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第十九章
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「お疲れさん」
大阪刑務所の門前で、迎えに来てくれていた猪ちゃんが私に右手を差し出してきた。
私はその右手を握り返して、ヒロさんの運転する車で、びわこダルクへと向かった。
勿論、ヒロさんはあのヒロとは全くの別人だ。
びわこダルクは琵琶湖の畔と言っても良い場所にあった。
木造二階建ての一軒家だった。
その一軒家で十数人の薬物依存症者達が共同生活をしている。
都会でもなく、、、
田舎過ぎもせず、、、
程良い自然に囲まれた、とても良い環境にある施設だと私は感じた。
これから半年間、ここで生活する事になるのだ。
びわこダルクのプログラムは、やはり基本ミーティングだった。
午前中のミーティング、午後のミーティング、そして夜はNAに出かけるというのが基本的なスタイルだった。
時にはスポーツジムであったり、映画鑑賞であったり、カラオケであったり、温泉であったり、湖水浴であったりと、遊びを取り入れたプログラムが行われている。
それは、これまで薬物一色の人生を送ってきた入寮者達に、薬物無し、アルコール無しの健全な遊びを体験させるという目的からだと思う。
ダルクでは、アルコールも薬物だと考えられている。
だから入寮中は薬物は勿論、アルコールも一切口にする事が出来ない。
確かに、薬物を使用して何か事件を起こしたというニュースよりも、酒に酔って何か事件を起こしたというニュースの方が圧倒的に多いし、アルコールが身体と精神におよぼす害悪というのが、かなり深刻な事なのは間違いない。
アルコールが薬物だという考え方は決しておかしくはないと思う。
また、酒に酔った勢いで薬物を使用するというケースも多いので尚更だろう。
施設内での二回のミーティング、夜のNA、変わりばえのない毎日がスタートしたばかりの頃、猪ちゃんに呼ばれた。
猪ちゃんの顔を見ただけで決して良い話じゃない事は判った。
「マムシが死んだよ、、、」
「、、、、、」
マムシは仙台にいた頃、特に仲良くしていたメンバーだった。
そのマムシが死んだ、、、
それも山の中で、腐乱死体となって発見されたと言うのだ。
一体、マムシに何があったんだろうか、、、
言葉に出来ない、、、
重苦しい何かが乗っかってきたような、、、
そんな感覚になっていた、、、
そんな悲しいスタートではあったけれど、私はそれ程大きなトラブルも起こさずに、びわこダルクでの生活を送る事が出来た。
この半年間、仲良くしていたのは、ヒロさんとイヴにイワオさん、そして晋輔だった。
ヒロさんは大阪刑務所まで猪ちゃんと迎えに来てくれた時からの馴染みだ。
びわこダルクに着いてすぐ、私に豆腐を用意してくれたのも、ヒロさんだった。
これは刑務所を出所した時にやる事なんだけれど、、、
角を取って丸くなるという意味で、豆腐の角をかじるのだ。
一種のおまじないのようなものなんだろう。
イヴはギタリストだった。
昔、バンドを組んでいた私とは話があって、自然と仲良くなっていった。
イワオさんとは、寝床が近かったという事もあって、仲良く日常を共にしていた。
イワオさんは現在、新潟ダルクの施設長を務めている。
晋輔はこの当時、びわこダルクでスタッフ研修を受けていた。
初対面の時から凄く気が合って、今でも大切な仲間としての付き合いが続いている。
その晋輔は現在、山形県にある鶴岡ダルクの施設長を努めている。
びわこダルクに、シンとハヤトというメンバーがいた。
この二人は、私のようなボンクラのどこに魅力を感じたのか判らないけれど、私の事を慕ってくれていた。
私は宝塚警察に逮捕された時は、情けなくて雄輝連合会の会長にも本部長にも連絡する事が出来なかった。
だけど、びわこダルクで生活を送っている間は定期的に公衆電話から本部長に連絡を入れていた。
ダルクでは携帯電話の所持は原則認められていない。
家族も含めて、外部との連絡も禁じられているので、そうせざるを得なかった訳だ。
ある日、シンとハヤトが改まって私の前に膝をついてきた。
「リュウさんに相談したい事があるんですが、聞いて頂けないでしょうか?」
「何や?」
「自分達、ダルクを出ようと思ってます」
「、、、、、」
「自分達、お世話して頂く訳にはいかないでしょうか?」
「どういう事や?」
「リュウさんにつかせて頂く事は出来ないでしょうか?」
「えっ?」
「お願い出来ないでしょうか?」
「お前ら、ヤクザする言うんかいな?」
「はい」
「ヤクザするてお前、、、」
「お願いします」
「せやけどお前の親父さん、、、」
シンの父親は刑務官だった。
東京拘置所で看守部長をしている。
その息子がポン中になった末、、、
ダルクに入寮して、、、
あげくの果てにヤクザになりたいと言っている訳だ。
「考え直した方が良い」
とでも言うのが当然だったんだろうけれど、二十八歳の私には出来なかった。
私にはこの話が面白過ぎて、真剣な顔で膝をついているシンを前に笑い転げてしまった。
「リュウさん、笑い過ぎですよ、、、」
シンは泣きそうな顔になっていたけれど、ハヤトは間違いなく笑うのをこらえていた。
「すまんすまん、一応、話だけは聞くわ」
シンとハヤトの話を聞き終えて、二人が本気でダルクを出る意志を固めている事は判った。
私のようなボンクラを頼ってくれているという事にも、間違いはなかった。
私は二人の事を本部長にあずかってもらう事にした。
しかしこの判断が間違っていた事を、すぐに思い知らされる事になる。
びわこダルクでの生活もそろそろ終わりが見えてきた頃、ちょっとしたアクシデントが起こった。
三重ダルクのフォーラムが開催された時、びわこダルクのメンバーが招待された。
フォーラムの会場で私は座る席を探していた。
「この席、よろしいでしょうか?」
近くにいた三重ダルクのスタッフにたずねたんだけれど、そのスタッフから思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「何だテメぇ」
鼻息荒く、そのスタッフは私に詰め寄って来た。
突然の事に驚かされたけれど、会場内での喧嘩はさすがにマズい。
私はそのスタッフを外へ連れ出そうとした。
すると、その様子を見ていた三重ダルクの他のスタッフが二人、慌てて駆けつけて来て、私の事を三人で取り囲んだ。
三人は私を囲んでヤカラを言い出したのだから仕方がない。
私は三人相手に乱闘するしかなかった。
この相手は、三人とも三重ダルクのスタッフで、ティティ、アキラ、タカシというメンバーだった。
主催者側である三重ダルクのスタッフが、招待客が座る席をたずねた途端に喧嘩をふっかけてきたのだから、とんでもない話だ。
私が乱闘を起こしたせいで、びわこダルクは三重ダルクのフォーラムから撤収した。
この件では後日、三重ダルクの施設長と、この三人がびわこダルクまで謝罪しに来る事になった。
この時の三人、ティティ、アキラ、タカシはこの後、奈良ダルクを設立する。
そして、その奈良ダルクがゆくゆくガーデンへと変化をとげる事になっていく。
最後にそんなアクシデントが起こったけれど、びわこダルクでの半年間のプログラムを終えて、私は地元の尼崎へ戻った。
平成十七年九月
まだ残暑の厳しい頃だった。
大阪刑務所の門前で、迎えに来てくれていた猪ちゃんが私に右手を差し出してきた。
私はその右手を握り返して、ヒロさんの運転する車で、びわこダルクへと向かった。
勿論、ヒロさんはあのヒロとは全くの別人だ。
びわこダルクは琵琶湖の畔と言っても良い場所にあった。
木造二階建ての一軒家だった。
その一軒家で十数人の薬物依存症者達が共同生活をしている。
都会でもなく、、、
田舎過ぎもせず、、、
程良い自然に囲まれた、とても良い環境にある施設だと私は感じた。
これから半年間、ここで生活する事になるのだ。
びわこダルクのプログラムは、やはり基本ミーティングだった。
午前中のミーティング、午後のミーティング、そして夜はNAに出かけるというのが基本的なスタイルだった。
時にはスポーツジムであったり、映画鑑賞であったり、カラオケであったり、温泉であったり、湖水浴であったりと、遊びを取り入れたプログラムが行われている。
それは、これまで薬物一色の人生を送ってきた入寮者達に、薬物無し、アルコール無しの健全な遊びを体験させるという目的からだと思う。
ダルクでは、アルコールも薬物だと考えられている。
だから入寮中は薬物は勿論、アルコールも一切口にする事が出来ない。
確かに、薬物を使用して何か事件を起こしたというニュースよりも、酒に酔って何か事件を起こしたというニュースの方が圧倒的に多いし、アルコールが身体と精神におよぼす害悪というのが、かなり深刻な事なのは間違いない。
アルコールが薬物だという考え方は決しておかしくはないと思う。
また、酒に酔った勢いで薬物を使用するというケースも多いので尚更だろう。
施設内での二回のミーティング、夜のNA、変わりばえのない毎日がスタートしたばかりの頃、猪ちゃんに呼ばれた。
猪ちゃんの顔を見ただけで決して良い話じゃない事は判った。
「マムシが死んだよ、、、」
「、、、、、」
マムシは仙台にいた頃、特に仲良くしていたメンバーだった。
そのマムシが死んだ、、、
それも山の中で、腐乱死体となって発見されたと言うのだ。
一体、マムシに何があったんだろうか、、、
言葉に出来ない、、、
重苦しい何かが乗っかってきたような、、、
そんな感覚になっていた、、、
そんな悲しいスタートではあったけれど、私はそれ程大きなトラブルも起こさずに、びわこダルクでの生活を送る事が出来た。
この半年間、仲良くしていたのは、ヒロさんとイヴにイワオさん、そして晋輔だった。
ヒロさんは大阪刑務所まで猪ちゃんと迎えに来てくれた時からの馴染みだ。
びわこダルクに着いてすぐ、私に豆腐を用意してくれたのも、ヒロさんだった。
これは刑務所を出所した時にやる事なんだけれど、、、
角を取って丸くなるという意味で、豆腐の角をかじるのだ。
一種のおまじないのようなものなんだろう。
イヴはギタリストだった。
昔、バンドを組んでいた私とは話があって、自然と仲良くなっていった。
イワオさんとは、寝床が近かったという事もあって、仲良く日常を共にしていた。
イワオさんは現在、新潟ダルクの施設長を務めている。
晋輔はこの当時、びわこダルクでスタッフ研修を受けていた。
初対面の時から凄く気が合って、今でも大切な仲間としての付き合いが続いている。
その晋輔は現在、山形県にある鶴岡ダルクの施設長を努めている。
びわこダルクに、シンとハヤトというメンバーがいた。
この二人は、私のようなボンクラのどこに魅力を感じたのか判らないけれど、私の事を慕ってくれていた。
私は宝塚警察に逮捕された時は、情けなくて雄輝連合会の会長にも本部長にも連絡する事が出来なかった。
だけど、びわこダルクで生活を送っている間は定期的に公衆電話から本部長に連絡を入れていた。
ダルクでは携帯電話の所持は原則認められていない。
家族も含めて、外部との連絡も禁じられているので、そうせざるを得なかった訳だ。
ある日、シンとハヤトが改まって私の前に膝をついてきた。
「リュウさんに相談したい事があるんですが、聞いて頂けないでしょうか?」
「何や?」
「自分達、ダルクを出ようと思ってます」
「、、、、、」
「自分達、お世話して頂く訳にはいかないでしょうか?」
「どういう事や?」
「リュウさんにつかせて頂く事は出来ないでしょうか?」
「えっ?」
「お願い出来ないでしょうか?」
「お前ら、ヤクザする言うんかいな?」
「はい」
「ヤクザするてお前、、、」
「お願いします」
「せやけどお前の親父さん、、、」
シンの父親は刑務官だった。
東京拘置所で看守部長をしている。
その息子がポン中になった末、、、
ダルクに入寮して、、、
あげくの果てにヤクザになりたいと言っている訳だ。
「考え直した方が良い」
とでも言うのが当然だったんだろうけれど、二十八歳の私には出来なかった。
私にはこの話が面白過ぎて、真剣な顔で膝をついているシンを前に笑い転げてしまった。
「リュウさん、笑い過ぎですよ、、、」
シンは泣きそうな顔になっていたけれど、ハヤトは間違いなく笑うのをこらえていた。
「すまんすまん、一応、話だけは聞くわ」
シンとハヤトの話を聞き終えて、二人が本気でダルクを出る意志を固めている事は判った。
私のようなボンクラを頼ってくれているという事にも、間違いはなかった。
私は二人の事を本部長にあずかってもらう事にした。
しかしこの判断が間違っていた事を、すぐに思い知らされる事になる。
びわこダルクでの生活もそろそろ終わりが見えてきた頃、ちょっとしたアクシデントが起こった。
三重ダルクのフォーラムが開催された時、びわこダルクのメンバーが招待された。
フォーラムの会場で私は座る席を探していた。
「この席、よろしいでしょうか?」
近くにいた三重ダルクのスタッフにたずねたんだけれど、そのスタッフから思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「何だテメぇ」
鼻息荒く、そのスタッフは私に詰め寄って来た。
突然の事に驚かされたけれど、会場内での喧嘩はさすがにマズい。
私はそのスタッフを外へ連れ出そうとした。
すると、その様子を見ていた三重ダルクの他のスタッフが二人、慌てて駆けつけて来て、私の事を三人で取り囲んだ。
三人は私を囲んでヤカラを言い出したのだから仕方がない。
私は三人相手に乱闘するしかなかった。
この相手は、三人とも三重ダルクのスタッフで、ティティ、アキラ、タカシというメンバーだった。
主催者側である三重ダルクのスタッフが、招待客が座る席をたずねた途端に喧嘩をふっかけてきたのだから、とんでもない話だ。
私が乱闘を起こしたせいで、びわこダルクは三重ダルクのフォーラムから撤収した。
この件では後日、三重ダルクの施設長と、この三人がびわこダルクまで謝罪しに来る事になった。
この時の三人、ティティ、アキラ、タカシはこの後、奈良ダルクを設立する。
そして、その奈良ダルクがゆくゆくガーデンへと変化をとげる事になっていく。
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