虚しくても

Ryu

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第十一章

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平成九年の春前
釈放された私は庄内のアパートに戻ってきた。
帰ってからも、変わる事なくシノギは覚せい剤だった。
この頃、庄内のアパートの近所に住む、哲ちゃんと出会い、彼との付き合いが始まった。
哲ちゃんは豊中市の南部に位置する大黒町が地元の宗教家だった。
主な活動拠点は庄内だった。
私は無宗教、無信心に近い人間なのに、哲ちゃんとは何となく気が合うような感じがしていた。
それで、近所付き合いから、すぐに友達としての付き合いに変わっていった。
私はガキの頃からボンクラだったので、自然と周辺にもボンクラばかりが集まっていた。
哲ちゃんのような人との付き合いは初めてだったんだけれど、哲ちゃんといる時には妙な心地良さを感じる事が出来た。
そして哲ちゃんは私にとって、生涯を通して付き合う事になる唯一人の親友になるのだが、この頃はそんな事、露程にも感じていなかった。


平成九年の夏前
手術前の検査をするために、私は兵庫医大に入院した。
私が入院したのは、一号館にある整形外科病棟だった。
その病棟は西半分が整形外科病棟で東半分は脳神経外科病棟となっていた。
病棟フロアの真ん中と東端に喫煙所があった。
私はいつも真ん中の喫煙所で煙草を吸っていた。
「リュウジ君?」
突然、名前を呼ばれた。
振り向くと、そこには義和が立っていた。
だけど、彼が義和だと判るまでには少しの時間が必要だった。
薬の影響なのか、義和は髪の毛が無くなっていた。
「おぉ、義和やんけ」
私は普通に言葉を返すので精一杯だった。
「リュウジ君、入院してんの?」
「おう」
「何でなん?」
「ちょっと、検査入院や」
「そうなんや」
「お前も入院しとんか?」
「うん、脳外やけど、、、」
義和の病気は、その正体が判っていなかったようだ。
だけど、重い病気である事は素人目にも一目瞭然だった。
義和は、痩せ細ってしまっていて、顔色もドス黒くなり、一日中点滴を入れっぱなしにされていた。
私は入院期間中、義和がしんどくならない範囲で、ずっと義和と一緒にいるようにした。
私の方の検査はというと、レントゲン、CT、MRI、それから造影剤を使用しての脊髄の検査が行われた。
それらの結果、、、
やはり先天性の異常で、生まれつき第三腰椎が完成しきれておらず、真ん中で分離している状態で間違いないという事だった。
しかもそれは、日本では私が初めての症例という話だった。
そのため、病名も何もない状態なので、医師達は病名を考えるところから頭を悩ませていた。
ただ、日本では私が初めての症例だったが、海外に私と同じ傷病の人がいたようだ。
兵庫医大の医師達が海外の病院から、その関係資料を取り寄せてくれていた。
だけど、そんな医師達の努力に反して、私は手術をしない方向で考えを固めていた。
それは、手術の危険性についての話を医師からされた時、、、
手術が成功したとしても元通りとはいかないかもしれないという事と、仮に手術が失敗すれば、半身不随になる可能性もなくはないという説明を受けた事も理由の一つではあった。
だけど、初めて症状が出た平成八年の秋から、これまでだましだまし、何とかやってこれていた。
だから、私自身そこまでの危機感を抱いていなかったのだ。
それにまだ二十歳という事もあった。
だましだましであったとしても、自分で歩けるうちは歩いとこうという単純な結論に達していた。
私は、義和に退院してからも必ず来る事を約束して、兵庫医大をあとにした。
兵庫医大を退院した私は、庄内のアパートに帰って、覚せい剤のシノギ中心の生活に戻っていった。


平成十年二月
久しぶりに阪神尼崎の歓楽街へ出てみた。
以前、看板を投げ込んだ風俗店は無くなっていた。
その跡地に女性が一人、ぽつんとしゃがみこんでいた。
その女性は、私と目が合うと話しかけてきた。
「お兄さん、ちょっといい?」
「、、、、、」
「お兄さん、この辺の人?」
「まぁ、そうやけど」
「時間あったら話聞いてくれへん?」
「別にええけど、どないかしたん?」
「うん、、、」
「寒いから、どっか入る?」
「うん」
私は女性を連れて近くの喫茶店に入って、話を聞いてみる事にした。
女性の名前は美幸。
両親はなく、幼い頃から施設で育ったという事が判った。
男と喧嘩別れして神戸から出てきたところのようだ。
もう少し詳しく言うと、、、
男から借金をして、その返済に取り立てまがいの事をされているので逃げてきたという話だった。
そして尼崎の風俗店で働き始めたばかりだが、まだ戸惑いがあるというような事を言っていた。
私の事を地元のヤクザだと勘違いして、その系統の仕事の相談ができないかと考えたようだ。
「お兄さんって一人なん?」
「そうやけど、、、」
「ついてったらあかん?」
「どこに?」
「お兄さんとこ、、、」
「家にか?」
「うん」
「、、、、、」
「あかん?」
「、、、、、」
彼女には両親がなく、施設で育ったという話に私はやられてしまっていた。
私は、彼女と一緒に庄内のアパートに帰った。
生活状況自体は、これまでと何も変わらない。
ただ、私は彼女には覚せい剤をやらせなかった。
この頃には、覚せい剤を覚えた頃に抱いていた、覚せい剤が最高の薬だという認識は消えていた。
シノギとしてポン中には売るが、薬物を知らない人間に対しては、絶対に使ってはいけない薬だと考えるようになっていたからだ。
覚せい剤は、絶対にやってはいけない薬だ。
彼女の金銭問題は私が男と話をした。
そして彼女は男と縁を切った。
勿論、風俗店も辞めた。
いつの事だったかは覚えていないけれど、私は彼女と入籍をした。
特に特別な感情のようなものは持ちあわせていなかったんだけれど、何となくそういう流れになった感じだった。


平成十一年の始め
淀川の健二という男を私はかくまっていた。
その健二が逮捕された。
健二は、傷害の容疑で淀川警察から指名手配されていたんだが、逮捕された健二は、私の事をチンコロしてくれた。
それで私は、淀川警察から覚せい剤の営利で逮捕状が出て、指名手配される事になった。
この時、私の執行猶予期間は、まだあと一年残っていたので、私は飛ぶ事を決めていた。
美幸を巻き込む訳にはいかないので、彼女には離婚してもらった。
そして、飛ぶ前に義和の顔を見ておこうと思って、私は兵庫医大へ向かった。
夜の遅い時間だったけれど、私が以前入院していたという事もあるし、退院してからもちょこちょこ義和には会いにきていたので、看護師さん達には何も言われなかった。
「どないや、変わりないか?」
「うん」
義和の病状が変わる事なく、ずっと重いままなのは誰にでも判っただろう。
暫く義和と他愛もない話をしていた。
「ちょっとの間、来られへんねん、、、」
「そうなん、、、」
「また来るからな」
「うん、また来てなリュウジ君」
「またな」
「うん」
義和と約束を交わして、私は兵庫医大をあとにした。
それが、義和と交わした最後の言葉になった、、、


この頃、西成の東組本家で若頭を務めていた森田さんが引退して、庄内で建設関係の会社を経営していた。
私は森田さんには随分可愛がってもらっていた。
それで指名手配の件を相談して、執行猶予が切れるまで森田さんの会社で働きながら体をかわせるようにしてもらった。
森田さんの会社は、仮枠大工と解体と鳶の人夫出しをしていたので、大工の経験がある私にとってはうってつけと言えた。
執行猶予期間は残り一年だったので、何とかここでかわしきろうと考えて、私は森田さんの会社で働き始めた。
会社には私と同じような訳ありの人も少なくはなかった。
入れ墨を入れた人や指の無い人もいたので、溶け込むのに苦労はしなかった。
暫くの間は何事もなくやり過ごせていたんだけれど、やはり国家権力を舐めてはいけなかった。
森田さんの会社を淀川警察に嗅ぎつけられてしまった。
森田さんに迷惑をかける訳にはいかなかったので、私はなかばヤケクソになって、西成に移った。
逮捕されるのは時間の問題なので、下手に逃げ回るよりもその方がマシだと考えていた。
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