追放された精霊の愛し子は運命の番をその腕に掻き抱く

濘-NEI-

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(29)芽吹かざる蕾

 ヘンゼルがラウェルナ大森林のこの集落に運ばれてきて、抑制剤も手元にあるというのにパメラはデルザリオの私室で眠ることを義務付けられている。

「デルザリオ様。今日こそ私が床で眠りますから、どうか寝台でお体を休めてください」

「お優しくて結構なことだが気遣いは要らん。抑制剤があるからと言ってアルファはオメガの匂いに敏感だ。それにお前は美しいからな」

「ご、ご冗談ばかり」

「そのように恥じらう顔も愛らしい」

「か、揶揄わないでください」

「いいかパメラ、この集落には数は少ないとは云え、俺以外にもアルファが居る。お前は自分がオメガであることに、もう少し危機感を持てないのか」

 チラリとパメラを振り返り、言いようのない苦い笑みを刻んでデルザリオが優しく問い掛ける。

 視線が絡んで熱が生まれ、デルザリオの苦笑を湛えた顔にパメラの鼓動は高鳴った。

 パメラがオメガだから、デルザリオがアルファだから。逞しい腕に抱かれて翻弄されたのは、ヒートを抑えるための行為だったに過ぎない。

 そうだ。そのことが頭をよぎるとたちまち不安に苛まれる。果たして本当に、デルザリオはパメラの運命の番なのだろうか。

 今まで誰かを好きになったことがないパメラだが、切ないほどに胸が苦しくなって、抗いようのない劣情に身が焦がれた。

 これほどまでに人の目を引く容姿と存在感を持つデルザリオに、惹かれない者は居ないだろう。それは運命の番でなくても、起こりうることではないのだろうか。

「パメラ、どうかしたのか」

 優しい声に呼び戻されるように、パメラはハッとしてデルザリオを見つめ直す。

「いえ……」

「なら早く休め」

「ですがデルザリオ様、やはりお身体に障ります。どうぞ寝台でお休みになってください」

「先ほども言ったが他に空けてやれる安全な部屋がない以上、お前をここに留め置かねば危険だ。その見張りという意味もある。それに俺には女を床に寝かせる趣味はない」

 言い置いて背を向け、寝台にもたれて酒瓶から直接酒を呷るデルザリオの背中に、パメラは諦めきれずに声を掛ける。

「でもそれではお体が」

「ほう。パメラ、お前は何度も寝台から男に声を掛ける意味を分かっているのか。お前が添い寝してくれる、そういうことなら構わんぞ」

「えっ」

 首だけ振り返り、クッと喉を鳴らして揶揄うようにパメラを見つめるデルザリオの熱がこもった視線に言葉が詰まる。

 デルザリオは決して不誠実ではない。だからパメラが拒めば、無理やり腕に閉じ込められることはないだろう。
 そうして逡巡するように顔を真っ赤にして戸惑うパメラを見つめて、デルザリオは悪ふざけが過ぎたかと独りごちる。

「余計な気を回さず早く眠れ」

 かぶりを振って扉の方に向き直したデルザリオの耳に、消え入りそうなパメラの声が聞こえる。

「……あ、の。その、デルザリオ様が、それでよろしいのなら」

 デルザリオが振り返って目を見張ると、パメラはますます頬を染めて唇を噛み締める。

 困惑して参ったとばかりに頭を抱えるデルザリオの様子に、パメラは失言だったと青褪める。
 やはり自分が眠る寝台に誘い入れるなど、はしたないことなのだと口から溢れた言葉に後悔を募らせる。

「パメラ」
「は、はいっ」

「誘い入れたのはお前だ」
「…………」

「冗談だ。しかしこの幾晩か続けた座り寝で体の節々が痛いのも事実だ。ここはお前の言葉に甘えて、俺も寝台を使わせて貰うことにしよう」

 デルザリオが柔らかく笑むと、パメラは緊張で体を硬くする。それを揶揄うように大きな掌でそっと頭を撫でると、立ち上がって酒瓶を机の上に置く。

 パメラは聡く美しい。そして事実、彼女は間違いなくデルザリオの運命の番なのだろう。

 あの夜、森の中で腕の中に抱き留めた瞬間に、或いは精霊たちが騒ぎ始めてあの香りを感じた時から、固く錆び付いた歯車が動き出すような感覚があった。

「この狭さだ。お前を抱かねば転がり落ちる」

 デルザリオはパメラを抱き寄せて横になると、体を強ばらせるその背を優しく撫でる。

 パメラと出会ってから、精霊たちが一層楽しそうにはしゃぐ声が聞こえる。それが単なる祝福だと思えるほど気を緩めてはいないが、どうしたって抗いようのない甘い感覚に絡め取られる。

 緊張で張り詰めていた糸が早くも切れたのか、いつしか無防備に寝息を立て始めた姿に、自然と笑いが込み上げ破顔する。

「良い夢を」

 パメラの髪にそっと口付けると、デルザリオは柔らかい笑みを浮かべ、その寝顔を見つめながら夜に身を委ねた。
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