【完結】小公爵様、死亡フラグが立っています。

曽根原ツタ

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一章

〈23〉大切な人を守りたいので、物理的に強くなろうと思います(2)

 
「だから、私に体術を教えてほしいの」
「は……?   貴族のお嬢様が、体術……?」
「ええ。具体的には、ナイフを持った人に襲われたときの護身術をね」
「やけにピンポイントだな」

 急に体術を学ぼうと思い立ったのは勿論、ナターシャの妹、アリーシャがユーリに襲いかかった場合の対抗策だ。備えあれば憂いなし、である。

 ファビウスはしばらく黙した後、ぶっと吹き出して笑った。

「あははっ、ロベリア嬢は面白いな。普通、貴族の令嬢はそんなことを学ぼうとするもんじゃない。……いいぜ、時間があるときに稽古をつけてやるよ」
「本当?   嬉しいわ!   あ、勿論講習費はお支払いするわ」
「対価を受け取ったら礼の意味なくなっちまうだろ。いや、やっぱお言葉に甘えて、稽古一回につき学食をたらふく奢ってもらうってのはどうだ?   オレ、四人前は食うけど」
「ふふ、いいわよ」
「よしきた!   交渉成立だな!   これからよろしく頼むよ、ロベリア嬢」
「こちらこそお世話になるわ、ファビウス様」
「敬称はいい」
「そう?    では、ファビウスと呼ばせていただくわ」

 とんとん拍子で決まった稽古の話。横で聞いていたユーリは不機嫌そうに顔をしかめて、ロベリアの体を引き寄せた。

「もう話は済んだんでしょ。ほらロベリア、行くよ」
「ちょ、ユーリ様、引っ張らないで……っ」

 ユーリは抵抗するロベリアを無視して、手を引いて歩き始めた。ファビウスはそんなユーリに対して、へぇ、と興味深そうに呟いた。

「あ、あの、ユーリ様?   いい加減手を離してくださる?」

 しばらく彼に手を引かれ廊下を歩き、ロベリアは不満を漏らす。

「…………」

 ユーリはロベリアの手を離し、苦言を呈した。

「君は少し危機感が足りていないんじゃない?   剣術大会のときもそうだけど、無警戒に男に近づいて、何かあってからでは遅いだろ」
「でも、ファビウスは別にそういう感じじゃなかったでしょう?   ユーリ様、何をそんなに怒って――」
「――そういうところだよ」

 ユーリはじりじりとこちらに詰め寄ってきた。いつの間にか壁に追い詰められ、壁に背中をつけていた。ロベリアは彼の冷たい表情に息を飲む。
 ユーリは、ロベリアの細い腕を壁に拘束するように押さえつけ、こちらを見下ろしている。深碧色の瞳は艶美で、目をそらすことができない。

(何……これ……。胸が……)

 鼓動が加速していく。

「ほら、こんな風に簡単に押さえつけられて。この後に何をされるかくらい、君にも分かるだろ?」
「……分から、ないわ」
「強情だね」

 ユーリは、感情の読み取れない無機質な表情を浮かべ、そっと顔を近づけてきた。
 いつもなら、彼の体を押し離して冗談めかして受け流していただろう。けれど、彼の囁きに胸の奥が痺れ、抵抗する意思が弱くなっていく。

 思わずぎゅっと目を瞑ったとき――。

「ばか。もっとちゃんと抵抗しなよ」

 ユーリは、ロベリアの額をつんと指で弾いた。鋭くて冷たかった眼差しは和らぎ、いつもの軽薄な笑みを湛えている。
 涼し気な様子で去っていった彼の後ろ姿を呆然と眺め、ロベリアはその場にへたり込んだ。

 心臓が波打って、顔が熱くなる。ロベリアは、ユーリのからかいにまたしても翻弄されて、熱くなった頬に手を添えた。

(……私……何を期待して……)


 ◇◇◇


「いいかロベリア嬢。刃物を持った奴に出くわしたら、まず第一に逃げる、次に逃げる、その次に逃げる、だ。この基本をよく覚えとくように」

 講義終わりのとある午後、剣術学部の修練場で、ロベリアはファビウスに稽古をつけてもらっていた。

「逃げる以外に選択肢はないのね?」
「ああ。どんなに鍛えてる奴でも、素手で武器を持った相手に対抗するのは至難の業だ。……殺意を持った相手なら尚更。……同じような状況に立たされた人間が死んだ例は――枚挙にいとまがない」
「…………」

 ロベリアは固唾を飲んだ。原作でのユーリは、狂気に落ちたアリーシャ相手に、為す術なく刺されて命を落とした。防刃チョッキは仕込むとして、対抗手段は多い方がいいだろう。いつ何が起こるか分からない未来なのだから。

「試しに、オレがアンタに殺意を持った人間としてアンタに襲いかかる。逃げるなりなんなりして、対処してみろ」

 そう言ってファビウスは、懐からハンカチを取り出し、縦に丸めて筒の形にした。

「このハンカチをナイフに見立てるぞ。刃先がアンタに触れたら、ジ・エンドだ」
「わ、分かったわ」
「よし。始めるぞ」

 ファビウスはロベリアから数歩離れ、筒状のハンカチを刃物を握るように構えた。その刹那、彼の目に狂気が滲んだ。獲物を捉えるような鋭い目付きで、じりじりと距離を詰めてくる。

(……もし、目の前にいるのがアリーシャだったとして、隣にはユーリ様。逃げることができない状況。だめだわ、私――)

 ロベリアは逃げもせず、襲いかかってくるファビウスのハンカチが腹部に押し当てられるのを真っ向から受け入れた。

「お、おい、どうして抵抗も逃げもしないんだよ」
「…………」

 実際にそのような状況に立たされたとしたら、抵抗して自らの身を守るより、ユーリを庇うことを優先してしまう気がした。

(いつの間にか私……ユーリ様のことが、自分の身に代えても守りたいと思うほど大切な存在になっていたのね……)

 ロベリアは、これまで自覚していなかった彼への気持ちの大きさに、戸惑いを覚えた。

「まーいい。とりあえず、刃物なんかを持った人間に遭遇したら、まずは逃げる。それができねぇなら、周囲に武器になりそうなものを探せ。鉄製の棒なんかがあるといいが、ないなら花瓶や本、椅子……なんだっていいから手に取るんだ。それも無理なら、今から教える護身術で対抗する」

 ロベリアはファビウスの言葉を一言一句逃さないように意識を集中させ、相槌を打った。かくして、ロベリアとファビウスの体術稽古が始まったのである。

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