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第3章:触れられない距離と、揺れる
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冷たい手のひらに叩き払われて以来、僕と瑠璃の距離は最も遠くなった。図書室での「温かい飲み物」の交流さえ、一時途絶えた。
陽太は変わらず瑠璃に話しかけたが、僕とは対照的に、彼は「触れること」を恐れなかった。肩を組もうとし、手を振って笑う。瑠璃は戸惑いながらも、陽太の太陽のような眩しい笑顔には、強く拒絶できなかった。
僕は嫉妬した。
(僕の温もりじゃ、駄目なのか? 佐伯の、あの無邪気な明るさの方が、瑠璃には必要なのか?)
僕が淹れる温かい紅茶は、瑠璃の冷たさに触れることなく、ただ喉を潤すだけの存在になりかけていた。
そんな中、瑠璃が過去を断ち切れない決定的な出来事が起こった。
下校時、学校の門前で、数年前まで彼女の家に出入りしていたという年上の男が、瑠璃を待ち伏せていた。男は瑠璃に一方的に話しかけ、最終的に彼女の華奢な手首を掴んだ。
「逃げるなよ、瑠璃」
瑠璃の顔から血の気が失せ、彼女の琥珀色の瞳は完全に恐怖に染まった。彼女がかつて見た、愛するものが傷つく光景がフラッシュバックしているのが分かった。
「離せ!」
僕は男を突き飛ばしたが、瑠璃は僕の横をすり抜け、パニック状態で走り去ってしまった。彼女の手首には、男に掴まれた赤黒い痕が残っていた。
僕は彼女を追いかけ、たどり着いたのは、誰も寄り付かない校舎裏の古びた倉庫だった。
倉庫の片隅で、瑠璃は膝を抱えて震えていた。猫のように身を縮め、完全に心を閉ざしている。
僕は、彼女のそばに座った。
その時、僕の衝動は頂点に達していた。
(手を握りたい。この震えを、この手で止めてやりたい。抱きしめて、この温もりで全てを忘れさせたい)
だが、僕は拳を握り、必死に手を抑え込んだ。代わりに、自分の持っていたマグカップを両手で強く握りしめる。
触れてはいけない。
今、彼女に必要なのは、恐怖と結びついてしまった物理的な接触ではない。この冷たい闇の中で、彼女の心に届く言葉の温もりだ。
「瑠璃」
僕の声は震えていたが、迷いはなかった。
「もう逃げるな。君が触れることを恐れても、君の手が冷たくても、それは君のせいじゃない」
「……私は、人を傷つける」
「違う! 君は、自分を傷つけることを恐れているだけだ」
僕はマグカップを床に置き、彼女と視線を合わせた。琥珀色の瞳は涙で潤み、揺れている。
「俺は、君の冷たさも、その奥にある怖さも知っている。温かい飲み物でごまかそうとしたことも知っている。でも、もう逃げない。この温かい飲み物みたいに、君の心を温め続ける言葉で、俺は君のそばにいる」
僕の真摯な告白に、瑠璃の涙腺が決壊した。彼女は声を殺して泣き崩れた。
「俺の温かい手は、君を掴むためにあるんじゃない。君が、いつか自ら掴んでくれるのを待つためにあるんだ」
陽太は変わらず瑠璃に話しかけたが、僕とは対照的に、彼は「触れること」を恐れなかった。肩を組もうとし、手を振って笑う。瑠璃は戸惑いながらも、陽太の太陽のような眩しい笑顔には、強く拒絶できなかった。
僕は嫉妬した。
(僕の温もりじゃ、駄目なのか? 佐伯の、あの無邪気な明るさの方が、瑠璃には必要なのか?)
僕が淹れる温かい紅茶は、瑠璃の冷たさに触れることなく、ただ喉を潤すだけの存在になりかけていた。
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「逃げるなよ、瑠璃」
瑠璃の顔から血の気が失せ、彼女の琥珀色の瞳は完全に恐怖に染まった。彼女がかつて見た、愛するものが傷つく光景がフラッシュバックしているのが分かった。
「離せ!」
僕は男を突き飛ばしたが、瑠璃は僕の横をすり抜け、パニック状態で走り去ってしまった。彼女の手首には、男に掴まれた赤黒い痕が残っていた。
僕は彼女を追いかけ、たどり着いたのは、誰も寄り付かない校舎裏の古びた倉庫だった。
倉庫の片隅で、瑠璃は膝を抱えて震えていた。猫のように身を縮め、完全に心を閉ざしている。
僕は、彼女のそばに座った。
その時、僕の衝動は頂点に達していた。
(手を握りたい。この震えを、この手で止めてやりたい。抱きしめて、この温もりで全てを忘れさせたい)
だが、僕は拳を握り、必死に手を抑え込んだ。代わりに、自分の持っていたマグカップを両手で強く握りしめる。
触れてはいけない。
今、彼女に必要なのは、恐怖と結びついてしまった物理的な接触ではない。この冷たい闇の中で、彼女の心に届く言葉の温もりだ。
「瑠璃」
僕の声は震えていたが、迷いはなかった。
「もう逃げるな。君が触れることを恐れても、君の手が冷たくても、それは君のせいじゃない」
「……私は、人を傷つける」
「違う! 君は、自分を傷つけることを恐れているだけだ」
僕はマグカップを床に置き、彼女と視線を合わせた。琥珀色の瞳は涙で潤み、揺れている。
「俺は、君の冷たさも、その奥にある怖さも知っている。温かい飲み物でごまかそうとしたことも知っている。でも、もう逃げない。この温かい飲み物みたいに、君の心を温め続ける言葉で、俺は君のそばにいる」
僕の真摯な告白に、瑠璃の涙腺が決壊した。彼女は声を殺して泣き崩れた。
「俺の温かい手は、君を掴むためにあるんじゃない。君が、いつか自ら掴んでくれるのを待つためにあるんだ」
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