虚しくても

Ryu

文字の大きさ
20 / 33

第十九章

しおりを挟む
「お疲れさん」
大阪刑務所の門前で、迎えに来てくれていた猪ちゃんが私に右手を差し出してきた。
私はその右手を握り返して、ヒロさんの運転する車で、びわこダルクへと向かった。
勿論、ヒロさんはあのヒロとは全くの別人だ。
びわこダルクは琵琶湖の畔と言っても良い場所にあった。
木造二階建ての一軒家だった。
その一軒家で十数人の薬物依存症者達が共同生活をしている。
都会でもなく、、、
田舎過ぎもせず、、、
程良い自然に囲まれた、とても良い環境にある施設だと私は感じた。
これから半年間、ここで生活する事になるのだ。
びわこダルクのプログラムは、やはり基本ミーティングだった。
午前中のミーティング、午後のミーティング、そして夜はNAに出かけるというのが基本的なスタイルだった。
時にはスポーツジムであったり、映画鑑賞であったり、カラオケであったり、温泉であったり、湖水浴であったりと、遊びを取り入れたプログラムが行われている。
それは、これまで薬物一色の人生を送ってきた入寮者達に、薬物無し、アルコール無しの健全な遊びを体験させるという目的からだと思う。
ダルクでは、アルコールも薬物だと考えられている。
だから入寮中は薬物は勿論、アルコールも一切口にする事が出来ない。
確かに、薬物を使用して何か事件を起こしたというニュースよりも、酒に酔って何か事件を起こしたというニュースの方が圧倒的に多いし、アルコールが身体と精神におよぼす害悪というのが、かなり深刻な事なのは間違いない。
アルコールが薬物だという考え方は決しておかしくはないと思う。
また、酒に酔った勢いで薬物を使用するというケースも多いので尚更だろう。
施設内での二回のミーティング、夜のNA、変わりばえのない毎日がスタートしたばかりの頃、猪ちゃんに呼ばれた。
猪ちゃんの顔を見ただけで決して良い話じゃない事は判った。
「マムシが死んだよ、、、」
「、、、、、」
マムシは仙台にいた頃、特に仲良くしていたメンバーだった。
そのマムシが死んだ、、、
それも山の中で、腐乱死体となって発見されたと言うのだ。
一体、マムシに何があったんだろうか、、、
言葉に出来ない、、、
重苦しい何かが乗っかってきたような、、、
そんな感覚になっていた、、、
そんな悲しいスタートではあったけれど、私はそれ程大きなトラブルも起こさずに、びわこダルクでの生活を送る事が出来た。
この半年間、仲良くしていたのは、ヒロさんとイヴにイワオさん、そして晋輔だった。
ヒロさんは大阪刑務所まで猪ちゃんと迎えに来てくれた時からの馴染みだ。
びわこダルクに着いてすぐ、私に豆腐を用意してくれたのも、ヒロさんだった。
これは刑務所を出所した時にやる事なんだけれど、、、
角を取って丸くなるという意味で、豆腐の角をかじるのだ。
一種のおまじないのようなものなんだろう。
イヴはギタリストだった。
昔、バンドを組んでいた私とは話があって、自然と仲良くなっていった。
イワオさんとは、寝床が近かったという事もあって、仲良く日常を共にしていた。
イワオさんは現在、新潟ダルクの施設長を務めている。
晋輔はこの当時、びわこダルクでスタッフ研修を受けていた。
初対面の時から凄く気が合って、今でも大切な仲間としての付き合いが続いている。
その晋輔は現在、山形県にある鶴岡ダルクの施設長を努めている。
びわこダルクに、シンとハヤトというメンバーがいた。
この二人は、私のようなボンクラのどこに魅力を感じたのか判らないけれど、私の事を慕ってくれていた。
私は宝塚警察に逮捕された時は、情けなくて雄輝連合会の会長にも本部長にも連絡する事が出来なかった。
だけど、びわこダルクで生活を送っている間は定期的に公衆電話から本部長に連絡を入れていた。
ダルクでは携帯電話の所持は原則認められていない。
家族も含めて、外部との連絡も禁じられているので、そうせざるを得なかった訳だ。
ある日、シンとハヤトが改まって私の前に膝をついてきた。
「リュウさんに相談したい事があるんですが、聞いて頂けないでしょうか?」
「何や?」
「自分達、ダルクを出ようと思ってます」
「、、、、、」
「自分達、お世話して頂く訳にはいかないでしょうか?」
「どういう事や?」
「リュウさんにつかせて頂く事は出来ないでしょうか?」
「えっ?」
「お願い出来ないでしょうか?」
「お前ら、ヤクザする言うんかいな?」
「はい」
「ヤクザするてお前、、、」
「お願いします」
「せやけどお前の親父さん、、、」
シンの父親は刑務官だった。
東京拘置所で看守部長をしている。
その息子がポン中になった末、、、
ダルクに入寮して、、、
あげくの果てにヤクザになりたいと言っている訳だ。
「考え直した方が良い」
とでも言うのが当然だったんだろうけれど、二十八歳の私には出来なかった。
私にはこの話が面白過ぎて、真剣な顔で膝をついているシンを前に笑い転げてしまった。
「リュウさん、笑い過ぎですよ、、、」
シンは泣きそうな顔になっていたけれど、ハヤトは間違いなく笑うのをこらえていた。
「すまんすまん、一応、話だけは聞くわ」
シンとハヤトの話を聞き終えて、二人が本気でダルクを出る意志を固めている事は判った。
私のようなボンクラを頼ってくれているという事にも、間違いはなかった。
私は二人の事を本部長にあずかってもらう事にした。
しかしこの判断が間違っていた事を、すぐに思い知らされる事になる。
びわこダルクでの生活もそろそろ終わりが見えてきた頃、ちょっとしたアクシデントが起こった。
三重ダルクのフォーラムが開催された時、びわこダルクのメンバーが招待された。
フォーラムの会場で私は座る席を探していた。
「この席、よろしいでしょうか?」
近くにいた三重ダルクのスタッフにたずねたんだけれど、そのスタッフから思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「何だテメぇ」
鼻息荒く、そのスタッフは私に詰め寄って来た。
突然の事に驚かされたけれど、会場内での喧嘩はさすがにマズい。
私はそのスタッフを外へ連れ出そうとした。
すると、その様子を見ていた三重ダルクの他のスタッフが二人、慌てて駆けつけて来て、私の事を三人で取り囲んだ。
三人は私を囲んでヤカラを言い出したのだから仕方がない。
私は三人相手に乱闘するしかなかった。
この相手は、三人とも三重ダルクのスタッフで、ティティ、アキラ、タカシというメンバーだった。
主催者側である三重ダルクのスタッフが、招待客が座る席をたずねた途端に喧嘩をふっかけてきたのだから、とんでもない話だ。
私が乱闘を起こしたせいで、びわこダルクは三重ダルクのフォーラムから撤収した。
この件では後日、三重ダルクの施設長と、この三人がびわこダルクまで謝罪しに来る事になった。
この時の三人、ティティ、アキラ、タカシはこの後、奈良ダルクを設立する。
そして、その奈良ダルクがゆくゆくガーデンへと変化をとげる事になっていく。
最後にそんなアクシデントが起こったけれど、びわこダルクでの半年間のプログラムを終えて、私は地元の尼崎へ戻った。
平成十七年九月
まだ残暑の厳しい頃だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...