元最強呪術師、転生したらダンジョン全階層制覇してしまった件

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第19話:鉄の都、あるいは管理者の残党

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 吹き荒れる極北の吹雪は、生命を拒絶する白銀の刃となって一行を襲っていた。

 ダンジョンという名の巨大な魔力炉が失われた世界において、この極寒の地にある「鉄の都」だけが、不気味なほどの熱量と光を放ち、暗雲を赤く染めている。

 管理局の心臓部、自律型防御要塞『アイアン・ドーム』。

「……う、うぅ……。カイ、様…………」

 リィネの腕の中で、少女ニアが苦しげな声を漏らす。彼女の胸元で脈動する『希望の種子』は、都に近づくにつれてその輝きを増し、周囲の空間から強制的に魔力を吸い上げ続けていた。その奔流は、幼い彼女の魔力回路を内側から焼き切ろうとしている。

「……しっかりなさって、ニアちゃん! カイ様、彼女の熱がさらに上がっていますわ。このままでは……」

「わかっている。……グリム、現在の座標は」

 カイは吹雪の中に立ち、黄金の瞳で鋼鉄の巨大な半球体を見据えた。

 ソロモンの知恵を統合した彼の視界には、ドームを覆う幾重もの不可視の「論理数式」が、蜘蛛の巣のように張り巡らされているのが見えていた。

「主、目標まで残り二キロ。周辺の魔力密度は通常の三百倍。……および、前方一二〇〇メートル地点に、管理局所属の自律型ドローン群『スカイ・アイ』三千基の展開を確認。迎撃態勢に入っています」

 グリムの銀色の装甲が、吹雪を裂いて熱を帯びる。かつてのダンジョンでの戦いを経て、グリムのセンサーは今や管理局の暗号通信さえもリアルタイムで傍受し、戦場を「数値」で支配していた。

「三千か。……世界から魔力が消えたというのに、随分と贅沢な出迎えだな」

 カイは冷笑し、右腕を掲げた。

 隠居生活を奪われ、守るべき「家族」を傷つけられた男の瞳には、かつての魔王・摩天さえも凌駕する、静かな、しかし峻烈な殺意が宿っていた。

 突如、吹雪の向こう側から数千の赤い「眼」が点灯した。

 管理局のドローン群が一斉に魔力レーザーを斉射したのだ。空間が熱線によって焼き切れ、雪が蒸発して視界が白く塗り潰される。

「『深淵の福音』!」

 リィネが即座に闇の防壁を展開する。本来ならあらゆる攻撃を飲み込むはずの堕聖女の闇。だが、ドローン群は放たれたレーザーの反射を瞬時に解析し、リィネの魔力の周波数を特定した。

『――対象の魔力波形、解析完了。逆位相による相殺出力を開始』

 ドローンの放つレーザーが変質した。リィネの闇の盾に触れた瞬間、パリンとガラスが割れるような音と共に、防壁が霧散していく。

「そんな……私の盾が、中和されましたわ!?」

「あいつらは『学習』しているのです、リィネ殿。管理局の知能回路は、一度受けた攻撃を二度とは通さない。……主、強行突破の許可を!」

「……学習、だと? 原始的な真似を」

 カイが前に出る。彼はドローンから放たれるレーザーの雨を避けることさえせず、ただ右手の指をキーボードを叩くように虚空で動かした。

 彼の背後に、ソロモンの理論を具現化した巨大な幾何学陣が展開される。

「お前たちが『計算』で戦うというなら、その前提条件ごと呪ってやる。――術式干渉:『虚偽の福音(フェイク・ロジック)』」

 カイが指先から放ったのは、攻撃魔法ではない。極微細な魔力信号の「ノイズ」だ。

 ドローンたちの学習回路に、カイは「味方の機体こそが、破壊すべき最優先の敵である」という偽の数式を直接流し込んだ。

『――エラー。目標再定義。……周辺の全機体を『カイ』と認識。掃討を開始します』

「な……!?」

 リィネの驚愕の視線の先で、三千基のドローンたちが突如として互いにレーザーを撃ち合い始めた。空中で鋼鉄の火花が散り、爆発の炎が吹雪を赤く染める。

 管理局が誇る最新鋭の軍勢は、カイの指先一つで滑稽な「同士討ち」のパレードへと成り果てた。

「計算とは、正しい入力があって初めて成り立つものだ。……ゴミを入れれば、ゴミのような結果しか出ないということだ」

 カイは一瞥もくれず、炎上するドローン群を抜けて、ドームの第一ゲートへと歩を進めた。

 第一ゲートの前。

 巨大な鋼鉄の門が重々しく開き、そこから一人の「影」が現れた。

 その姿を見た瞬間、カイの足が止まった。

 漆黒の鎧、全身から立ち昇る灰色の魔炎。それは、かつてカイが前世で大陸を支配していた頃、その覇道を最後まで阻んだ宿敵――『灰燼の魔王』の姿だった。

「……まさか。あの男は、私が五百年前、ヴォルガの地で心臓を貫いて殺したはずだぞ」

「主、警告。生体反応……微弱。遺伝子構成の九割が人工物で補完されています。……これは、管理局が回収した細胞をもとに再構築した、クローン・サイボーグです」

 グリムの分析通り、その魔王の胸部には、心臓の代わりに鈍く光る小型の魔力リアクターが埋め込まれていた。かつての「強さ」という名の魂は失われ、そこにあるのは管理局の命令に従うだけの、精巧な処刑機械だった。

『――識別完了。対象、摩天。……戦闘モード、フェーズ・オメガを起動』

 ホログラムの映像が空間に投影される。そこに現れたのは、眼鏡をかけた知的な老人。

 七賢者が一人、【知恵】のラプラスである。

「素晴らしい……! やはり貴方は私の期待を裏切らない。かつての宿敵を、最新の科学で強化してぶつける……この『皮肉』という名のデータこそ、私の知的好奇心を満たす最高のスパイスです」

「ラプラス……。お前の趣味の悪さにはヘドが出るな。……死者を弄ぶのがお前の『知恵』か?」

「死者? いいえ、これは『最適化された過去』ですよ。さあ、摩天様。貴方がかつて苦戦したその技、科学の力でどれほど洗練されたか、その身で味わってください!」

 クローン魔王が動いた。その速度は、全盛期の魔王をも上回る。

「灰燼絶破(かいじんぜっぱ)!」

 空間を灼熱の灰で埋め尽くし、あらゆる防壁を内側から爆破する極大魔法。カイが前世で左腕を失いかけた、あの悪夢の技だ。

 しかし、今のカイは、かつての摩天ではない。

「……同じ技を、同じように放つ。それがお前の限界か、ラプラス」

 カイは左腕の呪力を解放し、右腕のソロモンの回路で敵のリアクターのエネルギー循環を逆算した。

「――呪術・魔術融合術式:『因果逆行・欠陥解析(ロジカル・ブレイク)』」

 カイの指先が、迫りくる灰の嵐の「一点」を突いた。

 爆発が起きるはずの瞬間に、カイはリアクターの魔力供給を強制的に「逆流」させたのだ。

「グ、ア……アァ…………!?」

 クローン魔王の胸部のリアクターが、黒い雷光を発して暴走を始める。爆発のエネルギーはカイに届く前に内側へと収束し、鋼の魔王の肉体を内側から粉砕していった。

 科学で強化された肉体が、自身の魔力の圧力に耐えかねてひび割れ、青い液体(冷却液)を吹き出しながら崩れ落ちる。

「……過去は、超えるためにある。お前が作ったのは、ただの『壊れやすい記憶』だ」

 カイの一撃により、都の第一ゲートはクローン魔王の爆発と共に粉々に砕け散った。

 ゲートの先に広がる景観を見た瞬間、リィネは息を呑み、絶句した。

 そこは、都などではなかった。

 巨大な工場のような空間に、何万、何十万という透明なカプセルが整然と並べられていた。その一つ一つの中には、人間が、あるいは亜人が閉じ込められ、全身に管を通されている。

「……何、これ……。みんな、生きていますの……?」

「主、確認。カプセル内の人間からは、生体魔力が絶え間なく抽出され、都のメイン・サーバーへと送られています。……管理局は、ダンジョンを失った後の魔力源として、この地の住民すべてを『生体パーツ』として利用しているようです」

 機械的に魔力を吸い上げられ、ただ生かされているだけの人間たち。

 その光景は、リィネがかつていた教会の地下牢よりも、ジルの作った肉壁の心臓部よりも、徹底して「効率的」で「冷酷」だった。

「……これが、お前たちの目指した『秩序』か、ラプラス」

 カイの声が、静かに怒りで震える。

 その時、ニアの体が激しくのけぞり、彼女の瞳が真っ白に発光した。

「あああああッ!! くる、くるの……! 大きな……お母さんが…………!」

 ニアの声に呼応するように、都の深部、地下数千メートルにある巨大な『希望の種子』の親機――『グランド・マザー』が、重低音の共鳴波を放った。

 ドーム全体が地震のように揺れ、カプセルに繋がれた数万人の意識が、一つの巨大な「思念体」として、カイたちを排除しようと牙を剥く。

「……リィネ、グリム。ニアを連れて奥へ急ぐぞ。……この都には、ゴミ掃除が必要だ。それも、根こそぎ、灰も残らないほどの徹底的な掃除がな」

 カイは崩壊したゲートを背に、不敵に笑った。

 その左腕には、数万人の絶望を飲み込む準備ができていた。

 ソロモンの知恵は、この腐り果てたシステムを「解体」するための術式を、すでに完成させていた。

「管理局。……お前たちの『知恵』が、私の『呪い』にどこまで耐えられるか、見ものだな」

 鉄の都の最深部。そこには、世界を再編しようとする者たちの、最後の悪あがきが待ち受けていた。
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