手折れ花

アヒル

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「こっち、こっちだよ!」

シアの誘導で、皆、付いて行くのを確認しながら、 ここから逃げた後、この国を一度捨て、友好の深い隣国へ避難しなければと第四王女は考えを巡らせていた。

しかし、第四王女はふと思い出す。

「敵国の名前は?」

その質問に、失念していたと言うよな顔で従者が口を開く。

「隣国の」
「うわああ――!!」

従者の声は洞窟に響いたシアの叫びに遮られ、第四王女と従者はそちらに目を向ける。
そして、自分達の状況に気付く。

第四王女と村人達の目の前に、敵国の兵士が待ち構えて、後ろにもいつの間にか兵士達が剣をこちらに向けて ―――つまり、周りを包囲されてしまった。

「シア!」

女性の声で、頭が真っ白になっていた第四王女は我に返った。

「シア! シア!!」

シアの父親に抱きしめられながらも、シアの母親は、手を伸ばす。
第四王女は、シアの母親からその指先に居るであろうシアの姿を視界にとらえて、息を飲んだ。

「おかあさん!」

捕らえられ、その首には剣が添えられているシアが目に映っているものの、第四王女は、シアを捕らえた人物を目を見開いて凝視していた。

そこに居たのは……。

「何で、友好国の王子がっ」

そう。シアに剣を向けているのは、友好国――同盟国であるはずの王子だった。

第四王女の声が聞こえたのだろう。
敵国の王子は、形の良い唇の端を上げ、切れ長な目を細めた。

「第四王女。この子供が惜しいのなら、こちらへ」

凛とした声に導かれるまま、第四王女は足を浮かした。

ふとシアの母親を見ると、第四王女を引き留めようとするような手が複数向けられる。

だが、それに第四王女は拒否するように首を横に振った。

皆、明らかに目の奥は大切な物を失う悲しみに染め上がっていく。
シアの母親も、その後ろに控えていた父親も皆も―――第四王女を見据えて涙している。
村人全員と親しく、特にシアとは姉妹のように過ごしてきた第四王女に、シアの両親は本当の家族のように接してくれていた。

王女という地位にありながらも、権力も何もない、お荷物でしかない自分を引きうけてくれた皆に、いつか何か返せたらと思っていた。

(それなのに、今の状況は何だろう?)

自分の情けなさに、唇を噛むと名前を呼ばれて、いつの間にか俯いていた顔を上げる。

鋭い睨みでこちらを見る敵国の王子に、第四王女は肩をびくつかせた。

「お前は、仮にも取引条件の身。安易に自ら傷つけるものではない」

低く紡ぎだされたような重低音に、第四王女は身体を震わす。

(たしか、私の歳の一つ上……一つしか歳が離れていない。なのに、こんなにも違う)

これがあるべき威厳ある王子の姿なのだと、敵国の王子に見せられた第四王女は、乾いた喉を潤すように唾を飲み込んだ。

(仮にもし、私が逃げても逃げ切れない。それなら……)

それならば、条件である自分の身を差し出せば、村人達を助けられるかもしれない。
すでにもう、第四王女は決まっていたかのように、ストンと心に落ちてきた。

真っ白な唇をなめ、第四王女は姿勢を正し、敵国の王子の前、少し離れた場所に立つ。

「私がそちらに行けば、この者達とこの国の者達は、そちらの国民と同等の扱いをしていただけるのでしょうか?」

震える自分の声を聞きながら、第四王女は、内心、自分が恥ずかしくなる。
取引をしていると言うのに、言葉遣いにボロが出すぎて、気品も威厳も何もあったものではない。

もっと勉強をしておけば……。
そこまで思って、自嘲した。

(勉強だけではなくて、皆を守れる術を学んで考えて、そうしていたら……)

王族――血のつながった家族には、疎まれひどい扱いをされてはいたが、 村でのうのうと暮らしていた自分がどれ程、甘かったか。

(悔いても、悔いきれないって、この事を言うんだわ)

などと考えた後、敵国の王子と視線を合わせ出来る限り印象が良いように微笑んだ。

「こんな状況で、何も取り柄のない私が、何を馬鹿な事をと思われるでしょうが、何卒、何卒よろしくお願いいたします」

そこまで言って、涙が出た。

悔しいからではなく、自然と出てしまった涙に、慌てて膝を付き首を垂れる。
止めようとしても止まらない涙と嗚咽を必死に押し隠して、良い返事が来ますようにとむき出しの岩肌をじっと睨み、 敵国の王子の返事を待つ。

松明の光で出来た自分の影に、他の誰かの影が被さる。

「良いだろう。要求を呑もう」
「ぁッ!?」

敵国の王子は軽々と第四王女を持ち上げ、荷物を運ぶように肩に担ぎ上げた。

「王女!?」

従者の焦ったような声と駆け寄る音に、状況が飲みきれない第四王女は、目の前に広がる深紅に縋り、態勢を整えようとする。
が、その動きさえ抑え込まれてしまう。

「動くな、王女がどうなっても良いのか?」
「くっ」
「その前に、お前が手遅れか……」

従者の苦しげな声と敵国の王子の抑揚の無い声に、第四王女は不安を覚える。

「なにが……ッ」

従者に何かあったのだろうか。
生まれた時から一緒に居る事が多かった、年の近い従者に何かが起きている事に、恐ろしくなった。

従者が死んでしまったら?
それは、幼馴染として、第四王女には耐えられなかった。

「安心しろ。お前にはしない」

何を勘違いしたのか、敵国の王子はそんな事をさも優しげな声を出して言う。

「わたしの……私の従者は……シ、シア、子供はどうなったのでしょう?」

恐る恐る第四王女は、問う。

「一緒に連れて行く」

「え?」

短い返事に第四王女は、一瞬、間抜けな声を出したが、すぐに慌てて言う。

「せ、せめて、子供だけでも親の許へッ」
「黙れ」
「っ……は、い」

尻を叩かれ低く言われれば、これ以上、騒ぐのは得策ではないと第四王女はおとなしくした。

「良い子だ」

敵国の王子の声が聞こえ、第四王女は歯を食いしばった。
何が良い子なのか、そう心で呟いて第四王女は動き出した揺れに乗りながらも、少し顔を上げてシアの両親を見た。

その視線に気づいたシアの父親は頷き「王女、お気をつけて」と心配そうな顔で言い、その妻は頭を下げた。

そんな夫婦を見ながら心で誓う。
自分の力不足でシアまで巻き込んでしまった。
シアは、親の許へ元気な姿で還すと――。
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