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しおりを挟む「突然婚約を解消しようとしたのは、俺が王女に心変わりしたと思ったからか? それとも他に理由があるのか?」
「……あなたが、王女様に笑いかけていたから」
「それだけのことでか? ただ笑いかけていただけで、早とちりしたのか」
微笑んでいただけで傷ついたのは確かだ。でもそれだけではない。
「……王女様本人がおっしゃっていたの。クラウス様と思い合っていると」
「それは事実ではない」
「え……」
まさか。ルーシェルが嘘をついていたというのか。でも冷静に考えれば、ルーシェルの態度は終始怪しかった。彼女の言葉に踊らされて、クラウスに直接確かめることもせずに全部分かった気になっていた。クラウスのこととなると、冷静な判断ができなくなってしまうのだ。
クラウスの鋭い眼差しち射抜かれて、一歩後ずさる。しかし彼に逃げるなと言われて、両肩を掴まれる。
(おかしい。魅了魔法に当てられているはずなのに、こんなに理性を保っていられるなんて)
今までにこんな人はいなかった。魅了魔法に当てられた男たちは、揃いも揃って恍惚とした表情をして目の奥にハートを浮かべ、自我を失ったようになる。けれどクラウスは、魅了魔法をかけられているにも関わらず、あろうことかエルヴィアナの頬を叩き叱咤してきている。
「……あなたが好きなのは、王女様なの。今は思い出せないだけで」
もうこれ以上隠しきれない。そう思い、泣きそうになりながら弱々しく漏らす。
「……クラウス様は――わたしの魅了魔法にかかっているから」
「知っている」
それは、思いもよらない返事で。
「!」
思わず目を見開き、手から飾り紐が滑り落ちて地面に転がる。どうして、どうしてバレたのだろう。分からない。
「ようやく話してくれたな」
色んな感情が込み上げてきて、目を泳がせる。
「どうして、」
「ずっと妙だと思っていた。君みたいな生真面目な女性が、遊びに耽けるなどありえない。それでも、俺がつまらない男だから愛想を尽かされたのだと考えていた。だが、婚約破棄を告げられた日。君が放った光を浴びた瞬間に気づいた。――呪いのことを」
そう言ってクラウスはこちらに歩んで来て、エルヴィアナの右腕を捲り上げた。魔獣に噛まれた痕が、古代文字のような痣になっている。彼はそれを見て悲しそうに眉をひそめた。
あのとき、腕から光を放ったのを見たクラウスは、エルヴィアナが13歳の狩猟祭のときに変わった獣に噛み付かれたのを思い出したという。その光と原始の時代に存在していた魔法を結びつけて、調べることにした。
まずは、エルヴィアナの実家に行った。けれど両親も、エルヴィアナと一番親しいリジーも、腕の怪我にまつわる一切の沈黙を守った。
次に、エルヴィアナの主治医に聞きに行った。彼も、「エルヴィアナに口止めされている」の一点張りだった。そして最後に。神殿に行くと、気のいい神父がクラウスに全てを打ち明けたという。
――エルヴィアナは魔獣に噛まれたせいで、魅了魔法の呪いにかかり、命を削られているということ。そして、そのことでクラウスに負い目を感じさせないように、全て隠して平静を装ってきたこと。
「エリィが変貌していったのは、13歳の狩猟祭のころだった。今まで何も気づかず、君に不信感さえ抱いていた自分が情けない」
クラウスは鈍い人だ。それを分かっていて騙していたのはエルヴィアナで。悪いのは全部エルヴィアナなのに。
「すまない。俺のせいで君に苦しいものを背負わせてしまった。あのとき獣に構わなければ、呪いにかかることもなかった。全て俺のせ――」
「違うわ」
彼の両頬を手で包む。
「……エリィ」
そのまま首を横に振った。
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