冷たい手のひらに残る、琥珀色の温もり

Y.

文字の大きさ
3 / 5

第3章:触れられない距離と、揺れる

しおりを挟む
 冷たい手のひらに叩き払われて以来、僕と瑠璃の距離は最も遠くなった。図書室での「温かい飲み物」の交流さえ、一時途絶えた。

 陽太は変わらず瑠璃に話しかけたが、僕とは対照的に、彼は「触れること」を恐れなかった。肩を組もうとし、手を振って笑う。瑠璃は戸惑いながらも、陽太の太陽のような眩しい笑顔には、強く拒絶できなかった。

 僕は嫉妬した。

(僕の温もりじゃ、駄目なのか? 佐伯の、あの無邪気な明るさの方が、瑠璃には必要なのか?)

 僕が淹れる温かい紅茶は、瑠璃の冷たさに触れることなく、ただ喉を潤すだけの存在になりかけていた。

 そんな中、瑠璃が過去を断ち切れない決定的な出来事が起こった。

 下校時、学校の門前で、数年前まで彼女の家に出入りしていたという年上の男が、瑠璃を待ち伏せていた。男は瑠璃に一方的に話しかけ、最終的に彼女の華奢な手首を掴んだ。

「逃げるなよ、瑠璃」

 瑠璃の顔から血の気が失せ、彼女の琥珀色の瞳は完全に恐怖に染まった。彼女がかつて見た、愛するものが傷つく光景がフラッシュバックしているのが分かった。

「離せ!」

 僕は男を突き飛ばしたが、瑠璃は僕の横をすり抜け、パニック状態で走り去ってしまった。彼女の手首には、男に掴まれた赤黒い痕が残っていた。

 僕は彼女を追いかけ、たどり着いたのは、誰も寄り付かない校舎裏の古びた倉庫だった。

 倉庫の片隅で、瑠璃は膝を抱えて震えていた。猫のように身を縮め、完全に心を閉ざしている。

 僕は、彼女のそばに座った。

 その時、僕の衝動は頂点に達していた。

(手を握りたい。この震えを、この手で止めてやりたい。抱きしめて、この温もりで全てを忘れさせたい)

 だが、僕は拳を握り、必死に手を抑え込んだ。代わりに、自分の持っていたマグカップを両手で強く握りしめる。

 触れてはいけない。

 今、彼女に必要なのは、恐怖と結びついてしまった物理的な接触ではない。この冷たい闇の中で、彼女の心に届く言葉の温もりだ。

「瑠璃」

 僕の声は震えていたが、迷いはなかった。

「もう逃げるな。君が触れることを恐れても、君の手が冷たくても、それは君のせいじゃない」

「……私は、人を傷つける」

「違う! 君は、自分を傷つけることを恐れているだけだ」

 僕はマグカップを床に置き、彼女と視線を合わせた。琥珀色の瞳は涙で潤み、揺れている。

「俺は、君の冷たさも、その奥にある怖さも知っている。温かい飲み物でごまかそうとしたことも知っている。でも、もう逃げない。この温かい飲み物みたいに、君の心を温め続ける言葉で、俺は君のそばにいる」

 僕の真摯な告白に、瑠璃の涙腺が決壊した。彼女は声を殺して泣き崩れた。

「俺の温かい手は、君を掴むためにあるんじゃない。君が、いつか自ら掴んでくれるのを待つためにあるんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

処理中です...