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幕間Ⅱ~鋼の騎士~
王都炎上
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王城の西塔の屋根の上に立ち夜の王都を眺めていたシェイドは、銀に近い灰色の髪を夜風に遊ばせながら、その灰色の瞳をわずかに細めた。
地上の喧騒が、ひどく遠くに感じられる。
今の彼は全てのしがらみから解放され、その心は羽のように軽く、どこまでも自由だった。
これまでの自分は、何と多くのものに縛られていたことだろう。
箱庭の如き小さな世界で、くだらない概念や精神論に囚われて、どれだけ自分を押し殺し、窮屈な日常を送ってきたことか―――。
そんな過去を思い、形の良い薄い唇から酷薄な笑みが漏れる。
あれほどためらいを覚えたはずの『真実の眼』との融合が、こんなにも新しい世界を目の前に広げてくれることになるとは思わなかった。
躊躇することのない世界。
どこまでも、己の為に広がっている世界。
何という清々しい気分なのだろう。今となっては、あれほどためらいを覚えていた自分の方が不思議に思える。
シェイドの中に溶け込んだ古の宝玉は、彼の心をあますところなく、彼自身に伝えてきた。
その心の赴くままに、シェイドは動き出す。純粋で残酷な、幼子のように。
彼の求める、この世でただ一輪の至高の“花”を目指して―――。
ペーレウスを送り出したテティスは、何があってもすぐ動けるようにと荷物の整理を始めていた。
「ねーお母さん、どうして急に旅行の準備なんて始めたのさ」
母親に言われるまま自分の荷物をまとめ終わったアキレウスが、訝しげに問いかける。
「言ったでしょう、お父さんの今のお仕事が片付いたら家族で旅行に出掛けることにしたのよ」
「でもさー、今準備を始めることないじゃん。お父さん、しばらく休めないって言ってたよ」
「お母さん、久し振りの旅行がすごく楽しみなの。だから早く準備してしまいたいのよ。……もう遅いから、先に寝なさい」
「そう言われてもさ……これだけバタバタされたら寝れないよ」
アキレウスが口を尖らせた時だった。
玄関から鋼鉄製のノッカーを叩く音が聞こえてきた。ハッと顔を上げたテティスの視線の先で、それに反応したアキレウスが立ち上がった。
「あれ? こんな時間にお客さん? 誰だろう」
「……! アキレウス、待ちなさい」
テティスが止めるより一拍早く、アキレウスは玄関へと駆け出してしまった。
「アキレウス……!」
「お母さんはそこにいて! 怪しいヤツだと困るから!」
ペーレウスから留守を託されたアキレウスは、子供心に自分が家を守るのだと張り切っていた。テティスが慌てて後を追うが、俊足の息子に追いつけない。
玄関が見える位置にテティスがたどり着いた時、アキレウスは既に玄関の錠を外し、薄くドアを開けて外を見ているところだった。
「あっ! シェイドおじさん!」
発せられた息子の声で来訪者の正体を知ったテティスは、ホッとすると同時に胸騒ぎを覚えた。
国王に拘束されていたはずのシェイドがここへ現れたということは、王城で何か大きな動きがあったに違いない。まさか、夫の身に何か起こったのだろうか。
「久し振りだね! でもこんな時間にどうしたの?」
疑いなくシェイドを家の中へと招き入れながら、アキレウスが不思議そうに話しかける。ずいぶんとやつれ、薄汚れたシェイドの姿を見て、テティスは胸が痛くなるのを覚えた。彼が長時間苛酷な状況に置かれていたのだということが傍目にも見て取れた。
「シェイド、良かった……心配していたのよ」
労りの言葉をかけながら歩み寄るテティスに、シェイドがゆっくりと視線を向けた。その瞳を見た瞬間―――テティスは凍りついたように動きを止め、息を飲んで、目の前の男を凝視した。
目の前にいる男は、彼女の知っているシェイドではなかった。
あろうことか―――覚えのある不浄なオーラが、不吉な旋律を伴って彼の周囲を取り巻いている。
忘れもしない。
特務神官として王城に勤めていた約十年間、彼女が毎日のように接し、感じていたオーラ。
―――まさか。
テティスは色を失くし、信じられない思いで目の前の友人に呼びかけた。
「シェイド、貴方……“それ”を、どうしたの……?」
シェイドは答えない。
母親と客人との間にただならない空気を感じたアキレウスは困惑したように両者を見やっていたが、シェイドの長衣に血が付いているのを見つけ、驚きの声を上げた。
「あっ! おじさん、服に血が付いている。ケガしてるんじゃない? あっ、ここ? 手にも血が付いてるよ」
「―――アキレウス、こっちへ来なさい……」
テティスが押し殺した低い声を放った。
「お母さん、おじさんケガして……」
「こっちへ来なさい、早く……!」
いつも穏やかな母親の見たこともない緊迫した様子に、アキレウスは驚いて翠緑玉色の双眸を瞠った。
その彼の肩に大きな手が置かれ、後ろへと引き寄せる。背中をシェイドにもたれかけさせる格好になったアキレウスが見上げた先にあったのは、青ざめた母親の顔とは実に対照的な、冷たいほどに整った男の顔だった。
「その子を離して……」
震える声でテティスが訴える。
「テティス」
その時、シェイドの口から初めて声が発せられた。
彼女の耳に慣れ親しんだ、いつもと変わらない、落ち着いた良く通る友人の声。けれど、そこにこもる響きは言い知れない冷たさを伴っていた。
「私と共に来い―――静かな地で、私と共に暮らそう」
その内容にテティスは耳を疑った。
「何を言っているの……!?」
「ここを離れ、私と共に来るんだ」
「シェイド、貴方いったいどうしてしまったの? 王城でいったい何が!? どうして貴方から『真実の眼』のオーラを感じるの!?」
困惑しながら問い質すテティスに、シェイドは抑揚のない声で告げた。
「真実の眼の力を私の中に取り込んだ……詳しい話が聞きたいのなら、後でゆっくりと説明しよう。さぁ……来るんだ」
ゆっくりと差し出しされたシェイドの手をテティスは拒絶した。
「真実の眼を取り込んだ……!? どうして、そんな危険なことを! いえ、それ以前にどうやって真実の眼を!? あれを取り巻く結界は王族にしか解除出来ないはず……!」
言いながら、差し出されたままのシェイドの腕にテティスの瞳が止まる。乾いた血で赤黒く染まった、彼の右腕に。
アキレウスの肩に置かれたその左腕も、同様に変色していた。
テティスの覚えた恐ろしい疑念を肯定するように、シェイドはうっすらと笑った。見る者に畏怖を抱かせる微笑だった。
テティスが震える唇を開くより先に、差し出されたシェイドの右腕が真横に翻された。刹那、圧縮された魔力がその掌から放出され、轟音と共に家屋を破壊した!
「!!!」
突然の、そしてあまりの暴挙に、テティスが言葉を失う。だが、その手荒な行為に敢然と歯向かった者がいた。アキレウスだ。
「何すんだよ、おじさんッ……! お父さんとお母さんの友達じゃなかったのかよッ!」
純粋な怒りと裏切られた悲しみを表情に滲ませ、力いっぱい掴みかかる少年の細首を、シェイドは容赦のない力で押さえつけ、左腕一本で持ち上げた。
「っ、がっ……!」
きつく目を閉じ、苦悶に顔を歪めるアキレウスの足が宙に浮く。
「アキレウスッ! やめてぇーッ!!」
テティスが悲鳴に近い声を放ち、息子の首を締め上げるシェイドの腕にすがりつく。
「やめてシェイド、アキレウスを離してッ! この子には手を出さないでッ!!」
シェイドは瞳だけを動かしてそんなテティスを見やると、不意にアキレウスを手離した。
「! アキレウス! 大丈夫!?」
床に崩れ落ち、激しく咳き込む我が子を心配して覗き込むテティスの腕を取り、シェイドは強引に彼女を引き寄せた。
「―――どうしてこんなッ……!」
激しい感情に彩られ、炎のように燃え立ち、煌く翠緑玉色の瞳。涙で歪むこんな表情でさえも、この上なく罪深いほどに、彼女は美しい。
シェイドは抵抗するテティスを力づくで腕の中に閉じ込め、月光を紡いだような長い髪に頬を寄せ、その耳元で囁いた。
「―――貴女が欲しい」
「……!」
衝撃的な告白に、テティスが一瞬呼吸を止める。だが、彼女はどうにかシェイドの腕の中から逃れようと、彼の胸を必死に突っぱねた。
「わたしはペーレウスの妻よ……!」
「知っている」
「わたしは、ペーレウスを愛している!!」
「……知っている」
顔を背けるテティスの顎を捉え、無理矢理その面を上向かせて、シェイドは言った。
「私は、貴女を愛している」
冷たい輝きを放つ灰色の瞳が、狂おしいほどの情念を帯びる。それはシェイドの心を埋め尽くす、真実の愛。ずっと心の奥底に閉じ込めてきた、親友の妻に対する、許されない慕情―――。
涙に濡れた瞳を見開くテティスの唇をシェイドは奪った。同時にテティスの平手が飛んできて、シェイドの頬を打ち据えた。
「―――シェイド、しっかりして! 真実の眼に取り込まれてはいけない! こんなことをしても貴方が傷付くだけよ!! 貴方らしくもない、目を覚まして!!」
切れた唇の血を無言で拭うシェイドに、横合いからもうひとつ鋭い声が飛んだ。
「お母さんから離れろッ!」
いつの間にか稽古用の木剣を手にしたアキレウスが、息も荒くシェイドをにらみ据えていた。
「何だよ……何でこんなこと、するんだよ……いい人だと思ってたのにっ……!」
肩を震わせ、懸命に嗚咽を堪えながら、アキレウスは母親を守ろうと、圧倒的な強さを誇る相手に必死で立ち向かった。
「くそっ、バカヤローッ!!」
木剣を構え、大声で叫びながら全力で駆け込んでくる少年に、シェイドは非情な力を放った。
「うあぁッ!」
圧縮された魔力の洗礼を受け、弾き飛ばされたアキレウスがもんどりうって床に転がり、動かなくなる。カラン、と虚しい音を立てて、木剣が持ち主から離れたところに転がった。
「アキレウスッ!!」
蒼白になったテティスが息子のもとに駆け寄ろうとするが、シェイドはそれを許さない。
「―――離して! アキレウス……アキレウスッ!!」
狂ったようにもがくテティスを押さえながらシェイドは言った。
「加減はした。気絶しているだけだ」
「……! 加減ですって……!? あんな小さい子を気絶させておいて、何を……! あの子を傷付ける者は許さない!」
全身の毛を逆立てんばかりの怒りを露わにしたテティスは、自らを拘束する男に向かい息巻いて叫んだ。
「本気でわたし達家族を引き裂こうとするなら、わたしは全力で貴方に抗う! 元特務神官をなめないで!!」
「―――今の貴女に、それは無理だ」
シェイドは淡々とそう告げた。
「『月光花』と呼ばれ、比類なき力を振るっていたあの頃ならいざ知らず―――白魔法を扱えるただの女になってしまった今の貴女には、どうすることも出来ない」
「―――!?」
「私には“真実”が見える」
粛々とそう述べて、シェイドは射抜くようにテティスを見据えた。
「自分が一番良く分かっているはずだ―――テティス。アキレウスを産んでから、大いなる力を失ってしまった己の現状をな」
「……!」
テティスは血の気を失った表情できつく唇を結び、返す言葉なくシェイドをにらみつけた。それが答えだった。
「それが何故なのか、理由は貴女自身にも分かるまい。だが、私には見える……『旧暦』と呼ばれる時代から、永き時を経て脈々と受け継がれてきた、宿命に彩られし血縁―――大いなる力は次の世代へと受け継がれ、貴女はその力を失った」
「……!?」
全てを見通すシェイドの瞳は、テティスを通してどこか遠いところを見つめていた。
何かひどく重大なことが語られているとテティスは本能的に悟ったが、今の彼女にはそれよりも我が子の安否を確認することの方が重要だった。
テティスは全力でシェイドの腕を振りほどくと気絶したアキレウスのもとへ駆け寄り、その身体を抱き起こした。
「アキレウス! アキレウス……大丈夫!?」
「……お母、さん……」
母親の腕の中で一瞬だけ意識を取り戻したアキレウスは、安心させるように微笑んだテティスの顔を見てホッとしたのか、そのまま再び意識を手放した。
その様子を冷然と見つめていたシェイドは、わずらわしい気配が邸宅の周囲を取り巻き始めたのを感じ、低い声で呪文を唱えた。
「“紅蓮牙龍焦滅”」
身の毛がよだつような魔力の波動を感じ、テティスが背後を振り返る。その眼前でシェイドの両の掌から放たれた巨大な紅蓮の竜が唸りを上げて玄関を突き破り、木片を振り撒きながら炎の弧を描いて、夜の闇へ吸い込まれるように消えていく。一瞬の静寂の後、耳をつんざくような爆音と共に高温の火柱が吹き上がり、絹を裂くような人々の絶叫が辺りにこだました。
テティスはアキレウスを抱きかばいながら、声にならない悲鳴を上げた。
騒ぎを聞きつけ、邸宅の周りに集まり始めていた人々を、炎の竜が飲み込んだのだ。
一瞬にして夜の闇は燃え盛る炎の色へと転じ、陰惨な光景を映し出した。
「な……何てこと、を……!」
茫然とするテティスの前で、この惨劇を生み出した男は顔色ひとつ変えずに恐ろしい言葉を紡ぎだす。
「うっとうしい有象無象でも、貴女の心を動かす材料にはなりえるか……さぁテティス、私のもとへ来い。それとも、これではまだ足りないか?」
シェイドの掌に再び紅蓮の竜が生み出された。テティスが止める間もなく、炎の竜は邸宅の屋根を突き破り、王都の夜空へと飛んでいく。ほどなくしてどこかで爆音が上がり、その凄まじさを物語る振動が伝わってきた。
「や……やめて……」
色を失くし懇願するテティスの前に、更なる紅蓮の竜が出現する。
「お願いもうやめて、シェイド……!」
テティスの訴えも虚しく、炎の竜は灼熱の風を纏い、シェイドの腕から三度飛び立つ。赤々と燃え立つ炎を翠緑玉色の瞳に映したテティスは、無力感と絶望感とに苛まれながら、心の中で夫の名を叫んだ。
―――ペーレウス……!
どうすればいい。
これでは、王都全体の人間が人質だ。迷っているこの瞬間も、自分ひとりの為に大勢の罪もない人々が死んでいく。
そしてこの一方的な虐殺は、自分がその身を差し出すまで止まりはしない。
テティスは腕の中の大切な我が子の顔を見つめた。
このままでは、この子の生命にも危険が及ぶ。
―――アキレウス……。
追い詰められたテティスに、選択肢はなかった。
「シェイド」
強張る喉を張り、毅然とした面を上げ、テティスはシェイドに自らの意思を伝えた。
「貴方と一緒に、行くわ」
炎を背負って佇む男は、秀麗な面差しを親友の妻へと向け、その真意を問うように麗しい瞳を捉えた。その視線を受け、テティスは自らの望み―――譲れない条件を提示した。
「その代わり、約束して。アキレウスの安全を確保すると。この子には決して手を出さないと。そして、これ以上の無益な血は流さないと!」
テティスの表情は揺るぎない決意を湛え、ここから一歩も譲らないという気迫に満ちていた。そんな彼女を静かに見やり、シェイドは告げた。
「私にはその要求を飲む義理はない。……しかし、他ならぬ貴女の頼みだ。聞き入れよう。ただし、それに伴う対価はもらう」
「対価……?」
不穏な響きにテティスが眉をひそめる。
「アキレウスは貴女とペーレウスの息子だ……今はまだ子供だが、恐ろしい伸びしろを持つ。生き延びて成長し父親のような存在となれば、必ずや母親を奪い返しに私の目の前に現れるだろう。みすみす将来の強敵を野に放つことは出来ない……煩わしい争いを避ける為にも、アキレウスの中から貴女の記憶を消させてもらう」
あまりの内容にテティスは全身を大きく震わせた。
「……! わたしの……記憶を……!?」
「それが、貴女の条件を飲む対価だ」
突きつけられた残酷な要求に、テティスの心は張り裂けそうになった。
この子が、わたしのことを忘れてしまう。
育んだ愛情を、共に過ごしてきた日々を、いくつもの思い出を……わたしという、存在そのものを忘れてしまう。
瞳を揺らすテティスの横顔を、オレンジ色の炎が映し出す。
家族の思い出が詰まった大切な家は目の前の男によって無残に破壊され、火炎竜が通り抜けたそこかしこから徐々に上がり始めた火の手が、次第に燃え広がり家屋を包み始めていた。崩れた壁の向こうに広がって見えるのは、夜の街並を染め上げる炎の海だった。
テティスは気を失った息子の頬をそっとなで、小さな身体を包み込むようにして抱きしめた。
―――母親として、今のわたしが為すべきことは。
テティスの瞳から溢れた涙が幾筋も頬を伝って、息子の衣服を濡らしていく。
―――この子の命を、守ること。
祈るようにアキレウスの額に口付けて、テティスはそっと息子の身体を床に横たえた。
―――ペーレウス……アキレウス……。ごめんなさい。
無力なわたしを、どうか許して―――。
シェイドは意識を失ったアキレウスに記憶の操作を行い、幼い身体に受け継がれた大いなる力に密かに封印を施した。
そして、炎に巻かれて命を落とすことがないように、その周辺を結界で包み込む。
テティスは涙を流しながら無言でその光景を見守っていた。
「さぁ―――行こうか」
作業を終えたシェイドに促されて、後ろ髪を引かれる思いで、テティスがゆっくりと歩き出す。
彼女を先に歩かせながら、シェイドは炎に飲み込まれようとする屋内に取り残された少年を一度だけ振り返った。
すると何かに導かれるようにして、気を失っていたアキレウスの瞼が震え、ゆっくりと開かれた。
吹き荒ぶ炎の中、二人は一瞬だけ視線を交え、やがてシェイドは何事もなかったかのように淡い緑色の長衣の裾を翻すと、アキレウスに背を向けて勢いを増す炎の向こうへと消えていった。
燃え盛る炎の壁が、両者を分かつ。
無慈悲な輝きを宿した灰色の瞳と、全てを染め上げる炎の色―――朦朧とした意識の中にその記憶を刻みながら、アキレウスはしばらく夢と現実との狭間を漂った。
そんな彼の脳裏に、ぼんやりと父親の声が甦ってくる。
『アキレウス。父さんが帰ってくるまで、……のことを頼んだぞ。お前は男なんだから、……のことを守ってやらないとな』
アキレウスは遠ざかりかける意識の中でその声をおぼろげになぞった。
―――そうだ。お父さんが帰ってくるまで、オレが、……を守らないと……。
その思いが彼を突き動かした。よろめきながら、ほとんど無意識のうちにアキレウスは立ち上がった。
周囲は既に紅蓮の炎に包まれている。
足元がふわふわと浮いているかのようなまるで現実感のない現実の中を、結界に護られたアキレウスは火傷ひとつ負うことなく進んでいった。
やがてその足はある場所で止まる。そこにあったのは、壁に立て掛けられたひと振りの大剣。父親が大切にしている、兄弟剣の片割れだった。
―――オレが守らないといけないのは……コイツ、だったっけ……? あぁ……違う……家、か……?
今にも炎に飲み込まれようとしていたそれを壁から外し、腕の中に抱え込むようにすると、アキレウスは力尽きたようにその場に膝を折った。
「お父さん……」
呟いて床に倒れこみ、崩れ落ちた天井を仰いだ瞳に、炎で赤く染め上げられた夜空が映る。アキレウスはその空に、翼を広げて浮かび上がる巨大な白竜の影を見たような気がした。
そしてそのまま吸い込まれるようにして意識を失った少年の腕の中で、ヴァースが微かに唸り、何かを訴えるかのような光を放った。
背中のウラノスが唸るような振動を帯びたことにペーレウスは気が付いた。
こんなことは初めてだ。もしや、片割れであるヴァースに何かあったのか。ということは、まさか家の方で何かが……!?
嫌な予感に胸が急いたが、ペーレウスは今脱獄したガゼ族と共に屋上を目指して疾走している最中だった。
ガゼ族を襲った暗殺者が放った剣は、ウィルハッタの流儀のひとつに酷似していた。
間違いない、今回の件の裏でウィルハッタの放った間者達が暗躍している。彼らの目的はドヴァーフとガゼの決裂だ。そして、彼らは今回の件の全てをガゼ族達の仕業に見せかけようとしている。
それにまんまと踊らされた馬鹿な奸臣達が手柄取りに躍起になって、無実の者達を殺そうと包囲網を敷いているのだ。
見過ごすことなど、出来なかった。
家族の身を案じながらも、ペーレウスは今は己の責任を全うする為に走り続けた。
街は、紅焔の海原と化していた。
人々に今日も安らかな眠りをもたらすはずだった穏やかな夜は突如として阿鼻叫喚の火炎地獄へと転じ、灼熱の風で人々に襲いかかった。
炎に包まれ、悲鳴を上げる者。
狂ったように家族の名を叫んでいる者。
燃え盛り朽ちかける家に、必死で水をかけている者―――。
そんな惨状に背を向け、伴ったテティスと共に王都を後にしようとするシェイドの中に重々しい“声”が響いたのは、その時だった。
(―――シェイドよ)
脳裏に直接響いてくるその声の主にシェイドは心当たりがあった。
「……ロードバーンか」
魔法王国ドヴァーフの守護神たる最強の召喚獣、聖竜ロードバーン。
代々の魔導士団長に受け継がれてきたこの召喚獣を現在所有しているのはシェイドだった。
(私の使命はこのドヴァーフの守護と存続……シェイドよ、戻れ。我を行使すべき立場にあるお前が、何故にこの国の秩序を乱す)
「……そういった概念に囚われることのくだらなさにようやく気が付いた―――これからは、私は私の道を行く。王都には戻らない」
(……。惜しい男よ……それほどの魔法の才に恵まれながら、己が心の闇に屈するか)
シェイドを捉える闇の深さを察したロードバーンは、無念そうにそう述べた。
(―――ならば、今のお前と共に在るわけにはいかぬ)
「止めはしない……お前が認める次の主の下へ行くがいい」
決別の言葉を交わし、シェイドは静かに瞳を伏せた。
歩みを止めたシェイドの身体が淡い光を帯びた次の瞬間、視界を埋め尽くすほどの眩い白の閃光が宙に放たれ、漆黒の闇を切り裂くようにして、王城上空に純白の巨竜が出現した。
乖離したロードバーンには目もくれず、悲愴な面持ちでそれを見上げるテティスを促して、まるで何事もなかったかのようにシェイドは再び歩き出す。
非常事態に揺れる王城で、炎に包まれた王都で、人々は一瞬自分達の置かれた状況を忘れ、突然夜空に現れたこの国の守護神の姿に見入った。
秘宝の捜索に駆り出されていたエレーンも、多くの人々と同様に、突如夜空に出現した聖なる巨竜を見つめていた。
満月の下、翼を広げ物哀しげにひと声高く啼いたロードバーンは、仮初めの器を求め、己を受け入れるに値する資質を持った存在のもとへ急降下してきた。
エレーンは紫水晶色の瞳を見開いた。
純白の巨大なエネルギーの塊が、一瞬にして目の前に迫ってくる。
周囲の人々が悲鳴を上げて逃げ出す中、エレーンは真皓き閃光を己の肉体に受け止めた。強烈なチカラが、ロードバーンの意思が、凄まじい勢いでエレーンの中に流れ込んでくる。
あまりにも強大な、膨大な聖竜の力に翻弄され、視界が真っ白に焼け爛れる―――自らの中にロードバーンが息づくのを感じながら、エレーンはそのまま意識を闇に手放した。
ガゼ族達を無事に脱出させた直後の屋上でロードバーンの姿を目撃することになったペーレウスは、その光景に自身の目を疑った。
見渡す王都は燃え上がる業火に包まれ、夜の闇をきな臭い明りで照らし出している。家族のいる自宅の辺りにも火の手は及び、街はまさに炎の海と化していた。
―――シェイド……!? テティス、アキレウス……!
先程からの胸騒ぎは、ペーレウスの中で根拠のない確信へと変わる。
混乱する兵を掻き分け、屋上の扉の前に間抜け面で佇んでいたロイド公爵を弾き飛ばすようにして押しのけて、ペーレウスは一気に階段を駆け下り始めた。
ペーレウスが息を切らせて自宅前に駆けつけた時、家屋は既に炎に嘗め尽くされ、屋根や柱は崩れ落ち、その原形を留めていなかった。
「―――テティス! アキレウス!!」
顔色を変え、家族の名を叫びながら、ペーレウスは既に下火になった炎を縫うようにして変わり果てた家の中を歩き回った。しかし焦る心とは裏腹に、案じる家族の姿はなかなか見つからない。
と―――背中のウラノスが何かに反応を示した。
―――ヴァースに反応しているのか……!?
それに導かれるまま進んでいくと、ほどなくして床の上に倒れこんだ我が子の姿が目に飛び込んできた。
「アキレウス!」
青ざめて駆け寄ると、ヴァースを胸に抱いたままの息子はぐったりとしていたが、確かな呼吸をしていた。その周囲を取り巻くように結界が張られていて、これのおかげで小さな命が護られたのだということを知る。
だが、息子の側にいるべきはずの妻の姿はどこにも見当たらなかった。
「アキレウス……アキレウス!」
可哀相に薄汚れてしまった頬を数回叩くと、微かに翠緑玉色の瞳が開いて、ぼんやりと瞬きを繰り返した。
「アキレウス! ……分かるか?」
「……お父、さん」
「アキレウス……良かった……!」
息子の意識が戻ったことに心から安堵の息を吐くと、ペーレウスに抱きしめられたアキレウスは虚ろな瞳から涙をこぼし、しゃくりを上げた。
「お父さん、ごめん……約束したのに……家、守れなかったよ……ヴァースを守るのが……精一杯、だった……」
「何を言ってるんだ……! お前が無事なら、家なんてどうでもいい。……母さんはどうした?」
すると涙を流していた息子は父親の問いにきょとんとした面持ちになって、瞳を瞬かせた。
「お母さん……? お父さん、何言ってるの? お母さんはオレが生まれてすぐに死んだんでしょ?」
「……!?」
予期せぬ息子の返答に、ペーレウスは表情を強張らせた。
「ずっと二人で暮らしてきたじゃん。オレ、お母さんの顔も覚えてないよ」
「アキレウス―――」
ペーレウスは言葉を失った。茫然と目を見開いて、愛息の顔をまじまじと見つめる。
アキレウスはそんな父親の顔を不思議そうに見上げていた。
「アキレウス……いったい、何があったんだ?」
ペーレウスは内心の動揺を押し隠して、息子にそう尋ねた。アキレウスはそれに答えようとして口を開きかけ―――表情を曇らせる。
「……あれ? 何、だっけ……? 分かんない……気が付いたら、炎に囲まれていて……」
「……シェイドは、ここには来なかったのか?」
「シェイド……って誰だっけ……? あ……頭が、痛……頭が痛い……」
そう言うとアキレウスは苦しそうに顔を歪め、脂汗を浮かべながら頭を抱え込んでしまった。
そんな息子の様子を見たペーレウスは瞑目し、傷だらけの幼い身体を強く抱きしめた。
「―――アキレウス、もういい。とりあえずは安全な場所へ避難しよう」
「お父さん……」
緊張の糸が切れたのか、アキレウスが泣きながら父親の首にしがみついてくる。ペーレウスは傷付いた息子の身体を抱え上げ、立ち上がった。
『真実の眼』の力を取り込み、国王夫妻を始めとする城内の者達を手にかけ、姿を消したシェイド。
彼が残していった、月長石のペンダントが語る意味。
紅に染まる王都と、突如夜空に出現したロードバーン。
焼け落ちた家の中で結界に護られて助かり、何故かテティスとシェイドの記憶が消えてしまっているアキレウス―――。
―――これらのキーワードが示す、その答えは。
考えたくはない嫌な推論にたどり着き、ペーレウスは瞳を閉じ、眉根を寄せて、きつく唇を結んだ。
確かめなければならない―――どれほど辛くとも。
それが、この国の騎士団長であり、シェイドの親友でもある自分に課せられた、為さねばならない責務なのだ―――。
地上の喧騒が、ひどく遠くに感じられる。
今の彼は全てのしがらみから解放され、その心は羽のように軽く、どこまでも自由だった。
これまでの自分は、何と多くのものに縛られていたことだろう。
箱庭の如き小さな世界で、くだらない概念や精神論に囚われて、どれだけ自分を押し殺し、窮屈な日常を送ってきたことか―――。
そんな過去を思い、形の良い薄い唇から酷薄な笑みが漏れる。
あれほどためらいを覚えたはずの『真実の眼』との融合が、こんなにも新しい世界を目の前に広げてくれることになるとは思わなかった。
躊躇することのない世界。
どこまでも、己の為に広がっている世界。
何という清々しい気分なのだろう。今となっては、あれほどためらいを覚えていた自分の方が不思議に思える。
シェイドの中に溶け込んだ古の宝玉は、彼の心をあますところなく、彼自身に伝えてきた。
その心の赴くままに、シェイドは動き出す。純粋で残酷な、幼子のように。
彼の求める、この世でただ一輪の至高の“花”を目指して―――。
ペーレウスを送り出したテティスは、何があってもすぐ動けるようにと荷物の整理を始めていた。
「ねーお母さん、どうして急に旅行の準備なんて始めたのさ」
母親に言われるまま自分の荷物をまとめ終わったアキレウスが、訝しげに問いかける。
「言ったでしょう、お父さんの今のお仕事が片付いたら家族で旅行に出掛けることにしたのよ」
「でもさー、今準備を始めることないじゃん。お父さん、しばらく休めないって言ってたよ」
「お母さん、久し振りの旅行がすごく楽しみなの。だから早く準備してしまいたいのよ。……もう遅いから、先に寝なさい」
「そう言われてもさ……これだけバタバタされたら寝れないよ」
アキレウスが口を尖らせた時だった。
玄関から鋼鉄製のノッカーを叩く音が聞こえてきた。ハッと顔を上げたテティスの視線の先で、それに反応したアキレウスが立ち上がった。
「あれ? こんな時間にお客さん? 誰だろう」
「……! アキレウス、待ちなさい」
テティスが止めるより一拍早く、アキレウスは玄関へと駆け出してしまった。
「アキレウス……!」
「お母さんはそこにいて! 怪しいヤツだと困るから!」
ペーレウスから留守を託されたアキレウスは、子供心に自分が家を守るのだと張り切っていた。テティスが慌てて後を追うが、俊足の息子に追いつけない。
玄関が見える位置にテティスがたどり着いた時、アキレウスは既に玄関の錠を外し、薄くドアを開けて外を見ているところだった。
「あっ! シェイドおじさん!」
発せられた息子の声で来訪者の正体を知ったテティスは、ホッとすると同時に胸騒ぎを覚えた。
国王に拘束されていたはずのシェイドがここへ現れたということは、王城で何か大きな動きがあったに違いない。まさか、夫の身に何か起こったのだろうか。
「久し振りだね! でもこんな時間にどうしたの?」
疑いなくシェイドを家の中へと招き入れながら、アキレウスが不思議そうに話しかける。ずいぶんとやつれ、薄汚れたシェイドの姿を見て、テティスは胸が痛くなるのを覚えた。彼が長時間苛酷な状況に置かれていたのだということが傍目にも見て取れた。
「シェイド、良かった……心配していたのよ」
労りの言葉をかけながら歩み寄るテティスに、シェイドがゆっくりと視線を向けた。その瞳を見た瞬間―――テティスは凍りついたように動きを止め、息を飲んで、目の前の男を凝視した。
目の前にいる男は、彼女の知っているシェイドではなかった。
あろうことか―――覚えのある不浄なオーラが、不吉な旋律を伴って彼の周囲を取り巻いている。
忘れもしない。
特務神官として王城に勤めていた約十年間、彼女が毎日のように接し、感じていたオーラ。
―――まさか。
テティスは色を失くし、信じられない思いで目の前の友人に呼びかけた。
「シェイド、貴方……“それ”を、どうしたの……?」
シェイドは答えない。
母親と客人との間にただならない空気を感じたアキレウスは困惑したように両者を見やっていたが、シェイドの長衣に血が付いているのを見つけ、驚きの声を上げた。
「あっ! おじさん、服に血が付いている。ケガしてるんじゃない? あっ、ここ? 手にも血が付いてるよ」
「―――アキレウス、こっちへ来なさい……」
テティスが押し殺した低い声を放った。
「お母さん、おじさんケガして……」
「こっちへ来なさい、早く……!」
いつも穏やかな母親の見たこともない緊迫した様子に、アキレウスは驚いて翠緑玉色の双眸を瞠った。
その彼の肩に大きな手が置かれ、後ろへと引き寄せる。背中をシェイドにもたれかけさせる格好になったアキレウスが見上げた先にあったのは、青ざめた母親の顔とは実に対照的な、冷たいほどに整った男の顔だった。
「その子を離して……」
震える声でテティスが訴える。
「テティス」
その時、シェイドの口から初めて声が発せられた。
彼女の耳に慣れ親しんだ、いつもと変わらない、落ち着いた良く通る友人の声。けれど、そこにこもる響きは言い知れない冷たさを伴っていた。
「私と共に来い―――静かな地で、私と共に暮らそう」
その内容にテティスは耳を疑った。
「何を言っているの……!?」
「ここを離れ、私と共に来るんだ」
「シェイド、貴方いったいどうしてしまったの? 王城でいったい何が!? どうして貴方から『真実の眼』のオーラを感じるの!?」
困惑しながら問い質すテティスに、シェイドは抑揚のない声で告げた。
「真実の眼の力を私の中に取り込んだ……詳しい話が聞きたいのなら、後でゆっくりと説明しよう。さぁ……来るんだ」
ゆっくりと差し出しされたシェイドの手をテティスは拒絶した。
「真実の眼を取り込んだ……!? どうして、そんな危険なことを! いえ、それ以前にどうやって真実の眼を!? あれを取り巻く結界は王族にしか解除出来ないはず……!」
言いながら、差し出されたままのシェイドの腕にテティスの瞳が止まる。乾いた血で赤黒く染まった、彼の右腕に。
アキレウスの肩に置かれたその左腕も、同様に変色していた。
テティスの覚えた恐ろしい疑念を肯定するように、シェイドはうっすらと笑った。見る者に畏怖を抱かせる微笑だった。
テティスが震える唇を開くより先に、差し出されたシェイドの右腕が真横に翻された。刹那、圧縮された魔力がその掌から放出され、轟音と共に家屋を破壊した!
「!!!」
突然の、そしてあまりの暴挙に、テティスが言葉を失う。だが、その手荒な行為に敢然と歯向かった者がいた。アキレウスだ。
「何すんだよ、おじさんッ……! お父さんとお母さんの友達じゃなかったのかよッ!」
純粋な怒りと裏切られた悲しみを表情に滲ませ、力いっぱい掴みかかる少年の細首を、シェイドは容赦のない力で押さえつけ、左腕一本で持ち上げた。
「っ、がっ……!」
きつく目を閉じ、苦悶に顔を歪めるアキレウスの足が宙に浮く。
「アキレウスッ! やめてぇーッ!!」
テティスが悲鳴に近い声を放ち、息子の首を締め上げるシェイドの腕にすがりつく。
「やめてシェイド、アキレウスを離してッ! この子には手を出さないでッ!!」
シェイドは瞳だけを動かしてそんなテティスを見やると、不意にアキレウスを手離した。
「! アキレウス! 大丈夫!?」
床に崩れ落ち、激しく咳き込む我が子を心配して覗き込むテティスの腕を取り、シェイドは強引に彼女を引き寄せた。
「―――どうしてこんなッ……!」
激しい感情に彩られ、炎のように燃え立ち、煌く翠緑玉色の瞳。涙で歪むこんな表情でさえも、この上なく罪深いほどに、彼女は美しい。
シェイドは抵抗するテティスを力づくで腕の中に閉じ込め、月光を紡いだような長い髪に頬を寄せ、その耳元で囁いた。
「―――貴女が欲しい」
「……!」
衝撃的な告白に、テティスが一瞬呼吸を止める。だが、彼女はどうにかシェイドの腕の中から逃れようと、彼の胸を必死に突っぱねた。
「わたしはペーレウスの妻よ……!」
「知っている」
「わたしは、ペーレウスを愛している!!」
「……知っている」
顔を背けるテティスの顎を捉え、無理矢理その面を上向かせて、シェイドは言った。
「私は、貴女を愛している」
冷たい輝きを放つ灰色の瞳が、狂おしいほどの情念を帯びる。それはシェイドの心を埋め尽くす、真実の愛。ずっと心の奥底に閉じ込めてきた、親友の妻に対する、許されない慕情―――。
涙に濡れた瞳を見開くテティスの唇をシェイドは奪った。同時にテティスの平手が飛んできて、シェイドの頬を打ち据えた。
「―――シェイド、しっかりして! 真実の眼に取り込まれてはいけない! こんなことをしても貴方が傷付くだけよ!! 貴方らしくもない、目を覚まして!!」
切れた唇の血を無言で拭うシェイドに、横合いからもうひとつ鋭い声が飛んだ。
「お母さんから離れろッ!」
いつの間にか稽古用の木剣を手にしたアキレウスが、息も荒くシェイドをにらみ据えていた。
「何だよ……何でこんなこと、するんだよ……いい人だと思ってたのにっ……!」
肩を震わせ、懸命に嗚咽を堪えながら、アキレウスは母親を守ろうと、圧倒的な強さを誇る相手に必死で立ち向かった。
「くそっ、バカヤローッ!!」
木剣を構え、大声で叫びながら全力で駆け込んでくる少年に、シェイドは非情な力を放った。
「うあぁッ!」
圧縮された魔力の洗礼を受け、弾き飛ばされたアキレウスがもんどりうって床に転がり、動かなくなる。カラン、と虚しい音を立てて、木剣が持ち主から離れたところに転がった。
「アキレウスッ!!」
蒼白になったテティスが息子のもとに駆け寄ろうとするが、シェイドはそれを許さない。
「―――離して! アキレウス……アキレウスッ!!」
狂ったようにもがくテティスを押さえながらシェイドは言った。
「加減はした。気絶しているだけだ」
「……! 加減ですって……!? あんな小さい子を気絶させておいて、何を……! あの子を傷付ける者は許さない!」
全身の毛を逆立てんばかりの怒りを露わにしたテティスは、自らを拘束する男に向かい息巻いて叫んだ。
「本気でわたし達家族を引き裂こうとするなら、わたしは全力で貴方に抗う! 元特務神官をなめないで!!」
「―――今の貴女に、それは無理だ」
シェイドは淡々とそう告げた。
「『月光花』と呼ばれ、比類なき力を振るっていたあの頃ならいざ知らず―――白魔法を扱えるただの女になってしまった今の貴女には、どうすることも出来ない」
「―――!?」
「私には“真実”が見える」
粛々とそう述べて、シェイドは射抜くようにテティスを見据えた。
「自分が一番良く分かっているはずだ―――テティス。アキレウスを産んでから、大いなる力を失ってしまった己の現状をな」
「……!」
テティスは血の気を失った表情できつく唇を結び、返す言葉なくシェイドをにらみつけた。それが答えだった。
「それが何故なのか、理由は貴女自身にも分かるまい。だが、私には見える……『旧暦』と呼ばれる時代から、永き時を経て脈々と受け継がれてきた、宿命に彩られし血縁―――大いなる力は次の世代へと受け継がれ、貴女はその力を失った」
「……!?」
全てを見通すシェイドの瞳は、テティスを通してどこか遠いところを見つめていた。
何かひどく重大なことが語られているとテティスは本能的に悟ったが、今の彼女にはそれよりも我が子の安否を確認することの方が重要だった。
テティスは全力でシェイドの腕を振りほどくと気絶したアキレウスのもとへ駆け寄り、その身体を抱き起こした。
「アキレウス! アキレウス……大丈夫!?」
「……お母、さん……」
母親の腕の中で一瞬だけ意識を取り戻したアキレウスは、安心させるように微笑んだテティスの顔を見てホッとしたのか、そのまま再び意識を手放した。
その様子を冷然と見つめていたシェイドは、わずらわしい気配が邸宅の周囲を取り巻き始めたのを感じ、低い声で呪文を唱えた。
「“紅蓮牙龍焦滅”」
身の毛がよだつような魔力の波動を感じ、テティスが背後を振り返る。その眼前でシェイドの両の掌から放たれた巨大な紅蓮の竜が唸りを上げて玄関を突き破り、木片を振り撒きながら炎の弧を描いて、夜の闇へ吸い込まれるように消えていく。一瞬の静寂の後、耳をつんざくような爆音と共に高温の火柱が吹き上がり、絹を裂くような人々の絶叫が辺りにこだました。
テティスはアキレウスを抱きかばいながら、声にならない悲鳴を上げた。
騒ぎを聞きつけ、邸宅の周りに集まり始めていた人々を、炎の竜が飲み込んだのだ。
一瞬にして夜の闇は燃え盛る炎の色へと転じ、陰惨な光景を映し出した。
「な……何てこと、を……!」
茫然とするテティスの前で、この惨劇を生み出した男は顔色ひとつ変えずに恐ろしい言葉を紡ぎだす。
「うっとうしい有象無象でも、貴女の心を動かす材料にはなりえるか……さぁテティス、私のもとへ来い。それとも、これではまだ足りないか?」
シェイドの掌に再び紅蓮の竜が生み出された。テティスが止める間もなく、炎の竜は邸宅の屋根を突き破り、王都の夜空へと飛んでいく。ほどなくしてどこかで爆音が上がり、その凄まじさを物語る振動が伝わってきた。
「や……やめて……」
色を失くし懇願するテティスの前に、更なる紅蓮の竜が出現する。
「お願いもうやめて、シェイド……!」
テティスの訴えも虚しく、炎の竜は灼熱の風を纏い、シェイドの腕から三度飛び立つ。赤々と燃え立つ炎を翠緑玉色の瞳に映したテティスは、無力感と絶望感とに苛まれながら、心の中で夫の名を叫んだ。
―――ペーレウス……!
どうすればいい。
これでは、王都全体の人間が人質だ。迷っているこの瞬間も、自分ひとりの為に大勢の罪もない人々が死んでいく。
そしてこの一方的な虐殺は、自分がその身を差し出すまで止まりはしない。
テティスは腕の中の大切な我が子の顔を見つめた。
このままでは、この子の生命にも危険が及ぶ。
―――アキレウス……。
追い詰められたテティスに、選択肢はなかった。
「シェイド」
強張る喉を張り、毅然とした面を上げ、テティスはシェイドに自らの意思を伝えた。
「貴方と一緒に、行くわ」
炎を背負って佇む男は、秀麗な面差しを親友の妻へと向け、その真意を問うように麗しい瞳を捉えた。その視線を受け、テティスは自らの望み―――譲れない条件を提示した。
「その代わり、約束して。アキレウスの安全を確保すると。この子には決して手を出さないと。そして、これ以上の無益な血は流さないと!」
テティスの表情は揺るぎない決意を湛え、ここから一歩も譲らないという気迫に満ちていた。そんな彼女を静かに見やり、シェイドは告げた。
「私にはその要求を飲む義理はない。……しかし、他ならぬ貴女の頼みだ。聞き入れよう。ただし、それに伴う対価はもらう」
「対価……?」
不穏な響きにテティスが眉をひそめる。
「アキレウスは貴女とペーレウスの息子だ……今はまだ子供だが、恐ろしい伸びしろを持つ。生き延びて成長し父親のような存在となれば、必ずや母親を奪い返しに私の目の前に現れるだろう。みすみす将来の強敵を野に放つことは出来ない……煩わしい争いを避ける為にも、アキレウスの中から貴女の記憶を消させてもらう」
あまりの内容にテティスは全身を大きく震わせた。
「……! わたしの……記憶を……!?」
「それが、貴女の条件を飲む対価だ」
突きつけられた残酷な要求に、テティスの心は張り裂けそうになった。
この子が、わたしのことを忘れてしまう。
育んだ愛情を、共に過ごしてきた日々を、いくつもの思い出を……わたしという、存在そのものを忘れてしまう。
瞳を揺らすテティスの横顔を、オレンジ色の炎が映し出す。
家族の思い出が詰まった大切な家は目の前の男によって無残に破壊され、火炎竜が通り抜けたそこかしこから徐々に上がり始めた火の手が、次第に燃え広がり家屋を包み始めていた。崩れた壁の向こうに広がって見えるのは、夜の街並を染め上げる炎の海だった。
テティスは気を失った息子の頬をそっとなで、小さな身体を包み込むようにして抱きしめた。
―――母親として、今のわたしが為すべきことは。
テティスの瞳から溢れた涙が幾筋も頬を伝って、息子の衣服を濡らしていく。
―――この子の命を、守ること。
祈るようにアキレウスの額に口付けて、テティスはそっと息子の身体を床に横たえた。
―――ペーレウス……アキレウス……。ごめんなさい。
無力なわたしを、どうか許して―――。
シェイドは意識を失ったアキレウスに記憶の操作を行い、幼い身体に受け継がれた大いなる力に密かに封印を施した。
そして、炎に巻かれて命を落とすことがないように、その周辺を結界で包み込む。
テティスは涙を流しながら無言でその光景を見守っていた。
「さぁ―――行こうか」
作業を終えたシェイドに促されて、後ろ髪を引かれる思いで、テティスがゆっくりと歩き出す。
彼女を先に歩かせながら、シェイドは炎に飲み込まれようとする屋内に取り残された少年を一度だけ振り返った。
すると何かに導かれるようにして、気を失っていたアキレウスの瞼が震え、ゆっくりと開かれた。
吹き荒ぶ炎の中、二人は一瞬だけ視線を交え、やがてシェイドは何事もなかったかのように淡い緑色の長衣の裾を翻すと、アキレウスに背を向けて勢いを増す炎の向こうへと消えていった。
燃え盛る炎の壁が、両者を分かつ。
無慈悲な輝きを宿した灰色の瞳と、全てを染め上げる炎の色―――朦朧とした意識の中にその記憶を刻みながら、アキレウスはしばらく夢と現実との狭間を漂った。
そんな彼の脳裏に、ぼんやりと父親の声が甦ってくる。
『アキレウス。父さんが帰ってくるまで、……のことを頼んだぞ。お前は男なんだから、……のことを守ってやらないとな』
アキレウスは遠ざかりかける意識の中でその声をおぼろげになぞった。
―――そうだ。お父さんが帰ってくるまで、オレが、……を守らないと……。
その思いが彼を突き動かした。よろめきながら、ほとんど無意識のうちにアキレウスは立ち上がった。
周囲は既に紅蓮の炎に包まれている。
足元がふわふわと浮いているかのようなまるで現実感のない現実の中を、結界に護られたアキレウスは火傷ひとつ負うことなく進んでいった。
やがてその足はある場所で止まる。そこにあったのは、壁に立て掛けられたひと振りの大剣。父親が大切にしている、兄弟剣の片割れだった。
―――オレが守らないといけないのは……コイツ、だったっけ……? あぁ……違う……家、か……?
今にも炎に飲み込まれようとしていたそれを壁から外し、腕の中に抱え込むようにすると、アキレウスは力尽きたようにその場に膝を折った。
「お父さん……」
呟いて床に倒れこみ、崩れ落ちた天井を仰いだ瞳に、炎で赤く染め上げられた夜空が映る。アキレウスはその空に、翼を広げて浮かび上がる巨大な白竜の影を見たような気がした。
そしてそのまま吸い込まれるようにして意識を失った少年の腕の中で、ヴァースが微かに唸り、何かを訴えるかのような光を放った。
背中のウラノスが唸るような振動を帯びたことにペーレウスは気が付いた。
こんなことは初めてだ。もしや、片割れであるヴァースに何かあったのか。ということは、まさか家の方で何かが……!?
嫌な予感に胸が急いたが、ペーレウスは今脱獄したガゼ族と共に屋上を目指して疾走している最中だった。
ガゼ族を襲った暗殺者が放った剣は、ウィルハッタの流儀のひとつに酷似していた。
間違いない、今回の件の裏でウィルハッタの放った間者達が暗躍している。彼らの目的はドヴァーフとガゼの決裂だ。そして、彼らは今回の件の全てをガゼ族達の仕業に見せかけようとしている。
それにまんまと踊らされた馬鹿な奸臣達が手柄取りに躍起になって、無実の者達を殺そうと包囲網を敷いているのだ。
見過ごすことなど、出来なかった。
家族の身を案じながらも、ペーレウスは今は己の責任を全うする為に走り続けた。
街は、紅焔の海原と化していた。
人々に今日も安らかな眠りをもたらすはずだった穏やかな夜は突如として阿鼻叫喚の火炎地獄へと転じ、灼熱の風で人々に襲いかかった。
炎に包まれ、悲鳴を上げる者。
狂ったように家族の名を叫んでいる者。
燃え盛り朽ちかける家に、必死で水をかけている者―――。
そんな惨状に背を向け、伴ったテティスと共に王都を後にしようとするシェイドの中に重々しい“声”が響いたのは、その時だった。
(―――シェイドよ)
脳裏に直接響いてくるその声の主にシェイドは心当たりがあった。
「……ロードバーンか」
魔法王国ドヴァーフの守護神たる最強の召喚獣、聖竜ロードバーン。
代々の魔導士団長に受け継がれてきたこの召喚獣を現在所有しているのはシェイドだった。
(私の使命はこのドヴァーフの守護と存続……シェイドよ、戻れ。我を行使すべき立場にあるお前が、何故にこの国の秩序を乱す)
「……そういった概念に囚われることのくだらなさにようやく気が付いた―――これからは、私は私の道を行く。王都には戻らない」
(……。惜しい男よ……それほどの魔法の才に恵まれながら、己が心の闇に屈するか)
シェイドを捉える闇の深さを察したロードバーンは、無念そうにそう述べた。
(―――ならば、今のお前と共に在るわけにはいかぬ)
「止めはしない……お前が認める次の主の下へ行くがいい」
決別の言葉を交わし、シェイドは静かに瞳を伏せた。
歩みを止めたシェイドの身体が淡い光を帯びた次の瞬間、視界を埋め尽くすほどの眩い白の閃光が宙に放たれ、漆黒の闇を切り裂くようにして、王城上空に純白の巨竜が出現した。
乖離したロードバーンには目もくれず、悲愴な面持ちでそれを見上げるテティスを促して、まるで何事もなかったかのようにシェイドは再び歩き出す。
非常事態に揺れる王城で、炎に包まれた王都で、人々は一瞬自分達の置かれた状況を忘れ、突然夜空に現れたこの国の守護神の姿に見入った。
秘宝の捜索に駆り出されていたエレーンも、多くの人々と同様に、突如夜空に出現した聖なる巨竜を見つめていた。
満月の下、翼を広げ物哀しげにひと声高く啼いたロードバーンは、仮初めの器を求め、己を受け入れるに値する資質を持った存在のもとへ急降下してきた。
エレーンは紫水晶色の瞳を見開いた。
純白の巨大なエネルギーの塊が、一瞬にして目の前に迫ってくる。
周囲の人々が悲鳴を上げて逃げ出す中、エレーンは真皓き閃光を己の肉体に受け止めた。強烈なチカラが、ロードバーンの意思が、凄まじい勢いでエレーンの中に流れ込んでくる。
あまりにも強大な、膨大な聖竜の力に翻弄され、視界が真っ白に焼け爛れる―――自らの中にロードバーンが息づくのを感じながら、エレーンはそのまま意識を闇に手放した。
ガゼ族達を無事に脱出させた直後の屋上でロードバーンの姿を目撃することになったペーレウスは、その光景に自身の目を疑った。
見渡す王都は燃え上がる業火に包まれ、夜の闇をきな臭い明りで照らし出している。家族のいる自宅の辺りにも火の手は及び、街はまさに炎の海と化していた。
―――シェイド……!? テティス、アキレウス……!
先程からの胸騒ぎは、ペーレウスの中で根拠のない確信へと変わる。
混乱する兵を掻き分け、屋上の扉の前に間抜け面で佇んでいたロイド公爵を弾き飛ばすようにして押しのけて、ペーレウスは一気に階段を駆け下り始めた。
ペーレウスが息を切らせて自宅前に駆けつけた時、家屋は既に炎に嘗め尽くされ、屋根や柱は崩れ落ち、その原形を留めていなかった。
「―――テティス! アキレウス!!」
顔色を変え、家族の名を叫びながら、ペーレウスは既に下火になった炎を縫うようにして変わり果てた家の中を歩き回った。しかし焦る心とは裏腹に、案じる家族の姿はなかなか見つからない。
と―――背中のウラノスが何かに反応を示した。
―――ヴァースに反応しているのか……!?
それに導かれるまま進んでいくと、ほどなくして床の上に倒れこんだ我が子の姿が目に飛び込んできた。
「アキレウス!」
青ざめて駆け寄ると、ヴァースを胸に抱いたままの息子はぐったりとしていたが、確かな呼吸をしていた。その周囲を取り巻くように結界が張られていて、これのおかげで小さな命が護られたのだということを知る。
だが、息子の側にいるべきはずの妻の姿はどこにも見当たらなかった。
「アキレウス……アキレウス!」
可哀相に薄汚れてしまった頬を数回叩くと、微かに翠緑玉色の瞳が開いて、ぼんやりと瞬きを繰り返した。
「アキレウス! ……分かるか?」
「……お父、さん」
「アキレウス……良かった……!」
息子の意識が戻ったことに心から安堵の息を吐くと、ペーレウスに抱きしめられたアキレウスは虚ろな瞳から涙をこぼし、しゃくりを上げた。
「お父さん、ごめん……約束したのに……家、守れなかったよ……ヴァースを守るのが……精一杯、だった……」
「何を言ってるんだ……! お前が無事なら、家なんてどうでもいい。……母さんはどうした?」
すると涙を流していた息子は父親の問いにきょとんとした面持ちになって、瞳を瞬かせた。
「お母さん……? お父さん、何言ってるの? お母さんはオレが生まれてすぐに死んだんでしょ?」
「……!?」
予期せぬ息子の返答に、ペーレウスは表情を強張らせた。
「ずっと二人で暮らしてきたじゃん。オレ、お母さんの顔も覚えてないよ」
「アキレウス―――」
ペーレウスは言葉を失った。茫然と目を見開いて、愛息の顔をまじまじと見つめる。
アキレウスはそんな父親の顔を不思議そうに見上げていた。
「アキレウス……いったい、何があったんだ?」
ペーレウスは内心の動揺を押し隠して、息子にそう尋ねた。アキレウスはそれに答えようとして口を開きかけ―――表情を曇らせる。
「……あれ? 何、だっけ……? 分かんない……気が付いたら、炎に囲まれていて……」
「……シェイドは、ここには来なかったのか?」
「シェイド……って誰だっけ……? あ……頭が、痛……頭が痛い……」
そう言うとアキレウスは苦しそうに顔を歪め、脂汗を浮かべながら頭を抱え込んでしまった。
そんな息子の様子を見たペーレウスは瞑目し、傷だらけの幼い身体を強く抱きしめた。
「―――アキレウス、もういい。とりあえずは安全な場所へ避難しよう」
「お父さん……」
緊張の糸が切れたのか、アキレウスが泣きながら父親の首にしがみついてくる。ペーレウスは傷付いた息子の身体を抱え上げ、立ち上がった。
『真実の眼』の力を取り込み、国王夫妻を始めとする城内の者達を手にかけ、姿を消したシェイド。
彼が残していった、月長石のペンダントが語る意味。
紅に染まる王都と、突如夜空に出現したロードバーン。
焼け落ちた家の中で結界に護られて助かり、何故かテティスとシェイドの記憶が消えてしまっているアキレウス―――。
―――これらのキーワードが示す、その答えは。
考えたくはない嫌な推論にたどり着き、ペーレウスは瞳を閉じ、眉根を寄せて、きつく唇を結んだ。
確かめなければならない―――どれほど辛くとも。
それが、この国の騎士団長であり、シェイドの親友でもある自分に課せられた、為さねばならない責務なのだ―――。
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正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
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