クレイジー&クレイジー

柚木ハルカ

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27.目的地までの道すがら


 準備に時間が掛かったからか、空は夕焼けで赤くなりかけていた。立派な門まで来て、ふと気になり背後を確認する。やはり豪邸だ。こんな場所に2ヶ月も住んでいたなんて、今考えると、すごい体験である。

 門の鍵もきちんと掛けてから、今度は周辺を見渡した。以前脱走した時は裏からだったけれど、こっちも豪邸ばかりだ。どの家も庭が広いのか、1軒1軒距離が遠い。あと道路も広い。

 確認し終えたので歩こうとしたところ、5m先の道脇にタクシーが止まっているのを見つけた。休憩中のようで、運転手は車に寄りかかり、缶コーヒーを飲んでいる。

 タクシーで最寄駅まで行けば、いちいちスマホを確認しながら歩く必要は無くなるな。それに1ヶ月半まともに歩いていないので、駅に着いたあとのことも考えると、ここは体力を温存しておきたい。

 乗せてもらえるだろうか? とにかく確認してみようとタクシーに近づくと、3mほどのところで運転手が気付いて、こちらを見てきた。バッチリ視線が合ったからか、ニコリと微笑まれる。

「こんばんは。乗られますか?」
「あ、はい。……お願い、します」

 神崎以外と話すのが久しぶりでしどろもどろになってしまったが、運転手は気にした様子もなく後部座席のドアを開けてくれた。ありがたく乗車し、駅まで運んでもらった。





 タクシー内では静かな音楽が流れていたし、話しかけられることもなく快適だった。外の景色を眺めているうちに駅に着いたので、告げられた金額を払い、タクシーから降りる。

 さすがに駅周辺は人が多いし、賑やかだ。ぶつからないよう合間を縫っていき、自動券売機にカードを入れてみた。200円ほどしか入っていなかったので、チャージする。
 改札口を通り、ホームで待機。5分ほどで電車が来たので、乗車した。

 目的の駅までは、30分ほどだ。社会人の帰宅時間になりかかっているのか席が空いてなかったので、吊革に掴まる。

 しばらくは問題無く揺られていた。人の多さもすぐに慣れた。しかし体力低下だけはどうしようもなく、10分ほどで疲れてしまう。こんな身体になっていたのに、今まで気に留めていなかったなんて、本当に情けない。これからちゃんと運動して、元に戻さないと。

 なので耐えるつもりで、痛んできた足を動かしたり、足首を回したりして気を紛らわせる。
 しかし足に気を取られていたせいか、ガタンッと大きく揺れた途端、吊革に捕まっていた手を離してしまった。

「ッ……!」

 倒れた。いや、倒れかけた。だが視界が斜めになりかけた時、ガシッと身体を掴まれる。

「……えっ。あ、……ありがとう、ございます」
「気にすんな、それより大丈夫か?」

 右隣に立っていたスーツの男に、支えられていた。胴体に腕を回されているものだから身体が硬直してしまうし、やけに強面なオッサンだったもんで、どうしても怖くなる。

 だが相手は俺を助けてくれて、しかも大丈夫かと聞いてきた人だ。心配してくれているのに、脅えるのは失礼である。神崎との生活で、それに気付けた。だからきちんと頭を下げる。

「……大丈夫です。助かりました」
「おう、あんま無理すんな。1ヶ月半、ほとんど寝たきりだったって聞いてるぜ。車まわすから、次で降りようや」

 見るからに堅気じゃないけど、そうか、これから行こうとしている場所の関係者だったのか。そんな人が隣に立っていたということは、神崎に見守るよう頼まれていたのだろう。とてもありがたい、けれど。

「こうなってしまったのは、自業自得なんです。それに少しでも体力を付けたいので、30分くらいは頑張りたいです」
「まぁ今ので倒れそうになるんじゃ、焦りもするだろうよ。だがお前さんを無事に連れていかないと、わざと負けるって言われてるんでね。だから却下だ」

 そんな約束を交わしてるのか。というかその条件、そもそも俺が家から出なかったらどうなっていたんだろう? ……いや違うか。神崎は、俺が絶対に家から出ると予測していた。だからそのような条件を出したのだ。

「じゃあ、お言葉に甘えます」
「おお、そうしときな。いやぁ、無理矢理担ぐことにならなくて良かったわ」

 こんな公衆の面前で担ぐつもりだったのか。意地を張らなくて良かった……。





 次の駅でオッサンと一緒に電車を降りて、ホームにあったベンチに座らせてもらう。足がジンジンして、痛んでいるのを実感。それでも座れたことにホッとしていると、ペットボトルのお茶を渡された。

「あ、ありがとうございます」
「おう、遠慮せず飲めよ」

 親切にしてくれるのは嬉しいが、この人ずっとそこにいたよな? いつ買ったんだ? と思いつつ顔を上げれば、いつの間にかオッサンの傍には1人の男が控えていた。なるほど、その人が買ってくれたのか。しかも見たことがある。数時間前に、アクセサリーを届けてくれた男だ。

 目が合うとニコリと微笑まれてお辞儀されたので、返しておく。ありがたくお茶を飲んでいると、もう1人近づいてきた。

「若頭、あと10分ほど掛かるそうです」
「そうか。開始時間は過ぎちまうが、早々負けるなんてことは、アイツもしないだろ。組長オヤジにも連絡しといたし」

 このオッサン、若頭だったのか。というか、本当にヤクザなんだな。ヤバい職業の人でありながら親切なのは、俺に何かあったら神崎が負けるかららしい。

 彼らはちょっと話をするからと離れたので、神崎からもらった手紙をポケットから出す。最寄駅から目的地までの地図まで描いてくれたのに、途中の駅から車で行くことになってしまった。出来るならこの地図を見ながら、ちゃんと歩きたかったけど。

 手紙を眺めていると、会話し終えた若頭達が戻ってきた。若頭は俺の持っている手紙を見て、ああ、と声を上げる。

「それな。あの慧が、誰かに手紙やプレゼントを贈るようになるなんて、驚きだよなぁ。まぁあんな光景を見たら、わからんでもないが」
「あんな光景を見たら……?」

 どういうことだろうか。というかこの人、神崎のことを詳しく知っているのか? 慧と、名前で呼んでるし。
 しかし聞こうとしたら、オッサンはヒラヒラ手を振り、誤魔化してきた。

「気にすんな。そろそろ行くが、立てるかい?」
「……はい、大丈夫です」

 神崎のことなので気になりはするものの、今はとにかく彼の元へ行かなければならない。でもモヤモヤするので、あとで本人に聞こう。

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