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第一章:慈愛の救世主
十六話:さらなる嵐へ
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「他人のせいにするでないの。おおかた油断しておったのじゃろ」
「なんだとコラァ!? テメェがあらかじめ言っときゃ良かったんだろがぁアァ!?」
「お二人とも、お静かに」
二人のやり取りを黙って聞いていたエリウスが制止の声を上げると、刺青男は「チッ!」と大きく舌打ちし、意外にも素直に従った。
「さて……イマイソウタ、でしたか? あなたのような下賤の者が創世の救主だとは、さすがの私も思ってもみませんでした。が、まあいいでしょう」
そういうと、説教台にあった本をパラパラとめくり、芝居がかった口調で読み始めた。
「フィオレンティア創世記、第二章一節。第一創世主、其の治癒の業は慈悲深き救いとなりて、第二創世主、其の創造の業で恩恵を之に、第三創世主、其の破壊の業で秩序を之に。第四創世主、其の慈愛の業を以って全てに救世を、第五創世主、其の叡智の業を以って全てに黎明を」
「この世界を作ったと言われとるシャイアを神と崇める、シャイア教の聖典にある一節じゃよ」
混乱している俺に、ばあさんが分かりやすく補足説明してくれる。その様子はやっぱりいつも通りのばあさんだ。
「イマイソウタさん。あなたは第四創世主、慈愛の救世主です。さぁ、我々と――」
「メリシアとおっさんは生きているのか」
この時点で二人を殺すわけが無いことは分かっているが、それでも確認せずにいられない。
少しでも俺の憤りが伝わるように敢えて言葉を遮って質問したのだが、エリウスは眉一つ動かさず、当然ですとばかりに頷いてから優しく微笑んだ。
「ご心配なく。傷は全て癒しておきましたし、お疲れのご様子でしたので、魔術で少し眠って頂いてるだけですよ。さらに、あなたが我々と共に救済をもたらすのなら……トルキダス殿は近衛兵長として、メリシア様は枢機卿として、今後も神に仕えていただけることでしょう」
「で? それを断ったらどうなるんだ?」
「どう、とは? あなたがどんな想像をしているのか私には検討も付きませんが、メリシア様には完璧なる神の子を宿していただく必要がありますから、大切にさせていただきますよ……とても大切に、ね」
エリウスはそう言うと、先ほどとはうって変わった歪んだ笑みを浮かべた。
この様子からすると……協力しようがすまいが、メリシアはこのクズが手篭めにして、邪魔者はいずれ殺される……ってとこか。
その下卑た顔と発想に思わず我を忘れそうになるが、必死に自分を抑えて、怒りに震える声を絞り出す。
「なるほどね……」
次に、婆さんに視線を合わせる。
どうしても言わなければいけないことがあったからだ。
「婆さん、色々ありがとう。たった一日だったけどマジで助かったよ。まだまだ分からないことだらけで聞きたいこともいっぱいあったんだが、聞けなくなっちまったのは残念だ」
「……ふぉっ、お前さんらしくもないの」
一瞬、婆さんの顔に暗い影が差したようにも見えたが、普段通りにとぼけた調子で答えるその様子に違和感は無い。
「それは? 協力を断るという意味ですか?」
「俺はこう見えても育ちが良くてな。平気で他人の家に放火したり、無抵抗の人間をいたぶったり、人質とって脅したり……そんな汚いことばかりする奴らと一緒に何かをしようとは思えないんだ」
「そうですか、残念ですね……では」
エリウスがそう言うと、婆さんが何かをブツブツと唱え始めた。
囁くように呟いているからかここからだとまったく聞こえないが、俺の周りに見覚えのある楕円形の青白い光が広がっていくのに気が付いて思い出す。
例の詠唱魔術ってヤツだな……昨日のあの時に何か仕込んでたのか。
婆さんのことだ。俺の力についてあの段階では未知数な部分も多かったはずだが、それを見込して万全の準備をしているのだろう。
「……SHURIEIGTDIRVAR!」
相手が婆さんならしかたないか……と、なかば諦め気味に力を抜いて立ち尽くす。
段々と声が大きくなり、大分離れたここまで声が聞こえてきたと思えば、ピタッと止んだ。
俺の全身を包み始めていた青白い光が薄くなっていき、次いで楕円形の輪が煙の如く消えていく。
……。
…………?
光が消えてから数秒は経っただろうか……一体何をされたのか分からず突っ立っているのだが、何も起こらない。
突然、婆さんがうろたえた様子でエリウスとなにごとか相談しはじめた。
良く分からないが――チャンスだっ!
「うごくなァビャッッッ!」
後ろの刺青男が何か言いかけたが、途中で俺のコブシが顔面へと突き刺さる。
ここにきてスローモーションへ移行するタイミングとコツをそれとなく掴み始めていた俺は、その状態を維持したまま、バットで打たれた球のような勢いで外へ吹き飛んでいく刺青男に背を向け、メリシアとおっさんを救出するため祭壇へと跳躍する。
婆さんがゆっくり、だが周囲の動きに比べれば格段に早くエリウスを守るように前に出て掌をこちらに向けると、それを中心にして赤く強い光が二人を覆っていく。
それを無視して、床に寝かせられているメリシアとおっさんのところに行き、周囲の床ごと回収――踵も返さずバックステップの要領で入り口から外に出る。
首だけで後ろを振り向くと、階段を上り終えた刺青男がこちらに走ってくるのが横目に入ったが、構わずに全力でジャンプして町の四方を囲う壁を越え、そのまま森に辿り着くまで全力で走り続ける。
森に入ってからも念のため何度か跳躍して距離を稼いだところで二人を下ろし、その場で跳躍して周囲をグルっと確認する。
オールタニアの街並みはおろか森の端すら見えないため、さすがにここまでくれば大丈夫だろうと、スローモーションを解除して一息ついた。
「フー……くそっ」
最後に婆さんがエリウスを守るようにしていたのを思い出し、悪態をつく。
婆さんに騙されたこと自体は何とも思わないが、あのクズ野郎側の人間だったというのは結構なショックだ。
「んっ、んん……ここは……試練の、巡礼地?」
まだ魔術の影響下にあるのか、瞼をこじ開けるようにして目を覚ましたメリシアが、視線をキョロキョロと彷徨わせる。
「メリシア、大丈夫か」
「ソウタ様……? あっ……そうです、お婆様が!」
「婆さんならエリウスと一緒にいるはずだ」
「え? それは一体どういう……?」
「詳しい話はおっさんが起きたらーー」
「起きとるぞ」
「なんだよ……起きてんなら早く言えよな、おっさん」
「ガッハッハッハ、二人の会話に横槍を入れるような野暮は出来ぬでな」
「ト、トルキダス、お婆様がエリウスと……」
「うむ、イマイソウタよ。お主が出ていった後に婆様が来て俺の傷を癒してくれたのだがな、いつの間にやら眠らされていたようで、その後の記憶が無いのだ。おおよそは察しがつくが、仔細を説明して貰えるとありがたい」
「分かった。だけど俺も整理しきれてないから、見たことをそのまま話すぞ」
二人にここに至る経緯を話す。
途中、メリシアは何度も驚いたような表情を浮かべていたのだが、おっさんのほうは深刻そうな顔で眉一つ動かさずに聞いていた。
「……というわけで、アブセイドだとか刺青男の不死身っぷりとか婆さんの裏切りとか、俺も分からないことだらけなんだ。悪い」
「謝らないでください。枢機卿であるこの私にさえ分からないことが多いのですから、この世界にいらしてまだ間もないソウタ様が気に病む必要はありません」
「ありがとう……そういって貰えると助かるよ。で、おっさん、その感じだと何か知ってんだろ?」
「うむ……婆様の裏切りの動機や、魔術が不発に終わったのであろうことについては分からないが、話を聞いて繋がったことがあるぞ」
「なんだ?」
「アブセイドとはディブロダールにおいて創世の救主を意味する言葉だ」
「ってことは……刺青男が言ってたお前もアブセイドなのかって、もしかしてアイツも!?」
「そうだな、恐らく彼奴は第一創世主……治癒の慈悲主だろう」
「まじかよ」
「そう考えれば、あの膂力やお主の一撃に耐える頑強さに加えて、一瞬で傷が治ったというその回復ぶりにもすべて説明が付く」
確かに……しかし、治癒とか慈悲とか言われるくらいだから、勝手に優しい女の子で脳内変換していたが……実物があんな治癒やら慈悲やらとかけ離れたサイコパス野郎だとは。
「むぅ……それにしても、困ったことになったな」
「やっぱマズイ状況なのか?」
「そうですね……少なくとも、ソウタ様はオールタニアとディブロダールから狙われているということになります。オールタニアはともかくとして、ディブロダールは世界最大の魔法強国。今後どのような妨害があるか検討もつきません……」
「そいつはマジでやばみざわ」
「茶化しておる場合ではないぞ」
「いや、茶化してねぇよ。メリシアとおっさんと婆さんが無事だったから、今はそれで満足してるだけだ」
気丈に振る舞ってはいるが、やはり俺と同じように婆さんのことがショックだったのだろう……メリシアの瞳から涙がこぼれ落ちたので、指の背でそっと涙を拭う。
「ソウタ様……」
「それに、狙われてるのは俺一人なんだろ?」
「いや、オレもメリシアもオールタニアには戻れんだろうな。少なくとも、エリウスはオールタニアの実権をあと一歩で握れるような立場なのだ」
「マジかよ」
「審問の際、あやつの発言ばかりが傾聴されてはいなかったか?」
「いわれてみると……そうだったかもな……」
「それが証拠よ。さらに今回のことで、ディブロダールの救主と繋がっていることも分かった。創世の救主というのは、それ単体で一つの国家を脅かすほどの存在だからな……当然、ディブロダールの深部とも繋がりがある。となると、エリウスにとって協力者ではない創世の救主は、邪魔な存在だろう。ひいては、それを庇い立てするオレやメリシアも邪魔になる」
「なるほど……」
そこまで話を聞いて、ん? と疑問に思う。
「ちょっと待てよ。創世の救主ってのがそんなに凄い存在なら、オールタニアの乗っ取りなんてあの刺青だけで十分なんじゃないのか? 何で俺が狙われるんだ」
「第四創世の救主だけは特別なのだ」
「特別?」
「お主、第一から第五まで存在が予言されておる創世の救主に、それぞれ役割があることは知っておるか」
「エリウスが何か読んでたな……つーか、文字ってこの世界にもあったんだな。街中で見かけなかったから無いのかと思ってたわ」
「シャイア教では教典の写本以外に文字の使用を禁止しているのです」
「なんだ、そういうことか」
そんなことをして何になるのかとも思うが、おそらくプロパガンダを抑止したり、異教の流入を防ぐ目的なんかがあるのだろう。
「で、第一から第五までの役割か……治癒が慈悲で破壊が秩序で俺が救世主?だっけ」
「第一が治癒の慈悲主、第二が創造の恩恵主、第三が破壊の秩序主、第四が慈愛の救世主、第五が叡智の黎明主だな」
「無理無理、覚えられない」
「これも覚えずとも良いが、聖典にはこの他にも”慈悲より授けられし恩恵に秩序が付与され、慈愛は叡智の光以て之を救世するだろう”という一節があってな。慈愛が我らを何から救うのかは諸説あるのだが、叡智の光を以って救世してくれる存在だというようなことが、ハッキリと書かれておるのだ」
「今まで各国とも……創世の救主様を要しないオールタニアは特に、その獲得に躍起になっておりました。そこへ、やっとソウタ様が現れてくださったのです」
「なるほどな」
「エリウスの企みも、慈愛の救世主が現れれば阻止できる公算が高かったからな」
しかし結局のところ、婆さんに裏切られた……というより騙されてたわけだから、俺が現れたところで大して意味も無く、こうして窮地に立たされてるってわけか。
おっさんの隠れ家周辺に人がいなかったことも、メリシアとこの森で会えたことも色々備えてきた結果だったんだろうが、肝心の婆さんが敵だったんじゃな……随分規模のでかそうな話になってきたなぁ、もうおうち帰りたい。
「ソウタ様……なにとぞ我々をお救いください……」
「任せろよ、俺がメリシアの頼みを断るわけないだろ」
「あ、ありがとうございますっ」
一瞬、逃げ腰になった思考も、メリシアの泣きそうな顔を見た途端に吹き飛ぶ。
「とは言っても……オールタニアには戻れない、世界最大のヤバそうな国には狙われてる……なんて、実際もう詰んでるんじゃないのか? これからどうする?」
「そこはオレに考えがある」
さすがはおっさん。頼りになる。
「とりあえずは、グステンまで行って新しい隠れ家を用意する必要がある。酒代分くらいの手持ちしかない現状では、当面の生活もままならないのでな」
「グステン? 聞いたことあるな……」
「試練の巡礼地を超えた先にある自由貿易都市です。王を戴かず貿易のみで国としての存在を許されている唯一の都市国家で、本当に何でも手に入るのですよ!」
グステンと聞いて俄然浮き足立つメリシアにつられて、思わずテンションが上がってしまう。
慈愛の救世主とはいったい何をする存在なのか。
なぜ婆さんは俺たちを裏切ったのか。
これからどうすればいいのか。
自分は何をしたいのか。
考えなければいけないことは山ほどあるが、見るもの全てが新鮮なこの世界において怒涛の展開に巻き込まれてる今は、そんなことを考えている余裕はない。
今はただ自らが置かれた境遇も忘れ、これからの旅路に想いを馳せながら――さらなる嵐へと歩みを進めていくだけだ。
「なんだとコラァ!? テメェがあらかじめ言っときゃ良かったんだろがぁアァ!?」
「お二人とも、お静かに」
二人のやり取りを黙って聞いていたエリウスが制止の声を上げると、刺青男は「チッ!」と大きく舌打ちし、意外にも素直に従った。
「さて……イマイソウタ、でしたか? あなたのような下賤の者が創世の救主だとは、さすがの私も思ってもみませんでした。が、まあいいでしょう」
そういうと、説教台にあった本をパラパラとめくり、芝居がかった口調で読み始めた。
「フィオレンティア創世記、第二章一節。第一創世主、其の治癒の業は慈悲深き救いとなりて、第二創世主、其の創造の業で恩恵を之に、第三創世主、其の破壊の業で秩序を之に。第四創世主、其の慈愛の業を以って全てに救世を、第五創世主、其の叡智の業を以って全てに黎明を」
「この世界を作ったと言われとるシャイアを神と崇める、シャイア教の聖典にある一節じゃよ」
混乱している俺に、ばあさんが分かりやすく補足説明してくれる。その様子はやっぱりいつも通りのばあさんだ。
「イマイソウタさん。あなたは第四創世主、慈愛の救世主です。さぁ、我々と――」
「メリシアとおっさんは生きているのか」
この時点で二人を殺すわけが無いことは分かっているが、それでも確認せずにいられない。
少しでも俺の憤りが伝わるように敢えて言葉を遮って質問したのだが、エリウスは眉一つ動かさず、当然ですとばかりに頷いてから優しく微笑んだ。
「ご心配なく。傷は全て癒しておきましたし、お疲れのご様子でしたので、魔術で少し眠って頂いてるだけですよ。さらに、あなたが我々と共に救済をもたらすのなら……トルキダス殿は近衛兵長として、メリシア様は枢機卿として、今後も神に仕えていただけることでしょう」
「で? それを断ったらどうなるんだ?」
「どう、とは? あなたがどんな想像をしているのか私には検討も付きませんが、メリシア様には完璧なる神の子を宿していただく必要がありますから、大切にさせていただきますよ……とても大切に、ね」
エリウスはそう言うと、先ほどとはうって変わった歪んだ笑みを浮かべた。
この様子からすると……協力しようがすまいが、メリシアはこのクズが手篭めにして、邪魔者はいずれ殺される……ってとこか。
その下卑た顔と発想に思わず我を忘れそうになるが、必死に自分を抑えて、怒りに震える声を絞り出す。
「なるほどね……」
次に、婆さんに視線を合わせる。
どうしても言わなければいけないことがあったからだ。
「婆さん、色々ありがとう。たった一日だったけどマジで助かったよ。まだまだ分からないことだらけで聞きたいこともいっぱいあったんだが、聞けなくなっちまったのは残念だ」
「……ふぉっ、お前さんらしくもないの」
一瞬、婆さんの顔に暗い影が差したようにも見えたが、普段通りにとぼけた調子で答えるその様子に違和感は無い。
「それは? 協力を断るという意味ですか?」
「俺はこう見えても育ちが良くてな。平気で他人の家に放火したり、無抵抗の人間をいたぶったり、人質とって脅したり……そんな汚いことばかりする奴らと一緒に何かをしようとは思えないんだ」
「そうですか、残念ですね……では」
エリウスがそう言うと、婆さんが何かをブツブツと唱え始めた。
囁くように呟いているからかここからだとまったく聞こえないが、俺の周りに見覚えのある楕円形の青白い光が広がっていくのに気が付いて思い出す。
例の詠唱魔術ってヤツだな……昨日のあの時に何か仕込んでたのか。
婆さんのことだ。俺の力についてあの段階では未知数な部分も多かったはずだが、それを見込して万全の準備をしているのだろう。
「……SHURIEIGTDIRVAR!」
相手が婆さんならしかたないか……と、なかば諦め気味に力を抜いて立ち尽くす。
段々と声が大きくなり、大分離れたここまで声が聞こえてきたと思えば、ピタッと止んだ。
俺の全身を包み始めていた青白い光が薄くなっていき、次いで楕円形の輪が煙の如く消えていく。
……。
…………?
光が消えてから数秒は経っただろうか……一体何をされたのか分からず突っ立っているのだが、何も起こらない。
突然、婆さんがうろたえた様子でエリウスとなにごとか相談しはじめた。
良く分からないが――チャンスだっ!
「うごくなァビャッッッ!」
後ろの刺青男が何か言いかけたが、途中で俺のコブシが顔面へと突き刺さる。
ここにきてスローモーションへ移行するタイミングとコツをそれとなく掴み始めていた俺は、その状態を維持したまま、バットで打たれた球のような勢いで外へ吹き飛んでいく刺青男に背を向け、メリシアとおっさんを救出するため祭壇へと跳躍する。
婆さんがゆっくり、だが周囲の動きに比べれば格段に早くエリウスを守るように前に出て掌をこちらに向けると、それを中心にして赤く強い光が二人を覆っていく。
それを無視して、床に寝かせられているメリシアとおっさんのところに行き、周囲の床ごと回収――踵も返さずバックステップの要領で入り口から外に出る。
首だけで後ろを振り向くと、階段を上り終えた刺青男がこちらに走ってくるのが横目に入ったが、構わずに全力でジャンプして町の四方を囲う壁を越え、そのまま森に辿り着くまで全力で走り続ける。
森に入ってからも念のため何度か跳躍して距離を稼いだところで二人を下ろし、その場で跳躍して周囲をグルっと確認する。
オールタニアの街並みはおろか森の端すら見えないため、さすがにここまでくれば大丈夫だろうと、スローモーションを解除して一息ついた。
「フー……くそっ」
最後に婆さんがエリウスを守るようにしていたのを思い出し、悪態をつく。
婆さんに騙されたこと自体は何とも思わないが、あのクズ野郎側の人間だったというのは結構なショックだ。
「んっ、んん……ここは……試練の、巡礼地?」
まだ魔術の影響下にあるのか、瞼をこじ開けるようにして目を覚ましたメリシアが、視線をキョロキョロと彷徨わせる。
「メリシア、大丈夫か」
「ソウタ様……? あっ……そうです、お婆様が!」
「婆さんならエリウスと一緒にいるはずだ」
「え? それは一体どういう……?」
「詳しい話はおっさんが起きたらーー」
「起きとるぞ」
「なんだよ……起きてんなら早く言えよな、おっさん」
「ガッハッハッハ、二人の会話に横槍を入れるような野暮は出来ぬでな」
「ト、トルキダス、お婆様がエリウスと……」
「うむ、イマイソウタよ。お主が出ていった後に婆様が来て俺の傷を癒してくれたのだがな、いつの間にやら眠らされていたようで、その後の記憶が無いのだ。おおよそは察しがつくが、仔細を説明して貰えるとありがたい」
「分かった。だけど俺も整理しきれてないから、見たことをそのまま話すぞ」
二人にここに至る経緯を話す。
途中、メリシアは何度も驚いたような表情を浮かべていたのだが、おっさんのほうは深刻そうな顔で眉一つ動かさずに聞いていた。
「……というわけで、アブセイドだとか刺青男の不死身っぷりとか婆さんの裏切りとか、俺も分からないことだらけなんだ。悪い」
「謝らないでください。枢機卿であるこの私にさえ分からないことが多いのですから、この世界にいらしてまだ間もないソウタ様が気に病む必要はありません」
「ありがとう……そういって貰えると助かるよ。で、おっさん、その感じだと何か知ってんだろ?」
「うむ……婆様の裏切りの動機や、魔術が不発に終わったのであろうことについては分からないが、話を聞いて繋がったことがあるぞ」
「なんだ?」
「アブセイドとはディブロダールにおいて創世の救主を意味する言葉だ」
「ってことは……刺青男が言ってたお前もアブセイドなのかって、もしかしてアイツも!?」
「そうだな、恐らく彼奴は第一創世主……治癒の慈悲主だろう」
「まじかよ」
「そう考えれば、あの膂力やお主の一撃に耐える頑強さに加えて、一瞬で傷が治ったというその回復ぶりにもすべて説明が付く」
確かに……しかし、治癒とか慈悲とか言われるくらいだから、勝手に優しい女の子で脳内変換していたが……実物があんな治癒やら慈悲やらとかけ離れたサイコパス野郎だとは。
「むぅ……それにしても、困ったことになったな」
「やっぱマズイ状況なのか?」
「そうですね……少なくとも、ソウタ様はオールタニアとディブロダールから狙われているということになります。オールタニアはともかくとして、ディブロダールは世界最大の魔法強国。今後どのような妨害があるか検討もつきません……」
「そいつはマジでやばみざわ」
「茶化しておる場合ではないぞ」
「いや、茶化してねぇよ。メリシアとおっさんと婆さんが無事だったから、今はそれで満足してるだけだ」
気丈に振る舞ってはいるが、やはり俺と同じように婆さんのことがショックだったのだろう……メリシアの瞳から涙がこぼれ落ちたので、指の背でそっと涙を拭う。
「ソウタ様……」
「それに、狙われてるのは俺一人なんだろ?」
「いや、オレもメリシアもオールタニアには戻れんだろうな。少なくとも、エリウスはオールタニアの実権をあと一歩で握れるような立場なのだ」
「マジかよ」
「審問の際、あやつの発言ばかりが傾聴されてはいなかったか?」
「いわれてみると……そうだったかもな……」
「それが証拠よ。さらに今回のことで、ディブロダールの救主と繋がっていることも分かった。創世の救主というのは、それ単体で一つの国家を脅かすほどの存在だからな……当然、ディブロダールの深部とも繋がりがある。となると、エリウスにとって協力者ではない創世の救主は、邪魔な存在だろう。ひいては、それを庇い立てするオレやメリシアも邪魔になる」
「なるほど……」
そこまで話を聞いて、ん? と疑問に思う。
「ちょっと待てよ。創世の救主ってのがそんなに凄い存在なら、オールタニアの乗っ取りなんてあの刺青だけで十分なんじゃないのか? 何で俺が狙われるんだ」
「第四創世の救主だけは特別なのだ」
「特別?」
「お主、第一から第五まで存在が予言されておる創世の救主に、それぞれ役割があることは知っておるか」
「エリウスが何か読んでたな……つーか、文字ってこの世界にもあったんだな。街中で見かけなかったから無いのかと思ってたわ」
「シャイア教では教典の写本以外に文字の使用を禁止しているのです」
「なんだ、そういうことか」
そんなことをして何になるのかとも思うが、おそらくプロパガンダを抑止したり、異教の流入を防ぐ目的なんかがあるのだろう。
「で、第一から第五までの役割か……治癒が慈悲で破壊が秩序で俺が救世主?だっけ」
「第一が治癒の慈悲主、第二が創造の恩恵主、第三が破壊の秩序主、第四が慈愛の救世主、第五が叡智の黎明主だな」
「無理無理、覚えられない」
「これも覚えずとも良いが、聖典にはこの他にも”慈悲より授けられし恩恵に秩序が付与され、慈愛は叡智の光以て之を救世するだろう”という一節があってな。慈愛が我らを何から救うのかは諸説あるのだが、叡智の光を以って救世してくれる存在だというようなことが、ハッキリと書かれておるのだ」
「今まで各国とも……創世の救主様を要しないオールタニアは特に、その獲得に躍起になっておりました。そこへ、やっとソウタ様が現れてくださったのです」
「なるほどな」
「エリウスの企みも、慈愛の救世主が現れれば阻止できる公算が高かったからな」
しかし結局のところ、婆さんに裏切られた……というより騙されてたわけだから、俺が現れたところで大して意味も無く、こうして窮地に立たされてるってわけか。
おっさんの隠れ家周辺に人がいなかったことも、メリシアとこの森で会えたことも色々備えてきた結果だったんだろうが、肝心の婆さんが敵だったんじゃな……随分規模のでかそうな話になってきたなぁ、もうおうち帰りたい。
「ソウタ様……なにとぞ我々をお救いください……」
「任せろよ、俺がメリシアの頼みを断るわけないだろ」
「あ、ありがとうございますっ」
一瞬、逃げ腰になった思考も、メリシアの泣きそうな顔を見た途端に吹き飛ぶ。
「とは言っても……オールタニアには戻れない、世界最大のヤバそうな国には狙われてる……なんて、実際もう詰んでるんじゃないのか? これからどうする?」
「そこはオレに考えがある」
さすがはおっさん。頼りになる。
「とりあえずは、グステンまで行って新しい隠れ家を用意する必要がある。酒代分くらいの手持ちしかない現状では、当面の生活もままならないのでな」
「グステン? 聞いたことあるな……」
「試練の巡礼地を超えた先にある自由貿易都市です。王を戴かず貿易のみで国としての存在を許されている唯一の都市国家で、本当に何でも手に入るのですよ!」
グステンと聞いて俄然浮き足立つメリシアにつられて、思わずテンションが上がってしまう。
慈愛の救世主とはいったい何をする存在なのか。
なぜ婆さんは俺たちを裏切ったのか。
これからどうすればいいのか。
自分は何をしたいのか。
考えなければいけないことは山ほどあるが、見るもの全てが新鮮なこの世界において怒涛の展開に巻き込まれてる今は、そんなことを考えている余裕はない。
今はただ自らが置かれた境遇も忘れ、これからの旅路に想いを馳せながら――さらなる嵐へと歩みを進めていくだけだ。
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「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
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クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
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これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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