22 / 43
22
きっとアビゲイルたちは、王女の誕生日を祝うこのパーティーの場に、事情があってたまたまジョシュアとルセーネが居合わせただけだと思っていたことだろう。
まして、ふたりが恋人同士など、まかり間違ってもありえないというか、可能性の一欠片さえ頭になかったはず。
(一応、恋人のふり、だけど……)
人生で一度も恋人がいたことのないルセーネは、嘘だと分かっていても、大きく目を見開いて頬を朱に染め、ジョシュアの後ろになぜか隠れる。
「君まで驚いてどうするんだ? ルセーネ」
そっと耳打ちしたあとで、ルセーネの頬に手の甲で触れる彼。
「顔が赤いし熱いな。人混みに酔ったんだろう。あっちで少し休もうか」
「は、はいごめんなさい」
顔が赤いのは単に照れているからなのだが、アビゲイルたちから離れる口実を作ってくれているのだと理解し、こくこくと頷く。
しかし、ルセーネの頬よりもずっと、ジョシュアの手の体温の方が高いように感じた。
(あれ……? ジョシュア様の手、熱い?)
アビゲイルとミレーネは、去っていく後ろ姿を悔しそうに見ていた。
ルセーネはジョシュアにエスコートされて、広間の端へと移動する。彼はルセーネをソファに座らせて、気を利かせて飲み物まで持ってきてくれた。
紫色の液体が入ったグラスを見て、小首を傾げる。
「お酒……ですか?」
「アルコールは入ってない。ただの果実水だ。それともただの水の方がよかったか?」
「いえ! 甘いのは好きです!」
以前ジョシュアと出かけたとき、オレンジの果実水の美味しさに感動したことをよく覚えている。
満面の喜色を湛えてグラスを受け取り、葡萄の果実水で喉を潤す。
ふと、ソファに座ったまま視線を上げて彼のことを見て、彼が額に汗を滲ませていることに気づいた。この広間の中は適温に調節されていて、汗をかくような暑さではないのに。
(もしかしてジョシュア様の方のそ体調が……悪い?)
彼の身体は常に魔物の呪いに蝕まれている。彼に呪いのことを打ち明けられてから、少しずつ魔炎の力で呪いを焼いてはいるが、呪いが進行する速さに追いつけなかった。
魔物の呪いは命を蝕むのと同時に、苦痛を伴う。ジョシュアはいつも飄々としていてそういうものを全く外側に出さないが、苦しさはあるはずなのだ。
「ジョシュア様、もしかして具合が悪い――」
体調のことを聞こうとした瞬間、別の声が降ってきて遮られてしまう。
「ジョシュア様、いらっしゃったのですね……!」
視線を声の方に写せば、グレイシーが数人の侍女を付き従えてやって来た。
今日も彼女は美しく着飾ってきて、華やかな雰囲気がある。それは、一国の王女という肩書きにふさわしい気品だった。
「もう今日は来てくださらないかと思いましたわ。なんの連絡もくださらないんですもの」
不満げにそう言う彼女。
ジョシュアは、グレイシーの好意を拒みきれずに、ルセーネに恋人のふりを依頼してきた。
グレイシーにジョシュアを諦めさせる手段としての偽の恋人である。自分が今日ここにいるのは、この瞬間のためだと思うと、身が引き締まる。
「グレイシー王女。私には大切な人ができたんです。ルセーネ」
「は、はははははははいぃ!」
名前を呼ばれたルセーネは勢いよく立ち上がり、ジョシュアの隣に並ぶ。明らかに目が泳いでいて、身体は緊張でガチガチだ。そんな様子のおかしいルセーネの腰を自然に抱き寄せたジョシュアは、グレイシーに言う。
「その子を……愛しておいでなの?」
「はい。愛しています」
愛しています、愛しています……とジョシュアの言葉が何度も頭に反響し、頭から遂に湯気が登る。
すると、グレイシーの方はみるみる血の気が引いていった。
ジョシュアが何度応えられないと言っても引き下がらなかった彼女だが、さすがにパートナーがいると分かれば諦める他にないのではないか。
「そんな……っ。どうしてですの……? 納得できませんわ。わたくしには、ジョシュア様と結婚する以外にありませんのに」
「なぜ君は俺に固執する? 別に俺のことを愛している訳じゃないんだろう」
「……! どうして、それを……」
「やはりな。君は俺ではなく、結婚することに執着しているように見えた。それはどうしてだ?」
グレイシーがジョシュアを愛していないとか、結婚に執着しているとかいう話は初耳で、ルセーネは頭に疑問符を沢山浮かべる。
他方、グレイシーは元々白い顔を更に蒼白にさせて、一歩、二歩と後ずさる。
「わたくしは……偽物の王女ですもの。この王宮にわたくしの居場所なんてありませんわ。ですから結婚をして、わたくしの居場所を作るしかないのです……!」
そういえば前に、アビゲイルがグレイシーのことを『偽物』と読んでいた。確か、本物の王女は生まれてすぐに誘拐され、入れ違いのように王宮の門の前に拾われたグレイシーは、王家の養子になったのだ。
「そんなことはない。王妃様も国王陛下も、君のことをとても想っている。それは君が一番よく分かっているはず――っく」
するとそのとき、グレイシーを宥めるジョシュアの半身がよろめいた。ルセーネは倒れかかってくる彼の身体を支えた。
(すごく熱い……っ)
服越しに彼の体温が伝わってくるが、明らかに平熱ではない。また、間近で聞こえてくる彼の呼吸は乱れていた。
ルセーネの弱い力では、成人男性の身体を支えきることなどできず、ふたりで崩れるように床に倒れる。
「「ジョシュア様!」」
ルセーネとエリザベスの呼びかけがかさなる。
ジョシュアの具合は相当に悪いらしく、ふたりの声に反応返さず、そのまま意識を手放した。
「やだっ、しっかりしてください! ジョシュア様……っ!」
ジョシュアの頬に触れ、必死に声をかけていると、グレイシーにどんっと突き飛ばされる。
「きゃあっ」
「邪魔ですわ。そなたたち、そこの娘をつまみ出しなさい」
「で、でも……っ」
「あなたに何ができるとおっしゃるの?」
特別にできることはなくて、言い返せない。
グレイシーは侍女たちに命じる。
「で、ですが王女様。その方は公爵様のお連れの方では……?」
「構いませんわ。ここは王宮。わたくしは王族としての権利を行使するだけ。誰か! 早く医官を呼びなさい!」
広間は、公爵が倒れたことでざわめき立っていた。グレイシーは迅速に騒ぎを収め、王宮の医官たちもすぐに駆けつける。
グレイシーに言われた通り、ルセーネはやっぱり何もできなくて、侍女たちに広間から引きずり出される間心配で泣くことしかできなかった。
あなたにおすすめの小説
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
⚪︎
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚
mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。
王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。
数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ!
自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。
婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!
山田 バルス
恋愛
この屋敷は、わたしの居場所じゃない。
薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。
かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。
「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」
「ごめんなさい、すぐに……」
「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」
「……すみません」
トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。
この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。
彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。
「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」
「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」
「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」
三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。
夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。
それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。
「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」
声が震える。けれど、涙は流さなかった。
屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。
だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。
いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。
そう、小さく、けれど確かに誓った。
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
塔に住むのは諸事情からで、住み込みで父と暮らしてます
ちより
恋愛
魔法のある世界。
母親の病を治す研究のため、かつて賢者が住んでいたとされる古塔で、父と住み込みで暮らすことになった下級貴族のアリシア。
同じ敷地に設立された国内トップクラスの学園に、父は昼間は助教授として勤めることになる。
目立たないように暮らしたいアリシアだが、1人の生徒との出会いで生活が大きく変わる。
身分差があることが分かっていても、お互い想いは強くなり、学園を巻き込んだ事件が次々と起こる。
彼、エドルドとの距離が近くなるにつれ、アリシアにも塔にも変化が起こる。賢者の遺した塔、そこに保有される数々のトラップや魔法陣、そして貴重な文献に、1つの意思を導きだす。
身分差意識の強い世界において、アリシアを守るため、エドルドを守るため、共にいられるよう2人が起こす行動に、新たな時代が動きだす。
ハッピーエンドな異世界恋愛ものです。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。
光子
恋愛
この世界には、魔力病という、まだ治療法の見つかっていない未知の病が存在する。私の両親も、義理の母親も、その病によって亡くなった。
最後まで私の幸せを祈って死んで行った家族のために、私は絶対、幸せになってみせる。
たとえ、離婚した元夫であるクレオパス子爵が、市民に落ち、幸せに暮らしている私を連れ戻そうとしていても、私は、あんな地獄になんか戻らない。
地獄に連れ戻されそうになった私を救ってくれた、同じ薬師であるフォルク様と一緒に、私はいつか必ず、魔力病を治す薬を作ってみせる。
天国から見守っているお義母様達に、いつか立派な薬師になった姿を見てもらうの。そうしたら、きっと、私のことを褒めてくれるよね。自慢の娘だって、思ってくれるよね――――
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。