DESTINY!!

藤原 秋

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覚醒編

月下抱擁

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 あたしが落ち着きを取り戻した後、いくつかの疑問点について、再びあたし達は話し合った。

 ルシフェルは、何故殺そうとしたはずのあたしを再び手に入れようとしているのか。

 これはあたしにも全く見当がつかなくて、棚上げとなった。ろくな理由じゃないんだろうけどね。

 それから、ルシフェルとの記憶はどの程度リンクしているのか。

 彼と切り離される以前の記憶を全て共有しているのかというとそうではなくて、客観的事実をところどころ知っているという感じだった。ルシフェル自身の思い出や思考といった主観的なものは全く残っていない。

 四翼天の素性も詳しいことは分からなかったけれど、セルジュとグランバード以外の二人について、分かることだけみんなには伝えておいた。

 この世のものとは思えないほど美しい、エルフのような耳をした長い黒髪の女―――カルボナード。四翼天の中で最も古くからルシフェルと行動を共にしている、忠誠心の厚い魔法剣士。

 音もなく大剣を振るう、黒衣の剣士―――アルファ=ロ・メ。その鼻から下は黒い金属製のマスクで覆われ、その全貌はようとして知れない。寡黙で、その感情を窺い知る者はいない。

 それから、ルシフェル達の拠点がレヴラントにある古びた城であることを伝えた。

 レヴラントというのは、世界地図の左下に存在する大陸で、人々に『未開の地』と呼ばれているところだった。この大陸には国がなく、潮の流れが荒い海域にあり、強い魔物モンスターが生息していて、その存在が確認されながら人類未踏の地となっているのだ。

 そして、あたしの能力について。

 翼を失った今も、時空を超えることは出来るのか?

 これには不可能だと答えた。

 けれど、まほろばの森の件しかり―――この世界の移動に限っては出来るかもしれない、と回答した。

 まだ、分からないけれど。自分の能力を紐解いて、突き詰めていけば―――多分、不可能じゃないと思う。

「グランバードが今回接触してきた目的は結局何だったんだろうな? ……オーロラの覚醒か?」
「分からない……グランバードは気紛れで欲望の赴くまま行動する節があるから。単なる退屈しのぎってことも充分考えられるし、ルシフェルがあたしを手に入れようとしていることに関係しているのかもしれない」
「げげ……退屈しのぎが充分有り得るの? 冗談じゃないわよ」

 ガーネットが苦虫をかみつぶしたような顔になった。彼女はグランバードに肩を食いちぎられたらしいから、そんな理由じゃたまったもんじゃないだろうな。

「分からないこともあるにせよ、オーロラのおかげで色々と分かったことは大きいな。ドヴァーフでまもなく国王会議サミットが開かれる頃合いだ。ガゼ族への協力が取り付けられた旨と併せて、レイドリック王への報告かたがた、世界の王にお伝えしよう」
「翼竜でなら、ここから一日かからないわよね」

 わいわい盛り上がっていると、ノックの音が響いて、珍しく控え目にイルファが顔を覗かせた。

「おーい、そろそろ夕ご飯の時間だけどぉ……話、済んだ?」

 普段の彼女からは想像のつかない気の遣い方が何だか可愛らしくて、あたし達は声を立てて笑った。



 




 夕食は、別棟のコテージで仲間内だけでいただいた。

 野趣溢れる珍しい獣肉を扱った料理が多かったけれど、三日ぶりに目覚めたばかりのあたしは、おかゆとフルーツを中心にして、お肉は鶏肉を少しだけにした。

「父さんとホレットのじいちゃんにオーロラが目ェ覚ましたコト伝えといたから、面倒くさくて悪いけどさァ、明日挨拶に行ってやってくれる? オーロラが気が付いたら、あんた達を歓迎する宴を開こうって計画してるみたいだから。村のみんなもねー、すっっごい楽しみにしてるんだ。この村に外からお客さんが来るなんて、初めてのコトだからね! 村中あんた達の噂でもちきりなんだよ~」

 へえぇ、そうなんだー。

 村を上げての歓迎なんて初めて! 楽しみだな。

 さっきこのコテージまで移動する時、初めてガゼの村を歩いたけど(といってもさっきまでいた部屋のある建物の隣だったから本当にわずかな距離なんだけど)、すでに日が落ちて篝火が焚かれた村内は、丸太を組んで造られたログハウス風の建物が点在して、相当な樹齢の立派な高い木の上に組まれたやぐらが見えたのが印象的だった。人の姿は見えなかったけど、どのくらいの人数が住んでいるのかな。

 時々風に乗って聞こえるのは竜の声? 村の近くに放し飼いにしているのか、それとも村の中で飼ってもいるのか……あんな大きな生物を全部村の中に置いておくというのは無理だろうから、その両方かな。

 和やかな食事を終え、片すのを手伝おうとしたあたしの背を、ガーネットが押しとどめた。

「ああ、オーロラはいいから。部屋に戻ってゆっくりしてて、まだ気が付いたばかりなんだから」
「そうだな、ここは私達に任せて部屋で休んでいるといい」
「え、大丈夫だよ」
「だぁめ! ほら、アキレウス連れてって。養生養生!」

 びしっと指を突き付けられてガーネットに追い払われ、あたしはアキレウスと一緒にコテージを出ることになった。

「何か悪いなぁ、あたしホントにもう大丈夫なんだけど……」
「甘えとけば? まだ本調子じゃないだろ、食欲もあまりなかったみたいだし」

 アキレウスもみんなも、ちゃんと見てくれてるんだ。

 さり気ないみんなの気遣いが温かくて、ほっこりした気持ちになって隣を歩く彼を見上げると、優しい翠緑玉色エメラルドグリーンの瞳にぶつかった。

「それに、久々に二人きりになれたし」

 不意打ちのようにとくん、と胸が高鳴る言葉をもらい、同時に、胸の奥がぎゅっと引き絞られるような切ない思いに襲われた。

 あまり食欲がなかったのは、体調がまだ万全じゃなかったせいもあるけれど、もうひとつは、アキレウスに言わなければならないことがあると、心の奥で考えていたせいだ。目が覚めてから、ずっと―――。

 先延ばしにしちゃいけない、けれど、怖くて、出来れば触れたくない―――そんなジレンマに陥る、事案を。

「オーロラ?」

 あたしの様子に気が付いたアキレウスが声をかけてくる。

 言わなきゃいけない……分かっている、今がそのタイミングだって。でも―――。

 苦しくて、胸が詰まるような思いがする。

 ためらいに揺れるあたしの瞳を真っ直ぐに見つめて、優しくアキレウスが問いかけた。

「……どうした?」
「……。アキレウス、話したいことがあるの」

 意を決して、あたしは言葉を絞り出した。

「部屋じゃなくて、外で話したい。どこか、人目につかないところで……」

 きっと息苦しくなるから、風を感じられるところで話したい。それに、多分泣いてしまうから―――明るいところで泣き顔を見られたくなかった。そんな思いからそう言った。

 いや、今日も散々見せているんだけどね。泣き顔。でも、あたしの中でそれとこれとは、大きく意味が違って―――。

「……分かった」

 静かな表情でアキレウスが頷く。

 あたし達は連れ立って、夜の闇へと歩き出した。







 村の裏側は切り立った断崖となっていた。

 夜風が時折髪を揺らして、夜の闇に覆われたその先へと流れていく。

 これなら背後から襲われる心配はないし、何かあった時には竜に乗ってここから逃れることも出来る。それを考えてホレット達はここに村を造ったんだろうな。

 漠然とそんなことを思いながら、断崖を背にしてアキレウスと向き合う形で、あたしは口を開いた。

「あたしが何者かを知った上で……アキレウスとパトロクロスとガーネットが変わらずに受け入れてくれて、あたし、本当に嬉しかった。今までの旅を一緒に過ごしてきて、みんなの人となりは知っていたけれど、あたしの正体は自分でも、あまりにも衝撃的なものだったから……これを話したらどうなってしまうんだろうって、正直、怖かった。だから、それを知って受け入れてくれただけで充分……充分、すぎるくらい」

 声が震える。

 辺りは暗かったけれど月が出ていて、少し距離を置いて向かい合うアキレウスの表情は見えた。彼はいつもと変わらない、落ち着いた表情で、あたしの言わんとすることに耳を傾けている。

「だけど、それ―――それは、あくまで仲間としてのことだ、って思っている。仲間として受け入れることと、男女の仲とは、また別のことだって思っている。だから……いいよ。仲間として今まで通り受け入れてもらえて、それで充分―――充分だと思わなくちゃいけないって、それ以上を望んじゃいけないって分かってる。あたしは、人じゃない。アキレウスとは違う存在で―――同じ時間ときが歩めるかどうかも分からない。今までの関係が保てなくても仕方がないんだって、そう、理解している……」
「……。仲間としては問題なくても、恋愛関係でいるには無理があるってことか?」

 避けていた表現を使われて、その率直な言い回しが胸に突き刺さった。

「うん……」

 こらえようと頑張っていた涙が、どうしようもなく滲んでくる。

 アキレウスは優しくて、きっと自分からそれをあたしに伝えることは、出来ないだろうから。これは、あたしが彼に伝えなくちゃいけないことなんだろうって、目覚めた時から心の隅で思っていた。

 大好きだよ。心から愛している。だからこそ、あたしの想いがあなたを苦しめるような真似だけはしたくない。人知れずあなたを悩ませてしまうような事態だけは避けたい。

 自分から切り出したことなのに、その結果を考えると胸が痛くてたまらない。自分で自分の息の根を止めている感覚だ。


「……。ゴメン。こんなことを言わせて……」


 しばらくの沈黙ののち、アキレウスの口からこぼれた言葉は、あたしの心を深く、深く抉った。

 その言葉の意味を反芻して、現実を理解するにつれ心臓の鼓動が冷たく速くなっていく。まるで心臓だけでなく身体中が脈動しているかのよう―――耳に響くうるさいくらいの冷えた鼓動の音に、全身を支配される。

 覚悟していた展開だった。けれど、心のどこかでわずかな期待を抱いていたことも事実だった。

 希望の欠片が消えて、あたしの心をゆっくりと絶望が覆っていく。

 ―――泣いちゃ、ダメッ……!

 きつく唇を引き結び、瞳を閉じたあたしの頬を、堪えようとしても堪えきれない涙が伝っていく。嗚咽がこぼれそうになって、あたしは両手で口元を覆った。

 アキレウスの声が夜の風に乗って、静かにあたしの耳へと届く。


「オレ、オーロラの生まれにまつわる話を聞いて確かにビックリしたけど……それ以上に、これでオーロラが元の時代へ帰ることはないんだと思って―――オーロラと離れる必要がないんだって分かって、安心したそっちの気持ちの方が大きかったっていうか」


 え?


 自分の耳が拾った彼の言葉がにわかには信じられず、あたしは涙で濡れる瞳を瞬かせた。

「オーロラがそんなふうに考えて悩んでいたなんて、全く気付かなかった……ゴメン」

 ―――ええ!?

 あたしは信じられない思いで顔を上げ、その先に佇むアキレウスを見た。

 確かに、あたしがこちらの時代の生まれだと分かった以上、あちらの世界へ戻る必要はなかった。けれど、アキレウスがそんなふうに考えてくれているなんて、あたしの方こそ、思ってもみなかった。

 彼はちょっとはにかんだ様子で、あたしにそれが事実だと告げる。

「不安にさせて、悪かった……」

 う……嘘……。

 さっきとは違う種類の涙が溢れてくる。

「あたし……人じゃないんだよ? 普通の女の人とは、根本的に違う……先のことを考えれば、子供だって出来るかどうか……寿命だって、どのくらいなのか分からないし……」

 言いながら、喜びに全身が打ち震える。さっきとは正反対の鼓動が身体中に響き渡り、溢れ出る歓喜が心臓を通じて血管へ、身体の末端まで巡り巡っていく。熱い。熱い。燃えたぎるようなその灼熱が全身を駆け巡り、それが背中の傷へと集まっていくような未知の感覚に、肌が粟立つ。

 これは……この感覚は、何―――?

 戸惑う思考を置き去りにして、集まった灼熱がまるで渦巻いて花開くように、バサッ、と音なき音がして、光の翼が闇夜に開いた。

 翼が……!?

 涙に濡れた瞳を見開くあたしの背中で、淡く輝く具現化した光の翼がふわりと揺れる。

 グランバードと戦った時とは違う。かつてあたしの背に生えていたものと同じ形状―――そして、確かに“そこ”にあるのだと感じる。神経が繋がっているような感覚がある。

 試しに動かしてみると、あたしの意思に従ってふわり、とそれが羽ばたいた。

「……。綺麗だな……」

 アキレウスは瞳を細めてそう呟いた。

「それ……自在に具現化出来るのか?」
「わ……分からない。初めてで……」

 当惑して自分の背後とアキレウスとを交互に見やりながら、今、彼に見せているこの姿がありのままの自分なんだと気が付いて、あたしは改めて彼にそれを見せつけた。

「……見て。これが―――あたし。まだまだ不完全で、自分の能力チカラを自在に操ることもままならない……けれど、前にアキレウスが言ってくれたように、あたしは今、本当の自分と向き合うことが出来て、それを恐れずに受け入れることが出来ているの。以前みたいに自分を否定するような気持ちはないんだ……だからこそ、みんなに、アキレウスに、本当のことを言えた。そう出来たのは、アキレウスやみんながこれまであたしに示してくれた態度や、かけてくれた言葉が大きかったからだと思うんだけど……」

 あたしの話を黙って聞いていたアキレウスは穏やかに微笑んだ。

「オーロラには本当……出会った頃からいろんな意味で驚かされっぱなしだ。主にいい意味でね。初めて会った時は―――いつも泣いていて、怯えていて、心細げで、所在なさげで。助けてやらなきゃ、って気にかかる存在だったのに―――いつの間にこんなにも力強く、堂々とオレを惹きつけてやまない存在になったんだろう……」

 泣き虫なのは変わらないけどな、と付け加える彼の姿が再び涙でぼやけていく。高ぶる感情そのままに、あたしは涙声で大好きな人の名を呼んだ。

「アキレウス……!」

 新たな涙が溢れ出し、両頬を伝っていく。

 あたし、このまま貴方のことを好きでいていいの?

 あきらめなくて、いいの?

 ずっと傍にいて、いいの? 本当に!?

 感極まって泣き崩れかけるあたしをアキレウスが抱き支える。嗚咽するあたしを抱え込むように優しく腕を回し、耳元に唇を寄せるようにして、彼は言った。

「オーロラは、オーロラだろ? お前以外、オレにはないんだ……」

 あたしはしがみつくようにしてアキレウスに抱きつき、むせび泣いた。言いたいことはたくさんあったのに、感情が溢れ出て、言葉にならない。

 大好き。アキレウス、大好き。

 何よりも大切な彼を失わずに済んだ深い感慨が胸を満たして、その幸福感に、あたしはしばしの間、浸り続けた―――。 
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