もったいない! ~ある日ゲイの霊に憑かれたら、クラスの物静かな男子がキラキラして見えるようになりました~

藤原 秋

文字の大きさ
13 / 54

13

しおりを挟む
 その夜、また夢を見た。

 多分、ノラオに関係する夢―――……。

 厳格そうな中年男性が厳しく叱責してくる夢だった。

 頭ごなしに「男たるものとは」と男性として生まれてきた意味を説き、男とはかくあるべき、という概念を一方的に押し付けてくる。

 個性を否定されて、反論してもその上から正論と位置付けられた価値観を押し付けられて、ひどく息が詰まった。

 自分なりの見解を訴えても相手が聞く耳を持たないから、そもそも対話にならない。

 すれ違う意見をただ互いにぶつけ合うだけで、何の解決もみなかった。

 それが繰り返され、次第に言葉を交わすのも苦痛となって距離を取ると、当初は愛情から出ていたのかもしれないそれが、思い通りにならない苛立ちから転じる怒りへと変わっていって、いつしか埋めることの出来ない深い溝を両者の間に広げていた。

 厳しく叱責してくるその男の人の顔は、どことなくあたしのお父さんに似ていた―――。







「おぅ岩本いわもと牧瀬まきせ。今日の放課後ヒマだったら、みんなでカラオケ行かね?」

 昼休み、クラスの賑やかし系男子小柴こしばからそう誘われたあたしと紬は、お互いの顔を見合わせた。

「どうする、陽葵ひま? あたし今日バイトないし、行ってもい―かな」

 んー、カラオケかぁ。行きたい気持ちもあるけれど、今日はソッコーうち帰っておじいちゃんに電話したいんだよなぁ。

 何かの拍子に間違ってノラオが出てくるようなことになっても困るし。

「ごめん、あたし用事あるからパス」

 そう断ると、事情を知ってる紬は軽く頷いて、小柴を振り仰いだ。

「ね、行くメンツに他にも女子いる?」
「あ、まあ何人かに声かけてっけど……」
「じゃあとりま、行く方に入れといて。メンツ決まったらまた教えてくれる?」
「おぅ。……。そっか、岩本は用事あんのか」
「うん、悪いね。また誘ってくれる?」

 そう言うと、小柴は歯切れ悪くこう尋ねてきた。

「その用事ってさ……もしかして、喜多川絡み?」
「へ?」

 まあ喜多川くんにも関係あるっちゃあるけど……まさか小柴がそんなふうに突っ込んでくるとは思わなかったからポカンとしていると、小柴は気まずそうに頬をかきながらこう言った。

「いや、昨日駅前で岩本と喜多川が腕組んで歩いてたって、なんか噂になってたから。ここ最近、何でか岩本よく喜多川と絡んでんじゃん? だから……もしかしたら、そうなのかなって思って」

 うわ、昨日のアレ誰かに見られていたのかー! まぁね、駅前だしね、そりゃあ誰かしらいるよね、むしろ!

 幸い喜多川くんは委員会の用事があってこの時教室内にいなかったけど、あたしは内心、盛大に頭を抱え込みたくなった。

 ノラオめ……! ヤツのせいで、喜多川くんにとんだ迷惑が!

「なあ、ぶっちゃけお前らって付き合ってんの?」
「は? な、ないない、ないっ! そんなんじゃないから!」

 慌てて否定すると、何故か小柴はハッ、と鼻で笑って、上から目線になった。

「ははっ、だよなぁ? やっぱないと思ったよ。お前と喜多川じゃタイプ違い過ぎだし、どう考えたって釣り合わないもんなー」

 ―――は?

 自分でもビックリするくらい、その言葉にカチーン! ときて、あたしは超のつく不機嫌になった。

 何ソレ。

「どういう意味? あたしなんかじゃ喜多川くんと釣り合いが取れないって? そういうこと? 喜多川くんに言われるならまだしも、何であんたにそんなこと言われなくちゃならないワケ!? 意味わかんないんだけど!」
「えっ……!? いや、オレが言ったのはそういう意味じゃなくて」

 あたしの怒りの度合いに驚いた様子で腰が引けている小柴に、あたしは収まりきらない腹立たしさをぶつけた。

「勝手な憶測でとやかく言うのやめてよね! あんたには関係ないし、超迷惑だから!」

 そう言い置いて席を立ち、足音荒く教室を出て行くあたしの後ろで、紬がこう言っているのが聞こえた。

「あたしもやっぱカラオケやめる。小柴さ、もっと恋愛スキル積んだ方がいーよ」
「えっ……牧瀬……」

 ―――ムカつく、ムカつくー! 何なのあの言い方!

 怒りのままに校内を練り歩くあたしの後ろから紬が追いかけてきて、怒れるあたしの肩を抱いた。

陽葵ひま、こんなに怒るの珍しいじゃーん。久々に見たわー」
「だって」
「うわ、美味しそうな大福。とりあえず中庭行こっか?」

 つん、とほっぺたをつつかれて、あたしは仏頂面のまま頷いた。

「……うん」

 人気のない中庭の隅っこにやってきたあたし達は、校舎の壁に寄りかかりながら話をした。

「多分、小柴にそう悪気はなかったんだろうけどねー。あの発言はさすがに空気読めなさ過ぎだわ」
「メチャクソ気分悪い。何でああいうこと言うかな? 普通に考えたらさ、腕組んで歩いてる時点でその相手に好意しかないって分かるじゃん。まああれはあたしじゃなくてノラオだったんだけど。それをわざわざ貶める言い方にする必要ある?」

 そう憤慨すると、紬は苦笑した。

「ないわー。あー小柴詰んでんなー。陽葵ひまが出て行った後さー、小柴、呆然としてたよ。きっと今頃、あいつなりに反省してんじゃないかって思うけどね」
「大いに反省してもらわないと割に合わないっつーの、こっちは」

 そりゃ、あたしと喜多川くんのタイプが違うのは認めるけど、釣り合わないって何なのさ!

 あの時の小柴、スゴく嫌な顔をしていた。勝手に決めつけた価値観でどこか見下すような目が、夢の中のあの人と重なって見えた。

 喜多川くんと仲良くなってきて、あったかくて楽しい気持ちになってたところに、思いっきり泥水をぶっかけられちゃったみたいな、嫌な気分。

 汚されたくないものを汚された、最低な気分。

「―――おっと予鈴だ。陽葵ひま、どうする? 戻る?」
「もうちょいここにいる……先に戻ってていーよ」

 何か今、メンタルやばい。気を抜くと泣きそう。

「そっか、分かった」

 紬はあたしのそんな空気を察して、先に教室へと戻っていった。彼女にひらひら手を振って見送ったあたしは、一人残ったその場所で重い溜め息をついた。

 あーこれ……もしかしたら、あれかな? 今朝のあの夢とリンクして、ノラオのメンタルに影響受けていたりもするのかな?

 何かノラオ、あれからずっと静かだし……。

 はー、しかしあれを見られていたのかぁ……噂、どれくらい広まっているんだろう。

 喜多川くんの耳にも入っちゃっているかな。誰かに何か言われて困ったり、嫌な思いしていないかな。迷惑ばっかかけているのに、これであたしに付き合うの、本気で嫌になっちゃったりしないかな。

 嫌われたくないなぁ……。

 そう思ったら、ボロっと涙がこぼれてしまった。

 あーヤバ、何かもうメンヘラだ。感情の収拾がつかなくて、泣けてくる。

「……岩本さん!」

 その時喜多川くんの声がして、ビクリと顔を上げたあたしはそこに彼の姿を見出して、涙に濡れた瞳を見開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...