第四創世主は殺人衝動を性欲で捻じ伏せるらしい~最強の力を得た凡人、仕方なくイヤイヤ成り上がっていったら世界を救うことになりました~

文場凡

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第一章:慈愛の救世主

十四話:激昂

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 あれから鍛冶屋には体感で数分もしないうちに着いたのだが……店の入り口は閉ざされていて何度ノックしても誰も出てこず(よくあるらしい)、しかたなく踵を返し、隠れ家近くの道具屋にでも帰りついでに行こうかと歩き出した――そのとき、この街では数少ない見知った顔……エリウスとバッタリ出くわしてしまった。

 「おや、メリシア様……と、護衛の方ですかね?」

 エリウスは、護衛の方ですかねと言っている時でさえこちらに目を向けない。
 最初に見た時もそうだったが、メリシアがいるときはメリシアにだけ視線を合わせている。
 なんだこいつ、メリシアに惚れてんのか? 気持ち悪い目で見るんじゃねえ、汚れるだろ。などと、自分のことは棚にあげた上で、目で威嚇する。

 「エリウス、このような場所で何をしている」
 「いえ、逃走中の宵闇の使徒を捜索中でございましてね」
 「貴様が一人で……か?」

 おお、メリシアの凛々しい感じが、昨日の今日なのに妙に新鮮に感じる!
 今日はデレばっかだったからな。ツン成分も欲しい、いや、ツンばかり欲しい俺としては、砂漠に突然降ってきた雨のように鼓膜へと染み渡ってくる。

 「どうやら宵闇の使徒はこの辺りに隠れているようなのですが、なぜか今いる近衛兵達は私の指示通りに動いてくれないものですから」

 わざとらしく右手を額にやってから、やれやれと首を振る。

 「しかたなく私自ら捜索をしているという訳なのです」
 「ふん……ご苦労な事だ。せいぜい頑張って探すがいい」
 「はい。メリシア様におかれましても、くれぐれもご用心くださいますよう」

 そう言って恭しくお辞儀をすると、エリウスは隠れ家と反対の方角へ歩いていった。

 「危なかったですね」

 元の調子に戻ったメリシアの声は、しかしまだ緊張を保ったままだった。

 「そうなのか?」
 「はい、エリウスがここに居たとなると、恐らくトルキダスは既に疑われていると考えて良いでしょう」
 「マジか」

 忌々しいが、エリウスあいつ仕事出来そうな顔してるもんなぁ。
 おっさんには迷惑を掛けたくないが……。

 「とりあえずは、一旦戻りましょう」
 「そうだな、急ごう」

 足早に歩き出したその時、おっさんの隠れ家がある方角の路地から、何人もの人が血相を変えて走って来た。

 「か、火事だあああぁぁぁぁ!!」

 エリウスに会った直後という、このタイミングで……おっさん家のほうで火事?
 嫌な予感しかしない。

 「行こう!」
 「はいっ、ソウタ様は私など気になさらず先に行ってください!」
 「えっ? あ、あぁ! 分かった、おっさん家で会おう!」

 一瞬、一緒に走り出そうとしてしまったが、メリシアの言葉で力の事を思い出す。
 人にぶつかってはマズイ。力は抑え気味に、ひとまず真上に向かって垂直に跳ぶ――が、例に漏れず石畳を円形に凹ませながら建物を大きく超えて跳んでしまった。
 メリシアが隠れ家に向かって一直線に走っていくのが眼下に見える。
 そのまま視線を道の先のほうに移すと

 「くそっ!」

 嫌な予感は見事に的中し、おっさんの隠れ家を含めた区画が丸ごと、煙を上げながら燃えているのが見えた。
 落下中、ちょうど建物の煙突に脚が届いたため、煙突を蹴って隠れ家まで一気に跳ぼうとする――

 バゴンッ!

 が、レンガ作りの煙突は、蹴ったところを中心に三分の二程度吹き飛んでしまい、蹴り脚の力が逃げて上手く飛べず、右足だけ伸ばした不恰好な体勢で落下していってしまう。

 「くっ、脆過ぎるだろ!」

 いや違う、俺が力を入れ過ぎてるんだ!
 早く、早く……と気ばかり焦ってしまうが、気付けば周囲は例のスローモーション状態になっていて、落下中に体勢を立て直して再び建物の壁、それも柱が二本重なった丈夫そうなところを狙って跳び直す余裕ができた。

 ボヒュ――ゴガガガッ!

 今度は上手く跳ぶ事に成功し、風を切りながら隠れ家の手前の道に着地する。
 しかし勢いが付き過ぎてすぐには止まれず、石畳を数メートル削ってしまった。

 「おっさん! 婆さん!!」

 入り口の外から呼びかけてみるが、応答は無い。
 先程、かなり手前でメリシアを追い越したため、ここに来るまでもう少しかかるだろう。メリシアには悪いが、到着を待っていては手遅れになりかねない。
 緊張からか突然分泌量が増えた唾液をゴクリと飲み込んでから、意を決して家の中へと飛び込む。

 「チッ!」

 居間には誰もいないか――

 「っ……っろ……」

 中庭の方から微かに何か……これ人の話し声じゃないか!?

 「くっそ、ジャマだ!」

 視界が悪く音も聞こえづらい兜を強引に脱ぎ捨て、駆け出しそうになるのを堪えながら足早に中庭へ出ると、さっきまでおっさんがぶら下がっていた木の近くに、上半身裸で、顔も含めて全身タトゥーだらけの男が立っていた。
 おっさんは――折れているのか――腕をだらんと下げ、両ヒザを地に付けながらも、男を鋭く見ていた。

 「おっ、おっさん! そ、その怪我……大丈夫なのか!? っつーかお前誰だよ!」
 「なんだぁ? 野郎のほうかぁ?」

 刺青男は見た目通りにガラの悪そうな言葉遣いで、テンプレ通りに下から上へ頭を動かしながら睨み付けてきた。

 「ぐっ……来る、でっ……ない……逃げ――ぬぐぅっ!」

 おっさんが息も絶え絶えといった様子で必死に力を振り絞りながら何か言い掛けるも、男に腹部を蹴られ、苦しそうに呻きながらうつ伏せに倒れてしまった。

 「おっさん!」
 「ヒィッヘッヘェ、だっせぇ鎧ぃ、枢機卿の女じゃぁねぇならぁ……殺してもいいよなぁ?」
 「さ、せる……ものかっ……」

 それを聞いてググッと上体を上げようとするおっさんの背中を、男が心底愉快そうに蹴り潰す。

 「ぐがっ……ぐぅっ……」
 「や、やめろ!」 
 「ヒィッヘッヘッヘッヘェ! きんもちいぃ~~!!」

 男がグリグリと脚に込める力を強くしていくと、おっさんの口から、苦痛が絶叫となって溢れ出した。

 「ッぐがあああぁぁぁ!!」
 「ザコをいたぶるのってぇ、なぁんでこんなにぃィキモティイイィんだろうぅなぁぁぁ!? やっぱやめらんねぇぇよぉぉぉホヒィッへッヘッヘェェェ!!」
 「トルキダスっ! 無事で――っ!?」

 ようやく追い付いたメリシアも中庭に飛び出してきたが、その凄惨な光景を見て思わず息を呑んでいるのが背後から伝わってくる。

 「うぐがぁっががあぁっ!!」

 人生で初めて聞く、バギッ、バギッゴリッという骨が折れる音と、折れる度に増幅されていくおっさんの……人間の絶叫は、まさに不快そのもので――俺の頭の何かが、プツっと切れた。

 「ウッ……ふぅ。あーあー、全部デちまったぁ。おっ? おーおー、こりゃぁすんげぇ乳だなぁ……コイツの次はテメェにぶっかけてやるからよぉ、愉しもうなぁ? ヒィッヘッヘッヘェ」

 刺青男が異様に長い舌でジュルリと唇全体を舐めた。
 その汚らわしい視線を遮るように、メリシアの前に立ち塞がる。

 「ンアァ? なんだぁテメェ。その目ぇ、気にくわねぇなぁアァん?」
 「……は」
 「なにぃ? きこえねぇよぉ。ブルってんのかぁ?」
 「……俺は、今までケンカなんて一度もしたことがない」
 「ハアァ?」

 着ている鎧をバギバギと八つ当たり気味に剥ぎ取っていく。

 「……陰口を言われようと、仕事で手柄を横取りにされようと、母親に初回限定フィギュアを捨てられたときでさえ、キレたことなんかなかった」
 「ヒィッヘッヘッヘ、いきなりワケわかんねぇこと話しはじめてんじゃねぇ。てめぇ、イカれてやがんのかぁ?」

 脚に着けている鎧以外を力任せに全て剥ぎ取り、大地よ割れろとばかりに右脚を踏み出す。
 バガァン――と、車同士が衝突したときのような音を立てて地面にマンホール大の窪みができ、衝撃で右脚の鎧が弾け飛ぶ。

 「ソ、ソウタ様……」
 「おっさんはこの世界に来て途方に暮れてた俺を助けてくれた……恩人の一人だ」

 背後から掛かるメリシアの声も、今だけはどこか遠くで聞こえる喧騒のように耳を素通りしていく。
 さらに左脚を踏み出すと、身の内からこぼれ出てくる俺の怒りに恐怖しているかのように再び大地が窪み、大気は震え、最後に残っていた左脚の鎧も砕け散った。

 「その恩人を足蹴にしといて――」
 「チッ、あーあーうるせぇうるせぇ」

 男が俺に向かって一足飛びに間合いを詰めながら、空中で駒のように回転して蹴りを放ってきた。が、間合いを詰めてくるその最初の動きから全てスローモーションで見えているため、避ける必要性を感じずそのまま棒立ちでいる。

 「黙らせてやるよぉ!」
 「ソウタ様っ!」

 ギュドンッ!

 左即頭部に男の右脚が炸裂し、衝撃から周囲にブワッと土埃が立つ。
 しかし、全力で放たれたであろうその蹴りも、俺にはデコピン程度の威力にしか感じず、当然ピクリともしない。
 してやらない。

 「な、にぃっ!?」
 「無事に帰れるとでも思ってるんじゃないだろうなッッッ!」

 生まれて初めての激情に身を委ね、あらん限りに吼えながら、驚愕と恐怖に染まっていく目の前の顔面に怒りの全てを――叩き込む!!

 ゴヂャッッッドゴンッッッッ!

 「ヘゲッ!?」

 コブシが鼻骨を砕き潰す独特の感触が伝わり、その顔面を首から上もろとも吹き飛ばしたのではないかと錯覚するような、およそ肉体同士がぶつかりあったとは思えない衝撃音が一瞬遅れて鼓膜を刺激する。
 男の体は跳び回し蹴りの直後で少し宙に浮いていたため、衝撃でクルンクルンと縦方向に凄まじい速度で回転しながら吹き飛んでいく。
 瞬間、一度だけ目が合うが、半ば飛び出たその眼球には既に意思の光は宿っておらず、粉砕された犬歯含む前歯上下十二本が唇を突き破って外に露出していて、もはやヒトの顔としての原型を留めていなかった。

 ガガッ――ガッガンガンガンッガガガガガガガッ!

 勢い衰えず縦方向に回転しながらおっさんの上を飛び越え、不自然に後方へ曲がった頭を何度も地面に叩きつけながら、なおも吹き飛んでいく。
 ようやく回転が止まった後は後頭部で地面をガリガリ削りつつ壁に突っ込み、そこでピクリとも動かなくなった。
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