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第3話 期限切れの愛と未練のプリン
しおりを挟む週末、花は雅人の自宅兼アトリエである、古風な一軒家を訪れていた。雅人のアトリエは、外界の喧騒とは隔絶されたような静寂に包まれており、中央には床の間のある立派な和室がある。
「雅人、ただいま」
「ああ、花。待っていたぞ」
和室で、雅人は古文書のようなものに目を通していた。その姿は完全に平安時代の貴族のようだ。花は慣れた手つきでエプロンを取り出し、キッチンに向かう。雅人は能力は高いが、生活能力が著しく低い。特に食事に関する意識は、前時代的と言ってよかった。
花が冷蔵庫を開けた瞬間、思わず声を上げた。
「雅人、これ何!?」
冷蔵庫の中は、地獄絵図だった。パックの牛乳は購入日から一週間が経過し、野菜室の野菜は水分を失い干からび、そして一番手前には、賞味期限が五日前に切れたプリンが鎮座している。
花は呆れて雅人を呼びつけた。「雅人、これどうするの?全部もうアウトだよ!」
雅人は冷蔵庫の中を覗き込み、眉間にしわを寄せた。
「いけないな、花。この食材たちは、『まだ食べられたかったという未練の霊』を宿している」
「未練の霊って、それただの食中毒菌でしょ!?」
「違う!このプリンなどは、特に念が強い。この世で己の甘美な役目を果たすことなく廃棄されることに、激しい恨みを抱いているのだ。このまま捨てては、**『期限切れの呪い』**となって、君のお腹に憑いてしまうぞ!」
花は、あまりのバカバカしさに笑ってしまった。「呪いって…。もう、雅人は何でも霊のせいにするんだから」
花はプリンの蓋を剥がし、そのままゴミ箱に捨てようとした。
「待て、花!」
雅人は花の手を掴み、プリンの空容器を救出した。
「私は物を粗末にはできん。それに、この念を鎮めてやらねば、この冷蔵庫自体が負の気の溜まり場になってしまう」
雅人は真剣そのものだ。花は、彼の奇妙な論理に心底呆れながらも、彼が「捨てる」という行為に極度の抵抗があることを知っていた。
「わかった。じゃあ、雅人がどうにかしてよ」
花が諦め顔で言うと、雅人は意気揚々と準備を始めた。
雅人が用意したのは、儀式的な道具ではなく、調理器具だった。
まな板の上にプリンの空容器を並べ、その周りに塩(ただし、彼の家系で清めた特別なもの)を撒き、さらに古いお玉を祭具のように立てかける。
「急々如律令!今こそ、この場の念を鎮魂し、全ての未練を清浄な気に変える!」
雅人は低く荘厳な声で、呪文を唱え始めた。その姿は、まるでシェフではなく、大僧正だ。
花は、ダイニングテーブルに座り、その異様な光景を眺めた。雅人の真剣な顔。古風な和室に響く呪文。そして、冷蔵庫のプリンの空容器。すべてがミスマッチで、思わず頬が緩む。
呪文を唱え終えた雅人は、深いため息をついた。
「ふむ、これでよし。未練の霊は浄化された。この冷蔵庫内は清浄な気に満ちている」
「そうなの?」
花が再び冷蔵庫を開けてみると、なぜか中がスッキリして見えた。期限切れの牛乳は、まだ臭いので捨てたが、野菜室の野菜は、干からびているものの、どこか「まだ使えるかも?」という希望が見える。
「ねぇ雅人、気のせいかもしれないけど、本当にちょっと清々しくなった気がする」
「気のせいではない。私の気が通ったからだ。さあ、花。後は私が作った清浄な気で満たされた食材で料理をするがいい」
「…はいはい。じゃあ、まずはその清浄な気で満たされた牛乳を捨てるところからね」
花は笑いながら、腐った牛乳パックをゴミ袋に入れた。
雅人の生活能力の無さに呆れる一方で、花は彼の優しさに触れた。彼は、プリン一つにも宿る「未練」を感じ取り、それを無理やり祓うのではなく、鎮魂して救おうとしたのだ。それは、雅人なりの究極の優しさだった。
「雅人」
「なんだ、花」
「私、雅人の食事、全部見てあげるね」
花は、期限切れの食材を一掃し、清潔になった冷蔵庫を見つめた。
「雅人の身の回り全体の気を、私が整えてあげる。私のお祓いは、ちゃんとした栄養バランスだからね」
雅人は、花が自分の世話を焼こうとしていることに気づき、嬉しそうに微笑んだ。
「それは助かる。君の『愛の気』が満ちた食事なら、私には最高の結界となる」
「もう、バカ!」
花は照れ隠しで雅人の胸を叩いた。今日の出来事がきっかけで、二人の関係は、単なる恋人から、生活を共にする次のステージへと進む予感をはらんでいた。
(続く)
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