25 / 43
25
しおりを挟む(つ、疲れたぁぁ……)
数刻後、らんかは筋肉痛の身体を引きずって東之宮へ行った。あのあと、内之宮の侍女たちに按摩師として散々ただ働きさせられ、汗で化粧が取れかけたところで、逃げるように自室に帰ったのだった。
今日一番の仕事は、麗明の施術……のはずだったが、その前にらんかの腕はぼろぼろになっていた。
麗明はいつものように寝台にうつ伏せになり、施術が開始して両手の指を数え終わるころには、寝息を立て始めた。そんな彼女の身体を、指圧で解していく。
「ぐっ……っ。ひっ」
「……?」
麗明の施術中、親指の付け根がずきずきと痛み、文字通り悲鳴を漏らし、涙目になる。流石に按摩師が唸っている中では寝てはいられなくなったらしく、彼女は目を覚ました。
「だ、大丈夫か……?」
「お構いなく。これが仕事ですので……ひぐ」
痛めた親指を酷使しながら大丈夫だと顔をしかめるが、麗明は半身を起こしてそれを制した。彼女はらんかの手を取り、観察する。
「もういい。どこの世界に唸りながら施術する按摩師がいるんだ。――見せてみろ。親指の付け根が赤く腫れている。腱鞘炎じゃないか? それに……よく見ると染みひとつない綺麗な手をしてるんだね」
「!」
らんかは顔に化粧を施して年齢を誤魔化しているが、手は二十代の滑らかな手をしている。
まじまじと観察されたら疑いを持たれてしまうと思い、さっと手を引く。
「ここに来る前に、仕事をこなして参りましたので」
「多忙なんだな。今日はここまでにしよう」
「……気を遣わせてしまって、誠に申し訳ございません」
「いいんだよ。いつもお世話になっているんだから。このごろは腰痛も治まっているし、身体の具合が随分といい」
麗明は椅子に腰を下ろし、両肩を回しながら筋肉が解れていることを伝えてくれた。
「皇帝陛下がおっしゃった通り、君は腕利きの按摩師なんだな」
「……」
素人のらんかの按摩に効果があるのか疑わしいところだが、施術を受けるようになってから、以前よりずっと調子が良くなったのだという。
(それって多分、思い込み……)
正直に言えば、父の肩を揉んだことがある程度の素人だ。彼女に按摩の腕を褒められ、なんともいたたまれない気分になる。しかし、後ろめたい気持ちは胸の奥にそっとしまい込む。
両手を重ねて前にかざし、最敬礼を執る。
「お褒めに預かり、光栄至極にございます」
「これからも頼むよ。君は私以外の妃のところへも施術に行っているのか?」
「ええ。――皇后陛下のところへ呼ばれております」
「それはまた……難儀だな」
彼女の声に、同情と憐憫が乗る。麗明は円卓に頬杖を着きながら、侍女に茶を淹れるように指示をした。
らんかの方は、今こそ樹蘭の話をする絶好の機会だと拳を握る。麗明が樹蘭のことをどう思っていたのか、彼女を殺害する動機がありそうか、聞き出していきたい。
「ええ。楊淑妃様に言っていいか分かりかねますが、とても大変な思いをしております。皇后陛下はお噂以上の方でした」
「怒鳴られたり……物を投げられたり、か?」
「はい。一度癇癪を起こすと、どうにも歯止めが効かないご様子といいますか……」
「彼女は――皇室の面汚しだと私は思っているよ。この国の国母があれでは、民の皇家への求心力も下がるだけだ」
翠花と違って、麗明は直接的に樹蘭への非難を口にした。
「だが、彼女は筆頭名家である周家のご令嬢。彼女が謀反でも起こさない限り、後宮を追い出すことはできないだろうね」
「で、では、楊淑妃様は、皇后陛下を恨み、追放すべきだとお考えなのでしょうか」
彼女を排除しようという考えが行き過ぎた結果、あのような事件を起こしたという可能性もあるかもしれない。
「恨んではいない。ただ彼女は、皇后の器ではなかった。そう思うだけさ」
麗明は、侍女に用意された茶をひと口飲んで続けた。
「後宮の者たちは、傲岸不遜で横暴な皇后陛下を疎み、批判する。だが彼女には同情すべき点もあるんだ」
樹蘭は悪女と呼ばれて孤立する前、貴妃として後宮に入ったときから、誹謗中傷が絶えなかったのだと、麗明は語った。
周家は、金と権力のために権謀術数を実行してきた一族。どれだけの血が流れてきたか分からないほど。手段をいとわずに勢力を伸ばしてきた周家を、四代名家だけではなく、後宮の多くの者がよく思っていない。
貴妃になった樹蘭の元に、毎日のように誹謗中傷の文が届き、その中には殺傷を示唆する過激な内容もあった。
「彼女は異常な猜疑心の強さだ。毒味が済んだ茶でさえも、『毒が入っている』と本気で決めつけ、凛凛が説得しなければ何も飲めなかったとか」
樹蘭はそうしていつも疑い、怯え、恐れていたという。しかし、その情報は凛凛から聞いておらず、らんかは他の侍女たちの前で普通に茶を飲んでしまっていた。
「確かに……心がどうにかなってしまっても、おかしくはない状態ですね」
「そうだ。私ならきっと、耐えられない」
それから彼女は、自分自身のことを語った。麗明も後宮に入りたくて入った訳ではなかった。四代名家の令嬢だった彼女は、生まれたときから後宮入りが定められていた。だからこそ、同じ境遇の樹蘭を、哀れむ気持ちがあるそうだ。
彼女が嘘をついているようには見えなかった。理屈が通っているから。
らんかがそれ以上踏み込めずにいると、彼女の方が口を開いた。
「あるいは、彼女の振る舞いを、何かに取り憑かれていたと考える者もいるようだ」
「怨念……というものでしょうか」
「ああ。彼女は恨まれていたからね。張賢妃が実際に、祓い師を紹介したことがあったが、それで大喧嘩になったらしい」
凛凛から、賢妃と樹蘭が仲違いしていたことは聞いていたが、恐らくそれが発端なのだろう。
「ど、どうして大喧嘩に?」
「余計な世話だ、とね。だが、噂によるとすでに皇后陛下は何人もの祓い師に浄化を依頼していたらしい」
その話を聞いて、らんかは思わず茶を飲む手を止めた。もし樹蘭が、自分の意思で横暴に振る舞っていたとしたら、祓い師に頼む必要などないから。
(つまり樹蘭様は、自身が異常であることを自覚していたということ……)
樹蘭は、ただ横暴に振る舞っていただけではなく、苦しんでいた。そしてらんかにも少し分かる気がした。
らんかが女優をしているときも、誹謗中傷は耐えなかった。知名度が上がれば上がるほど、否定的な意見も増えていく。時に、過激な言葉を投げかけられ、恐怖で外の道を歩くことさえ躊躇したこともあった。
凛凛や孫雁が慕っていた相手が、悪人であるとは思えない。優しかった樹蘭が、変わってしまう何かが、後宮で起こっていたのかもしれない。
麗明の話を聞いて、らんかは樹蘭に対し、初めて共感と同情を抱いた。
66
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
2/26 番外編を投稿しました。
読んでいただけると嬉しいです。
思っていたよりずっとたくさん読んでいただいていてとても嬉しいです。
とてもとてもありがとうございます!!
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
本編完結済み。
続きのお話を、掲載中です。
続きのお話も、完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる