元最強呪術師、転生したらダンジョン全階層制覇してしまった件

Y.

文字の大きさ
16 / 29

第16話:神なき世界の夜明け、あるいは最強の隠居生活

しおりを挟む
 神の残滓が消滅し、空を突く巨大な塔であった「ダンジョン」が霧散してから、一ヶ月が経過した。

 地上の人々にとって、それは「奇跡による救済」ではなく、「文明の終わり」を意味していた。安価で無尽蔵だった魔力供給源を失い、王都の魔導灯は消え、浮遊車両は鉄の塊へと成り果てた。貴族たちは特権であった魔法回路の沈黙に狼狽し、民衆は明日をも知れぬエネルギー危機に震えている。

 しかし、そんな世界の喧騒から遠く離れた場所――かつて一番弟子ジルが隠れ家としていた「静寂の森」の奥深くでは、全く異なる空気が流れていた。

 最強の「リフォーム」術

「……ふむ。やはり、キッチン周りの導線は論理的に組むべきだったか」

 新緑の香りが漂う森の中、カイは肘掛け椅子に深く腰掛け、建築途中の屋敷を眺めて独りごちていた。

 彼の前では、巨大な木材や石材が、まるで意思を持っているかのように宙を舞っている。

 それは、ソロモンから受け継いだ精密な「魔術算式」で構造を定義し、摩天の「呪力」で物理的な強度と定着を強制する、カイにしか成し得ない「建築呪術」の光景だった。

「カイ様、お茶が入りましたわ。……少し、隠し味に『安眠の呪い』を混ぜておきました」

「……リィネ、お前はいつから私を永眠させようとする暗殺者になったんだ?」

「あら、失礼な。最近の村人たちの間では、私の呪い入りハーブティーは『どんな悩みも忘れて爆睡できる聖水』として大人気なんですのよ?」

 漆黒のドレスにエプロンという、どこか危うい魅力(と少々の狂気)を纏ったリィネが、優雅にカップを差し出した。彼女は今や、近隣の村々で「黒い聖女」として密かに崇められている。彼女が施すのは光の救済ではなく、病や苦痛を「呪いとして食い尽くす」という、毒を以て毒を制する断罪の癒やしだ。

「主、庭園の芝刈り、および対空迎撃システムのアップデートが完了しました」

 銀色の装甲を一新し、どこか洗練されたフォルムになったグリムが、無機質な声を上げた。先の決戦で大破した彼は、カイによってソロモンの理論を組み込んだ『魔導呪機兵・改』へとアップグレードされている。

「今の私は、一秒間に三万回の芝刈りと、一分間に十二発の極大魔法迎撃を並列処理可能です。まさに隠居生活に最適なスペックと言えるでしょう」

「……グリム、お前の『最適』の定義を一度書き換えたほうが良さそうだな」

 カイは苦笑し、リィネの淹れた(幸いなことに永眠はしなかった)茶を啜った。 

 神を殺し、世界を再定義した男。その男が今、何をしているかと言えば、森の奥で「理想のマイホーム」を作ることに全霊を傾けていた。皮肉なものだが、数千年の輪廻を経て、彼がようやく手に入れたのは、誰にも邪魔されない「ただの平穏」だった。

 しかし、世界は彼を放っておかない。 

 森の静寂を切り裂くように、無骨な金属音が近づいてきた。

 それは、帝国最強と謳われる魔導軍団「鋼鉄の牙」の足音だった。数十台の魔導戦車が木々をなぎ倒し、重装歩兵の隊列がカイの敷地内へと土足で踏み込んでくる。

 その先頭に立つのは、全身を鈍い銀色の鎧で包んだ、岩のように巨大な男。 

 七賢者が一翼、【剛毅】の魔導王、アイアン・ガラムである。

「――見つけたぞ、国家反逆者。および、魔力窃盗の容疑者カイ!」

 ガラムの声が、大気を震わせる。彼は自らの権能である『物質固定』を使い、その声にさえ物理的な重圧を乗せていた。

「この地は現在、帝国の直轄領に指定された。世界から魔力が消えた今、この森に滞留する高濃度の魔力は『人類共通の財産』である。速やかにその身柄を明け渡し、管理局の残党と共に魔力抽出の検体となれ!」

 カイは椅子から立ち上がることさえしなかった。ただ、カップをソーサーに戻し、冷めた目で軍勢を見据えた。

「……リフォーム中の家に来るなら、せめて手土産くらい持ってきたらどうだ? 無愛想な鉄屑(てつくず)を並べて、私の庭を汚すなと言っているんだ」

「貴様……! 我ら七賢者の勧告を無視するか! 魔法を失ったこの世界で、我らだけが唯一、力を保持しているのだ。ひれ伏せ!」

 ガラムが巨大な戦槌を地面に叩きつけた。 

 瞬間、彼の権能が発動する。

『物質固定・不壊の理』。

 戦槌から放たれた波動が、カイの屋敷、そしてカイ自身の肉体さえも「永遠に動かない石像」へと固定しようと迫る。現代の魔法使いであれば、この絶対的な「固定」を前に抗う術はなく、思考さえも凍りつくはずだった。

「……『固定』か。ソロモンなら、そのベクトルを分解して無効化するところだが」

 カイは、空いた左手で、面倒そうに空間を「撫でた」。

「私は、その『固定されているという事実』そのものを呪うことにした。――『解体・玩具の行進』」

 パチン、と指を鳴らす。 

 その瞬間、ガラムや兵士たちが目撃したのは、この世の理が崩壊する悪夢だった。

 突撃しようとした魔導戦車は、砲塔が「巨大なフランスパン」に変質し、発射されるはずの砲弾は「カラフルな紙吹雪」となって舞い散った。

 兵士たちが構えた鋭い槍は、触れた瞬間に「しなやかな百合の花」へと変わり、鎧は「綿菓子」のようにふわりと解けて風に舞う。

 そして、ガラムが誇る不壊の戦槌は――その質量を維持したまま、見た目だけが「ピンク色の巨大なウサギのぬいぐるみ」へと変貌した。

「な……な、なんだこれは!? 私の不壊の権能が……書き換えられただと!?」

 ガラムが叫ぶが、その声もまた呪術によって変質し、アヒルの鳴き声のような滑稽な音となって響いた。

「お前は『壊れない』ことを誇ったが、私は『それがお前の思い通りであること』を許さなかった。ただそれだけのことだ。……ぬいぐるみを抱えて、さっさと帰れ。次は、お前の内臓を花びらに変えてやる」

 カイの黄金の瞳に、ほんの一瞬だけ「摩天」の冷徹さが宿った。 その殺気だけで、帝国最強の軍団は総崩れとなった。戦う以前の問題だった。彼らの武器も、鎧も、そして戦う意志さえも、カイにとっては「リフォームの邪魔なゴミ」と同義だったのである。

「お見事ですわ、カイ様。……でも、あのぬいぐるみ、少し趣味が悪くありませんこと?」

「リィネ、私のセンスを疑うな。……あれは、かつてジルが欲しがっていた人形の形状を再現しただけだ」

「まあ、そうでしたの。ジルさんも、意外と可愛らしい趣味をお持ちだったのね」

 逃げ惑う帝国軍の背中を見送りながら、三人は再び穏やかな昼下がりに戻った。 

 だが、グリムのセンサーは、去りゆく軍勢の影に潜む「別の気配」を逃さなかった。

「主。アイアン・ガラムは単なる威力偵察に過ぎません。七賢者の他のメンバー……特に管理局の残党と結託している【知恵】のラプラスが、この屋敷の『魔力密度』を狙い、より組織的な襲撃を画策しています」

「……だろうな。この世界から電球が消えたなら、自家発電している私の家が目立つのは道理だ」

 カイは立ち上がり、完成間近の屋敷の壁に、新たな呪印を刻み込んだ。 

 それはソロモンの精密な防御算式と、摩天の「触れた者を異次元へ飛ばす」呪いが融合した、文字通りの鉄壁。

「いいだろう。七賢者か、あるいは管理局の亡霊か。……この家を壊そうとする奴は、神だろうが賢者だろうが関係ない。全員、私の『隠居生活の肥やし』にしてやる」

 森に、再び静寂が戻る。 

 しかし、それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。

 ダンジョンを失った世界。

 その再編を巡る争いの中心に、図らずも最強の呪術師は再び身を置くことになる。

 ただし、今度の彼は、以前の孤独な魔王ではない。 

 毒舌な堕聖女と、オーバースペックな機巧兵。 そして、かつて捨てたはずの「半身」の知恵。

「さあ、リィネ。晩飯にしよう。……今日は『呪い』抜きの、普通のスープにしてくれよ?」

「うふふ、善処しますわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

最弱弓術士、全距離支配で最強へ

Y.
ファンタジー
「弓術士? ああ、あの器用貧乏な最弱職のことか」 剣と魔法が全てを決める世界において、弓は「射程は魔法に及ばず、威力は剣に劣る」不遇の武器と蔑まれていた。 若き冒険者リアンは、亡き叔父から譲り受けた一振りの弓「ストーム・ウィスパー」を手に、冒険者の門を叩く。周囲の嘲笑を余所に、彼が秘めていたのは、世界をナノ単位で解析する「化け物じみた集中力」だった。 リアンの放つ一矢は、もはや単なる遠距離攻撃ではない。 風を読み、空間を計算し、敵の急所をミリ単位で射抜く精密射撃。 弓本体に仕込まれたブレードを操り、剣士を圧倒する近接弓術。 そして、魔力の波長を読み取り、呪文そのものを撃ち落とす対魔法技術。 「近距離、中距離、遠距離……俺の射程に逃げ場はない」 孤独な修行の末に辿り着いた「全距離対応型弓術」は、次第に王道パーティやエリート冒険者たちの常識を塗り替えていく。 しかし、その弓には叔父が命を懸けて守り抜いた**「世界の理(ことわり)」を揺るがす秘密**が隠されていた――。 最弱と笑われた少年が、一張の弓で最強へと駆け上がる、至高の異世界アクションファンタジー、開幕!

古代文明の最強王、5000年後に転生すると魔法が弱体化しすぎていたのでもう一度最強になります。~底辺貴族からの成り上がり~

しNぱ
ファンタジー
5000年前、魔法文明マギア魔導王国を築き、 魔法体系そのものを創造した王アーケ・マギアス・マギアは、 さらなる魔法の発展を求め、自らの魂を未来へ送る転生魔法を発動した。成熟した古代魔法を超える研究が進んだ世界を見たいという純粋な探求心から、5000年後の世界へと意識を沈めた。 目覚めた先は、スケルド男爵家三男レイフとしての赤子の身体だった。産まれた瞬間から記憶を持つ彼は、質素な家と薄い魔力の流れを前に、未来の魔法研究が古代よりも大きく退化していることに気づく。最底辺と呼ばれる家に生まれながらも、家族は温かく、彼の異常な魔力量を希望として受け入れた。 幼少期から魔力操作を自然に行い、三歳で石を浮かせ、五歳で光魔法を自在に扱うなど、古代王としての力を隠しながら成長する。外では古代魔法を使わず、転生者であることを悟られないよう慎重に振る舞いながら、未来の魔法体系を観察し続けた。 十歳になると身体強化などの古代魔法を最低限だけ使い、父との剣術訓練でも圧倒的な動きを見せるが、本来の力は隠したまま過ごす。そして十六歳、高等魔導学園に入学したレイフは、初日の実技試験で無詠唱魔法や術式無効化を用いて試験官を圧倒し、最底辺男爵家ながらA級判定を受ける。 その姿を見たストラング公爵家の令嬢エリナは、彼に強い興味を抱く。5000年後の世界は古代より魔法が退化していたが、だからこそ発展の余地がある。レイフは古代王としての知識をもとに、もう一度魔法の未来を切り開くことを決意する。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~

かくろう
ファンタジー
【ためて・放つ】という地味スキルを一生に一度の儀式で授かってしまった主人公セージ。  そのせいで家から追放され、挙げ句に異母弟から殺されかけてしまう。  しかしあらゆるものを【ためる】でパワフルにできるこのスキルは、最高ランクの冒険者すらかすんでしまうほどのぶっ壊れ能力だった!  命からがら魔物の強襲から脱したセージは、この力を駆使して成り上がっていく事を決意する。  そして命の危機に瀕していた少女リンカニアと出会い、絆を深めていくうちに自分のスキルを共有できる事に気が付いた。 ――これは、世界で類を見ない最強に成り上がっていく主人公と、彼の元へ集まってくる仲間達との物語である。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...