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しおりを挟む空也は、西城を無視した。
いつもの空也なら、普段はもっと他人に穏やかに接する。
だが、空也は、どうしても西城が昨日の男に思えて納得できなかったし、さっきの西城のホテル云々の言い方が心にひっかかった。
しかし西城は、空也の横を並走して車を運転し、自分の横の窓を開けたまま「おぼっちゃま、お乗り下さい」と言い始めた。
西城の方が空也より高貴で優雅に見えるのに、そんな男がこんな態度を取るのが、今の空也には笑えなかった。
犬の散歩とかですれ違う他人からも変な目で見られる。
そして、車が大きいので道を歩く他の人にかなり迷惑だし、何より、西城がイヤミのように何度も言う「おぼっちゃま、お乗り下さい」の声がだんだん大きくなって、空也はだんだん恥ずかしくなり、一度立ち止まると大きなため息をついた。
すでに空也の動きに合わせ、西城は車を空也の横で止めて、後部シート側の扉を開けていた。
空也は渋々乗りこんだ。
すでに空也の手は寒さでガチガチだったが、すぐに中の暖房の暖かさが冷えたその体を包んだ。
「西城さん。今後一切、僕をおぼっちゃまと呼ぶのだけはやめて下さい」
空也は、イラ立ちを冷静に隠した声色で運転席に向かい言った。
だが、こんな風に他人に明確に自分の意思を告げるのは、空也にとっては珍しいかった。
「承知いたしました。空也様、腹へりませんか?何か食べたいものがあればおっしゃって下さい」
空也を翻弄しといて、車を運転しながら何事も無かったように淡々と西城が聞いてくるので、空也は、わざと西城を試すように言ってみた。
「オムライスが食べたい。ふわふわのやつ」
「どこかお行きになりたい店はありますか?」
空也は、昨日の夜、西城に似たあの長身の男と行った恵比寿の店の名前も告げた。
「承知いたしました」
西城の表情や態度に特段の変化は無く、すぐにナビに店の名前を入力した。
(本当に、昨日の店の場所を知らないのか?西城さんは、本当に昨日のあの人じゃないのか?もしかしたら、昨日の事自体が夢だったとか?……)
空也は、気持ちが落ち着かない。
バックミラー越しに、西城が何度も空也をじっと見てくるのも落ち着かない。
やがて昨日訪れただろうビルに着き、その中の駐車場に車を停め、空也と西城はエレベーターで上に上がった。
やはり、昨日空也があの長身の男と一緒に訪れた洋食店は存在し、空也は、昨日の事が夢ではなかった事だけは確かだと確認できてホッと息を漏らした。
しかし、何故こんなにも安堵したのかは、空也自身もよくわからなかった。
よく考えれば、昨日のあの男との食事が夢であっても、西城とあの男が別人でも、本来なら空也がそれほど気に止める事ではないはずなのだ。
洋食店内はまだ昼前で開店したばかりで、客はまばら。
そして奇遇にも店のスタッフは、空也と西城を昨日と同じ席に案内した。
その偶然に空也は戸惑いながら席に着くと、その向かいに西城も座る。
昼と夜、着ている服の違いだけで、昨日と同じスチュエーション。
空也は、この店のメニューはすでに知っているし、最初からオムライスを頼む気でいるからと西城に言って、彼にメニュー表を渡そうとした。
すると西城は、あまり昼間は食事を取らないと言って、車の運転もあり葡萄ジュースだけを頼んだ。
これでは、ワインがジュースに変わっただけだと、やはり昨日の再現になると空也は思った。
そして、これが偶然か、それとも、西城が空也で遊んでいるだけなのかが判断できない。
しかし、ふと前を見ると西城が空也をじっと見詰めていて、空也は心がざわつき窓に視線を移した。
やはり窓の外からは、東京の景色が一望できる。
冬の空気と風が都市の塵をクリアにし、遠くまでよく見渡せる。
そして、昨日の夜見た風景とはまた全然趣きが違った。
「東京の景色、昼間も凄くキレイだ」
空也は、思わず素直に呟いた。
すると、ジュースが入った上質なグラスを右手で持ちながら、西城が呟いた。
「これからはお好きな事をして、お好きな所に行かれればよろしいのです」
その言葉は、やはり昨日の長身の男とダブル。
空也は、返事をしなかった。
そして、昨日の長身の男と西城が同一人物かも再度聞かなかった。
多分、また否定される気がしたから。
丁度、スタッフが空也のオムライスとサラダを持って来たので、空也は「いただきます」と一言言って食べ始めた。
「食べ終わったら、御屋敷に戻られますか?」
西城が、テーブルに置いたグラスに指を絡めながら聞いてきた。
こんな仕草も、昨日の長身の男とよく似てる。
「いや。おじい様もこれからは好きな事をすればいいと言ってたから、この辺を散歩してみたい。電車にも乗ってみたいし、映画館にも行ってみたい」
空也は、自分はわがままかなと思いながら、西城の反応を息を潜め待った。
「よろしいでしょう。お供いたしましょう」
西城は、にっと口角を上げた。
食事を終え、一階にエレベーターで降りた。
そして車はビルの駐車場に入れたまま外に出ようとした時、やはり、中央にある昨日見たクリスマスツリーの所に出てきた。
空也はふっと、昨日のこのクリスマスツリーの下での長身の男とのファーストキスを思い出した。
ほんの一瞬だったのに、長身の男の唇の柔らかい甘い感触は、ずっと空也に残っている。
チラリと空也は、クリスマスツリーの下を歩く西城の様子に変化がないか確認して、西城が長身の男と同一人物か手がかりを求めた。
しかし西城は、クリスマスツリーを見ようてもせず、ただ淡々とした表情で外に出ようとしている。
(やっぱ、あの人と西城さんは違う人かも……)
空也に失望感が湧いたが、同時に、あの男と西城が同一人物であろうがなかろうがどうでもいいはずだと、やはり自分に言い聞かせた。
そして西城にバレないように溜め息を着くと、西城の横に並んで何事もないかのようにビルを出た。
街は、平日の昼間でも沢山の人で賑わい、クリスマスのデコレーションが溢れ華やかでうつくしい。
空也は、車の中から街を眺めた事はあるが、実際に自分で歩くのは生まれて初めてだった。
西城の進言で、西城のコートが空也には大き過ぎて貸せないので、まず空也のコートを買った。
空也のスマホには、支払い機能は入っていない。
これは、空也に逃亡をさせない為の、天空神との婚約していた時の名残だ。
空也の祖父に後から請求するからと、さっきの食事もこのコートも、西城が自分のカードで支払った。
それから本格的に街中を散策すると、人々と街の熱気やざわめきが空也を包み五感を激しく刺激した。
自分は生きている――
初めてそんな事を感じた。
空也は、どんどん楽しくなってきて、さっきの宣言通り、電車にも初めて乗って、映画館にも初めて入って、普通と言われる事を楽しんだ。
西城は、やはり淡々と、でも、完璧に道案内し、人ごみに慣れない空也が人にぶつかりそうになると何度も寸前で助けたり、電車でも空也を扉の端に寄せ、その前に西城が立ち満員の乗客から空也を守るような素振りを見せた。
「海が見たい」
夕刻前の騒々しい街中で、空也は突然西城の背中に言った。
さっきオムライスを食べた店の窓から、遠くの方に海が見えてキラキラ輝いていたのを思い出したから。
でも、心のどこかに、さすがに西城も空也のわがままに呆れているだろうな――と言う気がして、良い返事は期待してなかった。
でも、西城は「承知いたしました」と微笑み言って、空也と再び電車に乗り込みビルに囲まれた湾岸に空也を導いた。
潮の匂いがする寒風が吹くせいだろう、周りはカップルがまばらでひたすら静寂だった。
だが、空と一帯のビルと海は茜色に染まり地平は遠く、その荘厳さに空也は立ったまま無言で目が釘付けになった。
西城も何も言わず、ただ空也のすぐ横に立ち、その空也の姿を見詰めた。
しばらくただそうしていると、西城がボソっと風の音に混じり呟いた。
「これから、どうなさいます?」
西城は、帰宅や夕食をどうするか聞いたつもりだったが――
空也が少し間を置いて、遠い地平線を見詰めたまま言った答えは方向が違った。
「おじい様は、天空神と結婚するから僕が医療の勉強する必要はないと薬科大に行くのを反対して僕も諦めたけど、僕、もう一回薬科大受験し直して通いたい。それから、薬で出きるだけ沢山の人を助けたいし、沢山色々な世界を回ってもっと薬の勉強したい。本当は、子供の頃からそれが夢だった……」
「……そうですか。貴方は天空神から自由になれたんですから、これからは思う通りに生きて下さい」
西城も、空也と同じ方向を見詰めて呟いた。
その声は、とても優しく感じた。
そんな西城に、智也は前を見詰めたまま、何故西城を昔から知ってるかのように、自分がこんなに自分の気持ちを西城に言えるのか不思議だった。
そして、西城に何故か懐かしい匂いも感じる。
仮に西城が昨日のあの男だったとしたとしても、会って間もないのに。
それから、しばらく空也と西城は海の彼方を見詰めていたが、辺りがだんだんと暗くなり始め外灯もついた。
「そろそろ行きましょう。御屋敷に帰りますか?」
西城が、空也の横顔を見詰めた。
空也は、一度小さな溜め息を着くと仕方なさそうに答えたが、体の力は脱力していた。
「家には、今夜は帰りたくない。今夜だけは帰りたくない。僕はどこかのホテルに泊まるから、西城さんは帰って休んでくれていいよ。おじい様には僕から連絡するし」
確かに空也は、昨日まで散々空也の自由を奪ってきた祖父や両親の突然の手の平を返したような態度に嫌悪感を持った事が帰りたくない理由だったが――
もう一つ、何故か、昨日家に帰った瞬間から、以前の空也の家には思えなかったのも戻りたくない理由だった。
祖父や両親、兄弟も、何故か別人、他人に見えた。
――そう、まるで誰かに――以前住んでいた世界によく似た別の異世界に連れ込まれたような感覚を持っていた――
すると西城は、真剣な面持ちで空也を見詰めて、甘く囁くように言った。
「いえ。空也様がホテルにお泊りなら、俺も今夜は貴方のすぐおそばにいなくては……」
その声を聞き、智也の心臓がビクっとした。
そして、体の奥に、じわっと熱い何かが溢れ出した気がした。
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自由を満喫する空也くんがいて、こちらも楽しかったです~。西城さんと一緒なのも良いなあと思ってます。空也くん助けた人と同じじゃなくても(いやでもそうですよね)デートで幸せです。最後ホテルでお泊まりなの!? とドキドキです😣 うおっと思いながら続き楽しみにしてます~!
お返事もいつもありがとうございました! 嬉しいです~😆
そうですよね。
これって、もうデートしてるって言ってもいいんですよね。
デートと言ってもらえて、めちゃくちゃうれしいです
( ꈍᴗꈍ)
西城、ホテルに泊まる気満々です
(*´艸`*)
更新やったー😆🎶 空也くんと西城さんの絡み楽しいです。でも西城さんイジワルな気も(ホテルって…)
。空也くん助けた人と同一人物じゃないの~。また二人の会話が楽しみな展開で待ち遠しいです😆
お読み下さり、うれしいです!
そして、空也と西城の会話へのお言葉うれしいです!
ウフフ……西城は、ちょっと意地悪な所ありますね
(*´艸`*)
西城は、何を考えてるのかも分かり辛いし、空也、すでに振り回されてますが、家族にも感情を抑えて生きてきた空也が、西城とは割りと普通におしゃべりできてます
(*´ω`*)
空也くんのシャワーシーンにドキドキ💓(好きね)やっと自由になれて良かった、と思うと同時に西城さん何者なの~😣 とこちらもドキドキです。このお話も(本当は全部)更新楽しみです~😣(今「殉剣の焔」読み返してます)
お返事いつもありがとうございます😆
お起こしくださり、ありがとうございます!
空也にドキドキしてもらえてうれしいです。
空也、ブレスレットが無くなったら体も自由になりました。
あのブレスレットは、空也の性欲も出ないようにずっと空也を縛ってました。
西城は、あのロングコートのイケメンと同一人物なのか?
空也もめちゃくちゃ心臓ドキドキで、西城の返事を待ってます
( ꈍᴗꈍ)
いつも本当に沢山読んで下さり、励みになります
(≧▽≦)