DESTINY!!

藤原 秋

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アストレア編

帰還

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 翌朝、名工グレンの手によって鍛え直されたアキレウスの愛剣ヴァースは、見違えるような輝きを放って彼の元へと戻った。

「すげぇ……」

 その輝く刀身をかざして眺めながら、アキレウスは感嘆の息をもらした。

「小さな傷ひとつなくなっている……それに、前より軽い」
「どうだ? 新生ヴァースは」

 ブン、と軽くそれを振って、アキレウスはグレンに答えた。

「いいね……吸いつくような一体感だ。ありがとう、グレン」
「なぁに、礼には及ばん。ワシが好きでやったことだからな。斬れ味も増しとるはずだ、存分に使ってくれ」
「あぁ。本当にありがとう」

 顔を見合わせ、二人は固い握手を交わした。

 何か……いいよね、男同士のこういうのって。

「今の時代、剣を扱う者は多いが、真に剣士と呼べる者は少ない。嘆かわしいことだが、その中でお前に出会えたヴァースこいつは幸せ者だ。ワシから見ればまだまだひよっ子だが、お前はなかなか見所がある。精進して、親父を超えるような剣士になれ」
「あぁ……肝に銘じておくよ」

 グレンは一瞬口をつぐんだ後、アキレウスを見つめてこう尋ねた。

「ひとつ聞かせてくれ……お前は何故、魔物モンスターハンターの道を選んだ? 親父のように、騎士になろうとは思わなかったのか?」

 あたしも息を詰めて、その回答を見守った。

 そうだ……どうして?

 そんなに立派なお父さんだったなら、その背中に憧れたりしなかったのかな?

「……オレは、規律とかに縛られるのが嫌いでさ」

 ゆっくりと、アキレウスが口を開いた。

「色々なしがらみにがんじがらめにされて、自分の思うがままに生きられない騎士の道には、抵抗があったんだ。それに、幼心おさなごころに色々あって、権力者に対する不信感みたいなのもあったっていうか―――まぁ最近は、それも変わってきてるんだけど……」

 パトロクロスのことを思い出したのか、アキレウスはそう言ってちょっと笑った。

「母さんが死んで、父さんが死んで―――オレにはもう、失うものがなかったから。この両手で自分がどこまで行けるのか、試してみたかったんだ。この職業なら、世界各地を渡り歩ける。動く範囲が広がれば、父さんと共に消えたウラノスの手掛かりをつかめるかもしれない。―――いや……」

 アキレウスは瞳を伏せて、小さくつぶやいた。

「オレは本当は、父さんの死を心のどこかで受け止めきれていなかったんだ。王城から届いたのは、一通の死亡通知だけ。遺品は何ひとつ戻ってこなかった。信じられなかったんだ。子供のオレから見て、あんなに強かった父さんが死んじまったなんて。どうしても納得できなかった。だから、オレは―――自分の力で父さんの手掛かりをつかむ為に、魔物ハンターになったんだ」

 アキレウス……。

 あたしは幼かった頃の彼の心の内を思って、とても切なくなった。

 独りぼっちになった幼い彼は、どれほどの思いで、どれほどの努力を重ねて、魔物ハンターという過酷な職業への道を歩んだんだろう。

「今ではオレだって、父さんが本当に死んだんだってことくらい分かってる。ただ、その証というか―――色々な想いの為に、ウラノスを探し続けているんだ」

 アキレウスはそう結んで、真っ直ぐな翠緑玉色エメラルドグリーンの瞳をグレンに向けた。

「そうか……」

 グレンは頷いて、とても穏やかな顔でアキレウスを見上げた。

「ワシもお前の手でウラノスが見つけ出されることを、願っとるよ」

 その目は静かで、とても優しかった。

「―――ところで小僧、『魂の結晶』というものを知っとるか」
「魂の結晶?」

 唐突なその質問に、アキレウスは瞳を瞬かせた。

「……確か、死者が強い想いを遺してった時に現れるっていう、あれだろ?」
「“それ”が何であるか知っとるか?」
「さぁ……? 結晶、って言われてるだけで、それが具体的にどういったものかってのは……。だいたい、あれは単なる言い伝えじゃないのか?」
「魂の結晶とは、実在する世界最強の金属のことだ」

 グレンの口からこぼれたその言葉に、あたし達は目を見開いた。

「金属……!?」
「世界最強の!?」
「あぁ。どういう理屈かはワシにも分からんが、何らかの強い想いを遺して逝った者の魂と肉体とが融け合って具現化したものが、魂の結晶と呼ばれる金属だ。ワシも一度だけ目にしたことがあるが、暗い青色の、背筋が震え上がるほど美しい、美しい金属だった」

 その時の衝撃を思い出したのか、グレンは微かに震える手で、ゆっくりと立派な髭をなでた。

「ただこいつは、生成される確率が非常に低い。一生の内に何度も拝めるものではないだろう。だが、小僧……もし、運良くこいつを手に入れることが出来たなら、ワシのところに持ってくるといい。その時は、最強と呼べる剣をお前の為に造ってやろう」

 それを聞いて、あたしは全身に鳥肌が立つのを覚えた。

 うわ……スゴい!

 世界最強の金属で、伝説の名工と謳われるグレン・カイザーに剣を打ってもらえたら、名実共に、世界最強の剣だよね!

「本当か!?」

 アキレウスが目を輝かせる。

「ワシは嘘はつかん」
「約束だぜ!」
「あぁ」
「やったね、アキレウス」

 そう声をかけると、彼は興奮した面持ちで、ぐっと拳を握りしめた。

「あぁ、絶対に見つけ出してやる!」

 はしゃぐあたし達を静かに見つめていたグレンが、その時ゆっくりと口を開いた。

「―――さて、そろそろこの森を抜ける方法を教えてやろう」

 さっきまでとは雰囲気の変わったその口調に、自然と姿勢を正して向き直ったあたし達に彼から告げられた内容は、ひどく意外なものだった。

「この小屋の裏に、一方通行の転移の魔法陣がある。行き先を念じてそれに乗れば、目的地にたどり着くという超優れモノだ。以上」

 えっ?

 それって……一瞬でアストレアにたどり着ける、ってコト!?

「マ……マジで? まさかそれも『ワシ特製』とか言わないだろうな……」
「残念ながら、それはさすがに無理だ。天才にも限界というものがある。転移の魔法陣とは言ったが、正確には魔法陣ではない。“旧世界”の遺産だよ。どういう仕組みになっとるのかはさっぱり分からん」

 ウソみたい……これから長い道のりを歩いて帰るのを覚悟していたのに、こんなに簡単に帰れるなんて。

 無邪気に喜んでいたあたしは、その時、ある重要なことを聞き逃しそうになっていたことにハタと気が付いた。

「ねぇグレン、今……」
「一方通行って言わなかったか?」

 アキレウスも気が付いたようだった。

「あぁ、そう言った」
「どういうことだ?」
「そのまんまさ。小屋の裏の魔法陣は、この森から外界へ送る為だけのもの。それ以外の用途はない」
「じゃあ、またここへ来たい時はどうしたらいいの?」

 あたしが聞くと、グレンは静かにこう答えた。

「ここへ来るのに、確たる道はない。だが、お前達はいずこかの道を通ってここへやって来た。縁があればまた会える。魂の結晶を手に入れるほどの強運があれば、ワシ達の運命はどこかで繋がっている。道はおのずと開かれるさ」

 じゃあ……もしかしたら、これが最後かもしれないってこと?

 涙ぐむあたしの腕を軽く叩き、グレンは笑った。

「泣くな、お嬢ちゃん。いつかまた会えることを信じよう」
「うん……」

 頷いて、あたしは彼のずんぐりむっくりした身体を抱きしめた。

「色々と親切にしてくれて、本当にありがとう。絶対にまた、会いに来るね」
「あぁ。それまで元気でな、お嬢ちゃん」
「グレンも元気でね」

 別れを惜しむあたし達の傍らにたたずむアキレウスを見上げて、グレンはニカッと笑った。

「ヤケるか? 小僧」
「何言ってんだよ」

 溜め息をついて、アキレウスは爽やかな笑顔を浮かべた。

「オレは辛気臭いことは言わないぜ。ウラノスを見つけて、魂の結晶を手に入れて、必ずここへ戻って来る。だからその時まで、絶対元気でいてくれよ」

 彼の翠緑玉色エメラルドグリーンの瞳に、迷いはなかった。

「……あんまり年寄りを待たせるなよ」
「努力するよ」
「……気を付けて帰れ」
「あぁ」

 あたし達は連れ立って、戸口のところまで歩を進めた。そこでいったん立ち止まると、アキレウスはグレンに向き直り、深々と頭を下げた。それから顔を上げると、とびきりの笑顔で片手を上げて、木製のドアを開け放った。

「じゃあな、グレン! また来るぜ!」

 あたしもぺこりとお辞儀して、アキレウスの後に続いた。

「お世話になりました! グレン、またね!」
「今度は土産を持って来いよ」

 ドアの隙間から差し込む光に照らされて、ゆっくりと手を振るグレンの姿が印象的だった。

 グレン、普段はこの森の中にたった一人でいて、寂しい時もあるんじゃないかな。昨日、あたし達―――特にアキレウスと話していて、とっても楽しそうだったし、嬉しそうだった。

 ふふ、最初はちょっと無口で怖い人なのかなと思ったけど、ああ見えて、とっても話し好きなんだよね。

 そんな彼の元に、次に誰かが訪れるのは、いったいいつのことになるんだろう。

「……」

 あたし……頑張って、自分の能力チカラを使いこなせるように努力しよう。

 そして今度は、パトロクロスとガーネットも一緒に―――。

「―――今度来る時はさ」

 アキレウスがあたしに話しかけた。

「あいつらも一緒だろうから、かなりにぎやかになるだろうな。あいつらのことグレンには言ってないからビックリするぜ、うるさくって」

 あたしも今、同じこと思ってた。

 あたしはそれに驚きつつ、嬉しくなって、彼を見上げた。

「だね! その時にはいっぱいお土産持って行こう!」
「あぁ」

 力強く頷いて、アキレウスはあたしに手を差し伸べた。

「行こう。あいつらが待っている」
「……うん!」

 彼の手を取って、あたしは一度、大きな煙突のついた山小屋を振り返った。

 絶対にまた、ここに来るよ。

「―――アキレウス、後でウラノスの特徴を教えて」
「え?」

 不思議そうな顔をする彼に、あたしは言った。

「一人より二人、二人より四人の方が、早く見つけられるよ。なるべく早く見つけて、グレンのところに持って行こうね」
「……オーロラ」
「パトロクロスもガーネットも、きっとそう言うよ。あたし達は仲間でしょ?」

 その言葉に微かに目をみはったアキレウスは、ややしてから、穏やかに微笑んだ。

「……サンキュ」

 そんな彼につられて、あたしも自然と柔らかい表情になった。

 緩やかな風が、あたし達の頬を優しくなでていく。その風に促されるようにして、あたし達は“魔法陣”の前に立った。

 それは、柔らかな緑の中に隠れるようにして、外界へと繋がる口を開けていた。

 あたし達が近付くと、どういう仕組みなのか自動的にクリーム色の光が灯り、円状にその形を浮かび上がらせた。

 グレンの言う通り、あたしがこの世界に来てから目にしてきた魔法陣とは違う。

 法印は記されておらず、不思議な素材で造られた、無機的な印象を与える、“旧世界の遺産”。

「アストレア城をイメージしよう」
「うん」

 あたし達は手を繋いで、その上に立った。

 淡い光がひと際強まり、あたし達を包み込むように立ち上る。そして、目の前の美しい緑溢れるまほろばの森の風景が、徐々に歪んで形をなくしていく。

 ―――またね、グレン!







 気が付くと、あたし達は見覚えのある城門の前に佇んでいた。

「あッ!? 貴方達あなたがたは……!?」

 突然現れたあたし達を見て、門番の兵士達が慌てふためく。

「た、大変だ! すぐに王に……!」

 兵士の一人が転がるようにして城門の中へと駆けこんでいく。

「……帰ってきたな」

 呟くアキレウスに、あたしは頷き返した。

「帰ってきたね……」

 不死鳥の国旗がひらめく、壮麗で堅固な城砦―――あぁ、アストレアに帰ってきたんだ。

「行こう」
「うん!」

 顔を見合わせて、あたし達は歩き出した。兵士達に敬礼される中、城門をくぐると、早速懐かしい声が耳に飛び込んできた。

「オーロラ! アキレウス!!」

 見ると、開かれた正面扉から、全速力で駆け寄ってくるガーネットの姿があった。そのすぐ後ろから、同じようにあたし達の名前を呼びながら、パトロクロスも駆けつけてくる。

「ガーネット! パトロクロス!!」

 目を輝かせるあたし達にガーネットは両腕を広げて抱きつくと、その大きな茶色ブラウンの瞳を潤ませた。

「二人とも無事だったの!?  どこも痛いトコはない!? あぁもう、すっごい心配したんだから! 本当に本当に……無事で、良かっ……」

 そう言いながら、わんわん泣き出してしまった。

「ガーネット……」

 じん、と胸に沁み入るものを感じながら彼女の肩を抱くあたし達の前で、息を切らせたパトロクロスが、いつものあの優しい笑みを浮かべた。

「良かった、二人とも無事だったか……。大変だったな。お帰り」

 そこで、あたしの涙腺は壊れてしまった。

「おい……」

 大泣きするあたしとガーネットに挟まれて、困り果てた表情のアキレウスがパトロクロスと顔を見合わせる。

「泣くなよ……どうしたらいいんだ、これ」
「しばらくそうしておけ。お前達が無事だったからこそ流せる、安堵あんどの涙だ。いいじゃないか」
「そりゃそうだけど……」

 そんなアキレウスの様子を見て、パトロクロスは冗談ぽく笑った。

「アキレウスのこういう姿はなかなかに貴重だな。みんなの分まで、私がよく見ておいてやろう」
「おいっ! 人ごとだと思って……覚えてろよ!」

 あぁ、こんなやりとりを聞いていても、今は何だか胸があったかくて、涙が溢れてしまう。

 心配してくれる仲間がいるっていうことは、何て幸せなことなんだろう。

 あぁ……アキレウスの言った通りだ。あたしには、みんながいる。

 一人じゃ、ない―――……。







 突然のあたしとアキレウスの帰還に、アストレア城内は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 この地に古くから伝わる伝説の魔女と魔人を倒したあたし達は英雄扱いとなっていて、その英雄の片割れが行方不明になったという事件は、兵士達の間で大変な関心を集めていたらしい。

 帰還したあたしとアキレウスをひと目見ようと、休憩中の兵士達はもちろん、業務の合間を縫ってやって来る者、見張り台から身を乗り出すようにして覗き込む者、果ては騒ぎを聞きつけた侍女や庭師まで、あたし達をぐるりと取り囲むようにして、その様子を見守っている。

 うは、ぁ……何だか、珍獣にでもなった気分だよ。

「こら、お前達! 何をしている、持ち場へ戻れ!」

 叱咤しったの声をかけながら、その人波をかき分けるようにして現れたのは、ラオス将軍だった。

 彼はあたしとアキレウスの姿を見ると、引き締まったその頬をわずかに緩めた。

「アキレウス殿、オーロラ殿、よくぞご無事で―――王がお待ちです。お疲れでしょうが、まずはこちらへ―――」

 パトロクロス達と話すのもそこそこに、あたしとアキレウスはラオス将軍に案内されて、あてがわれた真新しい衣服に着替えると、身支度を整えて、これまでの経緯を報告する為、フォード王の私室へとおもむいた。

 室内にはパトロクロスとガーネットの他に、マーナ姫とラオス将軍、そして最高武官のマーズと最高文官のイリシュの姿があった。

 上座に深々と腰を下ろしたフォード王を挟むようにして、右後ろにマーズ、左後ろにイリシュが控え、テーブルを囲んでU字型に置かれたソファーの向かって左側にパトロクロスとガーネット、右側にマーナ姫、彼女の後ろにラオス将軍が控え、アキレウスとあたしはフォード王の正面に座る形となった。

 ラオス将軍に聞いた話によると、あたし達の体調を気遣ったフォード王が、座って話が出来るようにと、謁見の間ではなく、あえてこの場所を選んでくれたらしい。

 それを聞いて、あたしはちょっと感激した。

 フォード王、優しい……。

「アキレウス、オーロラ、よくぞ無事で戻ってくれた。事の顛末てんまつをパトロクロス王子から聞いた時は肝を冷やしたが、其方そなたらが無事に戻ってくれて何よりだ。まずは礼を言わせてもらいたい……其方らは、我がアストレアを未曾有みぞうの危機から救ってくれた。礼を申す。そして、これは一国の王としてではなく、一人の娘を持つ父親としての言葉だ。娘を助けてもらい、大変感謝している」

 低い、よく通る声でそう述べると、フォード王は王冠を外し、豊かなとび色の髪の頭を、あたし達に向かってゆっくりと下げた。

 その行動に驚いて言葉を失くすあたしの隣で、アキレウスが深々と頭を下げた。

「もったいなきお言葉と心遣い、痛み入ります」

 その声で我に返ったあたしも、慌てて頭を下げた。

 ビッ……ビックリしたぁ。

 一国の王様が、英雄扱いされる立場になったとはいえ、あたし達みたいな一般の者に頭を下げるなんて、普通は考えられないし、なかなか出来ることじゃないよね。

 フォード王の器の大きさを感じながらチラッとマーナ姫を見ると、彼女は桜色の唇に微笑を浮かべて、誇り高そうに父王を見つめていた。

 素敵なお父さんだよね……。

「さて、早速ではあるが、其方らが消息を絶ってからの経緯を聞かせてもらいたい」
「はい」

 頷いて、アキレウスはこれまでのことを簡潔にフォード王に説明した。その説明が進むにつれ、室内にはどよめきや溜め息が巻き起こった。

「何と、そのようなことが……」

 アキレウスの話を聞き終わったフォード王は、そう言って深い息を吐き出した。

「まったくもって、驚くことばかりだ」

 その後ろで、イリシュがうめくような声をもらす。

「まさか、あのまほろばの森が実在したとは……しかも、その正体が旧世界の遺物であったとは―――」

 その隣で、やや興奮した面持ちのマーズが声を弾ませる。

「グレン・カイザー……伝説の名工と謳われた人物が、まさかまほろばの森にいたとは……! 誰も、その行方を知らぬはずだ」

 グレンの名前が出た時には、マーズだけでなく、男性陣から驚きの声が上がったっけ。

 みんなが彼のことを知っていて、あたしは正直驚いた。

 本当に超のつく有名人なんだね、グレン。

 あたし、スゴい人と知り合いになったんだなぁ……。

「伝説の森と伝説の名工―――二つの伝説に出会う、か……。そこへ導いたのは、オーロラ―――聖女たる、其方の能力チカラ。その能力、其方は自在に操ることが出来るのか」

 青玉色サファイアブルーのフォード王の瞳が、あたしの瞳を射る。

「……いいえ」

 自然と背筋が伸びるのを感じながら、あたしは静かにかぶりを振った。

「お恥ずかしい話ですが、私はまだ自分の能力というものを思うように操ることが出来ません。それどころか、自分の持つ能力そのものすら、把握しきれていません。……でも」

 あたしは真っ直ぐフォード王の目を見つめて、自分の決意を語った。

「一日も早くそれを自分のものとし、使いこなせるように努力していきたい……そう、思っています」

 それは、この世界に来てからのあたしの意識の変化を、初めて言葉として口にした瞬間だった。

 もう、怖れない。

 例えどんな存在だったとしても、あたしはあたし―――全てを、受け止める。

 そんなあたしの様子を、アキレウスが優しく見守っているのが感じられた。

「……そうか」

 フォード王は短く頷くと、あたし達に静かな眼差しを向けた。

「二人とも、ご苦労であった。其方らが戻ってくる前に、パトロクロス王子よりこれまでのことは聞かせてもらった。アキレウス……其方があの伝説の地図に選ばれたということもな。……其方らが消息を絶っていた間に、実はこちらでも由々しき事態が起こったのだ」

 その重々しい口調に、ドキン、と心臓が音を立てた。

「まずは、そこに至るまでの経過を語ろう。―――ラオス」

 その言葉を受けて、ラオス将軍があたし達の方に向き直り、一礼した。

 彼の口から語られたのは、次のようなものだった。







 あたしが斬りつけられた際、すぐに駆けつけたパトロクロスによって、死霊使いネクロマンサーはその場で斬り伏せられたんだそうだ。

 今回の件を尋問する為、パトロクロスはあえて致命傷にならない程度の傷を負わせて捕えようとしたらしいんだけど、その時、あたしとアキレウスが目の前で消え失せるという事態が起きてしまった。

 動揺するパトロクロスの隙をついて、死霊使いネクロマンサーは己の眼球をえぐり出し、それを何処いずこかヘ転送させた後、自らの舌をかみ切って絶命してしまったらしい。

 ラオス将軍が駆けつけたのは丁度この時で、彼は自分の初動の遅れと、警備体制の甘さを猛省し、そのことをあたし達に陳謝した。

 決してラオス将軍のせいじゃないのにね、そんなところから彼の実直で責任感の強い人柄が伝わってきた。

 その後、彼らはあたし達を森の隅々まで探したらしいんだけど、当然ながら見つけられず、無事であれば必ずアストレア城に戻ってくると信じて、昨日、こちらに戻ってきたんだそうだ。

 ちなみにフールウールに焼かれた森はまだくすぶり続けていて、現在も消火活動続行中とのことだった。

 そして、昨日―――彼らが王城に戻ってきて、すぐのこと。

「鏡や水面みなもなど、ものを映し出すあらゆるモノに、血文字が映し出されるという現象が起こりました」
「血文字……!?」

 驚くあたしとアキレウスに頷いて、ラオス将軍は続けた。

「現在確認中ですが、おそらく我が国だけではなく、世界各国でも同じ現象が起こったものと思われます。その血文字は、旧世界の失われた国の言葉で、こう書かれていました」

 資料に目を落とし、彼はそれを読み上げた。

「“粛清しゅくせいの時はきたれり。滅びよ。大地の怒りと共に。滅びよ。大海の嘆きと共に。滅びよ。大気の祈りと共に。断罪の剣を振るいし我が名にいて、人類の殲滅せんめつをここに宣言する。蒼き惑星ほしは、楽園へと再生する”」

 それは正に、人類に対する宣戦布告、それ以外の何物でもない文章だった。

 な……によ、それ……。降伏しろとかじゃなく、滅びろって……?

「“断罪の剣を振るいし我が名に於いて”、か……まるで神気取りだな。人間オレ達は一方的な悪者ってワケだ……」

 皮肉げに口元を歪めるアキレウス。

 ラオス将軍はこう付け加えた。

「何者かは不明ですが、人類を滅ぼしてこの地球ほしの絶対者に君臨しようとしているこの存在に、我々は『暗黒の王子』という仮称を付けました」

 暗黒の王子……。

「そしておそらくはこの者が、今回の死霊使いネクロマンサーの一件の黒幕であり、我々が警戒感を強めている“強大なチカラの源”であると思われます」
「―――元凶が、ここへ来てようやく動き出した、ってコトか」

 アキレウスは冷静な表情でそう呟くと、翠緑玉色エメラルドグリーンの瞳をラオス将軍に向け、確認するような口調でこう尋ねた。

「将軍、貴方はさっき、死霊使いネクロマンサーが死ぬ前に自分の眼をどこかへ転送させたと言っていた。それはつまり―――」
「―――えぇ。貴方達あなたがたの素性は向こうに知られてしまったと考えて間違いないでしょう。アキレウス殿、貴方が地図の所有者であるということも……」

 その意味するところに、あたしはゴクリと息を飲んだ。

 ―――ということは、だよ……。

「暗黒の王子が今、もっとも警戒しているであろう人物が、大賢者シヴァ。そのシヴァの地図に選ばれし者である貴方は、もっとも邪魔な存在であると言えるでしょう。そして―――」
「―――これから其方達は、行く先々で敵の刺客に狙われることになるであろう」

 ラオス将軍の言葉を、フォード王が引き継いだ。

 そういうコト、だよね―――。

「敵は万全を期して臨んできているが、我々は未だその正確な情報も持たず、現時点では明らかに不利だ。私は早急さっきゅうにローズダウンのラウド王や他の国々の王と連絡を取り、『五カ国王会議サミット』を開こうと思う。血文字を見てしまった国民達の不安は大きい……ほとんどの者はそれを解読することも出来なかっただろうが、解読出来ぬゆえの不安も大きいものだ。一応大事ない旨の布令ふれも出したが、あらぬ噂が噂を呼び、パニックから暴動に繋がる危険性もある。そういった内外の諸事情を考慮すると、我々としては、敵の所存が分からぬ限り下手に動くことが出来ないのだ」

 フォード王は厳しい表情でそう言うと、深い溜め息をもらした。

「すまぬな……我が国の危機を救ってくれた英雄達が、これから苛酷な道を歩むというのに、其方達を守ってやる為の兵が割けぬのだ。本当に、すまぬ」
「お父様……」

 瞳を伏せる父王を、マーナ姫が気遣わしげに見つめる。

「フォード王、その件に関してはあまりお気になさらないで下さい。我々は元より覚悟の上、それに、少数の方が目立たずに行動できますから」

 パトロクロスはそう言ってあたし達を見渡した。

「なぁ、みんな」

 あたし達はお互いの顔を見合わせ、頷いた。

「あぁ。自分達の運命は、自分達で切り開いてみせる」

 強い決意を胸に秘め、アキレウスの翠緑玉色エメラルドグリーンの瞳が野性的に輝く。

「例えどんな敵が現れても、あたし達は絶対に負けないわ。負けられない理由があるから」

 揺るぎない決意を胸に、ガーネットが微笑む。

「あたしは自分の能力チカラというものを―――自分という存在にこの地で課せられた役割が何であるのか、そしてそれがどういった意味合いを持つものであるのか、それを確かめたい。ううん……それはきっと、確かめなければならないものなんだと思う。あたしだけではとても困難な道のりだけど、支えてくれる仲間がいるから……きっと、何とかなる」

 あたしは今の自分の心境を素直にそう述べた。

 あたし達の言葉を聞き終わったフォード王は、瞳を閉じ、頷いた。

「パトロクロス王子、貴公は先日、私にこう言ったな。自分には絶対にやり遂げねばならぬ目的がある、それまでは死ぬつもりはない―――と。仲間達も皆、同じ想いのようだ。貴公達の為に兵を割くことは出来ぬが、それ以外のことであれば、我がアストレアは惜しみない助力を、我が国の英雄達の為に贈ろう」

 わぁっ……!

「フォード王……! ありがとうございます」

 感謝の言葉を述べるパトロクロスの淡いブルーの瞳をまぶしそうに見つめ、フォード王は小さくこう呟いた。

「……貴公がローズダウンの王位継承者でなければ、な……いや、何でもない。聞き流してくれ」

 その言葉の意味を察したらしく、パトロクロスはあえてそれには触れなかった。

 マーナ姫はそっとテーブルに視線を落として、やはり何も言わなかった。

 フォード王はきっと、マーナ姫の結婚相手にパトロクロスを望みたいと思ったんだろうな。

 けれど、二人はそれぞれの国の王位継承者……二つの国がひとつに統合されるというのは現実的には難しい話なんだろうし、今は人類の未来がどうなるか分からない時だ。

「フォード王、早速ですが、貴国の叡智えいちをお借りしたい。よろしいでしょうか」

 短い沈黙を破って、アキレウスが申し出た。

「うむ。申すがよい、アキレウス」
「はい。『魂の結晶』と呼ばれる、世界最強の金属について、何かご存知のことがあったら教えていただきたいのですが」
「魂の結晶……!?」

 ざわ、と室内が揺れた。

 まだ何も聞かされていなかったパトロクロスとガーネットも顔を見合わせる。

「魂の結晶というと、死者が逝った時に現れるという、想いの破片カケラか」

 フォード王の言葉にアキレウスは頷いた。

「はい。一般的にはそのようにぼんやりとしたイメージでしか伝えられていませんが、魂の結晶とは、実在する世界最強の金属なのだそうです。一説によると、強い想いを遺して逝った者の魂と肉体が融け合って具現化したものらしいのですが……」
「……ふむ。マーズ、イリシュ、どうだ?」

 フォード王の問いかけに、最高文官のイリシュが口を開いた。

「そういえば、魂の結晶の生成には、召喚魔法が深く関わっていると聞いたことがあります。世界最強の金属というのは初耳ですが……。確か、ドヴァーフの国立図書館に、詳細の記された書物があったかと」
「そうか。ならば私から、ドヴァーフのレイドリック王に閲覧の許可を願う書状をしたため、アキレウス、其方に持たせよう。ドヴァーフなら其方達の道程にも合う。道すがら、立ち寄るといいだろう」
「……ありがとうございます」

 深々と頭を下げるアキレウスを見て、あたしは口元をほころばせた。

 良かったね。

 グレンとの約束に一歩近付く為の、微かな道標みちしるべが見えてきた。

 後でパトロクロスとガーネットにも事情を説明して、協力してもらわなくちゃ。



 その時のあたしは、深々と頭を下げるアキレウスの瞳に複雑な光がにじんでいたことに、全く気が付かなかった。

 例え気が付いたとしても、この時はそれがどうしてなのか分からなかったんだろうけど―――。 
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辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
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剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

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出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!

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貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。 そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。 慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。 貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。 しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。 〰️ 〰️ 〰️ 中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。 完結しました。いつもありがとうございます!

老聖女の政略結婚

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エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

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