虚しくても

Ryu

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第七章

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平日は、阪急園田駅南側にある、ゴルゴというゲームセンターに道化師と死道会の連中が集まっていたので、私もそこをたまり場にするようにした。
そして、土曜の夜には空港線で暴走する。
基本的な生活スタイルは変わっていない。
だけど、公ちゃんと修蔵がやってきた時には、私は自分から腕を出すようになっていた。
それまでずっと馬鹿にしていたポン中に、私はなっていた。
覚せい剤を手に入れるのは簡単だった。
尼崎にはいくらでも売人がいるし、ゲーム機を置いてある喫茶店は、夜になるとポン中が集まって薬局に変わる。
いつの間にかつるむ人間も変わり、ほんの数人を除いて、私の周りはほとんどポン中になっていた。
そのほんの数人というのは、彫ヨチ先生ことヨッチン、それからヨッチンの従弟の義和、そして英君だ。


ヨッチンの従弟の義和は、この頃中学校三年生で、宇治少年院を仮退院したばかりだった。
私は小学校高学年頃から中学校時代、結構な悪さをしていた方だと思うけれど、この義和も相当なものだった。
ガキの頃から悪さばかりして、明石学園という教護院に入れられていた。
そこから脱走して、車で九州まで行って捕まったのが中学校二年生の時の話だ。
その後、宇治少年院に入れられて仮退院してきたところだったので、義和と会うのは随分久しぶりの事だった。
義和が仮退院してきた話を聞いた私は、すぐに義和の家をたずねた。
「義和ぅ~」
私は玄関のドアを開けて、部屋の中へ声をかけた。
しかし、中から出てきたのは見た事もない中学生だった。
「お前、誰や?」
その見た事もない中学生に私は声をかけた。
「義和」
その見た事もない中学生は、確かにそうこたえたんだけれど、その言葉を私は瞬時に理解する事が出来なかった。
少年院に入る前の義和は、短髪のアメリカンで、髪の毛を真っ赤に染めていた。
今、私の目の前にいる中学生は、サラサラの黒髪を横分けにして、園田中学校の標準型ブレザーを着ていた。
絵に描いたような優等生だった。
少年院の中で義和に何があったのか?
どんな心境の変化が起こったのかは、判らなかったけれど、義和は別人のように真面目になっていた。
本当に清々しいぐらいの変身ぶりだった。
でも、真面目になった義和は私の事を避けるような真似はせず
「リュウジ君」
「リュウジ君」
と、いつも私に笑顔を見せてくれていた。
そして、そんな義和の事を私は心から好ましく思っていた。
だけど、元気な義和の姿を見る事が出来たのは、この時期が最後となる。
この頃、病魔はすでに義和の体をむしばんでいたのかも知れない、、、


英君は、二歳年上になる園田の先輩だ。
この頃、プロボクサーになったばかりの時期だったと思う。
公ちゃんがまだ覚せい剤に手を出していない頃、公ちゃんと一緒に単車に乗って、英君が所属していた亀谷ボクシングジムまで英君の練習をよく見に行ったりしていた。
公ちゃんは、覚せい剤やシンナーをしていない時は普通に面白い先輩だった。
それなりの正義感も持っていたし、優しさだって持ちあわせていた。
私達ボンクラにとって、スポーツ選手というのは輝いて見えるものだ。
格闘技やボクシングもそうで、自然と応援したくなってしまう。
十代の頃というのは、車だったり、女だったり、頭の中は遊びでいっぱいの筈だ。
そんな遊びたいざかりの時期を、スポーツや格闘技、ボクシングの練習に打ち込むというのは、それだけでも尊敬に価する事だと思う。
当然、英君もその一人だ。
そして、英君は私のようなボンクラを避けるような真似はせず
「リュウジ」
「リュウジ」
と、いつも笑って声をかけてくれていた。
とても好感を持てる先輩だった。
ヨッチン、義和、英君は、私にとって数少ない大切な友達だった事に間違いはないだろう。


平成六年に、尼崎の暴走族をまとめようとする動きがあった。
後にそれは、ベティという数百人規模の暴走族へと急成長していくのだが、そのメンバーがなかなか強烈だった。
会長は山口組直系組長の実子で、これから数年後に、数々の女性芸能人達とのスキャンダルでメディアを騒がす事になる。
副会長の蛇嶋君は、これから数年後に、ドラム缶コンクリート詰め殺人事件で、その名前を全国に売る事になる。
そして、ベティ主力メンバーはこの翌年、平成七年に、空港線暴走族殺人事件で全国に名前を売る事になる。
平成六年の事だった、、、
私は、ベティ主力メンバーの関係者から喧嘩を売られて、その関係者の頭をブロックでかち割った事があった。
その事が原因で、ベティ主力メンバーとは一悶着あったんだけれど、それ以後はそんな事なかったかのように仲良くなった。
それがボンクラ同士の良いところであり、醍醐味でもあるのだろう。


この頃の私は、ポン中仲間の家を転々とする生活を送っていた。
和希の顔を見るために実家に帰ったりする事もあったけれど、和希の顔を見たらすぐに出て行くという感じだった。
私が実家に帰った時、、、
和希は眠っていたとしても、私の声に気付くと目を覚まし、私にしがみついてからまた眠るという愛らしい姿を見せてくれていた。
だけど、そんな和希の愛らしい姿を見ても、覚せい剤を断ち切って、真面目に働いて、和希と二人で暮らしていこうという選択肢は私の頭の中にはなかった。
それどころか、覚せい剤が悪い物だという当然の認識さえなく、こんなに良い物は世の中にはないという考えに至っていた。
勿論、それは薬物依存が身体と精神におよぼす害悪の現実をまだ知らないから、そのように錯覚しているだけなんだけれど、当時の私の生活の中心はあくまでも覚せい剤だった。


季節が秋から冬に変わろうとしている頃、久々知のアパートに遊びに来ていた女性の妊娠を知らされた。
ただ、知らせはそれだけではなかった。
女性は私の子供を産んで、育てるつもりでいたようなんだけれど、その赤ちゃんが悲しい結果になった事も知らされた。
女性に対して、私は特別な感情を持ちあわせてはいなかった。
久々知のアパートに遊びに来ていた女性だという程度の認識しかしていなかった。
だけど、赤ちゃんの悲しい知らせは胸にこたえた。
何故かは判らなかったけれど、、、
この時、私には赤ちゃんが女の子だったように感じた。
そしてそれは二年後、確信に変わる事になる。
この当時、平成六年の秋の時点では携帯電話という物はまだ普及していなかった。
しかし、一年後には携帯電話は一般的な物になっている。
赤ちゃんの悲しい知らせを受けてから二年後、、、
携帯電話で女性と話す機会があった。
「リュウちゃんのそばに小さい女の子おんの?」
会話の最中に、女性がそう言ってきた。
「いいや、誰もおらへんで、俺一人や」
「そうなん? さっきからリュウちゃんのそばで小さい女の子の声聞こえてんねんけど、、、」
「ほんま? 俺にはそっちに女の子の声聞こえてんで」
「嘘やん? うち一人やし、誰もおらへんで」
どうも、女性には私のそばで小さな女の子の声が聞こえているようで、私には女性のそばで小さな女の子の声が聞こえていたのだ。
女性のそばにも、私のそばにも、小さな女の子どころか誰もいないというのにだ。
私には霊感のようなものはないと思う。
今までに幽霊を見た事もない。
しかし、私はこれまでに幾度となく、科学では説明が出来ないような不思議な体験をした事がある。
この時の事もその一つだった。
私は彼女に麗羅という名前をつけて、ずっとお参りを続けている、、、


赤ちゃんの悲しい知らせを受けたのは、平成六年十一月の事だった、、、
知らせを受けた私は、覚せい剤をやめるどころか、ますます覚せい剤に傾倒していった。
そして、知らせを受けた直後、私は尼崎をあとにして、大阪市の西成区に出て行く事になる。
十七歳の終わりの事だった。
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