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(30)結ぶべき縁
この集落には女手がない。
ケイレブからあらましは聞いたが、なるほど確かにマシューは例外だが、そんな連中が集まった場所に女やオメガが居ないのは頷けた。
アイルーンは憤りを覚えながらも、口ではなく手を動かしていく。
男世帯の騎士団で遠征に慣れているのだろう。各々が器用に自分のことをこなせるのは見て分かるが、どこもかしこもよく見てみれば詰めが甘い。つまり大雑把で不潔、不衛生なのだ。
ケイレブの部屋は比較的清潔だったが、それでも掃除をしないと落ち着かなかった。そこに来て、怪我人のヘンゼルを運び込んだ部屋を見た時に思った。これでは病気まで呼び寄せる。
アイルーンは今朝早いうちからマシューに声を掛け、作業分担を割り振ると、集落の連中を集めて大掃除を指揮している。
事前にケイレブに要望を伝えていたからか、仲間たちから文句の声は上がらない。しかし、そんな中でも作業を進められない場所がある。
「ちょっとあんた。どういうつもりだい」
アイルーンは怒っていた。
感情を抑えることもなく、目の前に立つデルザリオを捕まえて鋭い目付きで睨み付け、低く唸るように声を絞り出す。
「……ケイレブの番か。なんの用だ」
「あんたね、家畜じゃあるまいし、あたしにはアイルーンって名前があるんだ。その失礼な呼び方はよしてくれないか」
デルザリオの言い様が気に入らず、ついついアイルーンは噛み付くように声を荒げる。
「……その御大層な名持ちのお前が、俺になんの用だ」
不遜な態度を崩さないデルザリオにアイルーンは更に神経を逆撫でされるが、今はそんな喧嘩をしている場合ではない。思い留まってなんとか怒りを堪えると本題を切り出した。
「あんた、パメラをどうする気だい」
マシューと一緒に湖の近くで、掻き集めた洗濯物を洗っているパメラに視線を向ける。
「お前になんの関係がある」
一蹴してその場を離れようとするデルザリオに、アイルーンはちょっと待ちなと腕を掴んで真剣な目を向ける。
「あたしはね、あの子の家族さ」
「血も繋がらんのに家族か」
「確かに血の繋がりはないよ。でもあたしはあの子が年端もいかない時から姉か、或いは親代わりを務めてきたんだ」
アイルーンは苦しげに眉根を寄せると、デルザリオから腕を離してまた口を開く。
「パメラは十二の時に流行り病で両親を亡くしてる。生き抜くために伝手を頼って奉公に出た先で、金に目が眩んだ恩人に売られそうになって必死で逃げた。そうしてあたしはあの子に出会って保護したのさ」
アイルーンは再び湖畔で洗濯をしながら楽しげに笑うパメラを見つめて、やるせない話だろと呟く。
「……そうか」
デルザリオは知らなかった。
旅一座で針子の仕事に就いていたと本人の口から聞いたが、まさかそんなにも幼い頃に両親を失った挙げ句、身寄りもなく頼った先でまで酷い目に遭っていたとは。
「あんたにどんな考えや思いがあるかはどうでもいい。だけどあの子を傷付けることだけは許さないって言ってるんだよ」
「なにが言いたい」
「毎晩自分の部屋に招き入れといて、そのくせモナリスなんか着けさせて、飼い主を気取って所有の首輪でも着けたつもりかい」
侮蔑するように吐き捨てると、アイルーンは再びデルザリオを睨み付ける。
「随分な言い様だな」
「当然だろう。あんたが一体どういうつもりか知らないけど、あたしにとっちゃ大事な家族さ。あの子と番になる気がないなら中途半端に優しくしないでおくれ」
それだけ言うとアイルーンはその場から離れて行く。
「中途半端な優しさだけで、そばに置いている訳ではないのだがな」
無邪気な笑顔でマシューと楽しそうに会話するパメラに視線を向けてデルザリオは苦笑する。
彼女のその儚くも美しい姿だけでなく、直向きで凛とした心持ちすらも愛おしく感じているのは確かだ。
それに加えて精霊たちも日毎騒がしく、デルザリオが物憂げにパメラのことを思って考えに耽ると、それを揶揄うように愉しげな笑い声を立てるくらいだ。
デルザリオは運命だとかそう云う寓話のような物を信じないが、パメラを見た瞬間、或いは腕の中に抱き留めた瞬間に、自らが失くした何かが戻ってきたような感覚に陥った。
欠けていた何か。そうとしか言い表せない。
「厄介なものだな」
デルザリオは独りごちて溜め息を吐き出すと、再びパメラを見つめて、その腕の中で乱れた彼女の姿を思い浮かべた。
「運命の番か」
パメラにモナリスを着けさせたのは、抑制剤があるとは云え、確かにこの集落にはアルファが何名も居るからであり、デルザリオの中でパメラを番にする気がないからだ。
国に追われる身とは云え出自までは変えられない。
事実、デルザリオがオルガッド王国の第二王子であることに変わりはないし、お尋ね者になって尚、いまだデルザリオを王に担ぎ上げようとする派閥さえあるのだから。
しかしデルザリオは肌で感じ取っている。
パメラこそが運命の番であり、もう二度と手元から手放すことなど出来ないのだと。
アルファとしての本能に抗えず、再びパメラをその腕の中に抱いてしまえば、昂揚する劣情に任せ、その仄かに赤みが差した白いうなじに歯を突き立てない保証などない。
「お頭ぁ、アイルーンの姐さんどうにかなりませんか」
思いに耽るデルザリオのそばに駆け寄ると、もうめちゃくちゃですよとケセンが騒ぐ。
「あの女を止めたければケイレブに言え。俺にはどうにも出来ん」
「そんなあ」
情けない顔で泣きつくケセンに俺も手を焼いていると短く呟いて苦笑すると、デルザリオは湖のほとりまで足を伸ばし、パメラの元に歩み寄って声を掛ける。
「パメラ、少し付き合わないか」
「どうかなさったのですか」
「面白いところに連れて行ってやる。お前も朝早くから掃除や洗濯ばかりでは気晴らしにならんだろう」
「パメラさん、せっかくお頭がこう仰ってるんです。あとは残った連中と片付けますし、アイルーンさんも、ほら。怒ってる感じじゃないですから」
マシューは遠くでこちらの様子を伺うアイルーンをちらりと見ながら悪戯っぽく微笑むと、そのまま洗濯場に何人か呼び寄せて指示を出し始めた。
「手が離せないなら構わんのだが」
「いいえ。デルザリオ様にお誘いいただけるなんて光栄です。ただ……」
「どうした」
言い淀んで顔を赤らめるパメラの顔をデルザリオが覗き込むと、消え入りそうな小さな声で返事が返って来る。
「せめて水浴びをしたいのです。洗濯の後に済ませてしまう予定だったので」
恥じらい頬を染めながら胸元で手をぎゅっと握り締めるパメラの姿が愛おしく、デルザリオは小さく笑みを作ると右手を差し出した。
「この森は広い。せっかく水浴びをするなら誰も立ち入らない場所に連れて行ってやろう。さあ一緒に行こうパメラ」
「はい……」
緊張しながらも嬉しそうにデルザリオの手を取るパメラの姿を、マシューはニヤけるのを堪えながら眺めて送り出した。
ケイレブからあらましは聞いたが、なるほど確かにマシューは例外だが、そんな連中が集まった場所に女やオメガが居ないのは頷けた。
アイルーンは憤りを覚えながらも、口ではなく手を動かしていく。
男世帯の騎士団で遠征に慣れているのだろう。各々が器用に自分のことをこなせるのは見て分かるが、どこもかしこもよく見てみれば詰めが甘い。つまり大雑把で不潔、不衛生なのだ。
ケイレブの部屋は比較的清潔だったが、それでも掃除をしないと落ち着かなかった。そこに来て、怪我人のヘンゼルを運び込んだ部屋を見た時に思った。これでは病気まで呼び寄せる。
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事前にケイレブに要望を伝えていたからか、仲間たちから文句の声は上がらない。しかし、そんな中でも作業を進められない場所がある。
「ちょっとあんた。どういうつもりだい」
アイルーンは怒っていた。
感情を抑えることもなく、目の前に立つデルザリオを捕まえて鋭い目付きで睨み付け、低く唸るように声を絞り出す。
「……ケイレブの番か。なんの用だ」
「あんたね、家畜じゃあるまいし、あたしにはアイルーンって名前があるんだ。その失礼な呼び方はよしてくれないか」
デルザリオの言い様が気に入らず、ついついアイルーンは噛み付くように声を荒げる。
「……その御大層な名持ちのお前が、俺になんの用だ」
不遜な態度を崩さないデルザリオにアイルーンは更に神経を逆撫でされるが、今はそんな喧嘩をしている場合ではない。思い留まってなんとか怒りを堪えると本題を切り出した。
「あんた、パメラをどうする気だい」
マシューと一緒に湖の近くで、掻き集めた洗濯物を洗っているパメラに視線を向ける。
「お前になんの関係がある」
一蹴してその場を離れようとするデルザリオに、アイルーンはちょっと待ちなと腕を掴んで真剣な目を向ける。
「あたしはね、あの子の家族さ」
「血も繋がらんのに家族か」
「確かに血の繋がりはないよ。でもあたしはあの子が年端もいかない時から姉か、或いは親代わりを務めてきたんだ」
アイルーンは苦しげに眉根を寄せると、デルザリオから腕を離してまた口を開く。
「パメラは十二の時に流行り病で両親を亡くしてる。生き抜くために伝手を頼って奉公に出た先で、金に目が眩んだ恩人に売られそうになって必死で逃げた。そうしてあたしはあの子に出会って保護したのさ」
アイルーンは再び湖畔で洗濯をしながら楽しげに笑うパメラを見つめて、やるせない話だろと呟く。
「……そうか」
デルザリオは知らなかった。
旅一座で針子の仕事に就いていたと本人の口から聞いたが、まさかそんなにも幼い頃に両親を失った挙げ句、身寄りもなく頼った先でまで酷い目に遭っていたとは。
「あんたにどんな考えや思いがあるかはどうでもいい。だけどあの子を傷付けることだけは許さないって言ってるんだよ」
「なにが言いたい」
「毎晩自分の部屋に招き入れといて、そのくせモナリスなんか着けさせて、飼い主を気取って所有の首輪でも着けたつもりかい」
侮蔑するように吐き捨てると、アイルーンは再びデルザリオを睨み付ける。
「随分な言い様だな」
「当然だろう。あんたが一体どういうつもりか知らないけど、あたしにとっちゃ大事な家族さ。あの子と番になる気がないなら中途半端に優しくしないでおくれ」
それだけ言うとアイルーンはその場から離れて行く。
「中途半端な優しさだけで、そばに置いている訳ではないのだがな」
無邪気な笑顔でマシューと楽しそうに会話するパメラに視線を向けてデルザリオは苦笑する。
彼女のその儚くも美しい姿だけでなく、直向きで凛とした心持ちすらも愛おしく感じているのは確かだ。
それに加えて精霊たちも日毎騒がしく、デルザリオが物憂げにパメラのことを思って考えに耽ると、それを揶揄うように愉しげな笑い声を立てるくらいだ。
デルザリオは運命だとかそう云う寓話のような物を信じないが、パメラを見た瞬間、或いは腕の中に抱き留めた瞬間に、自らが失くした何かが戻ってきたような感覚に陥った。
欠けていた何か。そうとしか言い表せない。
「厄介なものだな」
デルザリオは独りごちて溜め息を吐き出すと、再びパメラを見つめて、その腕の中で乱れた彼女の姿を思い浮かべた。
「運命の番か」
パメラにモナリスを着けさせたのは、抑制剤があるとは云え、確かにこの集落にはアルファが何名も居るからであり、デルザリオの中でパメラを番にする気がないからだ。
国に追われる身とは云え出自までは変えられない。
事実、デルザリオがオルガッド王国の第二王子であることに変わりはないし、お尋ね者になって尚、いまだデルザリオを王に担ぎ上げようとする派閥さえあるのだから。
しかしデルザリオは肌で感じ取っている。
パメラこそが運命の番であり、もう二度と手元から手放すことなど出来ないのだと。
アルファとしての本能に抗えず、再びパメラをその腕の中に抱いてしまえば、昂揚する劣情に任せ、その仄かに赤みが差した白いうなじに歯を突き立てない保証などない。
「お頭ぁ、アイルーンの姐さんどうにかなりませんか」
思いに耽るデルザリオのそばに駆け寄ると、もうめちゃくちゃですよとケセンが騒ぐ。
「あの女を止めたければケイレブに言え。俺にはどうにも出来ん」
「そんなあ」
情けない顔で泣きつくケセンに俺も手を焼いていると短く呟いて苦笑すると、デルザリオは湖のほとりまで足を伸ばし、パメラの元に歩み寄って声を掛ける。
「パメラ、少し付き合わないか」
「どうかなさったのですか」
「面白いところに連れて行ってやる。お前も朝早くから掃除や洗濯ばかりでは気晴らしにならんだろう」
「パメラさん、せっかくお頭がこう仰ってるんです。あとは残った連中と片付けますし、アイルーンさんも、ほら。怒ってる感じじゃないですから」
マシューは遠くでこちらの様子を伺うアイルーンをちらりと見ながら悪戯っぽく微笑むと、そのまま洗濯場に何人か呼び寄せて指示を出し始めた。
「手が離せないなら構わんのだが」
「いいえ。デルザリオ様にお誘いいただけるなんて光栄です。ただ……」
「どうした」
言い淀んで顔を赤らめるパメラの顔をデルザリオが覗き込むと、消え入りそうな小さな声で返事が返って来る。
「せめて水浴びをしたいのです。洗濯の後に済ませてしまう予定だったので」
恥じらい頬を染めながら胸元で手をぎゅっと握り締めるパメラの姿が愛おしく、デルザリオは小さく笑みを作ると右手を差し出した。
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