あふれる想いを君に

はゆ

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第0章 プロローグ

 #01.U 一日を気持ち良く始める

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 ヨクデキマシタ帝国皇帝の嫡女ちゃくじょとして生をけた、皇女エリザヴェータ。

 偉いとか、偉くないとか。エリザヴェータは、そんなことを気にしたことはない。全人類がエリザヴェータに跪き、従う。それが当たり前の日常――。

 十三年間の人生の中で、限られたわずかな人間としか接触していないエリザヴェータ。上下関係や差別の概念は、エリザヴェータの中に存在しない。他者がどのような印象を受けるか、どう捉えるかは別として、エリザヴェータは全ての人間と対等に接する。

 * * * 

 宿屋の二人部屋。

「おあおゔおあいあゔ」
 起床の挨拶を聞き、まぶたを開けるエリザヴェータ。ベッドサイドに視線をると、いつものようにメアリがつむじを向けている。
 エリザヴェータの日常はここから始まる。

 メアリというのは、彼女の真名ではない。
 しゅメイドの呼称。メイドが変わるたびあるじが名前を覚え直さず済むよう、メアリを共通の呼称としている。

「おはよう」
 エリザヴェータが挨拶を返すと、メアリがカーテンを開ける。
「いいえんいえゔえ」
 メアリが天気を教えてくれる。それを聞いてから、エリザヴェータは窓の外に目を向ける。
「そうね」
 窓の向こうは快晴。まさにお出掛け日和。
 差し込む日差しがほんのり暖かく、心地良い。

 メアリがエリザヴェータに向けて放った言葉は『おはようございます』と『いい天気ですね』。
 最近、ようやく言ってくれるようになったのが、挨拶と天候を伝える二言ふたこと
 メアリから声を掛けてもらうと、エリザヴェータは一日を気持ち良く始めることができる。

 メアリの滑舌が悪い理由は、耳が聞こえないから。元々聞こえないのか、後天的に聞こえなくなったのかは知らない。伝えたくなれば、自ら言うだろうから気にしたことがない。

 良好な関係のエリザヴェータとメアリだけれど付き合いは長くない。出会いはほんの一ヶ月前。

 エリザヴェータに仕える前のメアリは、第二皇子おうじアレクセイの側仕そばづかえをしていた。
 メアリの出自は、男爵家の五女。爵位は最下位の家系。とはいえ俗にいう貴族令嬢。にもかかわらず、欠陥があるという理由で処分されそうになっていたのでエリザヴェータが貰い受けた。

 メアリについて、エリザヴェータが知っている情報は、これが全て。

 * * * 

 一ヶ月前。居城内の廊下。
 エリザヴェータにとっては自宅の廊下。そこに居ることには深い意味はない。

 メアリと出会ったのは、騎士がメアリを処分するため連行しているとき。

 ほんの一瞬、エリザヴェータの視界に入ったメアリ。面識や接点はないけれど、エリザヴェータは何故か見過ごしたくないと思った。
 メアリの身長や体型等の身体的特徴が、まるでエリザヴェータを複製したかのように似ているから、他人と思えなかったのかもしれない。

 〝思う〟とは、情緒的かつ一時的な思考。
 もしも、何故そう思ったのかを問われたとしたら、エリザヴェータは答えることができない。
 立場上、論理的かつ継続的な思考に基づき行動しなければならない。そうすべきだと頭ではわかっている。けれど心を制御しきれないことがある。

 エリザヴェータはメアリとすれ違い、二歩進んだところで足を止める。

 たった今、知りたいことができた。

「止まりなさい。彼女に何をするの?」
 エリザヴェータの口調は高圧的。決してへりくだってはならないと、物心ついたときから教え込まれてきた結果、そうなった。威圧しようだとか何らかの意図を持ってそうしているのではない。

 騎士は立ち止まり、エリザヴェータに体の正面を向ける。
「処分いたします」
 騎士が人間を処分するために連行する先は、処刑場と決まっている。実施するのは殺処分。つまり、メアリは殺される程の悪事を働いたということになる。

 根拠はないけれど、処刑される程のことをした人間には見えない。
 エリザヴェータは騎士に尋ねる。
「彼女は何をしたの?」

「欠陥があるため、処分するよう勅令ちょくれいが下りました」
 勅令ちょくれいとは、皇帝からの直接の命令。騎士が皇帝の指示に従い行動していることだけはわかった。でも、エリザヴェータからの質問の答えにはなっていない。

 どんな人間にでも、多少なりとも欠陥はある。完璧な人間は存在しないのだから、欠陥があるだけで処分していては、瞬く間に人類は滅亡してしまう。だから欠陥があること自体は、問題の本質ではないはず。
「彼女が何をしたかを答えなさい」
 語気を強め、同じことを尋ねるエリザヴェータ。
「応答できない欠陥が……」
 歯切れが悪く、しっくりこない返答。
 エリザヴェータが改めて同じ問いを投げても、メアリが何をしたかではなく、できないと言うだけ。

 できないことなんて、誰にでもある。そんなことは、命を奪って良い理由になり得ない。
「できないではなく、何をしたかを尋ねているの! あなたも応答できていないのだから、処刑しないといけないわね。死にたくなければ、直ちに彼女を解放しなさい!」
 苛立ちを露わにし激昂するエリザヴェータ。
 たじろいだ騎士からメアリの手を奪い取り、走り出す。

 先程の騎士は、メアリのささやかな延命と引き換えに、死を迎えることになる。勅令ちょくれいは絶対。いかなる理由があろうと、必ず遂行しなければならない。命令に従わない場合、死をもって償うことになっている。残酷だけれど、そうしなければ皇帝に従わない者が現れてしまう。

 * * * 

 エリザヴェータはメアリの手を引き、自室に連れ込む。解決策ではなく、ただの時間稼ぎ。騎士は、たとえ自らの命を失うことになろうとも、許可なく皇女の部屋へ踏み入ることはできない。

 問題を何も解決できていない。頭を抱えるエリザヴェータ。起こした変化は、せいぜいメアリを処刑する騎士が変わること程度。先程の騎士が罰を受け、死んだとしても別の騎士が引き継ぎ対応するだけ。
 エリザヴェータが、騎士の命を無意味に奪ったという結末に至る。言うまでもなく、道連れに人が死ぬことは、エリザヴェータがメアリの生を諦める理由にはなり得ない。

 エリザヴェータはメアリに事情を尋ねる。けれど、無応答――騎士が『応答できない欠陥』と表現していたのは、このことだと推察する。

 では何故、無応答なのか。

 聞き取れなかったのならば、質問内容を聞き直すだろう。しかし、メアリは聞き直そうとせず、悪びれる様子もない。まるで何事も起きていないかのような様子。

 何事も起きていないとすれば、それは何故か。

 エリザヴェータはメアリの目をじっと見つめ、改めて事情を尋ねる。するとメアリは身振り手振りで、書く物が欲しいと訴える。エリザヴェータはその様子を見て、欠陥と言われていたものが聴力だと確信する。

 メアリは無視しているのではなく、応答する意志はある。伝える側が、伝えることを放棄しているから伝わっていないだけ。

 エリザヴェータは、メアリには問題がないと認識する。そして考え込む。解決しなければならない問題が残ったまま。

 誰も死なずに済む方法――。

 エリザヴェータは、当時のメアリに指示し、メアリにエリザヴェータの服を着させる。

 身なりを整えたメアリの後ろを歩き、皇帝のへと向かうエリザヴェータ。

 * * * 

 皇帝の

 エリザヴェータは皇帝に要求する。
「彼女を、私のメイドにして」
「それは処分するよう命じた欠陥品だ。何故お前が連れておるのだ!?」
 絶対である勅令ちょくれいが遂行されていないのだから、皇帝の反応は必然。
「私のメイドにしてと言っているの!」
 エリザヴェータは相手が誰であろうと決してへりくだらない。その相手には、皇帝も含まれる。
勅令ちょくれいに従えぬのなら、出て行け!」
 皇帝は、エリザヴェータに従わない選択肢を与えた。その選択肢もまた勅令ちょくれいである。
「そうするわ」
 エリザヴェータはメアリと手を繋ぎ、皇帝に背を向ける。
「いやっ、待て。言い過ぎた」
 立ち止まり、後ろを向いたまま言葉を放つエリザヴェータ。
二転三転にてんさんてんさせないで。勅令ちょくれいに従わなければ、斬首よね。理不尽なことに、全ての勅令ちょくれいを遂行することはできない状況にされているわ。皇帝は、娘の首を斬り落とそうとしているのかしら?」
「皇帝って……いつもは父皇パパと呼んでくれるではないか。そんなつもりでは……」
「あと一人。勅令ちょくれいに従わなかった騎士、貰っていくわよ。どうせ殺すのだから、問題ないわよね?」
 勅令ちょくれいを受けるということは、皇帝から信頼に足ると認められていることの証明。不要ならば貰い受けたいというのが本音。
「それは許可できぬ」
面目めんぼくを保てないとか、つまらないことを言わないわよね? 言うと思って、一応対策を考えてあるけれど。本日付けで、私の支配下に入れなさい。孫子の兵法に『将在外将は、外にあれば君命有所不受君命でさえ受けないことがある』という言葉があるわ。今日、私の部下が私の命令に従っただけ。であれば、筋は通るはずよ」
「……筋は通るか」
 納得しようとしている復唱。
 異論がなければ話はこれで終わり。数秒間、二言目が出てくるのを待つ。

「用件はそれだけよ。許可、するわよね?」
「うむ」

 メアリの姿をしたエリザヴェータが振り返り、無邪気に笑う。
「それとね、もしもこの場で、父皇パパが欠陥品と呼んでいるものの首を斬り落としていたら、私が死んでいたわよ」

 メアリの手を引き、皇帝のを後にする。
 これがエリザヴェータとメアリとの出会い。
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