3 / 3
3
しおりを挟む
馬車で揺られる中、第四王女は一緒に乗ったシアに「大丈夫?」と話しかけた。
すると、予想を反する答えが返ってくる。
「びっくりしたけど、おかあさん達が、違う国で私はお姉ちゃんのお世話をするんだよって言われてたからだいじょうぶ!!」
「え?」
どういう事だろう。
――村の皆が、隣国が攻めてくるのを前に知っていた? 何故?
奇妙なシアの話に、声が出せない第四王女。ぐったりとしていたはずの従者が起き上がり、苦笑する。
「ばれて、しまいましたか」
苦笑しあまつさえ元気そうな従者に、第四王女は驚愕した。
「どういう事!?」
何が何だかわからない、と言ったように第四王女が叫ぶと馬車が止まる。
叫んでしまったのが、馬で並走しているだろう敵国の王子の怒りに触れたかと第四王女は青くなった。
開かれる扉に、身体を跳ねさせる。
「もう知られてしまったのか?」
「ええ。子供のやった事です。お許しを」
「ああ。わかっている」
敵国の王子が入ってきた途端、自分の従者と話し出したのに目を疑う。
何故、この二人は普通に話しているんだろうか。
その前に、その話の内容は――。
「何を……」
話しているだと聞こうとして、思いとどまる。
先ほどからずっと出ている一つの答えが、間違っていないと思ったからだ。
「お前も、元からそちらの者だったの?」
声こそ震えているが、冷静に言葉を紡いだ自分の頭に入る情報量を超えている。
否、その前に理解したくなかった。
――幼い頃から居た、兄のような存在の従者が、自分を裏切るなんて。
もう崖の縁に立っていた様な第四王女は、ぐらりと自分の足元が崩れていく音を聞いたような気がした。
――後ひと押し、何か発言されれば落ちて行ってしまう。
取り繕っているつもりでも、第四王女の目はそんな事ないだろう。と縋るように従者を見詰めていた。
従者は、いいえと横に首を振る。
安堵にほうっと息を吐いた第四王女だが、次の従者の言葉にわずかな光は吹き飛ばされる。
「第五――いえ、王となられる第五王子に『隣国の近々王になられる方へ、第四王女を献上するように』との命令を私は受けていました」と。
ついに足場も失った第四王女は、はらりと一粒、涙を落した。
――第五王子に、私は憎まれていたの?
『姉上』と家族だと唯一、唯一認めてくれていたと思っていたのに、笑顔の裏で嫌悪の感情を自分へ向けていたと言うんだろうか?
目に僅かばかり残っていた光が消え、第四王女は思考の海に沈みそうになった。
だが、冷めてしまった頬が、温かな何かに包まれ浮上する。
まつ毛の長さがわかるほどの距離に、敵国の王子の整った顔があった。
「私が悪い。第五王子の持ちかけた話の代価に、お前を欲したのは私だ」
なら、良いと頷いたのは第五王子なのか……。
ゆっくりと、第四王女は両の手で自身の耳を塞ぐ。
「……じ……ない」
「王女?」
「信じない!」
塞いでもなお聞こえる凛とした声に、叫んでいた。
――信じない。何もかも、信じられない。わからない!
恐慌状態に陥った第四王女は、心の中では第五王子が頷いたのだとわかっている。
幼子が駄々を捏ねるような行動をしても、情けないだけにすぎないとわかったいた。
けれども、やめられないのは自分の愚かさゆえだ。
――誰か私を止めて。
行動と裏腹に、心は誰か諌めてくれるのを待っている。
それが裕福な考えだとは、いつもなら分かる事が、今の第四王女の頭には無かった。
空っぽになってしまったのかもしれない。
心も頭も何もかも。
押し黙った第四王女は、耳から手を放し、自分の身を守るように丸くなろうとした。
だが、手を叩いたような音が近くで聞こえ、我に返る。
そこには、冷めた光を放つ目を向けた敵国の王子が、自分を上から見下してた。
ジワリと痛みだす頬に第四王女は、自分が叩かれたのだと知る。
「お前が、お前を慕う周りの者を憎まないよう、私に憎しみを持つような芝居を仕向けたのは、私の間違いだった。それは詫びる。だが、そこまで否定するならば、"お前の望む経緯"にしてやろう」
「うッ!?」
襟を持たれ、服で首が締められる。
「……ゃッ!?」
だが、第四王女はすぐに席へと、投げ戻された。
敵国の王子は「これだけは、知ってもらいたい」と膝を付き、見上げ第四王女の手を持って話し出す。
「お前の弟は、私に『第四王女を大切に、幸せにしてくださるのなら』と念を押し 『苦しめた場合は、礼儀知らずと言われようと貴方を討つ』と言って来た。私はそれを違えようとも、お前の望み叶えてやろう」
真摯な目を向けられ、第四王女は息を飲んだ。
が、すぐに第四王女は居住まいを正す。
答えは、一つだ。
「私を幸せにしてください」
真剣に行ったはずの言葉がおかしい。結婚を申し込まれて、承諾した相手の言葉の様だわ。と思う。
だが、国と国を自分の癇癪で荒らす事は出来ない。
はっきりとわかる様な言葉を選んだだけだ。と心で自分を宥めても、恥ずかしくて顔が熱くなるのを止められなかった。
香りがふわりと漂ってきて、第四王女は顔を赤く染めながらその匂いの元を探る。
そこには茎を長く残し、手折られた小さな白い花が敵国の王子の手に有った。
「これは、仮の物だと思って欲しい」
話しながら、第四王女の左薬指にその花を指輪のように括る。
この花は唯一誰でも気触れないため、第四王女の国では、共に結婚をすると決めた日に互いの左薬指に指輪のようにして嵌めるのが 一般的になっていた。
隣国の王子は、それを知らないのかもしれない。
けれど、自分のあの発言から抜けきれなかった第四王女は、 恥ずかしそうに「これは、私の国での婚約指輪になる物です」と小さい声で言った。
「わかっている。だから、そうした」
「え?」
「お前の答えで、国交が左右される物ではない事は言っておこう」
「それは、まさか、あの……」
戸惑う第四王女に、形の良い唇の端を上げ、敵国の王子は切れ長な目を細めた。
「私は『では、第四王女を我が妻とし、それを望まないのなら城の中で優しく飼ってやろう』と伝え、お前の弟王に了承も得ている」
「そんな、それじゃあ……」
「ああ。例外は無い。返事は、一週間以内だ」
訳がわからないと目を見開く第四王女を笑って、敵国の王子は馬車の外へと姿を消した。
「何で?」
いつの間にか馬車内は、第四王女の一人しか居なく、疑問を答える者などいない。
ただただ、小さな白い花が、左薬指に有るのは確かだった。
すると、予想を反する答えが返ってくる。
「びっくりしたけど、おかあさん達が、違う国で私はお姉ちゃんのお世話をするんだよって言われてたからだいじょうぶ!!」
「え?」
どういう事だろう。
――村の皆が、隣国が攻めてくるのを前に知っていた? 何故?
奇妙なシアの話に、声が出せない第四王女。ぐったりとしていたはずの従者が起き上がり、苦笑する。
「ばれて、しまいましたか」
苦笑しあまつさえ元気そうな従者に、第四王女は驚愕した。
「どういう事!?」
何が何だかわからない、と言ったように第四王女が叫ぶと馬車が止まる。
叫んでしまったのが、馬で並走しているだろう敵国の王子の怒りに触れたかと第四王女は青くなった。
開かれる扉に、身体を跳ねさせる。
「もう知られてしまったのか?」
「ええ。子供のやった事です。お許しを」
「ああ。わかっている」
敵国の王子が入ってきた途端、自分の従者と話し出したのに目を疑う。
何故、この二人は普通に話しているんだろうか。
その前に、その話の内容は――。
「何を……」
話しているだと聞こうとして、思いとどまる。
先ほどからずっと出ている一つの答えが、間違っていないと思ったからだ。
「お前も、元からそちらの者だったの?」
声こそ震えているが、冷静に言葉を紡いだ自分の頭に入る情報量を超えている。
否、その前に理解したくなかった。
――幼い頃から居た、兄のような存在の従者が、自分を裏切るなんて。
もう崖の縁に立っていた様な第四王女は、ぐらりと自分の足元が崩れていく音を聞いたような気がした。
――後ひと押し、何か発言されれば落ちて行ってしまう。
取り繕っているつもりでも、第四王女の目はそんな事ないだろう。と縋るように従者を見詰めていた。
従者は、いいえと横に首を振る。
安堵にほうっと息を吐いた第四王女だが、次の従者の言葉にわずかな光は吹き飛ばされる。
「第五――いえ、王となられる第五王子に『隣国の近々王になられる方へ、第四王女を献上するように』との命令を私は受けていました」と。
ついに足場も失った第四王女は、はらりと一粒、涙を落した。
――第五王子に、私は憎まれていたの?
『姉上』と家族だと唯一、唯一認めてくれていたと思っていたのに、笑顔の裏で嫌悪の感情を自分へ向けていたと言うんだろうか?
目に僅かばかり残っていた光が消え、第四王女は思考の海に沈みそうになった。
だが、冷めてしまった頬が、温かな何かに包まれ浮上する。
まつ毛の長さがわかるほどの距離に、敵国の王子の整った顔があった。
「私が悪い。第五王子の持ちかけた話の代価に、お前を欲したのは私だ」
なら、良いと頷いたのは第五王子なのか……。
ゆっくりと、第四王女は両の手で自身の耳を塞ぐ。
「……じ……ない」
「王女?」
「信じない!」
塞いでもなお聞こえる凛とした声に、叫んでいた。
――信じない。何もかも、信じられない。わからない!
恐慌状態に陥った第四王女は、心の中では第五王子が頷いたのだとわかっている。
幼子が駄々を捏ねるような行動をしても、情けないだけにすぎないとわかったいた。
けれども、やめられないのは自分の愚かさゆえだ。
――誰か私を止めて。
行動と裏腹に、心は誰か諌めてくれるのを待っている。
それが裕福な考えだとは、いつもなら分かる事が、今の第四王女の頭には無かった。
空っぽになってしまったのかもしれない。
心も頭も何もかも。
押し黙った第四王女は、耳から手を放し、自分の身を守るように丸くなろうとした。
だが、手を叩いたような音が近くで聞こえ、我に返る。
そこには、冷めた光を放つ目を向けた敵国の王子が、自分を上から見下してた。
ジワリと痛みだす頬に第四王女は、自分が叩かれたのだと知る。
「お前が、お前を慕う周りの者を憎まないよう、私に憎しみを持つような芝居を仕向けたのは、私の間違いだった。それは詫びる。だが、そこまで否定するならば、"お前の望む経緯"にしてやろう」
「うッ!?」
襟を持たれ、服で首が締められる。
「……ゃッ!?」
だが、第四王女はすぐに席へと、投げ戻された。
敵国の王子は「これだけは、知ってもらいたい」と膝を付き、見上げ第四王女の手を持って話し出す。
「お前の弟は、私に『第四王女を大切に、幸せにしてくださるのなら』と念を押し 『苦しめた場合は、礼儀知らずと言われようと貴方を討つ』と言って来た。私はそれを違えようとも、お前の望み叶えてやろう」
真摯な目を向けられ、第四王女は息を飲んだ。
が、すぐに第四王女は居住まいを正す。
答えは、一つだ。
「私を幸せにしてください」
真剣に行ったはずの言葉がおかしい。結婚を申し込まれて、承諾した相手の言葉の様だわ。と思う。
だが、国と国を自分の癇癪で荒らす事は出来ない。
はっきりとわかる様な言葉を選んだだけだ。と心で自分を宥めても、恥ずかしくて顔が熱くなるのを止められなかった。
香りがふわりと漂ってきて、第四王女は顔を赤く染めながらその匂いの元を探る。
そこには茎を長く残し、手折られた小さな白い花が敵国の王子の手に有った。
「これは、仮の物だと思って欲しい」
話しながら、第四王女の左薬指にその花を指輪のように括る。
この花は唯一誰でも気触れないため、第四王女の国では、共に結婚をすると決めた日に互いの左薬指に指輪のようにして嵌めるのが 一般的になっていた。
隣国の王子は、それを知らないのかもしれない。
けれど、自分のあの発言から抜けきれなかった第四王女は、 恥ずかしそうに「これは、私の国での婚約指輪になる物です」と小さい声で言った。
「わかっている。だから、そうした」
「え?」
「お前の答えで、国交が左右される物ではない事は言っておこう」
「それは、まさか、あの……」
戸惑う第四王女に、形の良い唇の端を上げ、敵国の王子は切れ長な目を細めた。
「私は『では、第四王女を我が妻とし、それを望まないのなら城の中で優しく飼ってやろう』と伝え、お前の弟王に了承も得ている」
「そんな、それじゃあ……」
「ああ。例外は無い。返事は、一週間以内だ」
訳がわからないと目を見開く第四王女を笑って、敵国の王子は馬車の外へと姿を消した。
「何で?」
いつの間にか馬車内は、第四王女の一人しか居なく、疑問を答える者などいない。
ただただ、小さな白い花が、左薬指に有るのは確かだった。
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる