30 / 56
(29)芽吹かざる蕾
ヘンゼルがラウェルナ大森林のこの集落に運ばれてきて、抑制剤も手元にあるというのにパメラはデルザリオの私室で眠ることを義務付けられている。
「デルザリオ様。今日こそ私が床で眠りますから、どうか寝台でお体を休めてください」
「お優しくて結構なことだが気遣いは要らん。抑制剤があるからと言ってアルファはオメガの匂いに敏感だ。それにお前は美しいからな」
「ご、ご冗談ばかり」
「そのように恥じらう顔も愛らしい」
「か、揶揄わないでください」
「いいかパメラ、この集落には数は少ないとは云え、俺以外にもアルファが居る。お前は自分がオメガであることに、もう少し危機感を持てないのか」
チラリとパメラを振り返り、言いようのない苦い笑みを刻んでデルザリオが優しく問い掛ける。
視線が絡んで熱が生まれ、デルザリオの苦笑を湛えた顔にパメラの鼓動は高鳴った。
パメラがオメガだから、デルザリオがアルファだから。逞しい腕に抱かれて翻弄されたのは、ヒートを抑えるための行為だったに過ぎない。
そうだ。そのことが頭をよぎるとたちまち不安に苛まれる。果たして本当に、デルザリオはパメラの運命の番なのだろうか。
今まで誰かを好きになったことがないパメラだが、切ないほどに胸が苦しくなって、抗いようのない劣情に身が焦がれた。
これほどまでに人の目を引く容姿と存在感を持つデルザリオに、惹かれない者は居ないだろう。それは運命の番でなくても、起こりうることではないのだろうか。
「パメラ、どうかしたのか」
優しい声に呼び戻されるように、パメラはハッとしてデルザリオを見つめ直す。
「いえ……」
「なら早く休め」
「ですがデルザリオ様、やはりお身体に障ります。どうぞ寝台でお休みになってください」
「先ほども言ったが他に空けてやれる安全な部屋がない以上、お前をここに留め置かねば危険だ。その見張りという意味もある。それに俺には女を床に寝かせる趣味はない」
言い置いて背を向け、寝台にもたれて酒瓶から直接酒を呷るデルザリオの背中に、パメラは諦めきれずに声を掛ける。
「でもそれではお体が」
「ほう。パメラ、お前は何度も寝台から男に声を掛ける意味を分かっているのか。お前が添い寝してくれる、そういうことなら構わんぞ」
「えっ」
首だけ振り返り、クッと喉を鳴らして揶揄うようにパメラを見つめるデルザリオの熱がこもった視線に言葉が詰まる。
デルザリオは決して不誠実ではない。だからパメラが拒めば、無理やり腕に閉じ込められることはないだろう。
そうして逡巡するように顔を真っ赤にして戸惑うパメラを見つめて、デルザリオは悪ふざけが過ぎたかと独りごちる。
「余計な気を回さず早く眠れ」
かぶりを振って扉の方に向き直したデルザリオの耳に、消え入りそうなパメラの声が聞こえる。
「……あ、の。その、デルザリオ様が、それでよろしいのなら」
デルザリオが振り返って目を見張ると、パメラはますます頬を染めて唇を噛み締める。
困惑して参ったとばかりに頭を抱えるデルザリオの様子に、パメラは失言だったと青褪める。
やはり自分が眠る寝台に誘い入れるなど、はしたないことなのだと口から溢れた言葉に後悔を募らせる。
「パメラ」
「は、はいっ」
「誘い入れたのはお前だ」
「…………」
「冗談だ。しかしこの幾晩か続けた座り寝で体の節々が痛いのも事実だ。ここはお前の言葉に甘えて、俺も寝台を使わせて貰うことにしよう」
デルザリオが柔らかく笑むと、パメラは緊張で体を硬くする。それを揶揄うように大きな掌でそっと頭を撫でると、立ち上がって酒瓶を机の上に置く。
パメラは聡く美しい。そして事実、彼女は間違いなくデルザリオの運命の番なのだろう。
あの夜、森の中で腕の中に抱き留めた瞬間に、或いは精霊たちが騒ぎ始めてあの香りを感じた時から、固く錆び付いた歯車が動き出すような感覚があった。
「この狭さだ。お前を抱かねば転がり落ちる」
デルザリオはパメラを抱き寄せて横になると、体を強ばらせるその背を優しく撫でる。
パメラと出会ってから、精霊たちが一層楽しそうにはしゃぐ声が聞こえる。それが単なる祝福だと思えるほど気を緩めてはいないが、どうしたって抗いようのない甘い感覚に絡め取られる。
緊張で張り詰めていた糸が早くも切れたのか、いつしか無防備に寝息を立て始めた姿に、自然と笑いが込み上げ破顔する。
「良い夢を」
パメラの髪にそっと口付けると、デルザリオは柔らかい笑みを浮かべ、その寝顔を見つめながら夜に身を委ねた。
「デルザリオ様。今日こそ私が床で眠りますから、どうか寝台でお体を休めてください」
「お優しくて結構なことだが気遣いは要らん。抑制剤があるからと言ってアルファはオメガの匂いに敏感だ。それにお前は美しいからな」
「ご、ご冗談ばかり」
「そのように恥じらう顔も愛らしい」
「か、揶揄わないでください」
「いいかパメラ、この集落には数は少ないとは云え、俺以外にもアルファが居る。お前は自分がオメガであることに、もう少し危機感を持てないのか」
チラリとパメラを振り返り、言いようのない苦い笑みを刻んでデルザリオが優しく問い掛ける。
視線が絡んで熱が生まれ、デルザリオの苦笑を湛えた顔にパメラの鼓動は高鳴った。
パメラがオメガだから、デルザリオがアルファだから。逞しい腕に抱かれて翻弄されたのは、ヒートを抑えるための行為だったに過ぎない。
そうだ。そのことが頭をよぎるとたちまち不安に苛まれる。果たして本当に、デルザリオはパメラの運命の番なのだろうか。
今まで誰かを好きになったことがないパメラだが、切ないほどに胸が苦しくなって、抗いようのない劣情に身が焦がれた。
これほどまでに人の目を引く容姿と存在感を持つデルザリオに、惹かれない者は居ないだろう。それは運命の番でなくても、起こりうることではないのだろうか。
「パメラ、どうかしたのか」
優しい声に呼び戻されるように、パメラはハッとしてデルザリオを見つめ直す。
「いえ……」
「なら早く休め」
「ですがデルザリオ様、やはりお身体に障ります。どうぞ寝台でお休みになってください」
「先ほども言ったが他に空けてやれる安全な部屋がない以上、お前をここに留め置かねば危険だ。その見張りという意味もある。それに俺には女を床に寝かせる趣味はない」
言い置いて背を向け、寝台にもたれて酒瓶から直接酒を呷るデルザリオの背中に、パメラは諦めきれずに声を掛ける。
「でもそれではお体が」
「ほう。パメラ、お前は何度も寝台から男に声を掛ける意味を分かっているのか。お前が添い寝してくれる、そういうことなら構わんぞ」
「えっ」
首だけ振り返り、クッと喉を鳴らして揶揄うようにパメラを見つめるデルザリオの熱がこもった視線に言葉が詰まる。
デルザリオは決して不誠実ではない。だからパメラが拒めば、無理やり腕に閉じ込められることはないだろう。
そうして逡巡するように顔を真っ赤にして戸惑うパメラを見つめて、デルザリオは悪ふざけが過ぎたかと独りごちる。
「余計な気を回さず早く眠れ」
かぶりを振って扉の方に向き直したデルザリオの耳に、消え入りそうなパメラの声が聞こえる。
「……あ、の。その、デルザリオ様が、それでよろしいのなら」
デルザリオが振り返って目を見張ると、パメラはますます頬を染めて唇を噛み締める。
困惑して参ったとばかりに頭を抱えるデルザリオの様子に、パメラは失言だったと青褪める。
やはり自分が眠る寝台に誘い入れるなど、はしたないことなのだと口から溢れた言葉に後悔を募らせる。
「パメラ」
「は、はいっ」
「誘い入れたのはお前だ」
「…………」
「冗談だ。しかしこの幾晩か続けた座り寝で体の節々が痛いのも事実だ。ここはお前の言葉に甘えて、俺も寝台を使わせて貰うことにしよう」
デルザリオが柔らかく笑むと、パメラは緊張で体を硬くする。それを揶揄うように大きな掌でそっと頭を撫でると、立ち上がって酒瓶を机の上に置く。
パメラは聡く美しい。そして事実、彼女は間違いなくデルザリオの運命の番なのだろう。
あの夜、森の中で腕の中に抱き留めた瞬間に、或いは精霊たちが騒ぎ始めてあの香りを感じた時から、固く錆び付いた歯車が動き出すような感覚があった。
「この狭さだ。お前を抱かねば転がり落ちる」
デルザリオはパメラを抱き寄せて横になると、体を強ばらせるその背を優しく撫でる。
パメラと出会ってから、精霊たちが一層楽しそうにはしゃぐ声が聞こえる。それが単なる祝福だと思えるほど気を緩めてはいないが、どうしたって抗いようのない甘い感覚に絡め取られる。
緊張で張り詰めていた糸が早くも切れたのか、いつしか無防備に寝息を立て始めた姿に、自然と笑いが込み上げ破顔する。
「良い夢を」
パメラの髪にそっと口付けると、デルザリオは柔らかい笑みを浮かべ、その寝顔を見つめながら夜に身を委ねた。
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる
狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。
しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で………
こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。