寝惚けられて、異世界。

アヒル

文字の大きさ
2 / 4

歌い手の為、呼び出し。

しおりを挟む
「オトハ、あんたを城にと命令されたよ」
「え!?」

旅の仕度をしていた私に、雇い主で一座の座長である母さんぐらいの歳のアルマさんが青い顔でそう告げた。

「ど、どう言う事ですか! アルマさん!?」

動転して声を荒げた私を注意する事もなく、アルマさんは震える私の両手を取る。

私より背の高いアルマさんを見上げると、揺れる青色の瞳に真っ白になっている私の顔が映っていた。

「……あんたに歌って欲しいんだってさ。あんたも知っているだろう?」

私は諭す様なアルマさんの言葉に、全身を振るわせる。
どうして、私が……。
そんな問いが、私の心を支配した。





3ヶ月前、私は奏多先輩に《秘密の花園》から異世界に飛ばされた。

気付いたら森に居てその場で呆然としていると、ちょうど良く次の公演場所へ移動していたアルマさん達一座が通り掛り、 明らかに日本人と違う外国人な顔立ちとお伽話に出てきそうな洋風な服を身にまとったアルマさんが話し掛けくれた。
一か八か本当の事を話すと、アルマさんは変な顔をせず「そりゃあ、苦労したね」と反対に微笑んで労わりの言葉を掛けてくれて、 保護してくれた。
アルマさんの一座は、演奏や踊り、芸を見せて大陸を旅するのだと教えてくれて、 サーカス風な衣装を着て芸を少しだけ見せてくれた。

コスプレしている外国人御一行かとちょっぴり疑っていた私だけど、 アルマさんに声を掛けられて、荷馬車から見た街の建物や行き交う人々を見て異世界なのだと実感した。

《時空の司》は、“もしも”の世界とか、異世界とか行き来できるし、人も飛ばせる。
奏多先輩は、《時空の司》だったのかと、持っていた杖と姿見を思い出し納得した。
だって、魔城学園の図書室で一回見た事のある資料に載せられていた杖と姿見の絵が、 奏多先輩が持っていた杖と姿見に一致したからだ。

魔城学園に在学していた所為か、すんなり受け入れられた私は、 『働かざる者食うべからず』と言う母さんの教えに則り、お願いして一座で働かせてもらう事になった。
風を少ししか操れない私は、歌い手として働かせてもらっている。

だけど、ここはアウラ王国。運が悪かったのかもしれない。

アルマさんや皆は色々知っているけれど、この世界に来て少しの私にも耳に届くほどのとても有名な話が、 私の身にも今降り掛からんとしている。
その話は、一年半前、ある一人のとても綺麗な容姿の歌い手が、 今まさに居るこの国にふらりと来た事からはじまる。

いつも人気の無い場所で歌い手が歌っていても皆、自然と集まり耳を傾ける程だったと言う。
すぐにその歌い手は有名になり、城に招かれた。
歌い手は、とても素晴らしい歌を堂々と王様に披露した。
その歌声を気にいった王様は、こう言った。

『この宮廷に仕えてみないか?』

普通だったら、この国では滅多に無いという城入りの話。
だけど、歌い手は首を縦には振らなかった。

『私には、もう仕えているお方がいるのです』

と言って、突然現れた銀の髪の美形と城を出て行った。
その後の歌い手の行方は知れず、この国にその歌い手が現れる事はなくなったのだと言う。

それから、賢君と誉れ高かった二十六歳の若い王様は狂いはじめた。
舞台…果ては、国の端にある村のパブに居る歌い手など、歌が上手いという国中の歌い手を月一、 一人呼び出して披露させた。
それは良い。
そこまでは、良かった。
でも、問題はここからだ。

歌い始めた歌い手に、王様は右手だけで制する。

『もう良い。連れて行け』

王様の言うそれは、死刑判決のような命令。
そう言われた歌い手は牢屋に入れられ、ボロボロになるまで仕置きをされるという。
しかも、最後まで王様の前で歌い終えた歌い手は、今まで居ない。

だから、絶対に今回も……。
私は俯いて首を横に振る。

「むり……。そんなの、無理です!」
「この国の王様が噂の歌い手を求めているなら、無理だろうね」

振るえが激しくって、カチカチと歯を鳴らす私をアルマさんが抱き締めた。

ひしっと抱締めてくれる包容力の強さに、少しの安堵すると、アルマさんに呼ばれて私は顔を上げる。
そこには、慈愛の籠った――けれど、悲しみを湛えた目がこちらをに向けられていた。

「お前は歌が飛び出て上手い。だから今回、召されたんだろう。 ……ごめんよ、オトハ。あんたも一座も、国の者ではないから召されないと軽く思っていたアタシが悪かったんだ」
「そんな事、言わないでください!!」
「ただ、ただね、オトハ。あんたは、本当に歌が上手い。アタシは、噂の歌い手がどんなに上手いかなんて知らないよ。 でもあんたは、アタシが聞いてきた歌い手の中で飛びぬけて上手い。 だから、助かる見込みは絶対にないわけじゃあない。本当は、アンタを肩に担いででも逃げたい。 でも突然で、もうこの周りを包囲されちまった。もう逃げられないんだよ、オトハ。 ――なぁに、心配する事無いさ。アタシも一緒に行くから、お前はいつもの様に歌いな」

アルマさんは、落ち着かせるようににっこり笑って、私の頭を撫でる。
けど、アルマさんの手は震えていて、顔も青い。

私は、歌は普通に歌えるだけだ。アルマさんは、私を勇気付けようとしてくれているんだ。
アルマさんは私の雇い主だけど、母さんのように優しくって、見も知らずの私に温かいご飯と寝床と服を与えてくれて、 しかも仕事までくれた恩がある。
私が恩なんて言うのは、差し出がましい様な気がするでもないけど、何か返したいと思っているのは確かだ。

だから、答えは決まってしまった。

「アルマさん、私……」

ここで恩返しが、出来るなら良いと思う。

怖いけれど、アルマさんは絶対、ううん。一座の皆に迷惑を掛けられない。
だって、良い人達なんだ。

――皆ともここでお別れか……。

噂で、一座の歌い手を呼んで歌わせた話は無かった。
だから、私が王様に駄目だしされたら、皆も牢屋に入れられてしまうかもしれない。

そう思ったから、私は一人で行く事にした。
私は、一つ頷く。

「私、一人で行きます」
「オトハ、お前……」

私の言葉を聞いて、アルマさんは震える手で口を押さえた。

「じゃあ、私も行く!」
「ラナ姉さん」

手を勢い良く上げて私達の前に飛び出した五歳年上のラナ姉さんが言い出すと、一歩離れていた皆もどっと押し寄せて来た。

「皆……?」

女の人も男の人もこの世界では背が高くて、私は見上げた。

すると、皆、口々に言う。

「この際、良いから逃げようよ」
「私達が囮になるからその隙に!」
「そうだ、それが良い!」
「ちょ、皆、まって!!」

そうだそうだ。という皆に慌てる。
本当は嬉しい。

けど、状況が状況なだけに皆の思いは受け止められないと首を横にぶんぶんと振った。

――皆まで捕まっちゃう!

考え直してもらおうと説得しようとしたけど、皆、私の話なんか聞いてくれない。

「お前達、いい加減におし!! オトハの気持ちを考えな!」

そんな騒ぎを目を瞑って黙っていたアルマさんが、怒鳴った。

皆、困ったような顔をしているだろう私を見て押し黙った。

そして、アルマさんまでも私をヒタッと見据える。

「あんた、本当にそれで良いのかい?」
「はい」
「怖かったら、正直に言いな。アタシも付いて行くから」
「アルマさん。本当に大丈夫です。だって、アルマさんが認めてくれた歌声ですよ?」

自分で言ってなんですけどね。そう言って、皆を安心させるように私は微笑むと、皆もぎこちなくだけど微笑んでくれた。

「わかった。お前がそう言うなら、一人でお行き。さあ、お前達、発つ準備をしな!」

ポロリと目から涙を零したアルマさんが絞り出した声に、皆しぶしぶ準備を始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...