陰陽師彼氏は今日もお祓い

Y.

文字の大きさ
2 / 11

第2話 嫉妬の霊と合コンの乱

しおりを挟む


「えー、花ちゃんさぁ、たまにはいいじゃん!雅人くんが出張ならさ!」

 会社帰りの居酒屋で、親友のミサキに強く腕を掴まれた花は、観念したようにため息をついた。 

「だって、雅人、ああ見えてああいうの嫌がるから…」

「雅人くん、ああ見えてじゃなくて、どう見ても古風な人じゃん。でも、だからこそこういう現代的な付き合いに疎いのよ!たまには息抜き!」

 そう、彼氏の雅人は今、地方の古刹に出張中。彼の仕事は、現代人がまず関わることのない本格的なお祓いだ。連絡も数日途絶える予定で、花は久々のフリー。ミサキが企画した、カジュアルな合コンに誘われていた。

 花は結局、ミサキの熱意に負けた。「今日だけ、秘密」と心に誓い、指定された洒落たバルへ向かった。

 合コンは悪くなかった。相手は皆、花と同じような普通のサラリーマン。会話も「最近のドラマ」とか「週末の趣味」といった、実に平和なものだ。花は、雅人との会話ではまず出てこない、普通の話題にむしろ新鮮さを感じていた。

 特に、隣に座った田中という男性が話しやすい。彼が花に熱心に趣味の映画の話をしていると、花は少し気分が高揚した。

 ――と、その時。

「は、な……」

 背後から、凍てつくような低い声が響いた。

 花は、背中を電流が走ったように固まった。この声は。

 恐る恐る振り返ると、そこにいたのは、群青色の羽織を纏った橘 雅人だった。

「や、雅人!?」

「…出張は、急遽終わった。しかし、まさか君が、このような邪気の渦巻く場所にいるとはな」

 雅人の顔は、普段の穏やかさとはかけ離れ、能面のように冷たい。目は鋭く細められ、場の空気を一瞬で凍らせていた。

 合コン相手の男性たちは、突然現れたイケメンと、その異様な迫力にたじろいでいる。

「邪気って…雅人、これはただの飲み会だよ!」花は慌てて立ち上がり、雅人の腕を掴んだ。

 雅人は花の手に構わず、テーブル全体を見回した。

「違う。この場所は、『恋敵の念』が強く渦巻いている。特に、君の隣にいる男の気配が、最も淀んでいる」

 雅人は田中さんを指差した。田中さんは「え、俺っすか?」と困惑している。

「雅人、それはただの田中さん。職場の同僚の知り合いで…」

「問答無用!花、離れろ。このままでは、君の純粋な良縁の気が乱され、未来の運気が大幅に狂わされる!」

 雅人は突如、カバンから白い封筒を取り出した。それは、普段彼がお祓いで使う、儀式用の和紙を束ねたものだ。

「この場を清めねば、君の安寧は保てぬ」

 雅人は和紙の束を広げ、そのうちの一枚を田中さんの前にそっと置いた。

「雅人!何してるの!」花は悲鳴に近い小声で叫ぶ。

「これは結界符。この邪気から君を護るための、一時的な壁だ」

 そして、雅人は次に、醤油皿と箸を手に取った。花が止めようとする間もなく、彼はテーブルの真ん中で、醤油皿を五芒星の頂点に見立て、箸でそれを結ぶように配置し始めた。

「五芒星(せい)、急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)…」

 低く響く呪文。合コン相手たちは、雅人の異様な行動に唖然としている。ミサキですら、これはさすがにヤバいと顔面蒼白だ。

「雅人、お願い!やめて!これはただのヤキモチでしょ!?」

 花は彼の腕を強く掴み、耳元で囁いた。

 雅人の動きが、ピタリと止まった。

 彼はゆっくりと花を振り返った。その冷たかった表情が、一瞬で狼狽と羞恥に変わる。

「…ち、違う。私は…君を狙う邪な気を祓おうと…」

「その邪な気、雅人の心から出た『嫉妬の霊』だよ!もう、バレバレ!」

 花は恥ずかしさで顔が真っ赤になりながらも、周りの客に聞こえないように雅人を引っ張った。

「私が内緒で来たから、雅人が変な気を発して、それが邪気に見えただけでしょう!大迷惑!」

 花は店員に会計を頼み、雅人を半ば引きずるように店外へ連れ出した。

 人気のない路地裏で、花は雅人の胸をドン、と叩いた。

「もう!心配してくれるのは嬉しいけど、こんなのひどすぎる!」 

 雅人は静かに、しかし力強く、花を抱きしめた。

「すまない、花。私は…君が、他の男の気に触れることが、恐ろしかったのだ」

 彼の腕の力が強まる。

「君を惑わす気が、私には『恋敵の念』という邪気として映った。この世の何よりも大切な君の運命を乱されたくなかった。…君を失うくらいなら、私は陰陽師としての矜持さえ捨ててしまうかもしれない」

 雅人の不器用ながら、純粋で強い独占欲が込められた言葉に、花は全身の力が抜けた。

「もう…雅人のバカ」

 そう言って、花は彼の羽織の背中に顔を埋めた。

「分かった。もうしないから。でも、次やったら、本気でお祓いしてやるからね」

「…君のお祓いなら、喜んで受けよう」

 雅人は、花を抱きしめたまま、心底安心したように微笑んだ。

 夜の路地裏。二人はしばらくそうしていたが、雅人が突然、花の肩を指差した。

「しかし、気をつけろ、花。今、君の肩に、『合コンの後の反省の霊』が微かに憑いている。今夜は早く休むといい」

「もう!雅人のバカ!」

 花は、愛おしさと呆れを込めて、雅人の手を繋ぎ直した。陰陽師彼氏との非日常な夜は、まだ終わらないようだった。

(続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

「やはり鍛えることは、大切だな」

イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」  その日、一つのお見合いがあった。  ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。  クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。  そして互いに挨拶を交わすその場にて。  ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。  けれども……――。 「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

いつか彼女を手に入れる日まで〜after story〜

月山 歩
恋愛
幼い頃から相思相愛の婚約者がいる私は、医師で侯爵の父が、令嬢に毒を盛ったと疑われて、捕らえられたことから、婚約者と結婚できないかもしれない危機に直面する。私はどうなってしまうの? 「いつかあなたを手に入れる日まで」のその後のお話です。単独でもわかる内容になっていますが、できればそちらから読んでいただけると、より理解していただけると思います。

退屈扱いされた私が、公爵様の教えで社交界を塗り替えるまで

有賀冬馬
恋愛
「お前は僕の隣に立つには足りない」――そう言い放たれた夜から、私の世界は壊れた。 辺境で侍女として働き始めた私は、公爵の教えで身だしなみも心も整えていく。 公爵は決して甘やかさない。だが、その公正さが私を変える力になった。 元婚約者の偽りは次々に暴かれ、私はもう泣かない。最後に私が選んだのは、自分を守ってくれた静かな人。

病弱な愛人の世話をしろと夫が言ってきたので逃げます

音爽(ネソウ)
恋愛
子が成せないまま結婚して5年後が過ぎた。 二人だけの人生でも良いと思い始めていた頃、夫が愛人を連れて帰ってきた……

処理中です...