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決裂
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早朝。
町はずれの小川のほとり。
太郎太と善吉は、川沿いを連れ立って歩いている。太郎太は神妙な面持ちだ。
「それで大切な話っていうのは?」
善吉の問いに答えるように、太郎太は立ち止まる。
そしてキョロキョロと周囲を警戒しはじめ、さらには屈みこんで川面を凝視し、小川の中に誰か潜んでいないかまで探る。
ようやく安心すると、
「よろこべ! ついに弾正を討つ好機が訪れたんじゃ!」
と鼻息荒く宣言する。
「……まださようなことをやってたのか?」
「あたりまえじゃ! 他になにがある?」
残念そうな顔の善吉を無視して、太郎太は説明をつづける。
「弾正は二日後に〈麓の森〉で狩りをする。これは信用できるたしかな沙汰じゃ」
なんのことはない。太郎太もまた、橋の前に立っていた高札を見たのだ。
「わしら甲賀忍びにとって、森は庭のようなもの。ひそかに獲物に近づくなぞ造作もないことよ」
例によって根拠薄き自信である。
「狩りとはいえ、弾正は屈強な警固衆を従えるだろ」
太郎太はニヤリとして、
「忘れたのか? わしらにはこれがあるじゃろう」
と懐からハッサクを取り出す。
「朝飯か?」
「なんでいま食うのじゃ」
ハッサクの皮を剥ぎとる。包んでカモフラージュしていたのは──
「焙烙玉か……!」
鬼熊退治に使ったのと同じものである。
「これで警固衆ごと木端微塵じゃ」
「そううまくいくかな? もし狙いを外したらそこまでだぞ」
「狩りのとき、弾正が必ず石に腰掛けて休憩する場所があるらしいんじゃ。そこで待ち構えておればいい」
「それにしても……湿気てて不発かもしれないし」
「そこまで気にしておったらキリがないわい」
「成功する見込みは、せいぜい百のうちの一つか二つだぞ」
「善吉、いいかげんにしろ!」
めずらしく太郎太が本気で怒鳴る。
「おぬしがさように弱気じゃから、いつもうまくいかんのじゃ! そんなことではとても〈名誉の忍び〉には成れんぞ!」
善吉は険しい複雑な顔つきで、
「正直……成るのは無理だと思う。わしらの才量では」
太郎太はその言葉に仰天して、
「本気で言ってるのか!?」
「ああ、わしは以前からうすうす気づいてた」
「わしはちがうぞ! 天から授かった忍びの才がある!」
善吉は一瞬押し黙った後、
「前々から、一度たずねようと思ってた」
と改まった口ぶりで切り出す。
「?」
「おぬしのその自信の拠り所は、いったいどこにあるんだ?」
予期せぬ質問だったらしく、太郎太は一瞬戸惑いの顔を見せる。
だがすぐに口を開き、憑かれたように語り出す。
「目を閉じると、わしには容易に見える。己が〈名誉の忍び〉と呼ばれて、さっそうと活躍する姿が。さような光景を思い浮かべておると、酔い痴れたときのような良い心持になるんじゃ」
そして太郎太はこう言い放つ。
「これこそが天賦の才の証しであろう!」
と。
善吉はまた一瞬押し黙った後、
「……どうかしてる」
と卑しむようにつぶやく。
「なんじゃと!」
「それに肥え太った忍びなんてありえない」
そして言ってはならないタブーをとうとう口にする。
太郎太は、正面から善吉に体当たりする。
二人はもつれあって、そのまま取っ組みいがはじまる。
忍びに必要な武術はなんといっても各種の武器術だが、甲賀は相撲が盛んな地域ゆえに体術が得意な者も少なくない。だが二人のものは子供のケンカと同じで、感情ばかりが先立って技術的には見るべきところがまったくない。体格に勝る太郎太が始めのうちは優勢だが、すぐにスタミナ切れとなり、結局はどっこいどっこいになる。
二人ともヘトヘトに疲れたところで、どちらともなくケンカを止めて、その場にぐったりとしゃがみこむ。
「……わしは忍びには成らん」
と善吉。
「な、なんじゃと!?」
「手鞠殿の勧めでな。この町で薬屋を開くんだ」
太郎太にあてつけるように、衝動的に今ここで決断する。
「ヘタな戯言はよせ! なにが薬屋じゃ!」
「忍び者とちがって稼ぎもいいし、危うい目にもあわんですむ。わしはこれからは善良な民として、この町でまっとうに暮らすんだ。末長くな」
「おぬしにさような退屈な暮らしができるものか。薬屋なんて、毎日スリコギでゴリゴリやるだけじゃろう。何が面白いんだ!」
「面白いとかつまらんの話じゃない、生業だ」
「昔から、あれだけ嫌がってたじゃろう!」
「わしらははもう、八つのガキじゃないんだ!」
善吉と太郎太は、しばし無言でにらみ合う。
「勝手にしろ! わしは一人でも手柄を立ててやる! 下柘植の佐助のような〈名誉の忍び〉に成ってやるからな!」
太郎太は背をむけ、駆け足で立ち去る。
「………」
その後ろ姿を、善吉は複雑な思いで見送る。
* * *
通りに面した町屋の居間。部屋の隅には、善吉が山で採ってきた薬種の植物を整理してならべてある。
善吉は、壁にもたれてボーっとしている。
彼は回想する。
七年前の甲賀の里でのことを──
八歳の太郎太と善吉が、目の前にある屋敷の塀を見上げている。
「高すぎる。とてもわしらでは越えられないな、太郎太」
「善吉、最強の忍術はなんだか知っとるか?」
「……やっぱり火術の類いか?」
「いや、〝双忍の術〟じゃ」
「そう忍?」
「二人一組で務めを果たすことじゃ。忍歌にもある。〝忍びには二人行くこそ大事なれ。独り忍びに良きことはなし〟と」
善吉は深く感心して、
「なるほど……!」
善吉が土台となり、太郎太を肩車する。
その重みで、善吉の両脚はブルブルと震えている。
太郎太は自分の重い身体のせいで苦戦しながらも、なんとか塀の屋根の上によじのぼる。
そこから両手を伸ばして善吉の腕をつかみ、屋根の上に引っ張りあげる。
屋根の上にのぼった二人は、満足そうに微笑みあう。
──いつのまにか眠ってしまっていた善吉が目を覚ます。
格子窓の合間から朝日が差し込み、雀のさえずりが聞こえてくる。
「〝独り忍びに良きことはなし〟か……」
とつぶやく。
(そうだ、一人ではとても無理だ。いや、二人でも同じわけだけど)
決意した顔になり、
「よし!」
ガバッと立ち上がる。
善吉が廃寺に入ってくる。
コソコソとした怪しい挙動。人一人を縛り上げられるほどの長さの縄を、両手でしっかりと握っている。
これで太郎太を縛り上げ、暗殺にむかわせないよう今日一日拘束するのだ。
境内を見渡しても誰の姿もないので、善吉は本堂の扉を開けて中を覗く。
雑魚寝している四、五人の男たちの姿があるだけ。
「なんじゃ? 縄なんぞ持って」
お堂の裏手から、佐吉があくびをしながらあらわれる。
「あの、太郎太は?」
「ん? そういえば昨日の夜から姿を見んな」
(遅かったか……)
善吉は歯噛みして悔しがる。
町はずれの小川のほとり。
太郎太と善吉は、川沿いを連れ立って歩いている。太郎太は神妙な面持ちだ。
「それで大切な話っていうのは?」
善吉の問いに答えるように、太郎太は立ち止まる。
そしてキョロキョロと周囲を警戒しはじめ、さらには屈みこんで川面を凝視し、小川の中に誰か潜んでいないかまで探る。
ようやく安心すると、
「よろこべ! ついに弾正を討つ好機が訪れたんじゃ!」
と鼻息荒く宣言する。
「……まださようなことをやってたのか?」
「あたりまえじゃ! 他になにがある?」
残念そうな顔の善吉を無視して、太郎太は説明をつづける。
「弾正は二日後に〈麓の森〉で狩りをする。これは信用できるたしかな沙汰じゃ」
なんのことはない。太郎太もまた、橋の前に立っていた高札を見たのだ。
「わしら甲賀忍びにとって、森は庭のようなもの。ひそかに獲物に近づくなぞ造作もないことよ」
例によって根拠薄き自信である。
「狩りとはいえ、弾正は屈強な警固衆を従えるだろ」
太郎太はニヤリとして、
「忘れたのか? わしらにはこれがあるじゃろう」
と懐からハッサクを取り出す。
「朝飯か?」
「なんでいま食うのじゃ」
ハッサクの皮を剥ぎとる。包んでカモフラージュしていたのは──
「焙烙玉か……!」
鬼熊退治に使ったのと同じものである。
「これで警固衆ごと木端微塵じゃ」
「そううまくいくかな? もし狙いを外したらそこまでだぞ」
「狩りのとき、弾正が必ず石に腰掛けて休憩する場所があるらしいんじゃ。そこで待ち構えておればいい」
「それにしても……湿気てて不発かもしれないし」
「そこまで気にしておったらキリがないわい」
「成功する見込みは、せいぜい百のうちの一つか二つだぞ」
「善吉、いいかげんにしろ!」
めずらしく太郎太が本気で怒鳴る。
「おぬしがさように弱気じゃから、いつもうまくいかんのじゃ! そんなことではとても〈名誉の忍び〉には成れんぞ!」
善吉は険しい複雑な顔つきで、
「正直……成るのは無理だと思う。わしらの才量では」
太郎太はその言葉に仰天して、
「本気で言ってるのか!?」
「ああ、わしは以前からうすうす気づいてた」
「わしはちがうぞ! 天から授かった忍びの才がある!」
善吉は一瞬押し黙った後、
「前々から、一度たずねようと思ってた」
と改まった口ぶりで切り出す。
「?」
「おぬしのその自信の拠り所は、いったいどこにあるんだ?」
予期せぬ質問だったらしく、太郎太は一瞬戸惑いの顔を見せる。
だがすぐに口を開き、憑かれたように語り出す。
「目を閉じると、わしには容易に見える。己が〈名誉の忍び〉と呼ばれて、さっそうと活躍する姿が。さような光景を思い浮かべておると、酔い痴れたときのような良い心持になるんじゃ」
そして太郎太はこう言い放つ。
「これこそが天賦の才の証しであろう!」
と。
善吉はまた一瞬押し黙った後、
「……どうかしてる」
と卑しむようにつぶやく。
「なんじゃと!」
「それに肥え太った忍びなんてありえない」
そして言ってはならないタブーをとうとう口にする。
太郎太は、正面から善吉に体当たりする。
二人はもつれあって、そのまま取っ組みいがはじまる。
忍びに必要な武術はなんといっても各種の武器術だが、甲賀は相撲が盛んな地域ゆえに体術が得意な者も少なくない。だが二人のものは子供のケンカと同じで、感情ばかりが先立って技術的には見るべきところがまったくない。体格に勝る太郎太が始めのうちは優勢だが、すぐにスタミナ切れとなり、結局はどっこいどっこいになる。
二人ともヘトヘトに疲れたところで、どちらともなくケンカを止めて、その場にぐったりとしゃがみこむ。
「……わしは忍びには成らん」
と善吉。
「な、なんじゃと!?」
「手鞠殿の勧めでな。この町で薬屋を開くんだ」
太郎太にあてつけるように、衝動的に今ここで決断する。
「ヘタな戯言はよせ! なにが薬屋じゃ!」
「忍び者とちがって稼ぎもいいし、危うい目にもあわんですむ。わしはこれからは善良な民として、この町でまっとうに暮らすんだ。末長くな」
「おぬしにさような退屈な暮らしができるものか。薬屋なんて、毎日スリコギでゴリゴリやるだけじゃろう。何が面白いんだ!」
「面白いとかつまらんの話じゃない、生業だ」
「昔から、あれだけ嫌がってたじゃろう!」
「わしらははもう、八つのガキじゃないんだ!」
善吉と太郎太は、しばし無言でにらみ合う。
「勝手にしろ! わしは一人でも手柄を立ててやる! 下柘植の佐助のような〈名誉の忍び〉に成ってやるからな!」
太郎太は背をむけ、駆け足で立ち去る。
「………」
その後ろ姿を、善吉は複雑な思いで見送る。
* * *
通りに面した町屋の居間。部屋の隅には、善吉が山で採ってきた薬種の植物を整理してならべてある。
善吉は、壁にもたれてボーっとしている。
彼は回想する。
七年前の甲賀の里でのことを──
八歳の太郎太と善吉が、目の前にある屋敷の塀を見上げている。
「高すぎる。とてもわしらでは越えられないな、太郎太」
「善吉、最強の忍術はなんだか知っとるか?」
「……やっぱり火術の類いか?」
「いや、〝双忍の術〟じゃ」
「そう忍?」
「二人一組で務めを果たすことじゃ。忍歌にもある。〝忍びには二人行くこそ大事なれ。独り忍びに良きことはなし〟と」
善吉は深く感心して、
「なるほど……!」
善吉が土台となり、太郎太を肩車する。
その重みで、善吉の両脚はブルブルと震えている。
太郎太は自分の重い身体のせいで苦戦しながらも、なんとか塀の屋根の上によじのぼる。
そこから両手を伸ばして善吉の腕をつかみ、屋根の上に引っ張りあげる。
屋根の上にのぼった二人は、満足そうに微笑みあう。
──いつのまにか眠ってしまっていた善吉が目を覚ます。
格子窓の合間から朝日が差し込み、雀のさえずりが聞こえてくる。
「〝独り忍びに良きことはなし〟か……」
とつぶやく。
(そうだ、一人ではとても無理だ。いや、二人でも同じわけだけど)
決意した顔になり、
「よし!」
ガバッと立ち上がる。
善吉が廃寺に入ってくる。
コソコソとした怪しい挙動。人一人を縛り上げられるほどの長さの縄を、両手でしっかりと握っている。
これで太郎太を縛り上げ、暗殺にむかわせないよう今日一日拘束するのだ。
境内を見渡しても誰の姿もないので、善吉は本堂の扉を開けて中を覗く。
雑魚寝している四、五人の男たちの姿があるだけ。
「なんじゃ? 縄なんぞ持って」
お堂の裏手から、佐吉があくびをしながらあらわれる。
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