元最強呪術師、転生したらダンジョン全階層制覇してしまった件

Y.

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第21話:終焉の蕾、あるいは希望の涙

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『アイアン・ドーム』の心臓部、生体演算機『グランド・マザー』が放つ白銀の閃光は、すでに物理的な光の域を超えていた。それは世界の「記述」そのものを白紙に戻そうとする、根源的な消去の波動。その中心で、少女ニアは無数の魔力ケーブルに絡め取られ、巨大な繭の核として取り込まれようとしていた。

「……ッ、出力が……さらに上がっていますわ! カイ様、ニアちゃんが消えてしまいます!」

 リィネが叫び、必死に闇の防壁を展開するが、神聖なまでに純粋なリセットの光は、彼女の魔力を「不純物」として容赦なく分解していく。グリムもまた、機体の各所から異音を上げ、崩落する天井の破片から二人を護るために盾となっていた。

「主、警告。ニア殿の精神波、ドームのメインサーバーと完全に同調。……現在、彼女の『意識の消失』をトリガーとして、全世界規模の魔力再編(フォーマット)が開始されようとしています。残り時間は、三〇〇秒」

「……三〇〇秒か。カップ麺を食うには丁度いいが、ガキを助け出すには少々短いな」

 カイは黄金の瞳を細め、光り輝く繭の前に立った。

 彼の左腕からは、かつてないほどの濃密な呪気が溢れ出し、右腕にはソロモンの精密な論理円環が高速回転している。二つの相反する力が、カイの体内で軋みを上げ、周囲の空間に黒い火花を散らしていた。

「リィネ、グリム。今から私は意識をデータ化し、あの子の精神世界へダイブする。……肉体(こっち)の守りは任せたぞ」

「カイ様!? そんな……精神世界へ直接潜るなんて、もしあの子の絶望に飲み込まれたら……!」

「……心配するな。あの子を泣かせたままにはできん。それに、リフォーム途中の我が家を、こんなデタラメな光で消されては寝覚めが悪いからな」

 カイはリィネの震える手の上に、そっと自分の手を重ねた。その温度は驚くほど冷静で、しかし確かな「生」の熱を持っていた。

「リィネ、私の体が冷え切る前に戻る。……信じて待っていろ」

「……はい、カイ様。……武運を」

 カイは静かに目を閉じ、自身の存在を「無」へと変換した。

『虚飾の王(ヴァニティ・ロード)』の権能により、彼は「現実にある肉体」という定義を捨て、情報の海へとその魂を投じた。

 次にカイが目を開けたとき、そこは音のない世界だった。

 どこまでも続く、純白の花園。

 空には雲一つなく、ただ透き通った光が降り注いでいる。そこに咲く花々はどれも完璧な造形をしていたが、風に揺れる音も、生命の香りも一切しなかった。

「……管理局の連中らしい。趣味の悪い、清潔すぎる墓場だな」

 カイが独りごちると、花園の中央、一本の大きな白い樹の下に、少女の背中が見えた。

 ニアだ。

 彼女の傍らには、穏やかな笑みを浮かべた男女が立っている。かつて管理局に奪われ、すでにこの世にはいないはずの彼女の両親だ。

「ニア、おいで。ここにはもう、怖いおじさんも、痛い注射も、お腹が空く夜もないんだよ」

 母親と思われる幻影が、優しくニアの手を引く。ニアの瞳には涙が溜まっていたが、その表情には、すべてを諦めたような、安らかな悦びが浮かんでいた。

「……うん。私、ここがいい。……みんなと一緒なら、寂しくないもん」

「おい、ガキ。勝手に話を終わらせるなと言ったはずだぞ」

 カイの低い声が、静寂の花園に波紋のように広がった。

 ニアが驚いたように振り返る。両親の幻影は、カイを見た瞬間にノイズのように形を乱し、その瞳に冷酷な「システムの意思」を宿らせた。

「――摩天。貴方はなぜ、この至福を邪魔するのですか。個としての苦痛、争い、死。それらすべてをこの少女が受け入れることで、人類は一つの完璧な意識へと統合される。これは管理局が数千年前から導き出した、唯一の『正解』です」

「正解、だと? 笑わせるな」

 カイはゆっくりと歩を進める。彼が踏みしめるたびに、白銀の花々は黒く腐り、精神世界に「不条理」という名の穴が開いていく。

「苦しみも死もない世界だと? そんなものは、味のしないスープと同じだ。……生きるということは、泥にまみれ、誰かを憎み、それでも明日の飯を美味いと思うことだ。お前たちが提示しているのは『救済』じゃない。ただの『廃棄処理』だ」

「カイ……様…………」

 ニアが震える声で呟く。

「ニア、お前もだ。こんな偽物の親に抱かれて消えるのが、お前の望みか? リィネがお前のために焼いた、あの焦げたクッキーの苦さを忘れたのか?」

「……う、うぅ……。でも、私が外に出たら……世界が、壊れちゃうって……この人たちが……」

「壊れるなら壊せばいい。私が何度でも建て直してやる」

 カイは両腕を広げ、ニアの前に立ちはだかった。

 精神世界の崩壊が始まる。管理局のシステムが、異物であるカイを排除しようと、白銀の光を剣の雨に変えて降り注がせた。
  
「――世界か、少女か。選択してください。少女を救い出せば、蓄積されたリセット・エネルギーが逆流し、地上は消滅します。世界を救うなら、少女はこのままシステムの一部として消えるしかありません」

 システムの無機質な宣告。

 それは、論理的に構築された絶対の二択(デッドロック)。

 だが、カイの唇には不敵な笑みが浮かんでいた。

「……お前たちは、本当に計算が大好きだな。だが、計算機には解けない問題がある。……『不条理』という名の答えだ」

 カイは右腕のソロモンの回路を逆回転させ、左腕の摩天の呪力を自身の心臓へと集中させた。

 世界を消すエネルギー。それを「世界」という巨大な対象ではなく、たった一つの「点」へと誘導する。

「世界が滅びるのが嫌なら、そのエネルギーをすべて、私一人が引き受けてやる」

「な……ッ!? 不可能です! 人の魂に、世界の再編規模のエネルギーを定着させるなど……」

「できるかできないかじゃない。……私が『そう決めた』。それが呪術だ」

 カイが指先を空に突き出し、魂の底から禁忌の術式を紡ぎ出す。

「――呪術・魔術融合超絶技巧:『因果置換・身代わりの残響(パラドックス・エコー)』」

 瞬間。

 ニアの体内に植え付けられていた『希望の種子』の所有権が、目に見える黒い糸となってカイの左腕へと移譲された。

 都全体の魔力が、そして世界を書き換えようとしていた白銀の光が、行き場を失い、カイというたった一人の人間に向かって一気に収束を開始する。

「ガ、アアアアアアアアアアアアッ!!!」

 カイの絶叫が精神世界を貫いた。

 一人の人間に、数億人の人生を書き換えるだけの質量が流れ込む。

 彼の左腕は、熱によって炭化し始め、血管は呪力の過負荷で黒く浮き出し、全身の毛穴から血が吹き出した。

「カイ様!! やめて、もうやめて!!」

 ニアが叫び、カイに縋り付こうとする。だが、カイは血に染まった右手で、優しくニアの頭を撫でた。

「……泣くな、ニア。……大人が、ガキの尻拭いをするのは……当然のことだ」

 カイの執念が、爆発しそうなエネルギーを内側から抑え込む。

 彼はその膨大な「消去の光」を、自身の「数千年の孤独な記憶」という名の闇で相殺し、ただの「熱」へと変換し続けた。

 精神世界が、音を立てて崩壊していく。

 偽りの花園も、偽りの両親も、白銀の空も。

 すべてが剥がれ落ち、その先に、現実の『アイアン・ドーム』の赤黒い機械の光が見えてきた。

 現実世界。

 繭が内側から弾け飛び、黒煙と共に、二人の影が床に叩きつけられた。

「カイ様!!」

 リィネが駆け寄る。

 そこには、全身から煙を上げ、ピクリとも動かないカイと、その腕の中で意識を失っているニアがいた。

 カイの左腕は、もはや腕の形を留めていないほどに焼け爛れ、周囲の床は彼の血で赤く染まっていた。

「主、生命活動……微弱。ですが、魔力循環の回復を確認。……『グランド・マザー』の沈黙を確認しました。主が……すべてのリセット・エネルギーを一人で飲み込み、中和したようです」

 グリムの声には、機械であるはずの彼にさえ「安堵」の震えが混じっていた。

 リィネは泣きながら、カイの無事な右手を握りしめ、必死に癒やしの呪術を施した。

 数分後。

「……はぁ、……っ、げほっ……」

 カイが、激しく咳き込みながら目を開けた。

「……あー、……リィネか。……少し、寝過ぎたか?」

「カイ様……! よかった、本当によかった……っ!」

「……ニアは?」

「……ここに。無事ですわ。あなたの腕の中で、ぐっすりと眠っています」

 カイは、焼け爛れた左腕を忌々しそうに見つめ、それから安らかな寝顔の少女を見て、小さく口角を上げた。

「……高いリフォーム代になったが。……まあ、悪くない」

 その時。

 都全体を揺るがす巨大な地鳴りが響いた。

 魔力源を失い、さらにカイの術式の余波を受けた『アイアン・ドーム』が、物理的に崩壊を開始したのだ。

「主、脱出を。ドームの自重により、あと五分でここは地下へと埋没します」

「……ああ。帰るぞ、我が家へ」

 カイはリィネに支えられながら立ち上がった。

 崩落する瓦礫を、弱まった呪力で払い除けながら、一行は出口を目指す。

 だが、都の外縁部、吹雪が吹き荒れる極寒の荒野に出た彼らを待っていたのは、安らぎではなかった。

 吹雪の向こう側。

 真っ白な闇を割って、一人の人物がゆっくりと歩み寄ってきた。

 白装束に、一切の汚れもない外套。

 これまで出会った七賢者たちとは一線を画す、神々しいまでの静寂を纏った男。

「……見事な因果の書き換えでした、摩天様。……いえ、カイ殿とお呼びすべきかな」

 男がフードを外すと、そこには鏡のように整った、しかし感情の欠落した美しい顔があった。

「……七賢者がリーダー。……【沈黙】の賢者か」

 カイが黄金の瞳を鋭く光らせる。

 左腕を失い、魔力を使い果たした満身創痍の一行の前に、ついに物語の黒幕が、その絶対的な絶望と共に立ちはだかった。
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