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第1話:陰キャに優しいギャルなんて、この世のバグに決まってる
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「おはよう、佐藤くん! 今日も髪の毛ピョコってなってるね。寝癖? 幼馴染キャラっぽくて可愛いじゃん!」
鼓膜を突き刺すような、弾けるような明るい声。
視界に飛び込んできたのは、緩く巻かれたミルクティー色の長い髪と、校則を大胆に無視した短いスカートから伸びる、眩しいほどに白い脚。そして、ふわりと漂う甘い香水の匂い。
瀬戸結衣(せと ゆい)。
この学園における「一軍ギャル」の象徴であり、ピラミッドの頂点に君臨する、俺とは住む世界が違うはずの存在。
「…………」
俺、佐藤湊(さとう みなと)は、反射的に机に突っ伏した。
心拍数は一気に跳ね上がり、背中には嫌な汗が流れる。だが、それは決して恋のときめきなどではない。
これは、本能が鳴らしている最大級の「警戒警報」だ。
(……出た。罠だ。これは絶対に罠だ。落ち着け佐藤、騙されるな。周囲を確認しろ。誰かがスマホを構えていないか? 教室の隅で、あいつの取り巻きがニヤニヤしながら俺の反応を動画に収めていないか!?)
俺の脳内にある「ギャル・セキュリティ・システム」がフル稼働し、あらゆる最悪のシミュレーションを弾き出す。
なぜなら、この世には不変の真理があるからだ。
――陰キャに優しいギャルなんて、この世に存在するわけがない。
そんなものはアニメやラノベの中にしか生息しない絶滅危惧種……いや、そもそも最初から存在しない幻想なのだ。
「あれ、無視? ひどーい! せっかく佐藤くんが好きそうな限定の炭酸ジュース、購買で買ってきたのに」
結衣はそう言って、俺の机にパシャリとペットボトルを置いた。
限定フレーバー。昨日、俺が小声で「これ美味そうだな」と独り言を漏らしたやつだ。
(……ストーカーか!? いや、違う。昨日、独り言を聞かれたのか。それをメモして、わざわざ買ってきただと? なぜだ。なぜそんな手間をかける。俺を油断させて、後で『実はこれ、中身を激辛ソースに替えておきましたw』とか言うつもりだろ。そうなんだろ!?)
「……いいんですか、僕みたいなのに」
俺は顔を上げず、消え入るような声で答えた。
ここで無視を突き通して「ノリが悪い」と認定されるのも怖い。攻撃を回避するための最小限の応答。
「いーのいーの! 佐藤くん、いつも一人でお弁当食べてるでしょ? 今日の昼休み、中庭で一緒に飲まない?」
中庭。
陽キャたちが集い、リア充のオーラが渦巻く、俺にとっては「処刑場」に等しい場所。
「……遠慮しておきます。僕は、教室の隅で石ころのように過ごすのが性に合ってるので」
「えー、石ころとか言わないでよ。佐藤くん、眼鏡取ったら絶対イケメンだしさ!」
出た。
「眼鏡を取ったらイケメン」。
ギャルが陰キャをからかう時の、テンプレ中のテンプレ台詞だ。
その台詞、中学の時に美咲って女からも聞いたよ。その後、何て言われたか覚えてるか? 『マジで信じたの? 鏡見なよw』だ。
「……眼鏡は僕の一部なので、取れません。呪いの装備なんです」
「あはは! 佐藤くんって本当面白いよね! じゃあ、ジュースは置いとくからね。気が向いたら中庭おいでよ。待ってるから!」
結衣はひらひらと手を振って、自分のグループへと戻っていった。
彼女が輪の中心に戻ると、途端に華やかな笑い声が教室を支配する。その中心で笑う彼女の姿は、どう見ても「善良な一般市民」に牙を剥く捕食者には見えない。
だが、俺は知っている。
美人は、裏があるから美人なのだ。
優しさは、残酷な結末をより際立たせるためのスパイスに過ぎない。
(……あぶないところだった。危うく、あの笑顔を『善意』だと誤認するところだった)
俺は震える手で、机の上に置かれた炭酸ジュースを凝視した。
毒。毒が入っている。あるいは、これを飲んだ瞬間に、クラス全員が「うわ、あいつマジでジュース受け取ってるしw」と指を指して笑い始める……。
俺の脳内では、すでに「第2の公開処刑事件」がフルハイビジョンで再生されていた。
――授業中も、俺の思考は結衣に支配されていた。
といっても、恋心ではない。
「彼女が次、いつ、どのタイミングで俺に仕掛けてくるか」という、テロリストの動向を追う公安警察のような緊張感だ。
そして昼休み。
俺は逃げるように屋上へと続く階段の踊り場へ向かった。
ここなら誰にも邪魔されず、静かにパンをかじることができる。
……はずだった。
「みーつけたっ!」
背後から聞こえてきた声に、俺は喉にパンを詰まらせそうになった。
振り返ると、そこにはなぜか息を切らした結衣が立っていた。
「……な、なんで、ここに」
「中庭に来ないんだもん。佐藤くんが行きそうな場所、全部探したんだよ?」
全部、探した。
その言葉の重みに、俺は戦慄した。
ターゲットを逃がさない。この女、本気で俺を「オモチャ」にするつもりだ。逃げ場はないということか。
「……瀬戸さん、単刀直入に聞きます。僕、何かしましたか?」
「え? 何が?」
「謝ります。もし、僕の存在が視界に入って不快だったなら、謝ります。だから、もう僕に構うのはやめてください。罰ゲームなら、もう十分でしょう。僕の負けでいいです。動画なら今のを撮って終わりにしてください」
一気に捲し立てた。
結衣は、きょとんとした顔で俺を見つめている。
やがて、彼女はゆっくりと歩み寄り、俺の目の前で足を止めた。
甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
「佐藤くん……。さっきから罰ゲームとか動画とか、何の話?」
「……とぼけないでください。君みたいな一軍の女子が、僕みたいな陰キャに優しくする理由なんて、それ以外にない」
結衣は少しだけ悲しそうに眉を下げた。
そして、信じられないことに、俺の制服の袖をぎゅっと掴んだ。
「理由、なきゃダメ? ……佐藤くんが落としたあのキーホルダー、私が拾った時。すごく大事そうに抱えて走ってったでしょ? あの時の佐藤くんの顔、すごく……なんていうか、一生懸命で。私、そういう人、放っておけないんだよね」
キーホルダー。
一週間前、俺がリュックから落とした「深夜アニメの限定品」のことか。
「……あれを見たんですか。キモいと思っただろ」
「思ってないよ! むしろ、あのアニメ私も気になってたし。……ねえ、佐藤くん。私は、佐藤くんと仲良くなりたいだけ。これ、嘘に見える?」
結衣が顔を覗き込んでくる。
その瞳は、一点の曇りもなく、まっすぐに俺を射抜いていた。
(……嘘だ。嘘に決まってる。こんなの、アニメの第1話の展開じゃないか。現実のギャルは、もっと冷酷で、もっと効率的だ。こんなリスクを冒してまで、陰キャに媚びる必要なんてないはずだ!)
だが。
彼女に掴まれた袖を通じて伝わってくる体温は、驚くほど温かかった。
「……信じません。僕は、絶対に信じない」
「あはは、頑固だなあ。いいよ、信じてくれるまで、毎日追いかけるから」
結衣はいたずらっぽく笑うと、俺の隣にすとんと座り込んだ。
「さて、お昼にしよ! ほら、さっきのジュース開けてよ。一緒に飲もうって約束したじゃん」
屋上の踊り場。
一軍ギャルと、卑屈な陰キャ。
交わるはずのなかった二人の線が、強引に結びつけられていく。
(……陰キャに優しいギャルなんて、絶対に存在しない。……存在するわけがないんだ。……でも、もしこれが『罠』じゃなくて『奇跡』だとしたら。……いや、ありえない。ありえないからな!!)
俺は心の中でそう叫びながら、震える手でペットボトルのキャップを回した。
シュワッという炭酸の音が、俺の平穏な日常が崩れ去る音のように聞こえた。
――これが、俺と彼女の、長く、そして(俺にとっては)命懸けのラブコメの始まりだった。
鼓膜を突き刺すような、弾けるような明るい声。
視界に飛び込んできたのは、緩く巻かれたミルクティー色の長い髪と、校則を大胆に無視した短いスカートから伸びる、眩しいほどに白い脚。そして、ふわりと漂う甘い香水の匂い。
瀬戸結衣(せと ゆい)。
この学園における「一軍ギャル」の象徴であり、ピラミッドの頂点に君臨する、俺とは住む世界が違うはずの存在。
「…………」
俺、佐藤湊(さとう みなと)は、反射的に机に突っ伏した。
心拍数は一気に跳ね上がり、背中には嫌な汗が流れる。だが、それは決して恋のときめきなどではない。
これは、本能が鳴らしている最大級の「警戒警報」だ。
(……出た。罠だ。これは絶対に罠だ。落ち着け佐藤、騙されるな。周囲を確認しろ。誰かがスマホを構えていないか? 教室の隅で、あいつの取り巻きがニヤニヤしながら俺の反応を動画に収めていないか!?)
俺の脳内にある「ギャル・セキュリティ・システム」がフル稼働し、あらゆる最悪のシミュレーションを弾き出す。
なぜなら、この世には不変の真理があるからだ。
――陰キャに優しいギャルなんて、この世に存在するわけがない。
そんなものはアニメやラノベの中にしか生息しない絶滅危惧種……いや、そもそも最初から存在しない幻想なのだ。
「あれ、無視? ひどーい! せっかく佐藤くんが好きそうな限定の炭酸ジュース、購買で買ってきたのに」
結衣はそう言って、俺の机にパシャリとペットボトルを置いた。
限定フレーバー。昨日、俺が小声で「これ美味そうだな」と独り言を漏らしたやつだ。
(……ストーカーか!? いや、違う。昨日、独り言を聞かれたのか。それをメモして、わざわざ買ってきただと? なぜだ。なぜそんな手間をかける。俺を油断させて、後で『実はこれ、中身を激辛ソースに替えておきましたw』とか言うつもりだろ。そうなんだろ!?)
「……いいんですか、僕みたいなのに」
俺は顔を上げず、消え入るような声で答えた。
ここで無視を突き通して「ノリが悪い」と認定されるのも怖い。攻撃を回避するための最小限の応答。
「いーのいーの! 佐藤くん、いつも一人でお弁当食べてるでしょ? 今日の昼休み、中庭で一緒に飲まない?」
中庭。
陽キャたちが集い、リア充のオーラが渦巻く、俺にとっては「処刑場」に等しい場所。
「……遠慮しておきます。僕は、教室の隅で石ころのように過ごすのが性に合ってるので」
「えー、石ころとか言わないでよ。佐藤くん、眼鏡取ったら絶対イケメンだしさ!」
出た。
「眼鏡を取ったらイケメン」。
ギャルが陰キャをからかう時の、テンプレ中のテンプレ台詞だ。
その台詞、中学の時に美咲って女からも聞いたよ。その後、何て言われたか覚えてるか? 『マジで信じたの? 鏡見なよw』だ。
「……眼鏡は僕の一部なので、取れません。呪いの装備なんです」
「あはは! 佐藤くんって本当面白いよね! じゃあ、ジュースは置いとくからね。気が向いたら中庭おいでよ。待ってるから!」
結衣はひらひらと手を振って、自分のグループへと戻っていった。
彼女が輪の中心に戻ると、途端に華やかな笑い声が教室を支配する。その中心で笑う彼女の姿は、どう見ても「善良な一般市民」に牙を剥く捕食者には見えない。
だが、俺は知っている。
美人は、裏があるから美人なのだ。
優しさは、残酷な結末をより際立たせるためのスパイスに過ぎない。
(……あぶないところだった。危うく、あの笑顔を『善意』だと誤認するところだった)
俺は震える手で、机の上に置かれた炭酸ジュースを凝視した。
毒。毒が入っている。あるいは、これを飲んだ瞬間に、クラス全員が「うわ、あいつマジでジュース受け取ってるしw」と指を指して笑い始める……。
俺の脳内では、すでに「第2の公開処刑事件」がフルハイビジョンで再生されていた。
――授業中も、俺の思考は結衣に支配されていた。
といっても、恋心ではない。
「彼女が次、いつ、どのタイミングで俺に仕掛けてくるか」という、テロリストの動向を追う公安警察のような緊張感だ。
そして昼休み。
俺は逃げるように屋上へと続く階段の踊り場へ向かった。
ここなら誰にも邪魔されず、静かにパンをかじることができる。
……はずだった。
「みーつけたっ!」
背後から聞こえてきた声に、俺は喉にパンを詰まらせそうになった。
振り返ると、そこにはなぜか息を切らした結衣が立っていた。
「……な、なんで、ここに」
「中庭に来ないんだもん。佐藤くんが行きそうな場所、全部探したんだよ?」
全部、探した。
その言葉の重みに、俺は戦慄した。
ターゲットを逃がさない。この女、本気で俺を「オモチャ」にするつもりだ。逃げ場はないということか。
「……瀬戸さん、単刀直入に聞きます。僕、何かしましたか?」
「え? 何が?」
「謝ります。もし、僕の存在が視界に入って不快だったなら、謝ります。だから、もう僕に構うのはやめてください。罰ゲームなら、もう十分でしょう。僕の負けでいいです。動画なら今のを撮って終わりにしてください」
一気に捲し立てた。
結衣は、きょとんとした顔で俺を見つめている。
やがて、彼女はゆっくりと歩み寄り、俺の目の前で足を止めた。
甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
「佐藤くん……。さっきから罰ゲームとか動画とか、何の話?」
「……とぼけないでください。君みたいな一軍の女子が、僕みたいな陰キャに優しくする理由なんて、それ以外にない」
結衣は少しだけ悲しそうに眉を下げた。
そして、信じられないことに、俺の制服の袖をぎゅっと掴んだ。
「理由、なきゃダメ? ……佐藤くんが落としたあのキーホルダー、私が拾った時。すごく大事そうに抱えて走ってったでしょ? あの時の佐藤くんの顔、すごく……なんていうか、一生懸命で。私、そういう人、放っておけないんだよね」
キーホルダー。
一週間前、俺がリュックから落とした「深夜アニメの限定品」のことか。
「……あれを見たんですか。キモいと思っただろ」
「思ってないよ! むしろ、あのアニメ私も気になってたし。……ねえ、佐藤くん。私は、佐藤くんと仲良くなりたいだけ。これ、嘘に見える?」
結衣が顔を覗き込んでくる。
その瞳は、一点の曇りもなく、まっすぐに俺を射抜いていた。
(……嘘だ。嘘に決まってる。こんなの、アニメの第1話の展開じゃないか。現実のギャルは、もっと冷酷で、もっと効率的だ。こんなリスクを冒してまで、陰キャに媚びる必要なんてないはずだ!)
だが。
彼女に掴まれた袖を通じて伝わってくる体温は、驚くほど温かかった。
「……信じません。僕は、絶対に信じない」
「あはは、頑固だなあ。いいよ、信じてくれるまで、毎日追いかけるから」
結衣はいたずらっぽく笑うと、俺の隣にすとんと座り込んだ。
「さて、お昼にしよ! ほら、さっきのジュース開けてよ。一緒に飲もうって約束したじゃん」
屋上の踊り場。
一軍ギャルと、卑屈な陰キャ。
交わるはずのなかった二人の線が、強引に結びつけられていく。
(……陰キャに優しいギャルなんて、絶対に存在しない。……存在するわけがないんだ。……でも、もしこれが『罠』じゃなくて『奇跡』だとしたら。……いや、ありえない。ありえないからな!!)
俺は心の中でそう叫びながら、震える手でペットボトルのキャップを回した。
シュワッという炭酸の音が、俺の平穏な日常が崩れ去る音のように聞こえた。
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