4 / 38
04
しおりを挟む入学式当日。オリアーナは真新しい制服に身を包んで学校へ向かった。街道のど真ん中で、突然目の前に女の子が近づいて来た。
「……好きです! 一目惚れしました……! 私と付き合ってください!」
少しだけ目を瞬かせたあと、申し訳なさそうに眉をひそめるオリアーナ。
「まずはありがとう。とても嬉しいよ。けどごめん。君の気持ちには応えられない」
「そう……ですか」
(あと私……女なんだよね……)
……とは、口が裂けても言えない。なぜなら自分は今、男のフリをしなければならないから。恐らくオリアーナのことを男だと勘違いして告白をした少女は、しゅんと肩を落とした。一方、オリアーナは――レイモンドとして笑顔を向ける。
「僕はレイモンド・アーネル。君は?」
「わ、私は……リシェールです」
「清廉な名だ。君にとてもよく似合う。恋人にはなれないけど、友だちとして仲良くしてくれるかな?」
「はい……! ぜひ……!」
オリアーナが優美に微笑むと、リシェールは瞳にハートを浮かべながら頷いた。
「それじゃ、またね。リシェール」
「はいっ、レイモンド様っ!」
爽やかに手を振って踵を返す。リシェールは頬を朱に染め、とろんとした表情でその後ろ姿を見送った。
石畳の広い街道は、沢山の店が軒を連ねており、大勢の人々がひっきりなしに往来している。女も男も、通りを颯爽と歩く魔法学院の男子用の制服を着たオリアーナに目を奪われた。
オリアーナは、自身が注目されていることなどつゆ知らず、物憂げにため息を吐く。一方で、絶世の美男子は零れる息さえも美しいと、それを眺める者たちは感嘆した。
(参ったな……。これで今日は四度目だ。入学式、間に合うかな?)
しなやかな指を折り数えたのは――今日告白された回数。ちょっと家を出たらすぐこうなってしまうので、おちおち通学もできない。一度目は花屋の店員。二度目はパン屋の夫人、三度目は大きな荷物を抱え腰の曲がった老婆だった。そして、四度目はすれ違っただけのあの少女だった。
(こんな調子で、レイモンドが復学できるまで、目立たず平凡にやり過ごせるかな)
しかし、『目立たず平凡』はオリアーナが最も苦手とすることだ。オリアーナはこれまでも無自覚に人を魅了し、注目を浴びてきたのだから。
そして。入学したあと、彼女には平凡とはいいがたい学院生活が待っていた。
◇◇◇
「本日は私たち新入生のために、この様な素晴らしい式典を開催してくださり、ありがとうございます。私たちはこの学院の格式と伝統を守り――」
オリアーナは、新入生代表として壇上で挨拶を行った。この学院では毎年、入学試験で最も優秀な成績を修めた学生が、代表の言葉を行うのが習わしだ。レイモンドは首席入学者だった。
「ねえあの人、凄い格好よくない?」
「あのレベルのイケメンは初めて見たかも。彼女いるのかな」
「馬鹿ね、知らないの? あの方は始祖五家アーネル公爵家の嫡男レイモンド様よ。一般人はとても相手にされないわ」
「ああ、公爵家始まって以来の逸材と言われてる有名人だよね」
壇上で毅然と言葉を紡ぐオリアーナに、生徒たちは見蕩れた。男も女も、先生もうっとりしている。オリアーナは緊張知らずの豪胆な性格で、こういった役もそつなくこなす。その場馴れした態度に、誰も『出来損ない』の姉の方だとは思いもしない。
「――我々一同は、文武両道の校風の元、真摯に日々の授業に励み、実りのある学院生活にすることを誓います。――新入生代表、レイモンド・アーネル」
オリアーナは優雅に一礼し、舞台から降りようとした。
しかし、そのとき――。壇上に控えていた女教員がよろめき、床に倒れ込んだ。反射的に彼女の元に駆け寄り、半身をそっと抱き起こす。
「大丈夫ですか?」
「ごめんなさい。貧血で……」
彼女は青白い顔で、申し訳なさそうにそう答えた。同性として、女性の身体に起こる不調よく理解しているつもりなので、そっと「医務室までお連れいたします」と囁き、彼女を横抱きにして立ち上がった。
「僕の首にお手を」
「こ、こうかしら……?」
「はい。少し辛抱してください」
「悪いわねぇ」
教員はすっかり女の顔で、頬を赤らめながらオリアーナの首に腕を回した。
ざわり。
まるで劇の一場面かのような、紳士的な振る舞いをする美男子の姿に、入学式典の会場はざわめいた。軽々と中肉の女を抱え、颯爽と立ち去っていくオリアーナに、ほとんど全ての女子生徒が心を奪われた。
学院の生徒たちの心を、一瞬にしてかっさらった魅惑の貴公子レイモンド・アーネル。この一件は後に、『魔法学院のプリンス誕生秘話』として後世に語られることになる。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,408
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる