初恋は溺愛で。〈一夜だけのはずが、遊び人を卒業して平凡な私と恋をするそうです〉

濘-NEI-

文字の大きさ
6 / 65

2-3

しおりを挟む
 窓際のいわゆるカップルシートに案内されると、広いルーフバルコニーのテーブル席と、飾られた観葉植物がライトアップされた景色が見える。
「さて、何を頼もうか」
 メニューを眺める彼の余裕さとは裏腹に、さっきの中華屋さんと同じ隣同士でも、二人掛けのフカフカのソファーだと、思ったよりも体が密着して変な気分だ。
 私はおかしな緊張を誤魔化すためにクッションを抱き締めて、彼が見せてくれるメニューを覗き込む。
「そうですね。じゃあとりあえず、この自家製サングリアにします」
「いいね。俺もそうしようかな」
 彼はにっこり笑うと、店員さんに声を掛けて注文を済ませ、涼しかったら外の席も良かったかも知れないねと何気ない話題を振ってくる。
「夜風が涼しい時期に来てみたいね」
「そうですね」
 無難に答えてから、彼にはもう会うことなんてないはずなのに、それが少し寂しい気もするのは、多分、久々に男性を意識させる彼に出会って、気持ちが昂揚してるせいなのかも知れない。
 ただでさえイケメンだし、歳は確かにかなり上っぽいけど、カッコいいことに変わりはないし、女性として扱われている実感が少なからずあるからだろうか。
 運ばれてきたサングリアで乾杯すると、彼が頼んだハムとチーズの盛り合わせも運ばれてきた。
「ほら、またしゃっくり出るといけないから」
 イタズラっぽく揶揄うように笑う顔からは、子供っぽいのに大人の余裕が覗く不思議な印象を受ける。
 こんな素敵な人が彼氏だったら楽しいんだろうなとか、一瞬思ったことを慌てて掻き消すと、そんなことはありはしないんだからと自分に言い聞かせた。
「あの中華屋さんは、よく行くお店かな」
「そうですね。でももうそろそろ、あそこでは食べ納めなんです」
「そうなの」
「はい」
「ごめんね。聞かれたくなかったらそう言ってくれて良いんだけど、何か辛いことでもあったのかな」
「え?」
「いや、時々元気ない感じで無理に笑ってる気がするから。なんとなくだけど」
「ごめんなさい。せっかく誘ってもらったのに、辛気臭いですよね」
「いやいや、そういう意味じゃないから」
 言うと同時に、手慣れた様子で指を絡めて手を握られて、ドキッとして思わず彼の顔を見る。
「あの……」
「綺麗な手だから握りたくなって。嫌だったら離すけど」
「その言い方は」
「それに手を握ってるとなんか落ち着かない? 俺だけかな」
 にっこり笑う顔に下心は映ってない。
 これだけ錆びたセンサーでも、彼が私を慰めようとしてそうしただけなのはなんとなく分かる。
 だけど不意にスパイシーでエキゾチックな香りがして、今日会ったばかりの人と、こんなに距離を詰めてしまって大丈夫なのか不安になってきた。
「ほら、また暗い顔してる」
 顔を覗き込まれて更に距離が縮まると、まるでキスでもされるんじゃないかって、急に心臓が暴れ出して顔が赤くなるのが自分でも分かる。
「や、あの。近いです」
「ああ、ごめんごめん」
 近付いた距離が少し離れると、彼は私の手を握ったまま、グラスを手に取ってサングリアを飲む喉が上下する。
 男の人の喉仏なんて、こんなに近くで見たのは一体いつぶりだろうか。
 相手が彼だからかは分からないけど、妙に色っぽく見えて、ますます心臓がドキドキしてしまうのを誤魔化すために、私もグラスを手に取ってサングリアを飲み干した。
「本当にお酒強いね」
「そうですかね。自分じゃよく分からないんですけど」
「顔にも出てないし、酔ってる感じがしないよね」
「だからって飲ませ過ぎないでくださいね」
「あはは、釘刺されちゃったか」
 彼がそう言って笑うと、ソファーのスプリングが軋んで肩を寄せ合うように体が沈む。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...