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第一章

15.街へお出かけ 2

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店を出ると少し街中を観光程度に歩くことになった。

街に出たことの無い私は全てが新鮮に移る。

前世では日本から出たことがないため、日本とは全く違う景色に本当に観光気分だった。
言うなれば街並みはテレビでよく見る中世のヨーロッパのような面影があり、それでいてそこに異世界というなの魔法要素が加わっている。
しかし、建物は茶や赤が基本な訳ではなく、白だったり緑だったりと様々な色合いで華やかだ。

街を歩きながらアルはまるでガイドのように、一つ一つ私が訊ねたものに関して丁寧に説明してくれる。
これは、どのようなものを扱ってる店なのか、ここの路地は危ないから入ってはいけないだとか、すごく詳しい。

「リリ、楽しい?」

最初は気を遣っていたが、アルがあまりも楽しそうにしているので私も楽しくなってしまった。
それに、こんなに素敵な街に出て興奮しないはずがない。

「はい。楽しいです。」

こんなに笑えたのかと自分でも驚くくらいの笑顔で答える。

カフェを出てからすっとさりげなく伸びてきたアルの手は私の手を握っている。
握られた時は一瞬びくっとしたものの振り解ける訳もなく、あれからそのままの状態である。
たまに自分の手をアルの手から抜こうとしてみたが握る強さが強くなるだけだった。


「何か他に聞きたいことや見たいものはある?」
「あ、えーっと…」


「……王太子殿下ですか?」

足を止め、後ろの声のする方向を見ると綺麗なドレスを着飾ったアルと同じ年齢程の女の子がいた。

「あ、失礼しました。私、トリードル伯爵家三女のクレアと申します。お話宜しいでしょうか?」
「断る。」

アルは眉を顰め、その令嬢を睥睨した。

「殿下。お待ちください。」
「今、婚約者とデート中なんだ。分をわきまえては貰えないかな?」

そう言うとアルは距離を取ろうとしていた私の肩を抱き、近くに寄せた。

まだ婚約者じゃないんだけどな…

それにしてもアルによく気づいたと思う。
今のアルは外出用に黒髪のヴィッグを被り、王太子という存在感を消している。
整っている顔は隠しきれはしないが、王太子だと言われてやっと気づくくらいだろう。

クレアと名乗った令嬢は婚約者という言葉に反応し、殺気を放つような鋭い目で私を見た。
アルといることでこうなることは予想がついていた。見事に予想的中である。
令嬢を見ていた私はそんな彼女の視線が辛くて思わず顔を逸らした。

アルのそんな言動にも物怖じせずに彼女は続けた。

「私、3ヶ月ほど前の王宮で開催されたお茶会でお会いしたのですが、覚えていらっしゃいませんか?

「はぁ……いい加減にしてくれないかな?私は分をわきまえるよう伝えたはずだが、君は、国王か聖人なのかな?」

アルの口元は上がってはいるものの目が笑っていない。

「いいえ、先程も申しました通り、私はトリードル伯爵家のクレアと申しますわ。」

この子はわざとなのか天然なのか。
私ならアルのこの顔を見ただけで一目散に逃げ出していると思う。まず、王太子殿下に会っても声をかけようとすらしないだろうが。

私達の騒ぎが周囲にも伝わったのか、ざわざわとし始める。私達の格好は貴族には見えような服装をしているが、相手が派手なドレスである。
貴族に絡まれた平民か、それまた貴族同士の喧嘩として捉えられても可笑しくはない。

「あの…」
「どうしたのリリ?」

アルは、今までクレアを見ていた目とは全く違う優しい目をして、こちらを見た。

「周りが…」
「ああ、そうだね。少し場所を移そうか。せっかくのデートなのにごめんね。」
「アル、私のことはお気になさらないで下さい。」
「貴方。殿下のことを御名で呼ぶなんて図々しいにも程がありますわ!!」

相手は私のことをしらないのか、癇癪にも似た強い口調で話してくる。

目立たないように私もあのお茶会にいたけれど、最後にはあの騒ぎを起こしている。だからその前に帰ってしまったか、それかこの格好のせいで気づかないのか。けれど知られていない方が、私としては都合がよかった。

「実に不愉快だ。彼女が私のことをどう呼ぼうが君には関係ないだろう。」
「殿下…」
「リリ。どうして殿下なんて呼ぶの?言ったよね。私は返事をしないよって。」
「ですが……今は2人きりでは…ありません……」
「........わかったよ…ちょっと待っててね。」

アルは、はぁとため息を着くと、令嬢の方を向き不快そうなのは顔を露わにして、低い声を発した。

「下がれ。二度とその面を私に見せるな。」

令嬢はアルの鋭い視線にたじろぎ、私を睨むとふんっと鼻を鳴らし、踵を返した。

「リリ、不快な思いをさせてしまったね。実はああいう子達が少ない訳じゃないんだ。もう二度とそういう奴らをリリに近づけさせたりしないから。安心してね。」

人を人とも思わない目で見られるのは慣れている。
けれど、この世界に来てから優しい人達ばかりで、少し怯んでしまった。アルに握られている手が小刻みに震えてくる。
そんな私をアルはそっと抱き寄せて、ぎゅっと抱擁した。耳元からは安心させるような暖かい声が聞こえてくる。

「大丈夫だよ。私が守るから。」

アルよりも身長が低い私はすっぽりとアルの体の中に収まる。

「すみません。ありがとうございます。」

少し緊張から身体が解けてきたのか、周囲のがやがやとした雑音が聞こえてくる。
いま、この状況になっているのが街の中であると思い出し、顔が熱くなった。アルの腕から逃れようと、アルの胸元を押す。するとアルが腕の力を弱くなり、私がそっと離れると瞳を覗き込まれた。

「落ち着いた?」
「はい。すみません。」
「ごめんね。ちょっと待っててくれる?」

アルは私から完全に離れて、少し距離がある後ろに待機していた、アルの護衛の方に向かった。
私には聞こえないが、何やら話している。

アルの背から目線を逸らし、騒ぎを起こしたせいで大通りの方向が見れず、路地裏の方に目線をやる。すると私の視界に物凄い速さで細い路地裏を駆け抜けるひとつの物体が入った。
その物体は夜だったら闇に紛れて全く分からないであろう程に真っ黒だった。
その物体は、急にぴたっと止まったかと思うと、壁に寄りかかる。

その行動を終始眺めていた私は肩が跳ねた。
目が合った気がしたのだ。いや、確実に目が合った。
黒い物体は人だったのだ。黒いマントに身を包み、そのマントとは正反対の白い肌が浮いていた。
何より印象敵だったのは左右違った目の色。

右手で左腕を庇うようにしていて、顔には赤黒い何かが付いている。その赤黒いなにかは左手からそっと垂れ、地面へと滴り落ちた。

その人物は私に気づくと一瞬の間に姿を消した。


「リリ?行こうか。」

背後から聞こえた声にびくっとした。
そこにはアルがいて、ほっと胸を撫でる。

「どうしたの?」
「いいえ、なんでもないです。」

首を横に振り、何となく今見た物を説明するのを躊躇った。

「そう?何かあったら私に言ってね。…ふふ、今日のデートは失敗してしまったかな。また今度来よう。その時は今日よりも飛びっきりに楽しませてあげるから。」

気がつくと辺りは青色から茜色に染まりつつあった。

「今日はここまでかな。」

元来た道を引き返し門前まで戻ると、来た時と同様の馬車が用意されていた。それに乗り、貴族宅へ入る。そうして長い一日が終わった。
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