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 レイモンドは日に日に回復していった。長いこと寝たきりで体力が落ちているものの、着実に元気になっていくのが嬉しかった。

 オリアーナはというと、継続して神殿で修行を続けている。いかんせん、オリアーナは魔法使いとしては素人もいいところ。普通は生まれながら持つはずの魔力を後天的に持ち始めたのだから。
 このまま修行を続け、夏には聖女の任命式。研修期間を経て一年後に、現聖女と交代する予定になっている。

 両親は、爵位を継いだレイモンドから絶縁されたことで社交界で噂の対象になった。また、アーネル公爵家の噂好きな使用人たちが、当主の代替わりをいいことにオリアーナへのひどい仕打ちの数々を外に漏らしたせいで一気に話が広がっていった。

 オリアーナが神聖な次期聖女ということもあり、両親は世間から非難された。両親は今、田舎でひっそり暮らしている。父は魔法士団で役職持ちだったが、打たれ弱い性格のせいで職場に行くのをやめてしまった。

 始祖五家アーネル公爵家の元当主であった彼だが、ずば抜けた能力がある訳ではなかった。それに強い劣等感を抱いており、自分の代わりに血を継ぐレイモンドに功績を残させようとしたのだ。

 相変わらず、オリアーナの身代わり生活は続いている。
 両親が家を出て行き、レイモンドの替わりに学院に通う必要はなくなったので、学校に不正入学について自白した。そこで、先生たちの会議で処遇が決まるまで今の生活を続けることになったのだ。

「あの……殿下のお姉様は、どのような方なんですか? 次期聖女だなんてすごいですね!」
「片方は始祖五家始まって以来の逸材、片方は聖女って……最強双子ですね!」

 オリアーナはクラスの男子生徒たちに囲まれて困惑していた。女子に囲まれることは慣れているが、異性に絡まれるのは慣れていない。

 レイモンドの双子の姉が次期聖女に選ばれたと発表されたことで、学院内はその話で持ち切りだった。

(その姉さんなら目の前にいるんだけどな……)

 苦笑するオリアーナ。

「ええっと……そうだな。姉さんは……はつらつとした人……かな」
「そうじゃなくてさ! 可愛い系? 美人系?」
「男女の双子だけど、瓜二つだってよく言われるよ」
「おおおっ! じゃー美人系だ! ぜひお会いしたい!」

 興奮気味な男子生徒に圧倒され、一歩後退する。すると、さりげなくやって来てオリアーナの身体を後ろから引き剥がしすセナ。

「あ。セナは会ったことあるだろ? どっちだ? 可愛い系か美人系か」
「可愛い系」

 セナが即答すると、男子生徒たちはおお、と歓声を上げた。何がそんなに楽しいのだろうか。
 でも、セナが言う『可愛い系』は果たして当てになるのだろうか。オリアーナは生まれてこの方かっこいいと言われることはあっても、可愛いと言われることはなかった。セナという例外は除いて。多分この盛り上がっている男子生徒たちも、本物のオリアーナと対面したらがっかりするだろう。

「ぜっったい紹介してくださいよ! 殿下!」
「う、うん。まぁ、機会があればそのうち……」
「確か彼女、婚約解消して今はフリーなんですよね!」
「でも好きな人いるから……」

 弾みでそう漏らすと、横から「……は?」という声が聞こえた。セナがいつになく険しい顔をしている。

「――ちょっとこっち来て」
「わっ、セナ。そんな引っ張らないで……っ」

 強引に腕を引かれ、廊下に連れ出される。

「好きな人できたってどういうこと? なんで黙ってた」
「なんで黙ってたって……。そんなの私の勝手でしょ」

 言えるはずない。だって、オリアーナが好きなのはセナだから。顔をふいと逸らせば、手で顎を持ち上げられ、強引に目を合わされる。彼の表情はいつになく余裕がなくて。

「誰? 好きな奴」
「……言わないよ」
「俺に言えないような相手なの?」
「そうじゃないけど」
「なら教えられるだろ」

 珍しくムキになっている彼に戸惑う。いつもはこんな風に他人の事情に深く踏み込んでくるようなタイプではないし、嫌だと言ったことはしてこないのに。

(ああもう……その目、ずるい)

 彼の藍色の瞳の奥が微かに揺れる。こんなタイミングで打ち明けるつもりなんてなかったのに、この人の前では自分の気持ちを偽ることができない。

「セナだって……言ったら?」

 震える声でそう言い、彼の体を手で押し離せば、彼は目を見開いた。

「え……?」
「私の好きな人、セナだって言ったら――迷惑?」
「…………」

 セナにはもう好きな相手がいる。分かっていても自分の気持ちを騙せない。セナのことが好きだ。オリアーナは切なげに眉を寄せて、声を絞り出した。

「好き。……セナのことが、好き。ごめん……ただの幼馴染としか思われてないって分かってる。だからこれからも、友達として仲良く――」
「……ないだろ」
「え?」
「迷惑な訳、ないだろ」

 直後、ぐいっと手を引かれて抱き締められる。嗅ぎなれた麝香の匂いがする。そして、セナの心臓は激しく音を立てていた。ぎゅっと身体を包んだ状態で、上から囁いてくる。

「いつから? いつから俺のこと――好きになった?」
「……気づいたのはつい最近のこと。でもたぶん、ずっと前から」
「……そっか」

 セナはそう言って身体を離した。彼は見たこともないくらい嬉しそうな顔をしていて。赤く染った頬を片手で隠しながら漏らす。

「やば……嬉しすぎて、にやける。夢みたいだ」
「じゃ、じゃあ、セナも私のこと……?」

 まさかそういう反応をされるとは思っていなかった。普段は感情の機微に乏しい彼が、年相応の青年らしい様子であからさまに喜んでいて。彼は目を細めてから頷く。

「嬉しいよ、リア。俺の好きな人は、お前だよ。子どものころからずっと好きだった」
「ほんと……?」
「本当。お前、鈍感だから全然気づいてなかったけど」
「…………!」

 セナはしゃがみこみ、少しだけ緩んだ口元を両手で塞いだ。オリアーナも火照った顔を逸らす。

(どうしよう……私、嬉しくて舞い上がりそうだ)

 セナがその様子を見て。ふっと小さく笑う。それから上目がちにこちらを眺めて、甘えるように懇願してくる。

「あのさ。――もう一回、抱き締めてもいい?」
「……!」

 オリアーナがこくんと小さく頷くと、立ち上がったセナにもう一度身体を抱き寄せられた。



 ◇◇◇



 二人は中庭に出てベンチに並んで座った。思いが通じ合って間もないので、なんとなく気まずい。しかしセナは、いつも通りのクールな調子にすっかり戻っていた。

「レイモンドの具合は?」
「えっと……うん、かなりいいよ。体がなまるってもう剣振ってる」

 魔力核の移植において、懸念事項だったのは、レイモンドの能力が衰える可能性だ。しかし、核を一つ失ってもなお、彼のずば抜けた能力は健在だった。むしろ、以前よりコントロールがしやすくなり技術が磨かれてすらいる。オリアーナは魔力核を得たが、レイモンド程の素質はなさそうだ。

「まだ先生から処遇の内容は来てないの?」
「うん。始祖五家と王家の地位に関わる問題だからね。下手に処断する訳にもいかないんだろう」
「まぁ、なるようにしかならないさ」
「うん。どんな処遇でも受ける覚悟はしているよ。ところで、もう少しでテストだけどちゃんと勉強してる? セナが勉強してるところ見たことがないけど」
「してるよ。最低限」
「最低限か。セナは勉強嫌いだからね」

 セナは苦笑した。最低限しかしていないと言いつつも、いつも上位にいる。元のセンスがいいのだろう。勉強の話は嫌だったのか、別の話題にすり替えられる。

「そういえば、最近東部の街に魔物が出たらしいね」
「ああ、かなり騒動になっていたね。ティレスタム公爵、戦闘で怪我したりしてない?」
「大丈夫。ピンピンしてる。……でも最近物騒だよな。先月から上級魔物の出現はもう四件目だ」

 魔物が出没すれば、魔法士団が出動する。そして、組織を主導するのは大抵が始祖五家の血を引くエリートだ。東部の街は、ティレスタム公爵家の領地で、今回はセナの父親が討伐部隊を主導した。

「リアは特に気をつけろよ。魔物は神聖な気に引かれるから」
「……うん」

 今のオリアーナが魔物と遭遇しても、まだまともに戦えないだろう。
 相変わらず自分の魔力を源に杖を出すことを禁じられている。もし『呼び笛』を出してしまっても、今の実力だと召喚した幻獣を掌握することは難しいだろうから。
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