伊賀者、推参

武智城太郎

文字の大きさ
6 / 11

返り忠

しおりを挟む
 近江の街道。
 弥左衛門と木三が連れ立って歩いている。弥左衛門は地侍に、木三はその中間に変装して。
 二人の百メートルほど後ろを、行商人姿の男がぴったりついてきている。その視線は鋭く、前を行く二人のことを油断なく監視している。太郎左衛門配下の甲賀者だ。
 やがて弥左衛門と木三は越前にまでいたり、寂れた河原を歩く。
 そのうち、ポツンと立っている粗末な小屋が見えてくる。               
「あそこじゃ、〝城戸弥左衛門〟が隠れておるのは」
                     
 甲賀者は朽ち果てた舟の陰に身を伏せ、弥左衛門と木三を見張っている。
 二人は小屋の前で臨戦態勢となる。弥左衛門は腰の刀を抜き、木三は肩に掛けていた六尺棒から荷袋をはずす。
「いくぞ」
 木三が垂らしてある出入り口の簾を勢いよく跳ねのけると、二人は猛然と突入する。

 小屋の中に入ると、二人はすぐに芝居をやめて、構えていた武器をおろす。
「待たせて悪かったな、〝城戸弥左衛門〟殿」
 判官は、茶など飲みながらゆるりとしている。
「おぬしらだけか?」
「いや、安土山の犬も一匹ついてきておる」
「そうか、ならば少しばかり抗ったふりをするか」
 立ち上がって腰の脇差を抜き、左腕を自ら斬りつけて薄手を負わせる。
 さらに躊躇することなく勢いよく前方に倒れ込み、顔面をムシロを敷いた地面に叩きつける。
 起き上がると、顔の左半分に見事な青胆ができている。
 判官は平然として、
「こんなものか?」
「ああ、十分じゃ」
 むしろ弥左衛門のほうが、痛々しそうに顔をしかめている。
                   
 小屋の中から出てきた判官は、後ろ手にされて上半身を執拗に縄で縛られている。縄の先は弥左衛門が握っている。
 弥左衛門と木三が、〝城戸弥左衛門〟役の判官を引っ立てていく格好だ。
「観念しろ、城戸弥左衛門! ここまでじゃ!」
「伊賀の面汚しめ!」
 隠れて見張っている甲賀者に見せつけるため、ことさら大声で罵倒する。
                    
 木三が櫓を操る舟が、琵琶湖を漕ぎ進んでいく。
 弥左衛門と判官は舟床に腰を下ろしている。判官は縛られたままだ。
 木三は後方の様子を探り、
「甲賀者の舟、見えなくなったな」
「安土はもうそこだ。報せに急いだのじゃろう」と判官。
 弥左衛門は、木三と判官の顔を順に見つめ、
「このまま安土の城へむかうぞ。覚悟はよいな?」
 二人ともうなずく。無言の中に、燃え盛る執念がこもっている。

 岸に着くと、三人は舟から下りる。
 弥左衛門が縄の先を握って、判官を引っ立てている格好は変わらない。                   
 岸には人気がなく、寂しげな雰囲気。
 ただ一人、酔っ払ったよれよれの老人が釣りをしている。右手には釣竿、左手には瓢箪の徳利を持って。
 老人は徳利の酒を一飲みし、
「おおーっ! よう来た、若い衆!」
 上機嫌で出迎える。
「いい舟旅だったよ」
 と弥左衛門。
「ほら、一杯どうじゃ」
 徳利を掲げる。
「おお、すまんな」
 受けとり、二口ほど飲む。
 徳利を返しながら意外そうに、
「じいさん、いい酒を飲んどるな」
「ほら、あんたも」
 だが木三は、首を横に振って無下に断る。見かけによらず下戸なのだ。
「おい」
 判官は、弥左衛門と木三に注意をうながす。
 十人ほどの一団が、岸に沿って素早くこちらに駆けてくるのだ。
 伴太郎左衛門とその配下の甲賀衆である。
 あっという間に、湖を背にして取り囲まれる。
 太郎左衛門が一歩前に出て、弥左衛門に会釈する。弥左衛門も会釈を返す。
「それがしは、織田家忍び頭の伴太郎左衛門。三平殿、御無事でなにより。よくもどられた」
 先ほどは若い配下に負けぬ機敏な駆け姿を披露していたが、こうして間近で見ると、すでに老年に達しているのがわかる。
「おお、上様の御前でお会いしましたな。貴公が甲賀伴家の太郎左衛門殿でございましたか。御丁寧な出迎え、まことに痛み入ります」
 石川三平の立居振舞に早変わりしている。
「して、首尾のほうはいかがでございましたかな?」
 後ろに控えている甲賀衆全員が、無言の殺気を放っている。
 とりわけ、太郎左衛門の傍らに立っている伴正林ともしょうりんの存在は不気味である。木三をさらに上回る巨躯を誇り、大鉞おおまさかりという荒っぽい武器を手にしている。
 弥左衛門たちはただならぬ雰囲気を察知しつつも、ともかく自然に振舞う。
「御覧のとおり、凶徒城戸弥左衛門めを引っ捕らえてまいりました」
 太郎左衛門は判官の顔をまじまじと見つめ、
「ほう、そやつが上様を狙いし城戸弥左衛門でございますか。なんとも陰気な面構えでありますな。噂では、弁舌達者な色男のはずじゃが…」
「噂なぞアテにならぬもの。それがしは古くからこやつのことを見知っておりますゆえ、間違えようはありませぬ」
「このまま御前に参上し、三人で上様を襲うという策か。三平…いや、弥左衛門殿」
 弥左衛門の顔をまっすぐにらむ。
「太郎左衛門殿、お戯れを。城戸はこやつでございますぞ」
「こやつはおぬしの手下、印代判官であろう。夜討ちと火付けを得てとするらしいの」
 木三のほうをにらみ、
「そやつはおなじく原田木三。一騎当千の豪傑で、伊賀の戦では五十人もの織田兵を討ちとったとか」
 また弥左衛門のほうにむきなおり、
「そなたら三人衆の大功の数々は耳にしておる。なるほど、聞きしに勝る大胆不敵さよ」
「なにか思い違いをされておるようですな。それがしは──」
 太郎左衛門は振りむいて、
「参られよ」
 岩陰から長兵衛が姿を現し、歩み寄ってくる。
「長兵衛…!」
「この者、宮田長兵衛はおぬしが使っておった下忍だそうじゃな。昨日、城に訴え出て参ったぞ。刺客はそなたたちであるとな」
 弥左衛門は長兵衛をにらみつけ、
「長兵衛、裏切ったな! この糞喰らいがっ!」
 優雅な石川三平から、粗野な城戸弥左衛門にもどる。怒りのせいなのか?身体がブルブルと小刻みに震えてくる。
「お、おぬしこそ、われらが主である信長様のお命を脅かした謀反人ではないか!」
 すっかり織田家の家臣になりきっている。
「たわけがぁ…!」
 弥左衛門は急激に顔色が悪くなっていく。身体の震えはますますひどくなり、とうとうガクッと片膝をつく。
「どうした!?」
 と木三。
 太郎左衛門はニヤリと笑みを浮かべる。
 弥左衛門は震える両の掌を見つめながら、
「痺れ毒…!」
 ハッと舟のほうに目をやる。
 さっきまでいたはずの老人の姿が忽然と消えている。
「くそっ!」
 太郎左衛門は配下の甲賀衆に、
「弥左衛門は生きて虜にせよ! 手下の二人はまちがいなく始末せい!」
 木三が判官を縛っている縄の先を勢いよく引っ張ると、一瞬でするりとほどける。
 弥左衛門は毒が完全にまわり、地面に力なく横たわる。
「木三…判官…わしにかまわず逃げろ…!」
 弥左衛門たちを取り囲んでいる十人の甲賀衆の背後に、さらに十人もの甲賀衆が姿を現す。
 判官は振りむいて湖を確認する。
 甲賀衆四人を乗せた舟が二艘、すぐそこまで迫ってきている。
「…そうしたいが無理のようじゃ」
 四方を敵に囲まれた最悪の状況である。
 太郎左衛門は右手をサッと上げて、
「かかれ!」
 陸の甲賀衆はいっせいに刀を抜き、木三と判官に襲いかかる。
 判官はすぐさま湖に飛び込み、水中に潜る。
 木三は甲賀衆に囲まれるが、六尺棒を構えて闘志を剥き出しにする。
「織田の犬になりさがった甲賀どもが! ちょうどよいわ! この場にて成敗してくれよう!」
 舟上の甲賀衆は、水中に逃れた判官を追って、二、三人が湖に飛び込む。
 弥左衛門は駆け寄ってきた甲賀衆二人に取り押さえられ、手際よく縄で縛られる。
 木三は鬼神の強さだ。息を合わせて同時に襲いかかってくる敵を、次々と六尺棒で打ちのめしていく。
 伴正林は太郎左衛門の傍らを動かず、無言で木三の闘いぶりを眺めている。

 判官と数人の甲賀衆は、水中で激しくもみあっている。
 判官は苦無くないを敵の喉首に突き刺す。湖水が赤く染まっていく。

 木三は、六尺棒を振るって敵の頭を砕く。
 絶命し、倒れこむ甲賀者。すでに地面には、甲賀衆の撲殺死体が七、八体横たわっている。
 生き残りの甲賀衆は怯んで後ずさり、刀を構えたまま木三を遠巻きにしている。その中には、ひときわビクついている長兵衛の姿もある。
「いかがしたっ! 甲賀衆は腑抜けぞろいかっ!」
 満を持して、正林が動き出す。両手を下げたまま、木三にむかってゆっくりと近づいていく。
 太郎左衛門は生き残りの甲賀衆にむかって、
「おぬしら、手を出すな!」
 木三は正林をにらみつける。
 正林は間合いが狭まると突如猛ダッシュし、振りあげた大鉞を木三にむかって力まかせに叩きおろす。
 木三は大鉞の柄の部分を、六尺棒でガシリと受け止める。

 判官は、なおも水中で格闘している。
 舟上の甲賀衆は、取り外した櫓の先でドスドスと判官の身体を叩いて、湖面に顔を出させまいとする。
 息継ぎができない判官は、苦悶の表情となる。

 木三が六尺棒で連続技を仕掛ける。
 正林は巨体に似合わぬ機敏な動きで、それらの攻撃をしのいでいく。
 正林の大鉞が一閃し、木三の六尺棒を真っ二つに叩き切る。
「もくろーっ! ふみうち、くみうちじゃーっ!」
 毒のせいで呂律が回らないが、弥左衛門は地面に横たわったまま大声で指示する。
「わかっておる!」
 切られた六尺棒を捨て、柔術の構えをとる。
 正林は一瞬だけ思案顔になったが、すぐに大鉞を投げ捨て、自分も素手となる。
 太郎左衛門は、ニヤリと笑みを浮かべる。
 木三は凄い勢いで突進する。
 正林はそれをガッチリと受け止め、ビクともしない。
 木三は、驚きの色を隠せない。
 正林はそのまま木三を豪快に投げ倒す。
 木三は後頭部を地面にしたたか叩きつけられ、そこへさらに、頭部を容赦なく蹴り飛ばされる。
 意識が飛び、木三は大の字に横たわる。
 正林は、投げ捨てた得物を拾いあげ、ゆっくりと木三の元にもどってくる。
「もくろうっ! おきろーっ!」
 正林は、木三の頭上で大鉞を振りあげる。
 木三は意識が戻りかけ、何事かうめいている。
「もくろうーっ!」
 容赦なく振りおろされた大鉞が、木三の首を一刀両断する。
 そこへ、ずぶ濡れの甲賀衆二人が湖から岸に上がってくる。腕をつかんで引きずっているのは、白目を剥いた判官の無惨な姿。
 弥左衛門は、かすかにハッとした表情を見せる。
 甲賀衆二人に腕を離されて放置されたとたん、溺死体の真似をしていた判官はガバッと上半身を起こし、右腕を振りかぶる。手には苦無が握られている。狙いは頭である太郎左衛門だ。
 だが一瞬早く飛んできた棒手裏剣が、判官の首に深く突き刺さる。
 放ったのは太郎左衛門である。
 判官は呼吸困難となり、絶命する。
「ふん、未熟者めが」
 太郎左衛門は吐き捨てる。
 弥左衛門はガックリとうなだれる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

影武者の天下盗り

井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」 百姓の男が“信長”を演じ続けた。 やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。 貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。 戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。 炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。 家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。 偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。 「俺が、信長だ」 虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。 時は戦国。 貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。 そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。 その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。 歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。 (このドラマは史実を基にしたフィクションです)

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

処理中です...