伊賀者、推参

武智城太郎

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慟哭

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 チラチラと粉雪が舞っている。
 小桜は、探るように山あいの川の流れを見つめながら、下流にむかって早足で歩いている。悲観的な暗い顔。
「!」
 むこう岸に何かを見つけ、足を止める。
 着物の裾を膝の上までまくり、凍てつくような川を躊躇なく歩き渡っていく。
 そこには、ボロ雑巾のようになった弥左衛門が倒れていた。衣服は凍り付き、雪まで被ってしまっている。
「弥左衛門さま!」
 駆け寄って顔を覗き込む。
 目を固く閉じ、苦悶の表情。わずかに目蓋が動く。
「弥左衛門さま!」
 肩を揺する。
 弥左衛門はゆっくりと両目を開けて、
「馬を支度してくれ……」

 大和の街道。
 弥左衛門が馬で疾駆している。
「間に合ってくれ…!」
 焦りのあまり歯噛みする。
 前方に、深い緑に覆われた奥深い山々が見えてくる。

 朝山の麓の森。
 まるで人跡未踏の密林である。人の背丈ほどもある草木が、辺り一面にびっしりと生い茂っている。獣道さえ見あたらない。
 弥左衛門はあわただしく草木を掻き分け、奥にむかって突き進む。
 突き当たった崖には亀裂のような細い入り口があり、そこをくぐると細い谷につづく。
 谷の高さはおよそ二〇メートル。幅は人が一人通れるほどしかない。日がほとんど差してこず、薄暗い。
 谷底をしばし歩き進んでから、弥左衛門は両手足で両側の崖を突っ張り、なんなく谷を登っていく。
 十メートルほど登ったところに縄が垂らしてあり、そこから先は縄を伝って登っていく。
 登りきると、そこは竹林になっている。
 弥左衛門は竹を掻きわけて突き進んでいく。
 やがて、目の前に音羽村の集落が現れる。久方ぶりの光景だ。
「……」
 見渡してみるが、人の気配はまったくない。
 腰の刀を抜き、警戒しつつ見回っていく。
 地面に残る大人数の足跡。散乱した道具類。乱暴になぎ倒されている竪穴式住居もある。
「才蔵爺ーっ! 五郎ーっ!」
 大声で叫ぶが、反応はない。
 
 伊賀の里にある荒地。
 処刑はすでに終わっており、処刑役も見物人の姿もない。
 ただ乾いた風が吹きすさぶ。
 磔刑に処され、そのまま死体は晒されている。妊婦は身籠っている両脇腹を、槍で執拗に刺し貫かれている。
 極門台には、幼い子供たちも含め、五、六人の音羽村民の生首が晒されている。
 その横には、〝凶徒 城戸弥左衛門の親類縁者につき処する也〟と罪状を記した立て札が立てられている。
 弥左衛門は凄惨な光景を前にして、獣じみた壮絶な形相。
 懐から短刀を取り出し、自分の脇腹に怒りを込めて突き刺す。
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