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ジョシュアが倒れたパーティーから一週間が経った。彼は王宮に用意された賓客室で、宮廷医による治療を施されている。
一方のルセーネはというと。
「出してっ! お願いします、ここから出してください……! アビゲイルお嬢様、ミレーネ奥様……っ!」
ヘルモルト伯爵家に帰って早々、屋敷の一階の端にある物置部屋に閉じ込められてしまった。
部屋は外側から鍵が閉めれていて、中から開けることはできない。
ルセーネは何度も扉を叩いて助けを求めたが、部屋から出してくれることはなかった。
こんなことをしたのは、腹いせだろう。アビゲイルとミレーネは、ジョシュアと自分たちが格下に見ていたルセーネが恋人同士なのが気に入らなかったのだ。
実際は恋人のふりで、ルセーネが彼に愛されているという事実はないのに。しかし、王女を欺いている状況で、アビゲイルたちに真実を打ち明ける訳にもいかず。
ぐぅ。ルセーネの腹部から切なげな音が漏れ、空腹を訴えている。
この一週間、まともな食事は与えられていない。この物置部屋に置いてある保存食と水で、なんとか飢えをしのいでいた。
保存食といっても、乾燥した果物や種実類といった軽いものばかりで、とても満腹にはならない。
一週間粗末なものばかり食べていたせいで、手足の力も入らなくなっていた。
(懐かしいな。……この感覚)
ルセーネは7年もの間、暗い塔の中に閉じ込められていた。そのときもいつも空腹だったし、ひとりぼっちだった。何もかもを諦めていた。
板が貼り付けられた窓の隙間からわずかに覗く空を仰ぎ見ながら、当時のことを思い出す。
(もう、あのときとは違う。私は自由になったんじゃない)
ふと視線を足元に落とす。ルセーネを縛る鎖は外れている。他でもない――ジョシュアが外してくれたから。
(早く、ジョシュア様のところに行きたい。こうしている間にも苦しんでるかもしれないもの。私の大切な、大切な恩人が……っ)
スカートをぎゅっと握り締めて俯く。
ルセーネは100年にひとりの魔術師だ。神力使いとは異なり、魔炎の力で呪いを小さくすることができる。
自分の力でほんの少しでも彼の苦痛を和らげることができるなら、すぐに傍に行きたい。
もう一度立ち上がり、扉をどんどんと叩くと、扉の向こうからアビゲイルの声がした。
「騒いでも無駄よ。絶対にそこから出してあげないんだから」
「お願いしますお嬢様! 私、行かなくちゃならない場所があるんです。ここから出してください……!」
「うるさい!」
アビゲイルの大きな怒鳴り声に、ルセーネはびくっと肩を跳ねさせる。
「卑しい孤児の分際で、一体どうやって公爵様に取り入ったか知らないけど、いい気になるんじゃないわよ」
「いい気になんて……」
いい気も何も、ルセーネはジョシュアの本当の恋人ではない。
「あんたはそうやってずっと、暗闇に閉じこもっていればいいのよ。つくづく生意気な子。あんたなんかジョシュア様に到底ふさわしくないんだから。身の丈をわきまえなさい!」
彼女は舌打ちをしてから、踵を返した。
ルセーネは固く唇を引き結ぶ。自分とジョシュアでは身分差があり、本来は言葉を交わすことすら許されない関係だとは理解している。
それでもあの人は、ルセーネの恩人だ。ただ鳴いていることしかできない小鳥のような自分を、鳥籠から放ってくれた、たったひとりの大切な恩人。
ルセーネはくるりと振り返り、高い場所にある窓を見上げた。複数の板が釘で打ち付けられている。そこではっと思いつく。
(魔炎を使えば破壊することができるんじゃ……? でも、窓を燃やしたら、きっとまた叱られる。今度こそこの屋敷を追い出されちゃうかも)
ミレーネとアビゲイルの金切り声が容易に想像できる。祖父の顔をした魔物を観察するために、ある程度は言うことを聞いて、この家に置いてもらわなければならないのに。けれど、この物置部屋にいつまでも篭っているわけにもいかない。
辺りを見渡すと、木箱がいくつも積み重なっている。ヘルモルト伯爵家は商家なので、商売のための荷物が運ばれてくることがしばしば。
箱をひょいと持ち上げて、踏み台にする。窓の下に置いてその上に乗ろうとしたとき、箱ががたがたと動いた。
「へっ!? 箱が動いた!?」
びっくりして尻もちを着くルセーネ。恐る恐る蓋を開けると、中から小さな魔物が飛び出してきた。かなり弱っていて、瀕死の状態に見える。
黒くて丸い、もこもこしたボールのようだが、魔物の証しである赤い瞳を煌めかせていた。
(どうして魔物がこの屋敷に……?)
手をかざして魔炎で燃やすと、魔物は悲鳴を上げた直後に塵になって消失した。
しかし今は、そんなことを気にしている暇はない。空になった箱に乗って、窓の高さに身長を合わせる。
窓についている板を外そうと手をかけたそのときだった――。
『ルセフィアネ』
聞き覚えのある声が耳を掠めたと思った瞬間、窓の板の上に祖父ゼリトンの顔が浮かび上がった。
それは、ヘルモルト伯爵家に住み着いた、祖父の顔をした魔物。
「おじい……ちゃん?」
いつも壁に張り付いていて、いくら話しかけてもうんともすんとも言わなかった魔物が、ひと言声を発した。しかもそれは、祖父しか知らないルセーネの本当の名前。
当惑してぴしゃりと固まっていると、次の瞬間――がたんっと音を立てて板がはずれた。
窓の外から太陽の強い光が差し込み、思わず目を眇める。
瞑りかけた目を開いたときには、祖父の顔をした魔物は姿を消していた。部屋の中を見回してみても、その姿は見つからない。
祖父の顔の魔物のことは気がかりだが、今自分が優先するべきなのはジョシュアだ。ルセーネは気を取り直して窓の鍵を開けて、庭へと脱出し、王宮に向かって走り出した。
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