19 / 32
19.閉幕、そして開幕
しおりを挟む『そうして 魚は暗い海を抜け出して
空へ空へと 泳いでいきます
そこには 見たこともない景色が広がっていて
魚は涙をひとつ零しました』
空飛ぶ魚。この国では有名な絵本だ。
仲間のいない海で一匹だけ泳いでいる魚が、葛藤の果てに空へと飛び出す物語。勇気を出して泳ぎ着いた空は、見たこともないような綺麗な景色が広がり、新しい仲間に迎えられて魚は涙を流す。
ただ。
それは、何を思って流した涙だったのだろうか。
◇ ◇ ◇
「リアン様! お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとうペローナ。素敵な刺繍ね! タコ……かしら」
「やだもう、リアン様ったら。これはフィー様ですよ」
ペローナには俺がタコに見えているらしいことはさておいて。ついにリアンの誕生日当日となった。
「言われてみればフィーにも見えますね。ありがとうペローナ。大切にします!」
「喜んでいただけて何よりです!」
少し刺繍を見せてもらったが、俺にはウサギのように見えた。見る人によって見え方が違うのだろうか。相変わらず芸術性が高い。
そんなこんなで誕生日らしい朝ではあったが、それ以外は特に普段と変わりなく公務を行なって過ごした。こんな状況では祝い事どころではないので仕方がないところだ。
「次の誕生日は国全体でお祝いできると良いのですが」
「私は今でも十分ですよ」
「……俺はまだ何も渡していませんが」
「すでにたっぷりと頂いています」
眠る前に何を言っていたか分からないままではあるが、あれ以降リアンはかなりご機嫌だ。機嫌が良いのは良いことではあるが……気にはなる。本当に何を言ったんだろう。
「とはいえ、今日の夜も楽しみにしています」
そうして、恙無く公務を終え、約束の夜を迎えた。ベッドに腰掛けるリアンに声をかける。
「聖女様、瞳を閉じてください」
「はい」
灯を消した部屋の中で魔術式を展開していく。アリー様の前では何度かしたことはあるが、本人を目の前にすると少しばかり緊張する。
「もう開けていいですよ」
俺の言葉に従ってリアンが瞳を開けると。
「わぁ……!」
そこには、泳ぐ光る魚の姿があった。跳ねるように楽しげに、部屋の中を自在に動く。光魔法と幻惑魔法の合わせ技。本当は浮遊魔法も使用して一緒に泳いでいるようにもしたかったところだが、俺の魔力量と明日の仕事の兼ね合いでこのあたりに落ち着いた。
アリー様は幻惑魔法を強めて効果を出そうとも模索していたが、法令がある以上仕方がない。
『けれど 魚はひとりきり
見上げれば キラキラと光る世界がすぐそこにあるのに
飛び出していく勇気はありません』
絵本に擬えて天井を煌めく外の世界へと変える。煌めく水面は、何があるのかは分からないけれど美しい。
『あそこには 何があるんだろう
泳いでいけるだろうか』
気にはなっても、魚はなかなか飛び出せない。今の場所で泳いでいれば仲間が見つかるかもしれない。外の世界は本当は怖いところかもしれない。葛藤しながら、暗い海を泳ぎ続ける。
『すこしだけ ほんのすこしだけ
顔をのぞかせてみよう』
魚の移動に合わせて、光魔法の態度を強めていく。一瞬だけ、思わず目を瞑ってしまうくらいの光を放ち、同時に別の魔術式を展開する。
『そこには あたらしい世界がありました』
水面の先には空があり、どこまでも青く続いている。柔らかな風は草を揺らし、黄緑の波が日の光を纏ってオーロラのように輝く。
魚は空を飛び、くるくると泳いでは木陰で眠り、仲間と共に遊び、新しい世界を満喫して涙を零す。
世界は波のように引いていき、物語は幕を閉じる。零れ落ちた雫だけ、俺の手の中に落ちて。
「誕生日おめでとう。リアン」
雫を握ったままの手をリアンに差し出し、開く。
「綺麗……」
そこには、俺の魔力を込めた結晶があった。防御魔法を込めたお守りがわりのそれは、花形を象らせるのに苦労したが、物資があまりない現時点では一番良い贈り物のように思えた。ただ、それだけでは芸がないとアリー様と案を出し合い、先程の形になったのだけれど。
「これからも、どんな時でも俺はリアンを守る。リアンが望む限りそばにいるし、いつだってリアンの味方だ」
跪いてリアンの手を取り、魔石を握らせ手の甲に口付ける。
九歳で聖女となり、思いもしなかった道を歩み出したリアン。これからも、未知の世界へ飛び込まねばならないだろう。その時に、隣にいて支えて、少しでも不安を取り払ってあげたい。
「ありがとう……フィー。ありがとう……っ!」
涙を流すリアンをそっと抱きしめる。先程の魔術式の中には回復魔法を組み込んでもらったので、気が緩んだこともあるのだろう。リアンはそのまますぐに眠りについてしまった。ベッドに横たえて部屋を後にする。
「あ」
と、アリー様からのプレゼントを失念していたことを思い出し、慌てて戻りメモ書きと共に枕元に置いた。これで当日渡せたことにはなるだろう。狭量故の扱いではなく、自分のことが終わって気が抜けていたせいだと分かって欲しいところだ。
さて、改めて部屋を後にしようとすると、今度は体が上手く動かない。
「ん…………」
可愛らしい手が、俺の裾を掴んでいた。
それを言い訳にして、もう少しだけ隣で寝顔を見ておくことにする。
願わくば、この歳でも彼女が幸せでありますように。
そうして、あたらしい世界がまた幕を開けた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!
花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】
《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》
天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。
キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。
一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。
キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。
辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。
辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。
国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。
リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。
※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい
カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです
竹桜
ファンタジー
無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。
だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。
その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。
『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ
よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。
剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。
しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。
それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。
「期待外れだ」
「国の恥晒しめ」
掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。 だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。
『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』
彼だけが気づいた真実。
それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。
これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。
【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。
【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです
星名柚花
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。
しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。
契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。
亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。
たとえ問題が起きても解決します!
だって私、四大精霊を従える大聖女なので!
気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。
そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる