうしていたが、雅人が突然、花の肩を指差した。

「しかし、気をつけろ、花。今、君の肩に、『合コンの後の反省の霊』が微かに憑いている。今夜は早く休むといい」

「もう!雅人のバカ!」

 花は、愛おしさと呆れを込めて、雅人の手を繋ぎ直した。陰陽師彼氏との非日常な夜は、まだ終わらないようだった。

(続く)
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