追放された精霊の愛し子は運命の番をその腕に掻き抱く

濘-NEI-

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(1)義賊の棲家★

 ナザリア。
 ホエルと呼ばれる淡く輝く天体が夜空に浮かぶ大地と無数の島々、それらを取り巻く広大で豊かな海。

 三大陸のうち二番目の広さを有するコズラスタ大陸の西。
 その土地の四方を深い山岳地帯に囲まれた手付かずの自然が多く残り、古くから自然には神や精霊が宿ると考える、いわゆる自然崇拝が強く根付く豊かな自然を有するオルガッド王国。

 中でも国土の西に広がるラウェルナ大森林は、今なお精霊や妖精が棲まうとされ、神聖な場所として人の手がほとんど入っておらず、整備された東の街道を馬車が行き交う以外は、そもそも人が立ち入ることもない。

 それゆえに、それを逆手に取った者たちが、息を潜めて住み着いていることは、あまり知られていない。

「配置につけ」

 建築資材に多く用いられる、太く高いドゥルバの樹の上で、突き出すように伸びた枝に足を掛けた男は望遠鏡を手に、森の中に整備された街道を見下ろしている。

「予定通りだ、しくじるなよ」
「おうよ」
「へいへい」

 呼応して方々から太い声が上がる。

 国土の南、ガスタール山脈の麓にあるコロッツから内陸のウルレ、またそれらの町から王都ミアネイア方面へと向かう南北に走る森の中の街道を、一台の豪奢な馬車と更に四台の幌馬車などが連なって進んでいる。

「阿呆のお出ましだ」

 豪奢な造りの馬車と紋章を見て、樹の上に立つ男は冷淡に呟き、時を同じくして、馬車に揺られる人物は暇潰しの睦事に耽っていた。

「うふふ、あんっ、やぁあ」
「はしたない女だな」

 オルガッド国の南方、酪農とバルク麦の生産が盛んなガスタール領。
 バルク麦は挽いてふるいにかけた粉末が、水を含ませ練って焼き上げるポトルや、同じく練り上げて乾燥させた物を茹でて戻すヤンネなどの原料となり、オルガッドでは広く食される主食となる物である。

 その地を統治する、ドナテラ伯ヒューリックの子息ハインケルは、その怠惰で自堕落な生活を正すようにと、王都から離れた領地に二月ふたつきほど遣わされていた。

 領地の視察と銘打ったそれは、出来損ないの息子に対する反省を促すための体のいい暇を兼ねた追い出しであったが、刺激も何もない領地での生活はハインケルを一層堕落させ、あろうことか町で適当な娘を選んでは、無理強いして享楽に耽る日々を過ごす結果を招いた。

 そして今も、伴った侍女の胸元を指先で弄び、王都に帰還する馬車に揺られて退屈な時間を持て余している。

「ハインケル様。この神聖な森に関して、不穏な噂があるんですよ」

 人払いした二人きりの車内で、侍女はもっとと強請りながら、甘い息の合間に不遜に呟く。

「不穏な噂?」

 ハインケルは剥き出しにされた侍女の乳房を揉みしだき、それまでとは違って侍女の顔を見つめ、もう少し詳しく話せと促すように顎をしゃくり、硬く尖り始めた頂を口に含んだ。

「あぁん。んっ、屋敷に出入りしていた行商人の話ですけどね。この森を根城にした、義賊を名乗る不貞の輩が居るんだとか」

「どうせそれも、この股を開いて聞き及んだ戯れ言だろう」

 侍女のお仕着せの裾を捲り上げ、露わになった白い太腿をゆっくりと撫でると、既に湿り気を帯びた秘所へと乱暴に指を充てがい、わざと厭らしい音を立てて浅瀬を掻き回す。

「いえっ、決してそのような……あぁん」
「こんなに濡らしてなにを言う」

 引き抜いた指先で引っ掻くように膨れ上がった蕾を弾くと、ハインケルの指先が淫らな銀糸を引いて、侍女はその刺激に堪らず嬌声を漏らした。

「あぁあっ、ハインケル様」

 情欲に潤む瞳が向けられると、一気に興醒めしたハインケルは、このくだらない戯れにも飽いたと、卑しく腰を揺らす侍女を一瞥する。

 いまだ期待を含んだ潤む目線を向ける侍女に、これ見よがしな溜め息を吐くと、興が削がれたと嘆くように背もたれに体を預けた。

 しかし次の瞬間、けたたましいほどの馬の嘶きと同時に、ハインケルを乗せた馬車はガタンと大きく音を立てて二、三度大きく揺れ、あとは沈黙したようにその場で急停車した。

「おい!一体なんなんだ」

 複数の足音は後続の馬車から走り出た者たちか、一気に人影が馬車を取り囲む。

 慌てて身なりを整える侍女には目もくれず、ハインケルは日除けの布が張られた窓から外の様子を窺うが、いまいち様子が分からない。

「おい、なにごとだ」

 御者台を覗く小窓を開けると、見知った御者の姿がどこにもない。

 途端に嫌な予感がした。

 如何に世間知らずな放蕩者の伯爵子息とは云え、突如走る緊張感に、今が危機的状況なのは肌で感じる。そんなハインケルの背中を一筋の汗が伝う。

 するとどうだろう。馬車の外からどさり、どさりと地面に崩れ落ちるように、他の音はなく人が次々と倒れる音がしてくる。悲鳴すら聞こえない。

 侍女が言っていたばかりではないか、この森には賊が潜んでいると。真横に座って真っ青な顔をする侍女の腕を掴むと、壁代わりに馬車の扉の真正面に跪かせてハインケルは息を殺す。

「ハ、ハインケル様、なにをっ」
「黙ってろ」

 抑えた声で呟き、侍女の肩に指を食い込ませて押さえつけ、ハインケルは固唾を飲んだ。

 刹那の静寂が何時間にも感じられ、その苦痛は緩やかに恐怖を煽ると、鈍い金属音がその場に響き、閂を噛ませていない馬車の扉がゆっくりと開いた。

「ひいっ……」

 人影が馬車に踏み込むと同時に、侍女は口から泡を吹いて痙攣し始める。恐怖のあまり失神したのだろう。

「うわあっ」

 仰向けに倒れ込んできた侍女を避けると、ハインケルは逃げ腰で、狭い馬車の壁に張り付いて身を震わせる。

「さあ、馬車から降りて貰おうか」

 乗り込んできた男の手が伸びて、有無を言わせずに胸ぐらを掴まれると、ハインケルは倒れた侍女共々馬車から引き摺り下ろされた。

「へえ、こいつが御領主の息子。見た目はそこそこか」
「ただの強姦魔だろ」
「おい見ろよ、こいつ失禁してやがる」

 小馬鹿にする笑い声を、ただただ恐怖の中で聞き、ハインケルは抵抗することもなく股間を濡らして身を震わせている。

 なぜならその視線の先には、使用人を含めた護衛についていたはずの者たちが、死んでいるのか気を失っているのか、枯れ落ちた枝のようにゴロゴロと転がっているからだ。

「お前にはお仕置きが必要だ」

 ハインケルの胸ぐらを掴んだ男が耳元に囁く。淡々とした声だった。

 ドンッと突き放されてハインケルが地面に尻餅をつくと、それが合図のように、男のうちの一人が虹色に光る不思議な紋様の刻まれた角笛を吹く。

 一体なにが起こるのかと身を震わせていると、突如大空から耳を劈く咆哮が聞こえ、異形の大きな影が目の前に降り立った。


〈〈グルルルルゥ、グルルゥ〉〉


 不気味に喉を鳴らす異形の大きな影——グラップシーのその喉元には、先程男が鳴らした角笛と同じ虹色に光る紋様が刻まれている。

 グラップシーは今は絶滅したとされるドラゴンの亜種であり、コズラスタ大陸でもラウェルナ大森林にしか生息せず、その鋭い鉤爪と太く長い尾が特徴的だ。

 だがハインケルはもちろん、ほとんどの者がその姿を本の中でしか見たこともない、寓話の中にだけ存在する生き物と認識しているが、それは事実ではない。

 グラップシーは警戒心が強く、人に飼い慣らされる質ではないし、こんな街道に姿を見せることはない。けれど確かに実在し、ラウェルナ大森林の奥深くに縄張りを持つ。

 その生態については不明瞭な点も多いが、鋭い牙からは猛毒が滴り、毒ごと獲物を捕食する姿は、本にも描かれている通り、悪魔の僕とも呼ばれる獰猛な超大型の肉食獣である。

「やれ」

 冷淡な声が一言呟くと、ハインケルはグラップシーと目が合った。 

「あ……あぁ、あああ」

 もはやまともに声を上げることすら出来ず、瞬きをしたその刹那、ハインケルは己の上半身がひしゃげて千切れる音を聞いた。

 辺りにどっと血生臭い異臭が漂う。

 グラップシーが無慈悲にその喉を鳴らす横で、男たちは平然とした顔をしている。

「……こうも簡単に殺してしまっては、お仕置きとは言わんな」

「残ったこいつらの始末はどうするよ」

「強姦魔を放し飼いにしてた罪はあるが、お頭からは何の指示も出てないな」

「じゃあ記憶を消して帰すか」

 男のうちの一人が虹色に光る石を取り出すと、不思議な文字と紋様が刻まれた小さな箱を掴んでその中に石を装填する。

「お頭は無用な殺生を好まんからな」

「放蕩息子は姦通が森の精霊の逆鱗に触れ、拐かされたって筋書きか」

「なるほど、天罰が降ったってやつだな」

 無駄口を叩きながらハインケルの取り巻きを一箇所に集めると、箱を持った男が文言を唱え、小箱を中心に閃光が走って旋風が巻き起こる。

「はい。任務完了」

 男たちの姿など見えていないかのように、ハインケルの取り巻きたちはのろのろと立ち上がって、各々馬車に乗り込んでいく。

 そして何事もなかったように、伯爵子息が居なくなった馬車は王都へ向けて街道を進み、その場を去っていった。
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