2 / 9
自由と〝七〟の刻印
しおりを挟む
俺は、犬の糞の容姿と能力を手に入れた。
しかし、先程独居房のような場所から、出たばかり。生きていくために必要不可欠な〝金〟を持っていない。とはいえ、収監されていた状況は改善している。とりあえずは、良しとすべきだろう。
緊張が解けた途端、空腹感が気になり始めた。
朝から何も食べていない――という設定だから、腹が減っているのだろう。でも、夢なのに、何故ここまでリアルな空腹感があるのか。
その理由が気になるが、このまま立っていても、腹は満たされない。
たった今、それ以上に気になる事象が見付かってしまった。おっさんズの視線が、俺に向けられているような気がする。自意識過剰だろうか――奴らの耳に届く程度のボリュームで、言葉を放ってみよう。
「お腹すいたぁ……」
発言直後、おっさんが一人寄ってきた。
「食事、一緒にどうですか?」
何故、おっさんを見ながら食事をしなければならないのか――想像するだけでキモい。
言葉を交わすのも嫌だから、シカトした。しかし、おっさんが去ると、入れ替わるように他のおっさんが寄ってくる――魔の永久ループ。
夢の中でまで、おっさんに接待したくない。どれだけしつこく誘われようと、断固拒否だ。
しかし、俺の決意とは無関係に、眼前には、おっさんズによる長蛇の列が形成されている。
* * *
おっさんズの中に紅一点。一人の若い女性が目に止まる。
テレパシー的なことが出来るといいな。淡い期待を込め、彼女に向かって、犬の糞にしたように念じてみる。
《聞こえるか?》
彼女は目を見開き、驚いている様子。
首を左右に振り、周囲を見回した後、俺の目に照準を合わせた。
《左にある、白い建物の裏で待て》
直後、彼女は行列を抜ける。そして、俺が指定した、白い建物の裏に向かって歩き出す。テレパシー的なものは、しっかり彼女に届いていたようだ。
さて、俺には彼女と合流する予定が出来た。
「素敵な方ばかりで選べませんので、またの機会に……」
口から出まかせの社交辞令。行列を穏便に散会させるため、したくもない愛想を振りまき、おっさんズを野に放つ。
散りゆくおっさんズを横目に、彼女に伝えた白い建物の裏へと急ぐ。
目的地には、彼女が待っていた。俺が話し掛けるよりも先に、頭の中に声が届く。
《女神様ですよね。私のこと、覚えていてくださったのですね》
この身体の持ち主、犬の糞は女神様なのか!? 中身が俺であることが、バレないようにしなければ――。
《記憶を喪失してしまって、覚えていないんだ……申し訳ない。良ければ、君と私との関係を教えてくれないか》
一人称を〝俺〟から〝私〟に変えた。
身体の中は別人格。犬の糞の過去を知らない以上、こう伝える他ない。
《〝声〟と引き換えに、〝パン〟を頂きました》
なんだと!? 価値が見合っていない。対価に対し、失う物が大き過ぎる。こんな理不尽な契約が成立するのか――。
感情的にならないよう、深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
《ふむ……今は、食べ物に困っていないか?》
《はい。おかげ様で》
《私が女神だとわかっていて、行列に並んだのか?》
《いいえ。女神様が、パンを恵んでくださったおかげで、私は生き延びられました。私も困っている人を助けたいと思って、並びました》
《見返りには、何を求めようとした?》
《何も》
《今、欲しいものはあるか?》
《差し出せるものを、持っていませんので……》
《構わん。欲しいものを言ってくれ》
彼女は俯く。
数秒、間が空く――そして答える。
《……自由》
俯いている彼女を見つめる。
ふと視界に入った、首にある〝七〟の焼き印に目が釘付けになる。このとき初めて、彼女が誰かの奴隷であることを認識する。
俺が、彼女の力になることは出来るのだろうか――不安はあるが、何もしない選択肢は無い。
《主人の元へ案内しろ》
* * *
石畳の道を外れ、暫く歩く。彼女が納屋のような、粗末な木造の建物の前で立ち止まる。
彼女は扉をノックする。出て来たおっさんは、俺を見るなり声を荒らげる。
「何の用だ!」
たじろいで馬鹿にされないよう、堪える。今俺がすべきことは、要求を単刀直入に伝えること。
「彼女を譲ってくれ」
「何を言っている。駄目に決まっているだろ!」
即答。そう言われることは想定していた。
見返りを渡さなければ、くれるはずがない。おっさんが欲しいものは何だろう――扉の隙間から、家の中を覗く。
破損している、かつて農具だった物が、幾つか転がっている。まともに使えそうな農具は――見当たらない。
〝刻を巻き戻す〟能力を使えるとすれば、直せそうだが――そんな能力を使えるかは博打。でも、引く訳にはいかない。
「お前の農具を、使える状態にしてやる」
彼女から聞いた話によると、犬の糞には、無からパンを〝創造〟する能力があったそう。難易度だけで推測すると、存在する物質の、刻を〝操作〟することの方が容易。だから出来るだろうという、期待だけを頼りに言葉にした。
「もしもそれが本当なら、譲ってもいい」
言質は取れた。
「契約、成立だ」
あとは俺が契約を履行するだけ――農具を手に取り、念じる。
《おっさんに、所有権が移った刻まで、巻き戻れ》
製品になる前、素材の状態まで戻ってしまわぬよう、時期を明確にする。
農具は、ボロボロになる前の状態に戻るはず――なのだが、かなり使い古されている状態。失敗だ――と思った矢先、おっさんが床に頭を擦り付け、声を震わせる。
「なんと感謝すればいいか……農作業を行えなくなり、食い繋ぐことが難しくなった。それなのに、新しい農具を買う金は無く、路頭に迷っていた……」
顔を上げるおっさん。目が潤んでいる。おっさんは袖で目を拭い、しっかりした口調に変わる。
「こいつは、声が出ないせいで虐められていた。でも、仕事が出来ない訳じゃない。真面目に働く良い奴隷だ」
偽善者ぶるな。虐めを止めなかった貴様も同罪だ――と口から溢れそうになるのを堪える。
用は済んだ。長居は無用。
「約束通り、彼女を貰っていく」
彼女の手を引き、納屋を後にする。
所有者との繋がりを断った。だけど彼女はまだ、奴隷であることからは解放されていない――〝七〟の刻印のせいで、奴隷として申し送られた。
彼女は、まだ〝自由〟になれていない――。
しかし、先程独居房のような場所から、出たばかり。生きていくために必要不可欠な〝金〟を持っていない。とはいえ、収監されていた状況は改善している。とりあえずは、良しとすべきだろう。
緊張が解けた途端、空腹感が気になり始めた。
朝から何も食べていない――という設定だから、腹が減っているのだろう。でも、夢なのに、何故ここまでリアルな空腹感があるのか。
その理由が気になるが、このまま立っていても、腹は満たされない。
たった今、それ以上に気になる事象が見付かってしまった。おっさんズの視線が、俺に向けられているような気がする。自意識過剰だろうか――奴らの耳に届く程度のボリュームで、言葉を放ってみよう。
「お腹すいたぁ……」
発言直後、おっさんが一人寄ってきた。
「食事、一緒にどうですか?」
何故、おっさんを見ながら食事をしなければならないのか――想像するだけでキモい。
言葉を交わすのも嫌だから、シカトした。しかし、おっさんが去ると、入れ替わるように他のおっさんが寄ってくる――魔の永久ループ。
夢の中でまで、おっさんに接待したくない。どれだけしつこく誘われようと、断固拒否だ。
しかし、俺の決意とは無関係に、眼前には、おっさんズによる長蛇の列が形成されている。
* * *
おっさんズの中に紅一点。一人の若い女性が目に止まる。
テレパシー的なことが出来るといいな。淡い期待を込め、彼女に向かって、犬の糞にしたように念じてみる。
《聞こえるか?》
彼女は目を見開き、驚いている様子。
首を左右に振り、周囲を見回した後、俺の目に照準を合わせた。
《左にある、白い建物の裏で待て》
直後、彼女は行列を抜ける。そして、俺が指定した、白い建物の裏に向かって歩き出す。テレパシー的なものは、しっかり彼女に届いていたようだ。
さて、俺には彼女と合流する予定が出来た。
「素敵な方ばかりで選べませんので、またの機会に……」
口から出まかせの社交辞令。行列を穏便に散会させるため、したくもない愛想を振りまき、おっさんズを野に放つ。
散りゆくおっさんズを横目に、彼女に伝えた白い建物の裏へと急ぐ。
目的地には、彼女が待っていた。俺が話し掛けるよりも先に、頭の中に声が届く。
《女神様ですよね。私のこと、覚えていてくださったのですね》
この身体の持ち主、犬の糞は女神様なのか!? 中身が俺であることが、バレないようにしなければ――。
《記憶を喪失してしまって、覚えていないんだ……申し訳ない。良ければ、君と私との関係を教えてくれないか》
一人称を〝俺〟から〝私〟に変えた。
身体の中は別人格。犬の糞の過去を知らない以上、こう伝える他ない。
《〝声〟と引き換えに、〝パン〟を頂きました》
なんだと!? 価値が見合っていない。対価に対し、失う物が大き過ぎる。こんな理不尽な契約が成立するのか――。
感情的にならないよう、深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
《ふむ……今は、食べ物に困っていないか?》
《はい。おかげ様で》
《私が女神だとわかっていて、行列に並んだのか?》
《いいえ。女神様が、パンを恵んでくださったおかげで、私は生き延びられました。私も困っている人を助けたいと思って、並びました》
《見返りには、何を求めようとした?》
《何も》
《今、欲しいものはあるか?》
《差し出せるものを、持っていませんので……》
《構わん。欲しいものを言ってくれ》
彼女は俯く。
数秒、間が空く――そして答える。
《……自由》
俯いている彼女を見つめる。
ふと視界に入った、首にある〝七〟の焼き印に目が釘付けになる。このとき初めて、彼女が誰かの奴隷であることを認識する。
俺が、彼女の力になることは出来るのだろうか――不安はあるが、何もしない選択肢は無い。
《主人の元へ案内しろ》
* * *
石畳の道を外れ、暫く歩く。彼女が納屋のような、粗末な木造の建物の前で立ち止まる。
彼女は扉をノックする。出て来たおっさんは、俺を見るなり声を荒らげる。
「何の用だ!」
たじろいで馬鹿にされないよう、堪える。今俺がすべきことは、要求を単刀直入に伝えること。
「彼女を譲ってくれ」
「何を言っている。駄目に決まっているだろ!」
即答。そう言われることは想定していた。
見返りを渡さなければ、くれるはずがない。おっさんが欲しいものは何だろう――扉の隙間から、家の中を覗く。
破損している、かつて農具だった物が、幾つか転がっている。まともに使えそうな農具は――見当たらない。
〝刻を巻き戻す〟能力を使えるとすれば、直せそうだが――そんな能力を使えるかは博打。でも、引く訳にはいかない。
「お前の農具を、使える状態にしてやる」
彼女から聞いた話によると、犬の糞には、無からパンを〝創造〟する能力があったそう。難易度だけで推測すると、存在する物質の、刻を〝操作〟することの方が容易。だから出来るだろうという、期待だけを頼りに言葉にした。
「もしもそれが本当なら、譲ってもいい」
言質は取れた。
「契約、成立だ」
あとは俺が契約を履行するだけ――農具を手に取り、念じる。
《おっさんに、所有権が移った刻まで、巻き戻れ》
製品になる前、素材の状態まで戻ってしまわぬよう、時期を明確にする。
農具は、ボロボロになる前の状態に戻るはず――なのだが、かなり使い古されている状態。失敗だ――と思った矢先、おっさんが床に頭を擦り付け、声を震わせる。
「なんと感謝すればいいか……農作業を行えなくなり、食い繋ぐことが難しくなった。それなのに、新しい農具を買う金は無く、路頭に迷っていた……」
顔を上げるおっさん。目が潤んでいる。おっさんは袖で目を拭い、しっかりした口調に変わる。
「こいつは、声が出ないせいで虐められていた。でも、仕事が出来ない訳じゃない。真面目に働く良い奴隷だ」
偽善者ぶるな。虐めを止めなかった貴様も同罪だ――と口から溢れそうになるのを堪える。
用は済んだ。長居は無用。
「約束通り、彼女を貰っていく」
彼女の手を引き、納屋を後にする。
所有者との繋がりを断った。だけど彼女はまだ、奴隷であることからは解放されていない――〝七〟の刻印のせいで、奴隷として申し送られた。
彼女は、まだ〝自由〟になれていない――。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる