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拷問蔵
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安土城の主郭の片隅に、ポツンと立っている小さな蔵。
牢も兼ねた拷問蔵である。
弥左衛門は上半身を裸に剥かれたうえに手足を縄で縛られ、吊るされている。
番士の茂平が、鞭杖(棍棒の表面に縄を巻きつけたもの)で二度三度と弥左衛門の背中を打ち据えている。
苦痛ではあるが耐えられぬほどではなく、弥左衛門はうめき声すら漏らさない。
かたわらには太郎左衛門が立っており、拷問を受ける弥左衛門の姿を冷徹な目で見つめている。
「いま一度尋ねる。誰に抱えられて上様のお命を狙った? 武田か? 毛利か?」
「雇い主なぞおらぬ。わしの一存で勝手に謀ったことじゃ」
「それは何故じゃ?」
弥左衛門はカッとなり、
「殺された伊賀同胞の仇討ちにきまっておろう!」
「たわけっ! 伊賀者が一文にもならぬ仕事なぞするはずないわ! さような戯言でごまかせるとでも思うたかっ!」
血相を変えて怒鳴り散らす。
「里が焼けて食い扶持を失うたゆえ、上様のお命を奪ってみせると、己から武田か毛利に売り込んだのであろう。莫大な褒美を約束されたはずじゃ!」
弥左衛門は話にもならんといった呆れ顔。
「ならば、これじゃ」
太郎左衛門は、床をかかとで叩いて指示する。
茂平は手早く縄を結び変えて弥左衛門の上下をひっくり返し、逆さ吊りの状態にする。さらに背骨に棒をあてがい、縄でグルグル巻きにして固定し、体を折り曲げられないようにする。
「……」
弥左衛門は嫌な予感を覚える。
彼が吊るされている真下の床は、マンホール大の丸い蓋になっていた。茂平が蓋を取り外すと、床下に井戸のような縦穴が現れる。茂平は、その臭気で露骨に顔をしかめる。
弥左衛門は真下を覗き込み、ギョッとする。
縦穴の底には、大量の糞尿が溜め込まれているのだ。
「やれ」
と太郎左衛門。
弥左衛門を縛っている縄は、天井の滑車を介して柱の金具にくくりつけられている。
茂平はそれをほどいて両手で持ち、弥左衛門をゆっくりとおろしていく。
縦穴の中は薄暗がりで、蝿の群れがブンブンと飛び交っている。
弥左衛門はゲホゲホとむせる。
徐々に脳天に糞尿が迫ってくる。
上にいる茂平にむかって、
「おい、おぬし! 人を肥溜めなぞに突っ込んだりしたら、死んだ後、糞尿池地獄の責め苦に合うぞ!」
茂平の縄を持つ手がピタッと止まり、
「まことですか⁉」
真に受けて太郎左衛門に尋ねる。
「さようなもんはない!」
呆れて怒鳴り返す。
いったん止まっていた縄が、再びおろされていく。
弥左衛門の脳天が、いよいよ底の糞尿につく。
さらにズブズブと頭部全体が糞尿の中にもぐっていく。
茂平は縦穴の底と太郎左衛門の顔を交互に確認しながら、
「太郎左殿?」
不安そうに声をかける。
「わしが合図するまでそのままにしておれ」
弥左衛門は首まで糞尿に浸かって、ピクリとも動かない。
「上げよ」
弥左衛門の体が引き上げられていく。
口があらわになったと同時に、ぶばっ!と命からがら呼吸するが、その拍子に口の周りの糞尿も吸い込んでしまい、今度はゲボゲボと咳き込みながら吐き出す。
縦穴から引き上げられた糞尿まみれの弥左衛門の顔に、蝿が数匹たかっている。
息も絶え絶えに、
「わ、わかった…申す…申せばよいのじゃろう!」
「誰の差し金じゃ! 武田か? 毛利か?」
「鹿じゃ…鹿狩りをしておったのじゃ。てっきり大物かと勇んで撃ちかけたら、こともあろうに信長であったわ!」
ヤケクソで大笑いする。
太郎左衛門は白けきっている。
茂平にむかって、
「次はヘソまで浸からせてしまえ」
*
拷問三日目の朝。
弥左衛門はあいかわらず、全身糞尿まみれになって逆さに吊るされていた。心身ともに疲弊しきって生気を失っている。
太郎左衛門はかたわらに立ち、
「誰の差し金じゃ? 吐けば楽にあの世へ逝かせてやるぞ」
弥左衛門は息も絶え絶えに、
「…糞でも喰ってろ、織田の犬めが」
出入り口の扉が開かれ、信長の小姓の一人があらわれる。
「太郎左衛門殿」
早足で歩み寄り、太郎左衛門に耳打ちする。
「そうか」
茂平にむかって、
「そやつを洗うのじゃ。すぐに参られるぞ!」
太郎左衛門と茂平は、出迎えるために扉の両脇に立つ。
弥左衛門は糞尿を念入りに洗われ、普通の吊りかたに直されている。
外にいる番士によって、扉が開かれる。
太郎左衛門と茂平はうやうやしく頭を下げる。
一人で中に入ってきたのは、怨敵信長である。
「!」
弥左衛門はハッと伏せていた顔をあげる。
太郎左衛門は目を伏せたまま、
「申しわけございません。しぶとい奴で、いまだ知らぬ存ぜぬの一点張りでございます」
信長は数歩離れた位置で立ち止まり、弥左衛門の姿を冷たい目つきで眺める。
弥左衛門はそれを、憎悪を剥き出しにした目つきで睨み返す。
信長は侮蔑を込めて、
「伊賀の手錬なぞ、かほどのものか」
それから太郎左衛門のほうにむきなおり、
「もうよい。明日、磔にせい。首は城表に三日三晩晒せ。上下万民に伊賀者の愚かさを教えてやるのじゃ」
「ははっ」
「見せしめのため、こやつの親族縁者も探し出して撫で斬りにしろ」
「ははっ」
信長は、背をむけて蔵の外へ去っていく。
弥左衛門は勝ち誇った態度で、
「われらが隠れ住むは、音羽村秘伝の地。長兵衛とてその場所を知らぬは」
太郎左衛門はむしろ憐れんで、
「見立ての甘い男よ。大和は朝山に潜んでおるのはとうにわかっておるわ」
弥左衛門は絶句する。
牢も兼ねた拷問蔵である。
弥左衛門は上半身を裸に剥かれたうえに手足を縄で縛られ、吊るされている。
番士の茂平が、鞭杖(棍棒の表面に縄を巻きつけたもの)で二度三度と弥左衛門の背中を打ち据えている。
苦痛ではあるが耐えられぬほどではなく、弥左衛門はうめき声すら漏らさない。
かたわらには太郎左衛門が立っており、拷問を受ける弥左衛門の姿を冷徹な目で見つめている。
「いま一度尋ねる。誰に抱えられて上様のお命を狙った? 武田か? 毛利か?」
「雇い主なぞおらぬ。わしの一存で勝手に謀ったことじゃ」
「それは何故じゃ?」
弥左衛門はカッとなり、
「殺された伊賀同胞の仇討ちにきまっておろう!」
「たわけっ! 伊賀者が一文にもならぬ仕事なぞするはずないわ! さような戯言でごまかせるとでも思うたかっ!」
血相を変えて怒鳴り散らす。
「里が焼けて食い扶持を失うたゆえ、上様のお命を奪ってみせると、己から武田か毛利に売り込んだのであろう。莫大な褒美を約束されたはずじゃ!」
弥左衛門は話にもならんといった呆れ顔。
「ならば、これじゃ」
太郎左衛門は、床をかかとで叩いて指示する。
茂平は手早く縄を結び変えて弥左衛門の上下をひっくり返し、逆さ吊りの状態にする。さらに背骨に棒をあてがい、縄でグルグル巻きにして固定し、体を折り曲げられないようにする。
「……」
弥左衛門は嫌な予感を覚える。
彼が吊るされている真下の床は、マンホール大の丸い蓋になっていた。茂平が蓋を取り外すと、床下に井戸のような縦穴が現れる。茂平は、その臭気で露骨に顔をしかめる。
弥左衛門は真下を覗き込み、ギョッとする。
縦穴の底には、大量の糞尿が溜め込まれているのだ。
「やれ」
と太郎左衛門。
弥左衛門を縛っている縄は、天井の滑車を介して柱の金具にくくりつけられている。
茂平はそれをほどいて両手で持ち、弥左衛門をゆっくりとおろしていく。
縦穴の中は薄暗がりで、蝿の群れがブンブンと飛び交っている。
弥左衛門はゲホゲホとむせる。
徐々に脳天に糞尿が迫ってくる。
上にいる茂平にむかって、
「おい、おぬし! 人を肥溜めなぞに突っ込んだりしたら、死んだ後、糞尿池地獄の責め苦に合うぞ!」
茂平の縄を持つ手がピタッと止まり、
「まことですか⁉」
真に受けて太郎左衛門に尋ねる。
「さようなもんはない!」
呆れて怒鳴り返す。
いったん止まっていた縄が、再びおろされていく。
弥左衛門の脳天が、いよいよ底の糞尿につく。
さらにズブズブと頭部全体が糞尿の中にもぐっていく。
茂平は縦穴の底と太郎左衛門の顔を交互に確認しながら、
「太郎左殿?」
不安そうに声をかける。
「わしが合図するまでそのままにしておれ」
弥左衛門は首まで糞尿に浸かって、ピクリとも動かない。
「上げよ」
弥左衛門の体が引き上げられていく。
口があらわになったと同時に、ぶばっ!と命からがら呼吸するが、その拍子に口の周りの糞尿も吸い込んでしまい、今度はゲボゲボと咳き込みながら吐き出す。
縦穴から引き上げられた糞尿まみれの弥左衛門の顔に、蝿が数匹たかっている。
息も絶え絶えに、
「わ、わかった…申す…申せばよいのじゃろう!」
「誰の差し金じゃ! 武田か? 毛利か?」
「鹿じゃ…鹿狩りをしておったのじゃ。てっきり大物かと勇んで撃ちかけたら、こともあろうに信長であったわ!」
ヤケクソで大笑いする。
太郎左衛門は白けきっている。
茂平にむかって、
「次はヘソまで浸からせてしまえ」
*
拷問三日目の朝。
弥左衛門はあいかわらず、全身糞尿まみれになって逆さに吊るされていた。心身ともに疲弊しきって生気を失っている。
太郎左衛門はかたわらに立ち、
「誰の差し金じゃ? 吐けば楽にあの世へ逝かせてやるぞ」
弥左衛門は息も絶え絶えに、
「…糞でも喰ってろ、織田の犬めが」
出入り口の扉が開かれ、信長の小姓の一人があらわれる。
「太郎左衛門殿」
早足で歩み寄り、太郎左衛門に耳打ちする。
「そうか」
茂平にむかって、
「そやつを洗うのじゃ。すぐに参られるぞ!」
太郎左衛門と茂平は、出迎えるために扉の両脇に立つ。
弥左衛門は糞尿を念入りに洗われ、普通の吊りかたに直されている。
外にいる番士によって、扉が開かれる。
太郎左衛門と茂平はうやうやしく頭を下げる。
一人で中に入ってきたのは、怨敵信長である。
「!」
弥左衛門はハッと伏せていた顔をあげる。
太郎左衛門は目を伏せたまま、
「申しわけございません。しぶとい奴で、いまだ知らぬ存ぜぬの一点張りでございます」
信長は数歩離れた位置で立ち止まり、弥左衛門の姿を冷たい目つきで眺める。
弥左衛門はそれを、憎悪を剥き出しにした目つきで睨み返す。
信長は侮蔑を込めて、
「伊賀の手錬なぞ、かほどのものか」
それから太郎左衛門のほうにむきなおり、
「もうよい。明日、磔にせい。首は城表に三日三晩晒せ。上下万民に伊賀者の愚かさを教えてやるのじゃ」
「ははっ」
「見せしめのため、こやつの親族縁者も探し出して撫で斬りにしろ」
「ははっ」
信長は、背をむけて蔵の外へ去っていく。
弥左衛門は勝ち誇った態度で、
「われらが隠れ住むは、音羽村秘伝の地。長兵衛とてその場所を知らぬは」
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