もったいない! ~ある日ゲイの霊に憑かれたら、クラスの物静かな男子がキラキラして見えるようになりました~

藤原 秋

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「ぶっは! 陽葵ひま、どしたのその顔!?」

 翌朝登校したあたしは、寝不足でむくんだ顔と目の下のクマをさっそく紬にイジられた。

「色々考えてたら、怖すぎて寝れなかった……」

 しかも、肩とか腕とか、色んなところがひどい筋肉痛を訴えていて、動かすと半端なく痛い。もう色々とツラすぎる。

 これ絶対アレだよ、喜多川くんを無理やり抑え込んだっていうバカ力の代償だ。

 ひどい顔をしたあたしから「ガチで怨霊に取り憑かれたかもしれない」という告白を受けた紬はさすがに驚いた様子で、気の強い美人顔を青ざめさせた。

「え? あのアパートにいた怨霊に取り憑かれたんじゃないかって話? ネタじゃなくて? ガチ?」
「ガチだよ! もう絶対そう~~~! だって、でないと説明つかないもん! もうそう考えたら、怖くて怖くて……!」

 昨日喜多川くんに送ってもらって、家に帰ったところまでは良かった。

 問題はその後だ。

「シャワー浴びてても背後が気になるし、鏡を見てても自分の背後に何か映ってるんじゃないかって気になっちゃうし、物音する度にビクッてなるし、怖すぎてお母さんと一緒に寝たいって言っても『高校生でしょ』って取り合ってもらえないし、お兄に頼んでも『キモッ』で終わるし、仕方なく自分のベッドで布団被って寝ようと頑張っても怖いことばっかり思い浮かんじゃって、全っ然寝れなかった! も~最悪!」

 それでもって朝方になってようやくまどろんだ頃、奇妙な夢を見た。

 真っ暗な和室の片隅で、誰かが膝を抱えてうずくまっている夢。

 見覚えのない風景だったけれど、何故かそれがあのアパートの一室なんだってことが分かった。

 独り膝を抱えたその誰かは、そこから見える玄関のドアが開くのをずっと待っている。正確に言えば、ある人物がそこを開けて自分に会いに来てくれる瞬間をずっと待っているのだ。

 けれど、その人物がそのドアを開けに来ることはない。

 その誰かはそうであることを分かっていながら、それでもそこを動くことが出来ずに、ただひたすらに来ることのないその瞬間をその場所で永劫に待ち続けているのだ。

 気が遠くなるような長い時間。自分が誰であったのかも忘れてしまうほど、長い長い孤独な時―――。

 ―――息苦しい夢だったな……。

 その夢を思い出して、あたしは無意識のうちに喉の辺りを押さえた。

 それに何か、スッゴい切ない感じがした……。

 あたしはやっぱりあのアパートに居着いていた怨霊に取り憑かれて、その霊の記憶―――みたいなものを、夢を通して見ていたんだろうか。

「ええー、だとしたらシャレになんないじゃん。昨日はちょっと面白がって煽っちゃったけどさ、そんな悪影響が出たんじゃ笑えないね。顔、マジでヒドいけど保健室行かなくて大丈夫?」

 紬は心配そうな顔になってあたしの状態を気遣った。

「ん、とりあえず大丈夫。人がいっぱいいるところにいた方が落ち着くし」
「そっか。でも体調悪くなったら言いなよー?」
「ありがと」
「そういえば喜多川の件は? まだキラキラして見えるの?」
「あー、それがねー……」

 その件も紬に話しときたいんだよね―――と教室内を見渡した時、ちょうど入口から喜多川くんが入ってきた。

 うん。今日も絶好調でキラッキラだー。

「おはよう、喜多川くん」

 あたし達の近くを通りかかった彼に声をかけると、寝不足を絵に描いたようなあたしの顔を見た彼は、眼鏡の奥の涼しげな目を丸く瞠った。

「おはよう、岩本さん。……ええと、あまり眠れなかったみたいだね?」
「あはー……やっぱ分かっちゃう?」
「うん、分かるよ。……大丈夫?」
「あー……とりあえず今のところはまあ、何とか。あ、放課後ヨロシクね」
「うん。あまり無理はしないで、体調がすぐれないようなら言ってね」
「りょ。ありがと」

 そんなあたし達のやり取りをぽかんと見ていた紬が、喜多川くんの背を見送りながらあたしをせっついた。

「は? 何? あんた達いつの間に、何で何か仲良くなってんの? 放課後って何よ?」
「実は昨日、帰りがけに偶然同じ電車で会ってさ。あたしから声かけて、キラキラの件話してみたんだよね」

 だいぶ話を端折はしょっているけど、これはあたしと喜多川くんの名誉の為だ、仕方がない。

「マジ? よくそれ言ったね。ヤバいヤツって引かれるとか思わなかったの?」 
「あはは。いい人そうだし大丈夫かなーって」

 そうだ、休み時間にでも紬に喜多川くんの眼鏡をかけてみてもらおうかな? 事情を知っている紬なら適任だもんね。

 休み時間、さっそく紬を連れて喜多川くんのところへ話をしに行くと、彼は快く了承して眼鏡を外してくれた。

「えッ……」

 眼鏡を外した喜多川くんを見た紬は絶句して、興奮した面持ちになりながら小声であたしに騒ぎ立てた。

「ちょ、何コレ、原石! 原石じゃん!! ヤッバ! 聞いてないんだけど!」

 あーやっぱり。そういう反応になると思った。紬のタイプど真ん中だもんねー。

「全っ然気付かなかった―。あたし目ェ節穴かも。あ~今更可愛い子ぶっても遅いしなぁ―、もったいないことしたなー……こうやって知らぬうちに好みの男を見逃しちゃうんだなー、反省」
「いいから早く眼鏡かけてよ。そっちが本題なんだから」
「はいはい分かったよ」

 喜多川くんの眼鏡をかけた紬は全くキラキラしなかった。

「女子はキラキラしないみたい。後は男子で試してみたいんだけど―――」

 あたしはそう言って、遠巻きにこっちを見つめている喜多川くんと仲がいい物静かな男子グループを見やった。

「キラキラの件は、出来ればこれ以上広めたくないんだよねー……変な噂になって、痛いヤツ扱いされるのは避けたいし。適当に話作って、誰かに眼鏡かけてもらうよう頼めないかな?」

 あたしにそう振られた喜多川くんは少し考えてから頷いた。

「岩本さんの立場からしたらそうだよね。……じゃあ適当に」

 そう言うと喜多川くんは右手を上げて、仲がいい男子達を手招いた。

 何事かと、互いに顔を見合わせながら集まってきてくれた彼らに「こういう形の眼鏡がどんなタイプの顔に合うか検証したいから協力してほしいんだって」と分かるような分からないような適当な理由をつけて、全員に眼鏡を回してくれる。

 審美眼を鍛えたい紬は真剣に彼らの顔を再検証していたから、多少の説得力は与えることが出来たかもしれない。

 結果は全員キラキラせず、だった。

「こうなると、やっぱりこの現象に喜多川くんは不可欠なのか……」
「後はこの眼鏡である必要があるのか、オレが眼鏡をかけている必要があるのか、だね」

 そうだね! よし!!
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