もったいない! ~ある日ゲイの霊に憑かれたら、クラスの物静かな男子がキラキラして見えるようになりました~

藤原 秋

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「それは、阿久里さんが間違ってるよ!」

 突然のあたしの大声に阿久里さんがビクッと肩を跳ね上げ、おそるおそるといった様子でこっちに視線を向ける。初めて真正面から目が合い、あたしは彼女の整った顔を真っ直ぐに見据えながらこう言った。

「小柴はバカだけど嘘をついて人をおとしめたりするようなヤツじゃないし、今の話は結局全部、阿久里さんの推測だよね」
「なっ……! あたしはちゃんと、蓮人くんに話を聞いて……!」
「阿久里さんが蓮人くんから聞いた言葉っていうのは、その通りなんだろうなって思うよ。でも、その他のことは全部、阿久里さんが蓮人くんの言葉から勝手に憶測したことばかりじゃん。蓮人くん自身に何ひとつ確認していないことばかりじゃん」
「……っ! だって、そんなにズケズケと聞けることじゃないでしょう!? みんながみんな、あなたみたいにデリカシーのない人間じゃないのよ!?」
「そういう阿久里さんはどうなの?」
「は!?」
「阿久里さんとあたしは、こうやって話をするの初めてだよね? 今まで喋ったことってないよね?」
「そうだけど、それが何!?」
「阿久里さんはどうしてあたしを害悪扱いしているのかなって思って。ちゃんと話したこともないし、あたしがどういう人間なのか知りもしないのに、どうして蓮人くんにとってあたしが害悪になってるみたいな言い方をするのかなって、そう思って。それこそデリカシーのないことしているんじゃないのかなって、そう思うんだけど」
「―――!」

 指摘されて初めてそれに気が付いたのか、カッ、と阿久里さんの白い肌が赤く染まった。

「ねえ、それってあたしと蓮人くんのタイプが違うから? だからそう思ったのかな? 阿久里さんの中では、タイプが違うと仲良くしちゃいけないの? それって何で? 趣味も話も合わなさそうだから?」

 あたしの言葉にハッ、と小柴が肩を揺らす。

「阿久里さんの中では、あたしみたいなタイプは蓮人くんみたいなタイプにとって害にしかならない印象なのかな? だから、あたしのことをよく知りもしないのに、見た目の印象だけで害悪になるって、そう判断したってことかな?」
「……ッ」
「だとしたらそんな考え方、もったいないよ。自分で自分の世界を狭くしちゃっているよ。スゴく仲良く出来るはずの大切な人を、見逃しちゃっているかもしれないよ」
「……!」

 長い黒髪を揺らして、ぐっと唇を噛みしめる阿久里さんは、悔しさと恥ずかしさが入り混じったようなそんな顔をしていて、それでもやっぱり、傍目には清楚な美人だった。

 背が高くてスラリとしてて、うらやむ人も多そうな恵まれた容姿をしているのに、せっかくの綺麗な顔をこんなことでこんなふうに歪めているなんてもったいない―――何故かふと、そんなことを思った。

「……もったいないよ。せっかくこんなに綺麗なのに、こんなことで苦しいような、思い詰めたような顔をしているなんて」
「……!?」
「阿久里さんと仲良くしてみたいって思っているタイプの違う人達が、きっといるよ。余計なことかもしれないけど、視野を変えて自分の周りを見てみるのも、大事なんじゃないのかな」

 耳を疑うような表情をしてあたしの言葉を聞いていた阿久里さんは、最後に長い睫毛に縁取られた瞳をまん丸に見開いた。

 そこへ、小柴の罵詈雑言が炸裂した。

「岩本! こんな女にそんなこと言ってやる必要ねぇよ! こんなウソつきの性格最悪女、どんだけ喜多川がお人好しの人格者だろうが、今日限りで目が覚めるわ! この内面ドブス電柱女が! てめぇこそが害悪だ!!」
「―――……っ!」

 赤くなった阿久里さんの目にみるみる涙が浮かび上がり、いたたまれなくなったように背をひるがえす彼女へ、蓮人くんが手を伸ばした。

「! 阿久里さん!」

 駆け出した彼女の後を追いかけようとした蓮人くんは一度足を止めてあたしを振り返ると、真っ直ぐにあたしの目を見てこう言った。

「岩本さん、ごめん。今は……! 後で必ず連絡するから!」
「……うん!」

 あたしが頷いたのを見届けてから、蓮人くんは阿久里さんの後を追いかけていった。

「―――小柴、気持ちは分かるけど言い過ぎ! 電柱とか、背が高い女子には禁句だって。あれ多分、絶対言われたくなかった言葉だわ」

 たしなめる紬に、気の収まらない小柴が口を尖らせてがなっている。

「知らねぇよ! あいつの方が何倍もオレにひでぇこと言ってただろ!? むしろざまぁだわ」
「つーか空気読みなよ、もしかしたら丸く収まるところだったかもしれないのに」
「はぁ!? 知らねぇし!」
「あんたねー、そういうトコ! スキルを積めって言ってんの!」

 やれやれと深い溜め息を吐き出した紬は、あたしに気遣わしげな声をかけた。

陽葵ひまー、大丈夫?」
「うん。とりあえず言いたかったことは言ってやれたし」
「はは。何勝手に害悪扱いしてんだって、あの切り返しは良かったね。……喜多川もさ、面倒見良過ぎるっていうか何ていうか、あんなの後回しにして、まずは大事な相手の方見てやれよって思うけど」

 ちょっと腹立たしげに呟く紬に、あたしは苦笑を返した。

「いいんだ。後でちゃんと連絡くれるって言ってたし。きっと蓮人くんのことだから、キチンと阿久里さんと向き合って全部解決してから、それから話し合おうとしてくれているんだと思う」

 そう言うと紬は微笑んで、あたしの腰の辺りを軽く叩いた。

「……そっか。あんたがそうやって納得してんなら、あたしはまぁいいんだけどさ」
「ふふ。紬、ありがとね。さすがのダッシュだったよ。でも、よく阿久里さんに気が付いたね?」
「あー、ああいう性格の女は、自分が張った罠の現場を見に来るって相場が決まってるからね。最初から絶対どっかにいると思って、ずっとアンテナ張ってた」
「さすが紬ー、頼りになるー!」
「褒めろ褒めろ、でもホレるなよー?」

 あたしは感謝の気持ちを込めて、ぎゅーっと紬に抱きついた。

 ありがとう、紬―――大好きだよ。

 あたしは友達に恵まれている―――そう思った。 
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