虚しくても

Ryu

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第九章

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下坂部の実家は阪神淡路大震災の影響で潰れてしまったので、父と母と弟と和希は杭瀬に移っていた。
私は少年院を出所してからも懲りる事なくポン中仲間の家を転々とする生活を送っていた。
これといってやる事もなく、虚無感のようなものを抱きながら過ごしていたように思う。
この頃の私は、ポン中仲間達と西宮市の鳴尾を我が物顔のようにして、たむろするようになっていた。
いつも通り、私達が鳴尾でたむろしている時の事だった。
キューピーマヨネーズのキャラクター、、、
キューピーちゃんみたいな髪型の、ずんぐりむっくりした変な奴が一人、のらりくらりと私達の方に向かって歩いてきた。
そして、ふいに私の前で立ち止まった。
「飲む?」
突然、、、
その変な奴が飲んでいた、飲みかけの缶ジュースを私に差し出してきた。
この目の前にいる変な奴と、この先ずっと付き合いが続く事になるなんて、この時は夢にも思わなかった。
彼の名前は大阪市此花区の誠。
当時、地元の此花で揉め事を起こして鳴尾に来ていたそうだ。
差し出された缶ジュースが、午後の紅茶ミルクティーだった事を、何故かはっきりと覚えている。


阪神尼崎の歓楽街を歩いている時の事だった。
カズキと書かれた、女の等身大の看板が目に入った。
それは間違いなく、あの女の顔だった。
噂だけは耳にしていたが、実際にそれを目の当たりにすると、さすがに頭に血が上り、こらえる事が出来なくなった。
私はその看板を手にして、目の前の風俗店に投げこんだ。
すると、店の中から黒服が慌てて飛び出してきた。
「何するんですか?」 
「やかましいんじゃ」
私はそばに並んでいた自転車をつかんで、黒服に投げつけた。
それから、思いっきり殴り倒して走って逃げた。
私は生涯を通して、風俗にはほとんど行った事がないので、実際のところは判らない。
だけど男性であっても、地元の店というのは入りにくいものではないかと思う。
それを女性の方が、地元の店で、等身大の看板を立てて売り出すとは、私には理解しがたい行為だった。
友達や知り合いならまだしも、下手をすれば親兄弟、親戚が来店する可能性だってある訳だ。
あの女は普通の神経を持ちあわせてはいないのだろうか?
私はそういった女性達の事を決して否定する気はない。
和希の名前が使われていた事に我慢出来なかっただけだ。
私は和希の顔が見たくなって実家に行ってみた。


実家では父は何もしゃべらず、、、
母は相変わらず、汚い物を見るような目で私の事を見ていた。
私は和希の顔を見に来ただけなので、別にそれで構わなかった。
本当に構わなかったんだけれど、、、
「まだ生きとったんか、早よ死ねや、この阿呆が」
そのつぶやきが頭のうしろから聞こえてきた。
振り向くと、、、
そこには、思いっきり目を見開いて、これでもかという程、鼻の穴を膨らませた弟の顔があった。
そして、その顔が卑屈にゆがんで、嫌な笑みを浮かべた瞬間、私は弟の胸ぐらをつかんでしまっていた。
和希の前じゃなかったら、あるいはこらえる事が出来たのかも知れない。
だけど、この時はこらえる事が出来なかった。
「いやぁ~ あっ君がぁ~」
母の絶叫に反応して、父が飛んで来た。
まるで、私が弟を殺そうとしているかのような騒ぎだった。
だけど、私は弟の胸ぐらをつかんだだけだ。
「お前はもぉ家に帰って来るな」
父からそう言われた。
それから、私の暴力で母がおかしくなってしまうとも言われた。
私はそんな真似はした事がない。
母の作り話なんだろうとすぐに判ったけれど、私は何も言わなかった。
そして、和希を養子にするとも父から言われた。
私自身もその方が良いと感じた。
こんなポン中になってしまった私なんかより、その方が絶対良いに決まっている。
「違うんよ、、、」
顔も上げず、ずっと黙って聞いている私に、小さな声で父はそう告げてきた。
「本当は判っとるんよ、、、」
ずっと黙って下を向いていた私だったけれど、この時だけは父の顔を見た。
父の目は少し潤んでいるように見えた、、、
幼い頃からつきまとっていた緊張感と息苦しさは全く感じなかった、、、
そして私は実家をあとにして、これ以後、寄りつく事も連絡する事もしなくなった。
十八歳の終わりの事だった。
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