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8.③
連絡先を渡してから音沙汰がないのが気になって、職場まで顔を覗きにきたという凌さんに、今ばかりはタイミングが良過ぎて感謝してもしきれない。
「災難だったね」
「本当にありがとうございました」
「いいよ。役に立ったなら」
万が一また蔵本さんに遭遇しないように、会社の最寄駅を離れ、しばらく移動した乗り換え駅で電車を降りると、駅から近い雰囲気のいいカフェで腰を落ち着けることにした。
「どう? もう落ち着いたかな」
店舗に出向いた帰りだったという凌さんは、ターコイズウィングのオフィスで見た時と同じく、ボサボサに見える重たい前髪と黒縁メガネ姿。
あの晩とのギャップに、やっぱり同じ人なんだなと奇妙な気持ちで彼を見つめていると、どうかしたのかと首を傾げられて慌てて我に返る。
「はい。同僚からも気を付けるように言われてたんですけど、実際に目の当たりにすると怖いものですね」
「あんな強引なのはね、論外だよ」
そう答えた凌さんは、まあ俺も同じようなものかも知れないけどと、自虐的に呟いて苦笑する。
「ごめんなさい」
「ん?」
「連絡先を教えていただいたのに、なかなか連絡出来なくて」
「それは連絡するつもりがあったってこと?」
「ええっと……」
「やっぱり、俺じゃダメってことかな」
「そんなことないです。ダメとかじゃないです」
「ならどうして連絡くれなかったの」
「それは」
結局のところ自分に自信がないからだなんて答えることも出来ず、続く言葉が見当たらなくて黙り込んでしまう。
しばらく居心地の悪い沈黙が続いてしまい、無言のままコーヒーを飲むと、なにか意を決したように凌さんが口を開いた。
「ねえ秋菜ちゃん」
「はい」
「少しでも悪いと思ってるなら、今日の件も含めて、お礼にデートしてくれないかな」
「デートですか」
「うん。それもダメかな」
困ったように切ない顔で笑う凌さんを見ていると、グダグダ悩んでいる自分がバカみたいに感じてしまう。
「ダメじゃないです。きちんとお礼をさせてください」
「そっか。良かった」
安堵したように破顔する凌さんに思わずキュンとしてしまうと、一気に顔が熱くなった気がしてコーヒーを一気に飲み、それをなんとか誤魔化す。
「年末はなにかと忙しいと思うけど、会社の忘年会なんかはあるの?」
「ありますよ。凌さんはどうなんですか」
「忘年会ね。うちの会社もするみたいだけど、俺は欠席するかも」
「苦手なんですか」
「いや、気を遣って誘ってくれてる気がするんだよね」
「それは気のせいですよ。凌さんが、とりあえず声だけ掛けておくメンツなのはあり得ないと思いますよ」
「そうかな。そうだと良いんだけど」
「そうですよ。今も話してて楽しいですから。職場の見知った方たちも、凌さんとたくさん話したいんだと思いますよ」
忘年会に気を遣って誘われたことで気落ちしてるのかなと想像して、私は一緒に過ごせて楽しいと、何気なく今の気持ちを乗っけて返事をすると、凌さんは一瞬驚きながらも優しく笑う。
「そっか。仕方なく声を掛けた訳じゃないのかも知れないね。たまには参加してみようかな」
こうして話していると、やっぱり随分落ち着いた印象を受けるし、凌さんはいくつなんだろうと、ふとどうでも良いことが気になった。
私を秋菜ちゃんなんて呼ぶし、きっと歳上なんだろうとは思う。それに先日の北原さんの件もあるから、彼は役職がある人だから忘年会に誘ってくれた社員が部下という可能性もある。
それなら気を遣って行きづらいという気持ちも、まったく分からなくもないなと一人で分析していると、そんな私の様子を見て凌さんはクスッと笑う。
「表情がコロコロ変わって面白いね」
「すみません」
「いや。可愛いなって思ってた」
「……やめてください」
「災難だったね」
「本当にありがとうございました」
「いいよ。役に立ったなら」
万が一また蔵本さんに遭遇しないように、会社の最寄駅を離れ、しばらく移動した乗り換え駅で電車を降りると、駅から近い雰囲気のいいカフェで腰を落ち着けることにした。
「どう? もう落ち着いたかな」
店舗に出向いた帰りだったという凌さんは、ターコイズウィングのオフィスで見た時と同じく、ボサボサに見える重たい前髪と黒縁メガネ姿。
あの晩とのギャップに、やっぱり同じ人なんだなと奇妙な気持ちで彼を見つめていると、どうかしたのかと首を傾げられて慌てて我に返る。
「はい。同僚からも気を付けるように言われてたんですけど、実際に目の当たりにすると怖いものですね」
「あんな強引なのはね、論外だよ」
そう答えた凌さんは、まあ俺も同じようなものかも知れないけどと、自虐的に呟いて苦笑する。
「ごめんなさい」
「ん?」
「連絡先を教えていただいたのに、なかなか連絡出来なくて」
「それは連絡するつもりがあったってこと?」
「ええっと……」
「やっぱり、俺じゃダメってことかな」
「そんなことないです。ダメとかじゃないです」
「ならどうして連絡くれなかったの」
「それは」
結局のところ自分に自信がないからだなんて答えることも出来ず、続く言葉が見当たらなくて黙り込んでしまう。
しばらく居心地の悪い沈黙が続いてしまい、無言のままコーヒーを飲むと、なにか意を決したように凌さんが口を開いた。
「ねえ秋菜ちゃん」
「はい」
「少しでも悪いと思ってるなら、今日の件も含めて、お礼にデートしてくれないかな」
「デートですか」
「うん。それもダメかな」
困ったように切ない顔で笑う凌さんを見ていると、グダグダ悩んでいる自分がバカみたいに感じてしまう。
「ダメじゃないです。きちんとお礼をさせてください」
「そっか。良かった」
安堵したように破顔する凌さんに思わずキュンとしてしまうと、一気に顔が熱くなった気がしてコーヒーを一気に飲み、それをなんとか誤魔化す。
「年末はなにかと忙しいと思うけど、会社の忘年会なんかはあるの?」
「ありますよ。凌さんはどうなんですか」
「忘年会ね。うちの会社もするみたいだけど、俺は欠席するかも」
「苦手なんですか」
「いや、気を遣って誘ってくれてる気がするんだよね」
「それは気のせいですよ。凌さんが、とりあえず声だけ掛けておくメンツなのはあり得ないと思いますよ」
「そうかな。そうだと良いんだけど」
「そうですよ。今も話してて楽しいですから。職場の見知った方たちも、凌さんとたくさん話したいんだと思いますよ」
忘年会に気を遣って誘われたことで気落ちしてるのかなと想像して、私は一緒に過ごせて楽しいと、何気なく今の気持ちを乗っけて返事をすると、凌さんは一瞬驚きながらも優しく笑う。
「そっか。仕方なく声を掛けた訳じゃないのかも知れないね。たまには参加してみようかな」
こうして話していると、やっぱり随分落ち着いた印象を受けるし、凌さんはいくつなんだろうと、ふとどうでも良いことが気になった。
私を秋菜ちゃんなんて呼ぶし、きっと歳上なんだろうとは思う。それに先日の北原さんの件もあるから、彼は役職がある人だから忘年会に誘ってくれた社員が部下という可能性もある。
それなら気を遣って行きづらいという気持ちも、まったく分からなくもないなと一人で分析していると、そんな私の様子を見て凌さんはクスッと笑う。
「表情がコロコロ変わって面白いね」
「すみません」
「いや。可愛いなって思ってた」
「……やめてください」
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