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第二章
32.不可解な訪問者 -伯爵令嬢視点-
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「失礼…致します。」
「やぁ、随分遅かったね。もう少し早く来ると思っていたんだけどな。」
くすくすとした笑い声が静まり返った店の中を駆け巡る。顔は見えないが、その暗闇に誰かがいるのは感じる。
黒いハンカチに書いてあったのはこの王都の路地裏にある店の名前だった。王都の路地裏に構える小さなお店。見た目は魔法道具を扱っている店のように見える。行くのか行かないのか。多分今までで1番悩んだと思う。
背中を押してくれたのは、他のでもない殿下とあの女だった。
あの日私は、お父様に連れられて、王宮に足を踏み入れた。そこで出会ったのは、誰よりも愛しいと恋焦がれた殿下と私が欲しいものを易々と手に入れた彼女だった。
「ごきげんよう。」
精一杯の礼を取る。挨拶は殿下にのみ。
誰が彼女なんかに挨拶するものか…
憎き相手であると言うのに。相変わらず彼女は、殿下の隣にいる。
「あぁ。あの時の。」
殿下は何かを思い出したようにこちらを見た。
何を思い出したのか正直どうでもよかった。
ただ、覚えてくれていたことがどれだけ嬉しいことか。
「覚えていてくれたんですね。」
つい舞い上がってしまった。
「まぁ、あんなことをされては嫌でも…ね。それより私達の前に二度と姿を見せるなと言ったはずだが。」
もちろん覚えている。しかしそれだけで食い下がるような私ではないのだ。
全ては彼女のせいである。こんなことになるはずじゃなかった。私は彼に求婚されて、本来殿下の隣にいるはずなのに。
「それと、彼女を差し置いて離さないでくれるかな。見えないわけじゃないのだろう。」
私が彼女に口を挟む隙を与えないように話していたのはわかっていたらしい。
「リリ。ごめんね、行こうか。」
そうやって彼女に優しく笑いかける。
その顔を見て、正直彼女が羨ましいと思った。
欲しいと思った。
私にその笑顔を……向けて欲しい。
無表情で私の横を通りすぎていく彼は、冷たかった。なのにその顔でさえ、魅力的に感じるのだから恋というものは不思議だと思う。
彼の通った道には、微かなシトラスの香りが残っていた。
それから直ぐにお父様が話している会議室に戻ると何やらまだ話している最中だった。
「はぁ、まだなんですのね…」
どれくらい時間が経っただろうか。
会議室の前にある椅子に座っていたが、一向に終わらない。再び席を立ち、窓越しに見えていた庭へと足を運んだ。
「綺麗…」
色とりどりの花を見ていると流石、王宮の花々だと思わせてくれる。ふと目に入った黄色の花は殿下の髪の色とそっくりで魅入ってしまった。
ガザッ
音のする方を見ると、彼女がいた。
嫌なところであってしまったと思う。周りを見ると殿下は居ない。
彼女はこちらに気づいていないようで、何故だか楽しそうに笑っている。数歩歩くとこちらに気づいたようで、今までの笑顔からは想像もつかないような怯えた表情でこちらを見てくる。
正直かなり苛立った。
私が何をしたっていうの。
けれど目が合ったからには無言では通れない。
「あら、ごきげんよう。」
「ご、ごきげんよう。」
下級の低いものは高いものに話しかけるのに許可がいる。そんな規則ようなものがあるけれど、ここには二人しかいない。無礼講である。
彼女はオドオドしたように私に返事を返す。
「どうして、リリアナ様がここにいるのかしら。」
「私は、殿下を待っておりまして…」
「そうですのね。」
確かに少し見た目は可愛いかもしれない。
けれど、私の方が殿下にとってはふさわしいに決まっている。
「クレア様は…どうしてこちらに?」
「お父様のお仕事に同行したのよ。」
仕事に同行というのは少し違うが、王宮に行くということで、殿下に会えるかもという淡い期待を抱き、お父様に着いてきたのは事実だ。
「流石、ヴァランガ侯爵家の令嬢よね。ヴァランガ侯爵家よりも序列の高い家には女はいないもの。必然的にリリアナ様が殿下の婚約者候補1位としてあがるのは当然のことだわ。羨ましいですわ。」
「そうですわね……私も信じられません。それに殿下は何故私を選んでくれたのかわかりません。ですから、婚約も悩んでいるのです。私には好いてもらう理由がございませんし、好かれているのかすらも自信が持てないのです。申し訳ございません。こんな話…」
皮肉たっぷりに言ってやったかと思えば、相手からの返事は想像もしてないものだった。リリアナ様は目を軽く伏せ、落ち着いた口調で話す。貴族の世界では弱みを見せたら終わりである。そうお母様に教わった。彼女は何を言っているのだろう。それでも侯爵家の人間なのか。
それに殿下から好かれている自信も持てないと。
それともこれは逆に私への皮肉なのだろうか。私は何もしていないのにこんなにも殿下に愛されているんだと。
けれど彼女の口調から本当にそう思って言っているように思える。
あぁ…どうして私はこんな女に負けたのだろう。
この女さえいなければ、私は……っ。
可愛い少女の顔をして、私を最も苛立たせる存在。
「私、もう行かなければいけないの。ごめんなさい。」
「あ、そうなのですね。申し訳ございません。」
「失礼致しますわ。」
リリアナ様は私より年下であるが、礼儀や仕草は誰も文句はつけようがないほど、綺麗である。それが余計に私の心臓を抉るのだ。
私がちょうど庭園から出ようとした時、リリアナ様の傍による殿下が見えた。殿下はリリアナ様を愛おしそうに見つめる。
苦しい………
そう思った数日後には今いるこの場所に来ていた。
「それで、覚悟は決まったの?」
「覚悟…ですか?」
「もちろんだよ。まぁ、覚悟が決まったからこそここに来たんだと思うけれど。彼女を殺したいんだろ?けれど、殺すというのは君には無理な話だ。君みたいなお嬢様には人殺しなど結局できないで終わる。僕はね、彼女が欲しいんだ。ふふ、これは君には関係ないね。」
「私は何をすればいいんですの?」
ややこしい話は苦手である。
「話が早くて助かるよ。ここはね簡単に言えば依頼を受け付けているんだよ。」
「依…頼……?」
「そう。君みたいな醜い人間が望むような願いをね。」
「私が醜いですって?」
ここに来たのは間違いだったのだろうか。
救いを求めて来たのに。
「そうだろう。現に今君は人を殺そうとしてここに来たんでしょう?気に触ったのなら謝るよ。」
「まぁ、いいですわ。許してあげます。」
「それはそれはありがとうございます。」
終始気持ち悪い。この男も女かもわからない声は。
「あぁ、君の願いは彼女を殺すことだろう?」
「えぇ、そうですわ。彼女を…この世から消し去って頂きたいのです。」
「その依頼、引き受けた。」
その声の後にキーーーーンと耳鳴りが走る。思わず耳を塞ぐようにしゃがみこむと、左手首に激痛が走った。
その痛みの矛先を見ると、赤く彫刻のように刻まれた刻印が描かれている。
「な、なんですの?!これはっ!!」
「なにって?契約の証だろう?こちらもリスクというものを背負っているんだ。その刻印は契約印だ。君が僕達に関することを口外すると君自身に契約の内容が跳ね返る。つまり君の場合は、口外すると死に直結するということかな。」
「そ、そんなの聞いてませんわ!!」
「ふふ、そうだっけ?でもいいでしょ?口外しなければいいだけなんだから…とても簡単だ。殺しはこちらでやる。彼女をこの場所に呼び出すだけだ。他に君は何もしなくていい。」
誰かがいると思われる陰から私の方に飛んできたのは1枚の紙切れだった。そこには、今目の前にいるはずであろう人間が指定した場所と連れ出して欲しい時間が事細かに示されている。
「ただ…これだけですの?」
「もちろん。……それでは良い人生を。」
手中にある紙を見ているといつの間にか店の中にいた人物はいなくなっており、誰かがいた気配や温度すら無くなっている。
怖くなったと言ってしまえば嘘ではない。けれどもう、引き返せないのだ。
___________________もう、引き返せない。
この言葉が呪いのように私の心を蝕んでいった。
_____________________________________________
後書き
今回もお読み頂きありがとうございます。
遅くなってすみません。話の内容が飛んでしまった方もいるかもしれません…(;´ω`)
更新頻度があげられる月はあげていきますので、宜しくお願い致します。
「やぁ、随分遅かったね。もう少し早く来ると思っていたんだけどな。」
くすくすとした笑い声が静まり返った店の中を駆け巡る。顔は見えないが、その暗闇に誰かがいるのは感じる。
黒いハンカチに書いてあったのはこの王都の路地裏にある店の名前だった。王都の路地裏に構える小さなお店。見た目は魔法道具を扱っている店のように見える。行くのか行かないのか。多分今までで1番悩んだと思う。
背中を押してくれたのは、他のでもない殿下とあの女だった。
あの日私は、お父様に連れられて、王宮に足を踏み入れた。そこで出会ったのは、誰よりも愛しいと恋焦がれた殿下と私が欲しいものを易々と手に入れた彼女だった。
「ごきげんよう。」
精一杯の礼を取る。挨拶は殿下にのみ。
誰が彼女なんかに挨拶するものか…
憎き相手であると言うのに。相変わらず彼女は、殿下の隣にいる。
「あぁ。あの時の。」
殿下は何かを思い出したようにこちらを見た。
何を思い出したのか正直どうでもよかった。
ただ、覚えてくれていたことがどれだけ嬉しいことか。
「覚えていてくれたんですね。」
つい舞い上がってしまった。
「まぁ、あんなことをされては嫌でも…ね。それより私達の前に二度と姿を見せるなと言ったはずだが。」
もちろん覚えている。しかしそれだけで食い下がるような私ではないのだ。
全ては彼女のせいである。こんなことになるはずじゃなかった。私は彼に求婚されて、本来殿下の隣にいるはずなのに。
「それと、彼女を差し置いて離さないでくれるかな。見えないわけじゃないのだろう。」
私が彼女に口を挟む隙を与えないように話していたのはわかっていたらしい。
「リリ。ごめんね、行こうか。」
そうやって彼女に優しく笑いかける。
その顔を見て、正直彼女が羨ましいと思った。
欲しいと思った。
私にその笑顔を……向けて欲しい。
無表情で私の横を通りすぎていく彼は、冷たかった。なのにその顔でさえ、魅力的に感じるのだから恋というものは不思議だと思う。
彼の通った道には、微かなシトラスの香りが残っていた。
それから直ぐにお父様が話している会議室に戻ると何やらまだ話している最中だった。
「はぁ、まだなんですのね…」
どれくらい時間が経っただろうか。
会議室の前にある椅子に座っていたが、一向に終わらない。再び席を立ち、窓越しに見えていた庭へと足を運んだ。
「綺麗…」
色とりどりの花を見ていると流石、王宮の花々だと思わせてくれる。ふと目に入った黄色の花は殿下の髪の色とそっくりで魅入ってしまった。
ガザッ
音のする方を見ると、彼女がいた。
嫌なところであってしまったと思う。周りを見ると殿下は居ない。
彼女はこちらに気づいていないようで、何故だか楽しそうに笑っている。数歩歩くとこちらに気づいたようで、今までの笑顔からは想像もつかないような怯えた表情でこちらを見てくる。
正直かなり苛立った。
私が何をしたっていうの。
けれど目が合ったからには無言では通れない。
「あら、ごきげんよう。」
「ご、ごきげんよう。」
下級の低いものは高いものに話しかけるのに許可がいる。そんな規則ようなものがあるけれど、ここには二人しかいない。無礼講である。
彼女はオドオドしたように私に返事を返す。
「どうして、リリアナ様がここにいるのかしら。」
「私は、殿下を待っておりまして…」
「そうですのね。」
確かに少し見た目は可愛いかもしれない。
けれど、私の方が殿下にとってはふさわしいに決まっている。
「クレア様は…どうしてこちらに?」
「お父様のお仕事に同行したのよ。」
仕事に同行というのは少し違うが、王宮に行くということで、殿下に会えるかもという淡い期待を抱き、お父様に着いてきたのは事実だ。
「流石、ヴァランガ侯爵家の令嬢よね。ヴァランガ侯爵家よりも序列の高い家には女はいないもの。必然的にリリアナ様が殿下の婚約者候補1位としてあがるのは当然のことだわ。羨ましいですわ。」
「そうですわね……私も信じられません。それに殿下は何故私を選んでくれたのかわかりません。ですから、婚約も悩んでいるのです。私には好いてもらう理由がございませんし、好かれているのかすらも自信が持てないのです。申し訳ございません。こんな話…」
皮肉たっぷりに言ってやったかと思えば、相手からの返事は想像もしてないものだった。リリアナ様は目を軽く伏せ、落ち着いた口調で話す。貴族の世界では弱みを見せたら終わりである。そうお母様に教わった。彼女は何を言っているのだろう。それでも侯爵家の人間なのか。
それに殿下から好かれている自信も持てないと。
それともこれは逆に私への皮肉なのだろうか。私は何もしていないのにこんなにも殿下に愛されているんだと。
けれど彼女の口調から本当にそう思って言っているように思える。
あぁ…どうして私はこんな女に負けたのだろう。
この女さえいなければ、私は……っ。
可愛い少女の顔をして、私を最も苛立たせる存在。
「私、もう行かなければいけないの。ごめんなさい。」
「あ、そうなのですね。申し訳ございません。」
「失礼致しますわ。」
リリアナ様は私より年下であるが、礼儀や仕草は誰も文句はつけようがないほど、綺麗である。それが余計に私の心臓を抉るのだ。
私がちょうど庭園から出ようとした時、リリアナ様の傍による殿下が見えた。殿下はリリアナ様を愛おしそうに見つめる。
苦しい………
そう思った数日後には今いるこの場所に来ていた。
「それで、覚悟は決まったの?」
「覚悟…ですか?」
「もちろんだよ。まぁ、覚悟が決まったからこそここに来たんだと思うけれど。彼女を殺したいんだろ?けれど、殺すというのは君には無理な話だ。君みたいなお嬢様には人殺しなど結局できないで終わる。僕はね、彼女が欲しいんだ。ふふ、これは君には関係ないね。」
「私は何をすればいいんですの?」
ややこしい話は苦手である。
「話が早くて助かるよ。ここはね簡単に言えば依頼を受け付けているんだよ。」
「依…頼……?」
「そう。君みたいな醜い人間が望むような願いをね。」
「私が醜いですって?」
ここに来たのは間違いだったのだろうか。
救いを求めて来たのに。
「そうだろう。現に今君は人を殺そうとしてここに来たんでしょう?気に触ったのなら謝るよ。」
「まぁ、いいですわ。許してあげます。」
「それはそれはありがとうございます。」
終始気持ち悪い。この男も女かもわからない声は。
「あぁ、君の願いは彼女を殺すことだろう?」
「えぇ、そうですわ。彼女を…この世から消し去って頂きたいのです。」
「その依頼、引き受けた。」
その声の後にキーーーーンと耳鳴りが走る。思わず耳を塞ぐようにしゃがみこむと、左手首に激痛が走った。
その痛みの矛先を見ると、赤く彫刻のように刻まれた刻印が描かれている。
「な、なんですの?!これはっ!!」
「なにって?契約の証だろう?こちらもリスクというものを背負っているんだ。その刻印は契約印だ。君が僕達に関することを口外すると君自身に契約の内容が跳ね返る。つまり君の場合は、口外すると死に直結するということかな。」
「そ、そんなの聞いてませんわ!!」
「ふふ、そうだっけ?でもいいでしょ?口外しなければいいだけなんだから…とても簡単だ。殺しはこちらでやる。彼女をこの場所に呼び出すだけだ。他に君は何もしなくていい。」
誰かがいると思われる陰から私の方に飛んできたのは1枚の紙切れだった。そこには、今目の前にいるはずであろう人間が指定した場所と連れ出して欲しい時間が事細かに示されている。
「ただ…これだけですの?」
「もちろん。……それでは良い人生を。」
手中にある紙を見ているといつの間にか店の中にいた人物はいなくなっており、誰かがいた気配や温度すら無くなっている。
怖くなったと言ってしまえば嘘ではない。けれどもう、引き返せないのだ。
___________________もう、引き返せない。
この言葉が呪いのように私の心を蝕んでいった。
_____________________________________________
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