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(41)神が見放した男
マグラリア・ヤン・オルガッド。
オルガッド王国の第一王子として生まれ、勤勉で覚えも良く、人当たりの良い実直な少年は、次世代の担い手として申し分ない評価を受けて育った。
しかし十二になって第二の性がオメガであると判明した時、マグナリアにしか感じることのない哀れみのような空気が辺りから漂い始めた。
いつもと変わらない日常にマグラリア蔑視が入り込んでくる、なんとも居心地の悪い生活。
当時の王であり祖父に当たるジュダルは、正にアルファの化身であるかのような勇ましく聡明な王であった。
しかし父であり王太子であったナキームは、王の中の王と称されるジュダルの子にしてベータであることが耐えられなかったのか、歳の離れた弟のシュレールをぞんざいに扱う酷い男だった。
父のそれは、アルファに生まれたシュレールに対する嫉妬なのだと認識していたが、ジュダルにアルファとして偽ることを強制された時、初めてオメガの叔父を侮蔑しての蛮行だったのだと悟った。
父の態度は一変し、叔父であるシュレールに向けるそれと同じ眼差しが自分を貫いた時、マグラリアは己の心が砕ける音を聞いた。
父が王となり、オメガと蔑まれることを耐え忍び、しかし体面を保つためにアルファを演じる日々に疲れ切っていた頃、その後の自身を脅かす存在が現れた。
なにをするにも自分が気に入らなければ絶対に受け付けず、なのにマグラリアにはべったりと甘えたように懐く弟、第二王子のデルザリオだ。
この時まで確かにデルザリオは、マグラリアにとって人生に癒しをくれる宝物だった。けれどデルザリオの第二の性がアルファだと判明した時、マグラリアはまたも心が打ち砕かれる音を聞いた。
しかもデルザリオは精霊の声や姿が見え聞こえると言う。神に選ばれたのは弟だったのだ。
母に似て誰もが息を呑むほど美しく、祖父に似て威風堂々と遜らず、正に選ばれしアルファの化身として日々成長するデルザリオの存在は、じりじりとマグラリアの心にヒビを刻んでいく。
本物のアルファが、デルザリオが居るというのに、ヒートが来る度に抑制剤で己の欲望を抑え込み、優雅で強く覇気を持ったアルファの仮面を着ける。正に道化だった。
そしていつしか抑制剤では抑えきれない欲望に苛まれる様になると、その原因がデルザリオの放つ本物のアルファの覇気と色香による物だと体が悟った。
この時にはもう心が打ち砕かれる音など聞こえなかった。既に心など失っていたからだろう。
「殿下、お約束の客人がお見えです」
「もうそんな時間か。出迎えよう」
後になって己とデルザリオの出自を知り、なるほどあの男の血の為せる技かと、妙に腑に落ちた。
マグラリア自身もデルザリオも、ナキームに似ているところなど微塵もない。むしろ叔父のシュレールにこそ親近感を覚えたのは腹違いの兄ならば納得もいった。
「よう坊っちゃま。また懲りずに命を軽く扱っちゃいないだろうね」
「君は相変わらず明け透けにものを言う」
既に部屋に案内されていた客人は、出された香茶の入ったカップを掲げて気さくに声を掛けてくる。
「坊っちゃまは嘘が嫌いだろ」
「遠慮や配慮という慎みがないのが君だったね、カミーリア」
「まあ、そういうことだ」
アプハン合衆国、陸軍中将カミーリア・リシャール。
先のアプハン国内での騒動に手を貸した彼女は、とある情報提供のために極秘裏にマグラリアの元を訪れていた。
「それで。君が危険を冒してまで密入国のような形でここに来た訳を、そろそろ教えてくれないだろうか」
「これを渡したくてね」
カミーリアは胸元から細い筒を取り出すと、肌の温もりが移ったままのそれをマグラリアに手渡す。
密書の類かと見当をつけて筒から書面を取り出すと、マグラリアは顔を上げてカミーリアを見つめ、その目を見張った。
「これは」
「ああ。イルギルとゼウルの野郎が繋がっている決定打だ」
人身売買におけるそれぞれが受諾する割合から販路に至るまで、書面は多岐にわたるがその全てにアマリエ公ゼウル卿の印章とサインがある。
「これで歯車は完全に噛み合った」
「内政干渉だなんてごめんだからね。イヒャルドの駒にでも功績をなすりつけておいてくれ」
入手の経緯や証人の証言をまとめた書類の束を机に叩き付けると、カミーリアはようやく仕事が終わったとばかり、背もたれに体を預けて足を組んだ。
「感謝する」
「なら体で示して貰おうか、その感謝とやら」
「……カミーリア」
マグラリアは呆れたようにカミーリアを見つめるが、カミーリアはニヤニヤしながら足を組み替える。
「確かに、一介の騎士団員で役職もない軍医の女が王太子に懸想しても、王太子妃の座欲しさにケツを振ったとしか言われなかったが、私が欲したのはそんな物じゃない」
「もう少し言葉を選んでくれないか、中将」
「マギー。私は王太子妃なんてものには興味がないと言ったんだ」
「そうだね。そして私は唯一残っていた心の支柱を失った」
オメガであること。あんなにも自分を慕ったデルザリオを受け付けなくなる自分が嫌だった。
日増しにマグラリアの心は内側から砕け散り、抑制剤では抑えきれないヒートに襲われ、充てがわれたアルファで劣情を慰める度に、生きている意味を見失って自尽を図るようになった。
その時にマグラリアを診たのが、当時まだ軍医だったアルファであるカミーリアだ。
「私は愛を求めたが、お前はどうだマギー。私自身のことなど見えていなかっただろう」
「だけど君が言ったんだ。王妃や王太子妃などに興味はないと」
「そうだな」
「ほら。だから初めから愛なんてなかったんだよ、私たちの間には」
「そうだろうか。私は愛があるからこそ、お前を救うための荊道を歩む決意をした。そして他国で中将にまで上り詰め、今日お前を迎えに来たのだと言ったら?」
「なにを馬鹿げたことを」
「私は酔狂だからな。誰にも文句を言わせず、この身一つでお前を娶れる地位までのしあがってやった。中将ごときではまだ足りないか?大将だろうが元帥だろうが今回の手柄でどうとでもなるぞ」
「なにを言って……」
「マギー。私の愛は、お前が思うより苛烈で深く重たいぞ」
バンと音を鳴らして机に手をつき身を乗り出すと、そう言って凄んでから惚けるマグラリアの唇を奪い、カミーリアはニヤリとまた口の端を引き上げた。
オルガッド王国の第一王子として生まれ、勤勉で覚えも良く、人当たりの良い実直な少年は、次世代の担い手として申し分ない評価を受けて育った。
しかし十二になって第二の性がオメガであると判明した時、マグナリアにしか感じることのない哀れみのような空気が辺りから漂い始めた。
いつもと変わらない日常にマグラリア蔑視が入り込んでくる、なんとも居心地の悪い生活。
当時の王であり祖父に当たるジュダルは、正にアルファの化身であるかのような勇ましく聡明な王であった。
しかし父であり王太子であったナキームは、王の中の王と称されるジュダルの子にしてベータであることが耐えられなかったのか、歳の離れた弟のシュレールをぞんざいに扱う酷い男だった。
父のそれは、アルファに生まれたシュレールに対する嫉妬なのだと認識していたが、ジュダルにアルファとして偽ることを強制された時、初めてオメガの叔父を侮蔑しての蛮行だったのだと悟った。
父の態度は一変し、叔父であるシュレールに向けるそれと同じ眼差しが自分を貫いた時、マグラリアは己の心が砕ける音を聞いた。
父が王となり、オメガと蔑まれることを耐え忍び、しかし体面を保つためにアルファを演じる日々に疲れ切っていた頃、その後の自身を脅かす存在が現れた。
なにをするにも自分が気に入らなければ絶対に受け付けず、なのにマグラリアにはべったりと甘えたように懐く弟、第二王子のデルザリオだ。
この時まで確かにデルザリオは、マグラリアにとって人生に癒しをくれる宝物だった。けれどデルザリオの第二の性がアルファだと判明した時、マグラリアはまたも心が打ち砕かれる音を聞いた。
しかもデルザリオは精霊の声や姿が見え聞こえると言う。神に選ばれたのは弟だったのだ。
母に似て誰もが息を呑むほど美しく、祖父に似て威風堂々と遜らず、正に選ばれしアルファの化身として日々成長するデルザリオの存在は、じりじりとマグラリアの心にヒビを刻んでいく。
本物のアルファが、デルザリオが居るというのに、ヒートが来る度に抑制剤で己の欲望を抑え込み、優雅で強く覇気を持ったアルファの仮面を着ける。正に道化だった。
そしていつしか抑制剤では抑えきれない欲望に苛まれる様になると、その原因がデルザリオの放つ本物のアルファの覇気と色香による物だと体が悟った。
この時にはもう心が打ち砕かれる音など聞こえなかった。既に心など失っていたからだろう。
「殿下、お約束の客人がお見えです」
「もうそんな時間か。出迎えよう」
後になって己とデルザリオの出自を知り、なるほどあの男の血の為せる技かと、妙に腑に落ちた。
マグラリア自身もデルザリオも、ナキームに似ているところなど微塵もない。むしろ叔父のシュレールにこそ親近感を覚えたのは腹違いの兄ならば納得もいった。
「よう坊っちゃま。また懲りずに命を軽く扱っちゃいないだろうね」
「君は相変わらず明け透けにものを言う」
既に部屋に案内されていた客人は、出された香茶の入ったカップを掲げて気さくに声を掛けてくる。
「坊っちゃまは嘘が嫌いだろ」
「遠慮や配慮という慎みがないのが君だったね、カミーリア」
「まあ、そういうことだ」
アプハン合衆国、陸軍中将カミーリア・リシャール。
先のアプハン国内での騒動に手を貸した彼女は、とある情報提供のために極秘裏にマグラリアの元を訪れていた。
「それで。君が危険を冒してまで密入国のような形でここに来た訳を、そろそろ教えてくれないだろうか」
「これを渡したくてね」
カミーリアは胸元から細い筒を取り出すと、肌の温もりが移ったままのそれをマグラリアに手渡す。
密書の類かと見当をつけて筒から書面を取り出すと、マグラリアは顔を上げてカミーリアを見つめ、その目を見張った。
「これは」
「ああ。イルギルとゼウルの野郎が繋がっている決定打だ」
人身売買におけるそれぞれが受諾する割合から販路に至るまで、書面は多岐にわたるがその全てにアマリエ公ゼウル卿の印章とサインがある。
「これで歯車は完全に噛み合った」
「内政干渉だなんてごめんだからね。イヒャルドの駒にでも功績をなすりつけておいてくれ」
入手の経緯や証人の証言をまとめた書類の束を机に叩き付けると、カミーリアはようやく仕事が終わったとばかり、背もたれに体を預けて足を組んだ。
「感謝する」
「なら体で示して貰おうか、その感謝とやら」
「……カミーリア」
マグラリアは呆れたようにカミーリアを見つめるが、カミーリアはニヤニヤしながら足を組み替える。
「確かに、一介の騎士団員で役職もない軍医の女が王太子に懸想しても、王太子妃の座欲しさにケツを振ったとしか言われなかったが、私が欲したのはそんな物じゃない」
「もう少し言葉を選んでくれないか、中将」
「マギー。私は王太子妃なんてものには興味がないと言ったんだ」
「そうだね。そして私は唯一残っていた心の支柱を失った」
オメガであること。あんなにも自分を慕ったデルザリオを受け付けなくなる自分が嫌だった。
日増しにマグラリアの心は内側から砕け散り、抑制剤では抑えきれないヒートに襲われ、充てがわれたアルファで劣情を慰める度に、生きている意味を見失って自尽を図るようになった。
その時にマグラリアを診たのが、当時まだ軍医だったアルファであるカミーリアだ。
「私は愛を求めたが、お前はどうだマギー。私自身のことなど見えていなかっただろう」
「だけど君が言ったんだ。王妃や王太子妃などに興味はないと」
「そうだな」
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「そうだろうか。私は愛があるからこそ、お前を救うための荊道を歩む決意をした。そして他国で中将にまで上り詰め、今日お前を迎えに来たのだと言ったら?」
「なにを馬鹿げたことを」
「私は酔狂だからな。誰にも文句を言わせず、この身一つでお前を娶れる地位までのしあがってやった。中将ごときではまだ足りないか?大将だろうが元帥だろうが今回の手柄でどうとでもなるぞ」
「なにを言って……」
「マギー。私の愛は、お前が思うより苛烈で深く重たいぞ」
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