DESTINY!!

藤原 秋

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ドヴァーフ編

約束

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 質の良い品物を良心的な価格で販売する人気の道具屋、ブルーセカンズ。

 大勢の人々で賑わう店内の一角で、ガーネットは難しい顔をしてうなっていた。

「うーん、やっぱり迷うわ、どうしよう……」
「買うと決めて戻ってきたんじゃなかったのか?」

 傍らでその様子を眺めていたパトロクロスが溜め息をつく。

「そう思ったんだけど、パトロクロスがダメって言うんだもの」
「自分の小遣いで買う分にはいいと言っているだろう。パーティーの所持金からは出せんと言っているんだ」
「だから迷っているんじゃないのー」

 ガーネットが悩んでいるのは、一定時間魔力を高めることの出来る“月の雫”というアイテムだった。効力が継続している間は術者の魔力が大幅に高まり、相応の魔法効果をもたらすというものだ。

「うーん……」

 悩むガーネットに、パトロクロスがこう提案する。

「私としても買ってやりたいのは山々だが、金庫番として現在のパーティーの財政状況を考えると、必要最低限のものをそろえるのでいっぱいなんだ。余裕が出来たら買う、ということでどうだ?」
「うーん、そうねー……。でも、こんなに安くはドヴァーフここでしか買えないしなー……。よし、やっぱりひとつ―――」

 お気楽な声がかけられたのは、その時だった。

「あれぇ? もしかして、ガーネットとパト様?」

 聞き覚えのあるその声に振り返った二人は、予想通りの人物の姿をそこに認めて、それぞれ異なった反応を見せた。

「フリードじゃない!」

 笑顔になったガーネットに対し、パトロクロスは何ともいえない微妙な表情になった。

 サラサラとしたやや長めの薄茶の髪に、甘い光を含んだ同色の瞳。スラリとした均整の取れた肢体、危険な香りのする甘いマスク。軽装で、深い緑色の外套を羽織ったその背には、美術品のような弓が装備されている。

 にこやかに佇む美麗なその青年は、ガーネットの幼なじみのフリードだった。

「やっぱりそうだ。やっほー、また会えたね!」

 屈託のない笑顔でそう言うと、フリードはひらひらと両手を振ってみせた。

「スゴい偶然ねー、この広い街でまた会えるなんて!」
「ボクは会えると思っていたけどね。やっぱり運命、かな?」

 そううそぶいて、フリードはパトロクロスに意味ありげな視線を送った。それを受け止めたパトロクロスは、淡いブルーの瞳を少しだけ険しくした。

 ルイメンという町で恋敵ライバルとしてパトロクロスに一方的に宣戦布告をしたフリードは、彼にこう明言していたのだ。

『これからは、全力で彼女の心を奪い取りに動く』

 ルイメンで交わされた二人の会話を知らないガーネットは、そんなことがあったなどとは、夢にも思わない。

「ねぇ、あんた一人なの? ばあちゃん達とはまた別行動中?」

 そう尋ねる愛しい少女に、フリードは柔らかな微笑で答えた。

「ゼン様達もこの街にいるよ。このすぐ近くの宿屋に泊まっているんだ。しばらくはそこに滞在していると思うから、良かったら今度みんなで遊びにおいでよ。ボクはおつかいついで、情報収集を兼ねてここへ来たんだ。……二人はデート?」
「実はそうなのよーっ」

 きゃっ、と頬を押さえたガーネットの隣から、パトロクロスが冷静に突っ込んだ。

「お前が私を無理矢理引きずってきたんだろう。つい先程まではアキレウス達と一緒だったじゃないか」
「今は二人っきりじゃない~」

 それを聞いていたフリードはあはは、と笑い出した。

「そうじゃないかと思ったんだ。ルイメンでのパト様の調子じゃ、有り得ないもんなぁ」
「? ルイメンでのパトロクロスがどうかしたの?」
「ん~ん、こっちの話。ところでガーネット、月の雫を買いに来たの?」

 彼女の前に陳列されている商品を見てフリードが言う。

「え? あぁ……ちょっと迷っていたんだけど、ひとつくらい買ってみようかなって思って」
「良かったら、ボクのを少し譲ろうか? この間、旅の商人を助けた時に、お礼にもらったのがあるんだ」

 思いがけないこの申し出に、ガーネットは大きな茶色ブラウンの瞳を輝かせた。

「ホント!? いいの!?」
「うん、いいよ。ボクにはあんまり用がないし、他ならぬガーネットの為だもん。宿に置いてあるから、後で取りにおいでよ」

 そう言って、フリードは声をひそめた。

「ボクが届けてあげられればいいんだけど、君達は王宮にいるんだろ? 一般人が気軽に立ち寄れるようなトコじゃないから……さ」
「譲ってもらえるんだもの、もちろんあたしが取りに行くわ。あー……でも、今日はちょっと都合が悪いの。明日でもいい?」
「いいよ。昼? 夜?」
「パトロクロス、明日のお昼、ちょっと抜け出してもいい?」

 ガーネットにそう了解を求められたパトロクロスは、一瞬考えたのちに了承した。

 夜であればパーティーのリーダーとして責任上止めねば、と思ったが、昼間で、彼女の祖母も宿泊しているところへアイテムをもらいに行く……ということであれば、止める理由はなかった。

 ましてや相手は彼女の幼なじみで、彼女も、彼女の祖母も全幅の信頼を置いている人物である。

 この一見優男風の幼なじみが実は羊の皮をかぶった狼であることをパトロクロスは知っていたが、当のガーネットは全く気が付いていなかった。

「お許しが出て良かった。ねぇ、どうせなら一緒にお昼食べようよ」

 狼からの誘いに、そうとは知らない子羊はひとつ返事で頷いた。

「そうね、いいわよ」
「へへー、やった! じゃあ明日の昼に。宿の場所はねー……」

 約束を交わす二人の様子を見守っていたパトロクロスは、何とは無しにざわめく胸の内を覚え、それを無視するようにそっと視線を逸らした。

 そんな彼の様子に目ざとく気が付いたフリードが、挑発めいた言動を取る。

「パト様ってさー、いっつもクールだよねー。涼しげな顔しているっていうか……感情を表に出すコトって、あるの?」
「……人間だぞ。あるに決まっているだろう」

 冷静にそう返すと、フリードは茶化すような口調で言った。

「何かさーあ、想像つかないんだもん。そんなパト様」
「そんなことないわよ。パトロクロスって表情豊かよ、あたしの前では。ねー? パトロクロス」
「それはどうかと思うが……」

 甘えた声ですり寄ってくるガーネットを牽制しつつそう答えると、端麗な面立ちの下に悪意をはびこらせたフリードは、それを優美な笑顔で押し隠し、行動に移した。

「へぇー、そうなんだ? じゃあ、ボクにまだ見せてくれていないだけなのかな? そういうコト言われちゃうと、是が非でも見てみたくなっちゃうよねー……えいっ!」

 言うなり、ぎゅうっとガーネットを抱き寄せて、彼女の頬に口付けた。

 (な゛っ……!)

 突然のフリードの行動に、パトロクロスはぎょっとした。

 かろうじて動揺しかける自分を抑えた彼は、そんな自身に驚きを禁じえなかったのだが、しかし、その口を突いて出たのは、抑揚のない平坦な声だった。

「……何をしているんだ、フリード」

 王族として幼い頃から身に付けてきた処世術がこんなところでも役に立った。

 意識すれば、表情も声も、感情から切り離して造ることが出来る。

 内心の動揺をおくびにも出さず、はたから見れば呆れたようなパトロクロスの態度に、フリードは楽しそうな声を上げた。

「ほーら、クールな反応だ~」

 そんな幼なじみを、ガーネットがガンッと殴りつける。

「ちょっといきなり何すんのよ、パトロクロスにバカだって思われるでしょ! ったくもぉ……この調子であっちこっちで女の子に抱きつきまくっているんじゃないでしょうね!?」
「ヒドい誤解だよ~、抱きつく女の子はちゃんと選んでいるって。ガーネット以外のには、もう抱きつかないよ」
「あたしにも抱きつかないの! いつまでも子供じゃないんだから」
「えぇ~っ」
「“えぇ~っ”じゃないっ!」
「無理だよー、ガーネットのこと好きだもん。パト様、助けて~」

 パトロクロスは頭痛を覚えつつ、騒ぐ二人を店の外まで引っ張り出した。

「全くお前達は……完全に店の迷惑になっていたぞ」
「ほらー、あんたのせいであたしまで怒られちゃったじゃない」

 仏頂面になるガーネットに、フリードは悪びれる様子もなく形だけの謝罪を口にした。

「ごめんごめん。表情豊かなパト様を見てみたくって、つい。……でも楽しかったし、いいよね」
「あんたねー」
「あ、ボクおつかいの途中だったんだ。ちゃんと用を足して帰らないとゼン様に怒られちゃう」

 フリードは思い出したかのようにそう言うと、ひらりと身をひるがえした。

「ということで、パト様またね。今度は違う表情も見れると嬉しいな! ガーネットはまた明日! じゃあねぇ~っ」

 そう言い残してさっさと店の中へ戻ってしまった美麗な青年を見やり、ガーネットは腰に手を当て、憤然と溜め息をもらした。

「まったくもぉ、アイツは~っ」
「相変わらず飄々ひょうひょうとしているな、お前の幼なじみは」
「悪いヤツじゃないんだけどねー、困っちゃうわ。パトロクロス、だいぶ気に入られちゃったみたいね」
「……は?」

 パトロクロスは自分の耳を疑った。

 誰が、誰に、気に入られている?

「フリードのクセなのよ、気に入った人にちょっかい出すの。やたら絡んでいたでしょー?」
「…………」

 大きな誤解なのだが、パトロクロスはあえて否定も肯定もしなかった。

 気の毒なことに、フリードはどうやらガーネットの中では男性という分類から根本的に外されてしまっているらしい。

「……明日はあまり遅くならないようにな」

 王宮への帰途につきながらそれだけを言うと、ガーネットはひしっとパトロクロスの腕にしがみついてきた。

「もちろんよー、心配しないで。なるべく早くパトロクロスの元へ戻ってくるわ」
「コッ、コラッ!」
「テレないテレない」

 頬をすり寄せてくるガーネットの行動に、パトロクロスは真っ赤になった。

「離れんかっっ」

 毎度のことなのだが、フリードの毒気に当てられたのか、いつもよりも彼女のことを意識してしまっている自分がいる。

「やたらと抱きついてくるんじゃないっ! お前とフリードは兄妹かっっ! 行動パターンが全く一緒だぞ!」

 無理矢理引き剥がしながらそう言うと、ガーネットは憮然とした面持ちになった。

「えーっ、あたしの純粋な乙女心と、あの年中発情男とを一緒にしないでよ」
「私から言わせれば、どちらも似たようなモノだ」

 それを聞いたガーネットは、きらーんと目を輝かせた。

「パトロクロス、もしかして―――妬いているの!?」
「は?」

 思わず間抜けな返事を返してしまったパトロクロスに、満面の笑みを浮かべ、ガーネットが勢いよく抱きつく!

「嬉しいっ!!」
「な゛っ……ちょ、待てっ……! どうしてそうなる!?」

 あせって振り払おうとした掌に、ふわりと柔らかなものが触れた。

「!!!」

 それを確認したパトロクロスは、卒倒しそうになった。

 ガーネットの肩を押すつもりが、彼女の胸に思いきり触れてしまっていたのだ。

「すっ……すまないっ!!」

 これ以上赤くなれないほど赤くなって、パトロクロスは大慌てでガーネットから手を離した。

「いやーん、パトロクロスったら」

 頬を染め、おどけた調子で、ガーネットが胸を両手で押さえる。

「ほっ、本当にすまない。わざとでは……」

 しどろもどろになるパトロクロスに、ガーネットは冗談ぽく片目をつぶってみせた。

「分かってるわよー。それに、わざとだったとしても、平気。前から言っているでしょー、パトロクロスならドコ触ってもOKって」
「な……ッ……」

 ガーネットの胸を触りたてのパトロクロスに、この言葉は刺激が強すぎた。

「きゃーっ、パトロクロス!?」

 今度こそ本当に卒倒してしまった彼にとって不幸中の幸いだったのは、これがブルーセカンズから離れたところ―――フリードの耳にはかろうじて届かないところで起きた出来事だったということだった―――。







 ほうほうのていで帰ってきたパトロクロスとガーネットからその話を聞いて、あたしとアキレウスは大爆笑。

 噂を聞いて駆けつけてきたレイドリック王も、事の真相を知って失笑した。

「相変わらずだな、其方そなたは。王子が著しく衰弱した様子で戻ってきたという報告を受けた時は、何事かと思ったが―――いつもの病で何よりだ」
「ご心配をおかけ致しまして、申し訳ありません」

 憮然とした面持ちで礼を取るパトロクロス。

「レイドリック王は、ご存知なんですね」

 確認する口調であたしが尋ねると、彼はにこやかな表情で頷いた。

「他国の王族で彼の病を知っているのは、おそらく私だけではないかな? なぁ、パトロクロス王子」
「他言無用に願いますよ」

 溜め息混じりに額を押さえるパトロクロス。

「無論だ。其方に恋心を抱く、各国の乙女達の夢は守ってやらねばな」

 レイドリック王のこの発言には、背後に控えていたエレーンとオルティスも笑いをかみ殺すのに苦労した様子だった。

「私のことより、レイドリック王はどうなのですか。各国の乙女達の求愛を、未だに拒み続けていらっしゃる」

 パトロクロスのこの切り返しに、レイドリック王は苦笑した。

「これは痛いところを突かれた。少々からかいが過ぎたか」

 レイドリック王は現在28歳。現国王の中では一番若く、唯一の独身王でもあるんだそうだ。

 即位したのは十年前、弱冠18歳の時だったらしいけど、どうして今まで結婚しなかったのかな。パトロクロスのあの口ぶりだと、縁談の話なんかもたくさんあったみたいだけど……。

 あたし達のそんな空気を察したのか、レイドリック王はあたし達を見回し、ゆっくりと口を開いた。

「パトロクロス王子ほどではないのだが、私にも女性恐怖症的な面があってな……」

 ええっ!? そうなの!?

「私は別に女性恐怖症では―――」

 訂正にかかるパトロクロスの肩に手を置き、レイドリック王は笑った。

「はは、怒るな。冗談だ」

 な、何だ。冗談か。

「ヤラれたー、一瞬本気にしちゃったわ。まさかそういう冗談を国王様が仰るとは」

 してやられた、と天を仰ぐガーネット。

 その時になって、あたしはやっぱりアキレウスの様子がおかしいことに気が付いた。

 彼は、レイドリック王達が部屋に現れてから、ひと言も口を利いていなかった。

 普段なら、さっきの場面で何かしらの茶々を入れそうなものなのに。

 ―――昨日感じたあの違和感は、やっぱり気のせいじゃなかったんだ。

 それを確信して、あたしはアキレウスとレイドリック王とを見つめた。

 いったい何なの……?

「女性恐怖症というのは冗談だが、女性には男を狂わせる魔力のようなものがある。それは時に、怖ろしい力にもなるものだ。事実、女性が火種となった争いは歴史上、幾多も見受けられる……それは我がドヴァーフにしても、例外ではない」

 レイドリック王の灰色グレイの瞳に一瞬、深い翳りの色が浮かんで消えた。

「王妃となる者には、強大な権力が与えられる。そしてその称号と引き換えに多大な責務が課せられることになる。王妃に求められるのは、聡明、気品、博愛―――そして何よりも、精神的な強さだ。己が立場をわきまえ、自らを律し、時には主たる王をも律する度量―――-私は王妃となる者に、多くのものを望み、それを強いるだろう。それゆえに、ためらいを覚えるのだ。その結果が、今のこの状態なのだよ」

 そう言って睫毛を伏せたレイドリック王は、軽く唇の端を持ち上げた。

「……と言うと聞こえはいいが、実際は即位してからこの十年、日々の業務に忙殺されてな。気が付いたらこの歳になっていた、というのが実状だ」

 冗談めかした感じの言い方だったけど、これは多分、彼の本音だったんじゃないのかな。

 アルベルトとはお母さんが違うっていう話だし、もしかしたら前王の時代に、何かがあったのかもしれない。

 自分が迎える伴侶によって、国の未来が良くも悪くも変わってくる―――国王としての責務と、それ故に厳しくなる選定眼。そして、相手の女性が背負うことになる重荷を憂えての苦悩。

「とはいえ、最近は宰相を始め古参の臣下達が、早く身を固めろとうるさくてな……。まぁ私の歳も歳だ。彼奴きゃつらの心配も分かる。伴侶をめとり、子を成すのも王の務め。今回の件が片付いたら、真剣に考えようと思っている」

 突然の主君のこの発言に、エレーンとオルティスが驚きの表情を浮かべた。

「陛下……」
「そのような話は、聞き及んでおりませんが」
「当たり前だ。今初めて口にした。ずっと考えてはいたのだ」

 しれっとしたその物言いに、二人は今度こそ目を見開いた。綺麗に声がハモる。

「へ、陛下……! 誠に!?」
「他の者には絶対にまだ言うな。騒ぎが大きくなる」

 しっ、と人差し指を唇に当てて、レイドリック王はあたし達にそう口止めした。

「いやしかし、驚きましたが少し安心致しました。暗黒の王子とやらを打ち破った暁には、これで我が国は安泰ですね」

 興奮を抑えきれぬ面持ちでオルティスがそう言うと、当のレイドリック王は少し難しい顔をした。

「安泰かどうかはまだ分からぬぞ。相手に断られるという可能性もあるからな」

 この答えには、オルティスはおろか、あたし達も目を丸くした。

 ―――と、いうことは、だよ……。

「陛下……もしや、もう御心に決められたお方が……?」

 恐る恐る、といった様子でエレーンが尋ねると、レイドリック王は真面目くさった顔で頷いた。

「うむ……まぁ……な」

 やっぱり!!

「ど……どなたですか!? 他国の皇族の姫君!? それとも……!?」

 勢いこむオルティスを面倒くさそうに手で遮り、レイドリック王は言った。

「まだ先の話だ、と言っているだろう。それまでは秘密だ。……全く、お前達に話をしただけでもこの有り様だ。宰相達に話をした時のことを考えると、頭が痛い」
「それだけ我々がこの話を待ち望んでいたということですよ。なぁ、エレーン」
「え……えぇ」

 オルティスに同意を求められ、ぎこちなくエレーンが頷く。

 その様子を見ていたパトロクロスが、軽く吹き出した。

「ちょっとした自分の未来を垣間見たような気がしますよ。……しかし、ドヴァーフのレイドリック王の求婚を断られる方など、よほどのことがない限りはおられないでしょう。その幸運な女性のお名前を後日聞かせていただけるのを、楽しみにしていますよ」

 パトロクロスのその言葉にあたしもガーネットも同感して頷いた。

 うん、普通に考えたら、まず断る人はいないよ。レイドリック王、素敵だもん。

 それを聞いたレイドリック王はふっと頬を緩めた。

「だと、良いのだがな。……その為にも、其方達には頑張ってもらわねば。邪魔をした……まぁゆっくりと身体を休めてくれ」

 そう言い置いて白い法衣を翻した彼は、部屋を出る手前でピタリと足を止めた。

 ……?

 不思議に思って見守るあたし達の前で、レイドリック王はドアの近くに立っていたアキレウスを振り返り、穏やかな声で話しかけた。

「其方はいつも、何とも言えぬ眼で私をにらんでいるな」
「え……」

 突然のことにとっさに反応できないアキレウスに向かって、レイドリック王は意味深な言葉を口にした。



「あの時の約束は、有効だぞ」



「……!? 何のこと―――」

 目を見開くアキレウスにそれだけを告げると、レイドリック王はドアの向こうに消えていった。まるで何事もなかったかのように、エレーンとオルティスがその後に続く。

「ちょっ……!」

 手を伸ばしかけたアキレウスの目前で、重厚な造りのそれは静かに閉ざされた。

 行き場を失った指を握りしめ、茫然とアキレウスが呟く。

「……何のことだ……!?」

 立ち尽くすアキレウスの背に、パトロクロスが声をかけた。

「アキレウス……お前、以前レイドリック王にお会いしたことがあるのか?」

 その問いかけに、彼はあいまいに頷いた。

「あ、あぁ……ガキの頃に、一度だけ」
「そうなの? どうして黙っていたのよー」
「話すほどのことでもないと思っていたからだよ。まさか向こうが覚えているとは思わなかったし―――」

 そう答えるアキレウスに、迷ったけど、あたしは思い切って尋ねた。

「ねぇ、『約束』って……?」
「さぁな、オレにもサッパリ……。何なんだ、いったい……」

 そう言って、彼はくしゃっと前髪を握りしめた。思いがけないレイドリック王の発言にあたし達も驚いたけど、どうやら当のアキレウスが一番戸惑っているみたい。

「そんな覚え……だいたい、十年も昔の話だぞ……!? くそっ、分かんねぇ……」

 十年前?

 じゃあ……レイドリック王が即位して間もない頃?

「そんなに昔の話なのか? レイドリック王が覚えておられるくらいだから、相当重要な話なんじゃないのか?」
「……国王と、元騎士団長の息子だぞ? どんな重要な約束を交わすってんだよ。ほとんど接点もないのに……」
「それにしても意味深な発言だったわねー。本当に覚えがないの?」
「あぁ……」

 それっきり、アキレウスは沈黙した。

 パトロクロスとガーネットも察するものがあったのか、それ以上は追求しなかった。

 もしかしたら……ううん、多分……きっと。

 騎士団長だったお父さんに関わること……なんじゃないのかな。

 それ以外に接点はないと思うし―――。

 十年前、どういった経緯いきさつで二人は対面し、そこで何があったんだろう。二人の間にある、あの張り詰めた雰囲気は、それが原因なんだろうか。

 レイドリック王の言う『約束』は、いったい何を意味しているんだろう……。

 湧き上がる疑問の波に飲みこまれながら、あたしはただ、沈黙するアキレウスの姿を見つめることしか出来なかった。 
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